12-11.

 クワイエルが仲間達の許へ戻ると、彼らも何とか森の呪縛に打ち克ち、一歩でも先へと懸命に進んでい

る所だった。魔力も以前より高まり、彼らという存在がよりくっきりしたような印象を受ける。

 ただ合流して森を抜け草原に着くと、クワイエルが初めて踏み入れた時と同様、彼らもかなり辛そうだ

った。そこでまず数日時間をかけ、発見した方法で仲間達の魔力を高めさせ、この地に耐えられる力を得さ

せる事にした。

 初めは戸惑っていた仲間達もすぐに要領を飲み込み、何とかここにかけられた魔術に耐えられるまで成

長している。

 発見した方法は確かに効果的な鍛錬法で、蜘蛛にその意志があったとは思えないが、クワイエル達にと

って非常に有用かつありがたいものになった。

 こうして新たな段階に達する準備が整ったクワイエル達は、その後もゆっくりと身体を慣らしながら前

進し、魔力を高めながら先を目指す。

 仲間達が居ても蜘蛛は何もしてこなかった。もう話はついた、興味は無い、という事なのだろう。

 クワイエル達の魔力が飛躍的に増大したのはこの地にかけられた魔術のおかげで、それはつまりこの蜘

蛛のおかげと云う事になり、何となく感謝の念が湧き、黙って去るのは申し訳なく思えたのだが。蜘蛛に

したらクワイエル達がさっさとここを出て行ってくれる事が一番ありがたいだろうと思い直し、クワイエ

ル達もこれ以上蜘蛛と関わろうとせず、黙ってその側を通り抜けている。

 こういう風に妙な親近感というか、一方的かつ奇妙な友情を抱く事も、良くある事だ。

 特にクワイエルなどはいつも他種族に対して一方的かつ大きな友情を抱いている。それでどうなるとい

う事はなく、特に変わる事もないのだが、さっぱりしているように見えて、実はなかなかに情が深かった

りもするのである。

 それで何が変わる訳ではないので、特に意味がない自分だけの感情であるのかもしれないが、ようする

にクワイエルはクワイエルだと云う事で、基本的にはそれで理屈がつく。魔力が高まろうと、人からすれ

ば驚異的な力を身に付けようと、相変わらずのクワイエルなのだ。

 もしかしたら自分が変化している事に対しても、全く大した事ではないと考えているのかもしれない。

 何しろ比べる相手の次元が違い過ぎるので、今更どれだけ力が増そうと、もう人の基準で驚いたり感慨

を持ったり出来ないのだろう。

 良くも悪くもこの大陸の住人になっているという事か。

 それは仲間達に対しても言える事で、この地の魔術を利用した事で恐ろしいまでに魔力が高まっている

のだが、彼らも何か変わった風はなく、いつも通りに過ごしている。一般の人間から遠い場所に居る為に、

そう云う変化に気付けないのかもしれない。

 彼らからすれば服を半袖から長袖に変えた程度の認識なのかもしれないが、今の彼らは化け物染みた力

を持っている。今人の町、いや鬼人の集落にでも戻れば、あまりの差に愕然とする筈だ。

 勿論、そうであってもあくまで気にしないという可能性もあるが。そんな事は置いておいて、いかに今

の彼らの、今彼らが居る場所の、基準が高いかと云う事である。

 これに慣れ、当たり前になっていると云う事は、それだけで大きな意識の変化である事に彼らは気付い

ているのだろうか。

 大きな変化を幾度も乗り越え、それに次々と順応、進化していく。この過程は即ち命の進化そのものの

行程とも思える。人が何百万年もかけてきた事を、たった数月、数年でやってしまうような、それ程に大

きな変化であるにも関わらず、この大陸からすれば全く小さな問題。

 これは正にこの世界と人の関係を表している。

 このレムーヴァという大陸の真の恐ろしさは、そういう所にもあるのかもしれない。



 この草原も他の何処にでもある物とさほど変わらなくなった。進む度に強くなり、耐えるのが困難にな

るが、その度に同様の方法で際限なく魔力を高めている。どうという事はない。

 時間はかかるものの、幾らでも壁を越えられる。

 問題といえば食料と水だが、その辺の植物を上手く利用する事で、何とかした。この地にある植物は魔

力が非常に高く、存在感、つまりは生命力が強いので、栄養価も非常に高い。味さえ気にしなければ、何

よりも優れた食料となってくれる。

 ただし、この味がとんでもなく。多分、持っていた調味料を使って何とか食べれる味にするまでには、

草原に慣れる以上の時間を費やしたと思う。だが苦労のかいはあり、生命力の強い植物を食べる事で、更

にクワイエル達の魔力が高まる。良い循環だ。この相乗効果によって、この草原を抜ける頃には、初めて

この地を訪れた時とは比べ物にならない程高い魔力を身に付けていた。

 フィヨルスヴィスのような存在からすれば苔にも等しい魔力でしかなく。蜘蛛からしても羽虫程度の脅

脅威も感じなかっただろうが、この先に行く為の準備は整ったと言えるだろう。

 その程度の為にこれ程苦労すると思えば、何だか悲しくもなるが。だからこそ傲慢にならず、これから

も素直にこの大陸と向き合っていける。それはこの大陸を進むに当たって、非常に大事な事だった。



 草原を抜けると、そこには大小様々な白っぽい岩石がごろごろと転がっていた。今までの緑溢れる光景

から一変し、白と灰色の支配する地になっている。何となく幻想的でもあり、石の草原とでもいうような

景色に、暫くぼうっと佇(たたず)んでしまう。

 試しに手近にあった小さめの石を掴みあげようとすると、ぼろぼろと崩れた。頑丈そうな見た目に反し

て、酷く脆い。息を吹きかけるだけで壊れてしまいそうで、思い出したように足元を見てみると、砕けた

破片が足跡の上に転がっていた。

 しかし脆いが軽くはなく、足を動かした時に起きる風で舞い上がる事はない。ある程度砕けるとそれ以

上は砕けないのか、足を何度か振り下ろしてみたが、しっかりと踏みしめる事が出来た。どうやらこのま

ま地下に踏み落ちてしまう事はなさそうだ。

 もしかしたらこれは岩石ではなく、何か頑丈な粒の塊なのかもしれない。それが不安定にくっ付いてい

る。何故かは解らないが、そうとでも考えるしかない。

 砕けた欠片を念入りに触ってみると、何となく石とは感触が違うような気がする。石というよりはもっ

と硬くしっかりした金属という感じか。

 持ち上げてそのまま落としてみると、高い金属音がした。その音が響くと、何やら大地全体が細かく震

えたような気がしたが、一瞬だったのではっきりとしない。

 とにかく不思議な物質で、クワイエルなどは興味深そうにそれからも数時間の間休憩を取りながらその

物質を様々にいじっていたが、彼は鉱物の専門家ではないので何も解らなかったらしく、諦めたように懐

にしまっていた。

 見渡す限り背の高い木々などはないが、この物質が山のように積もっている所もあり、案外起伏が激し

く、遠くを見通せない。まるでこの地の景色しか見せないかのように、先を見通そうとすると、常に視線

を遮(さえぎ)られる。

 そういえばこの大陸は何処もそうだ。遠くを見通せない。

 他に干渉する事も干渉される事も嫌う、というよりは初めからそういう考えが薄いこの大陸の種達にと

って、こうして自分の場所だけを囲ってしまう方が居心地が良いのかもしれない。他を見る事も、見られ

る事も必要ではなく。自分の好きな環境で、自分の好きなように寛(くつろ)げればいい。

 他種族と交流がしたいクワイエル達にとって、それは厄介な心であったが。そうだからこそこうして様

々な景色を楽しむ事が出来る。色んな箱庭を見て回っているような気分になる。

 そして大事な事は、環境が変ったと云う事が新たな種との出会いの機会が訪れた事を意味するという事

だ。危険は増すが、クワイエル達の目的の半分が他種族と出会い、交流する事である以上、これは喜ばし

い事である。

 環境が変わる事は嬉しい。



 いつものように休憩を小まめに取りながら食料と水に気を付けつつ、慎重に進んで行く。

 特にこの岩石地帯では森のように水や食料を容易くは得られないだろうから、注意しなければならない。

面倒でも一度草原と森まで引き返し、充分な量を備蓄するまで時間をかけて準備しておいたが、気を付け

なければまた遭難してしまう。

 志半ばで命果てる事も覚悟しているとはいえ、無計画にただ進み、その挙句に遭難して死んでしまうよ

うな事になれば、泣くに泣けない。それは仕方の無い事ではなく、単純に愚かな結果であり、それをする

事はクワイエル達に助力してくれた人達の気持ちを裏切る事になる。

 どうしようもない状況になって死するならまだしも、自分の愚かさの為に死するのは、今までの自分を

生かしてくれた人達に対する裏切りであり、生命として一番してはならない行為だ。

 幸いというべきか、環境が変わった他には大きな変化は起きていない。何かの痕跡がある訳でもなく、

愛想の無い景色(けしき)が続く。

 初めは足を踏みおろす度に砕け散る岩石が面白かったが、暫く進むと飽きてきて、今となっては何の感

動も与えてくれない。そろそろ何か出てきてくれれば良いのにと不遜(ふそん)な願望を抱くものの、そ

うそうこちらの思い通りに何かが起こる訳がなく、淡々とした道のりが続く。

 思ったよりも進めないのも辛い。起伏があり、その上壊れ易いので、ただ歩くのも難しい。同じような

景色が続く事からくる精神的な疲労も少なくない。

 そこでクワイエルは思い切って一日丸まる休憩を取る事に決め、そう宣言した。

 今日一日は動かず騒がず、それぞれが好きに生活する。この地は炎天下でも極寒でもなく、殺風景な景

色と同じで、優しくはないが特に何か厳しい事がある環境ではないので、ただ生きると云うだけなら問題

はなく、延々と続く道を進むような事さえしなければ疲れるような事もない。

 クワイエルは近くの岩石を崩し、平らにしてごろりと寝そべる。細かな物質の粒が当たって、何となく

心地良い。身体を揺すると誰かに揉んでもらっているような気になる。たまに尖っているらしい粒がぶつ

かるのが痛かったが、それも些細な事だった。

 何もしない。こうして寝そべり、空を眺める。

 眠りに誘われ、まぶたが重くなってくるが、それもまた心地良い。

 しかしそんな風にぼんやり空を眺めていると、不思議な事に気付いた。太陽が無いのである。

 先の森と草原もそうだったから自然に受け容れていたが、よく考えればこれはおかしい。

「・・・どう云う事だろう」

 クワイエルはむくりと上半身を起こし、四方の空を眺める。やはり太陽は見えない。

「まあ、良いか」

 だがそれも長くは持たず。暫くするとそんな事を呟いて、再びごろりと横になっている。確かにおかし

いのはおかしいが、別に今すぐ何かが起こるとは思えない。それならそれはそれとして放って置く方が良

いんじゃないか。余計な事をすれば、余計な事態を招く可能性があるのだし。

 それに折角の休日なのだから、何も考えずに休みたい。

 やはりクワイエルはクワイエルである。少しずつ変わっているが、おかしな所はそのままだ。いや、よ

り酷くなっているのかもしれない。




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