12-12.

 一日の休憩を終えると、クワイエル達は再び進み始めた。

 体力や精神力が完全に回復した、とは言えないが。休んだおかげで歩む足に力が戻り、しっかりと大地

を踏みしめている。踏みしめる度に岩石達がぼろぼろと崩れ、何となくしまらない印象を受けてしまうの

が難だが、まあそれはそれである。

 気持ちが大事なのだから、気持ちだけでも良い方に考えておきたい。

「このまま歩いていても同じ事の繰り返しになるか・・・」

 クワイエルは歩きながらそんな事を考えていたが、ふと顔を上げると。

「ゲル、ウル  ・・・・ 大地の、力」

 突然ルーンを詠唱した。

 発せられたルーンが瞬時に求められた形を作り、その場に干渉していく。

 具体的に言えば、クワイエの前方の小さな石山が、魔術により生み出された重力によって一瞬で潰され

たのだ。石山は硬い小さな石にまで圧し砕かれ、そこには人二人くらいが通れるだけの隙間が出来ている。

 この岩石はほんの少しの力で崩れるので、大きな魔力を使う必要はない。二文字のルーンで充分で、そ

の程度の魔術なら一日中唱えていてもばてないだろう。

「悪くない」

 一度崩せばそれ以上崩れる事はない。その分歩きやすくなり、視界も少しすっきりし、何となく気分も

いい。

 調子に乗ったクワイエルは遠慮なしに魔術を唱え、道を作りながら進む。

 これによって疲れも減り、少しは快適に旅を続ける事が出来るようになったので、仲間達も反対しなか

った。



 魔術で崩し、その上を進む。そんな事をどれくらい繰り返しただろう。相変わらず果ては見えず、どこ

までもどこまでも岩石群が続いている。

 クワイエルも疲れはしないが少し飽き始めているようで、その声には初めのような元気も喜びもない。

淡々と唱えては進み、唱えては進む。変わらない光景に変わらない進み方。一人でやるのは辛くなってき

たので、途中から仲間達と交代で魔術を唱え始めたようである。

 飽きてくると集中力が欠けてしまう為、たまにはまるで対話でもするように、声に強弱を付けながら唱

える事もある。

 しかし何となく遊びにならないかと始めたそれにもすぐに飽きてしまい、二、三度程行っただけで止め

てしまった。

 何となく思いついた遊びというのは、何となく短い時間で飽きるものらしい。

 確かにそんな簡単に良い遊びを思い付けるようなら誰も苦労はしないし、昔からある遊びを今も続けて

やってはいないだろう。退屈を紛らわし、集中力を持続させる。それも大事な事なのだから、今後はそれ

についても考えていく必要があるかもしれない。

「ゲル、ウル」

 何度そのルーンを唱えたのか。いい加減聞き飽きて耳障りにすら感じられてきた頃、ようやく地形に変

化が見受けられた。

 ある程度の大きさまでは壊れやすい岩石、という基本は全く変わっていないのだが、どうやらその最小

単位とでもいうべきある程度の大きさが、以前のよりもはっきりと大きくなっている。

 それは徐々にではなく突然に起こった事で、しかも全ての岩石が等しく同じ変化をしている為、そこに

何か意図があるのではないかと考えられた。ただの気まぐれという可能性もあるが、気まぐれの為にこん

な面倒な事をするとは思えない。何かあると考える方が、当たっているような気がする。というよりは、

退屈を紛らわす為にも当たっていてほしかった。

 大きさは大体それまでの二倍と言った所か。正確に測った訳ではないから解らないが、見た感じでは大

体そんな感じである。

 目分量は当てにならないものだが、岩石を飽きる程何度も何度も見ている為、今回は当てになるかもし

れない。

 しかし変化と言ってはみても、結局はそれだけの事で。若干歩く時に岩石の破片の感触が硬く感じられ

るようになった、という程度の違いでしかなく。今の所、環境に大きな違いはなかった。



 昼食を兼ねた休憩を挟み、更に暫く進んだ頃、再び似たような変化が現れている。

 先程の変化よりも更に岩石の最小単位が大きくなり、しかもまた丁度倍くらいの大きさになっている。

つまり初めのから比べると四倍の大きさになっているのである。前に変化があった時、念の為に岩石を採

取していたから、大きさの変化がはっきりと解る。流石に四倍ともなると、少し歩き辛い。

 この連続する変化が何を意味するのかは解らないが、この事に何らかの意図がある可能性は、より高ま

った。

 まあ、そう推測出来るだけで、クワイエル達と他種族とは根本的に考え方そのものが違うのだから、結

局よく解らない事に違いはないのだが。こう考える方が面白いので、そう仮定して進む事にしている。

 そう、彼らは退屈だったのである。

 この一行も一応レムーヴァにおける合同政府の公式な調査団で、退屈を紛らわす為に仮定してみたりな

どとは不謹慎極まりないような気もするが、クワイエル達の頭にはそういう考えはないようだ。

 こうして一行は少しの楽しみを見出し、以前よりは興味と意欲を持って、探索を続ける事が出来るよう

になったのである。

 それからも同様の変化がある程度の距離を置いて起こっている。ただ、かかった時間から大雑把に割り

出してみても、その距離がまちまちなのが解るので、距離を測定する為ではなさそうだ。

 一方は規則的で、一方は不規則、これではその意味を特定するのが難しい。

 その上、最小岩石が倍、倍となっている内に結構な大きさになってしまっていて。今ではもう片手では

掴めず、両手を使ってやっと掴めるような大きさになり、歩き辛いどころか、進むのが危険になっている。

 もしこの岩石がクワイエル達の上に乗っかろうものなら、彼らは簡単に潰されてしまうだろう。倍化さ

れている内にその重さもかなりのものになっていて、持ち上げるどころか、転がす事も難しい。

 まだ謎に対する興味を失っていないので、進む気力はあるが。このまま際限なく倍化を続けるようなら、

最悪、引き返すしかなくなるかもしれない。

「何か良い手はないのか・・・」

 クワイエルはずっと考えているが、良い方法が見付からない。

 こういう場合は魔術師らしく魔術で何とかすれば良いのかもしれないが。その魔術を使うにもはっきり

とした考えが要る。何となくぼんやりしたままでは魔術を発現できず。いい加減な想像で魔術を編もうと

すれば、暴走する危険が大きくなる。魔術は合理性を重んじる自然界の力。曖昧なままでは使えない。

 結局良案を思いつかないまま、次の倍化地点まで来てしまい。このまま当てもなく進むのは危険だと感

じた彼らは、慎重に野営ができるだけの空間を作り、これ以上進まず、一先ず体を休めて考える事にした。



 この先の岩石の大きさは、大人が両手を伸ばして何とか抱えられるくらいの大きさで、そんなものがい

つ崩れてくるのか解らないのだから、もうとても進められない。魔術で崩すにしても、連鎖してえらい事

になるかもしれないし。例え上手く道を作れたとしても、何かの拍子に崩れ落ちてくれば、大事故に繋が

る可能性が大きくなる。

 今のように野営の為の空間を作る事も不可能になるだろう。岩が転がらないように結界を張れば良いの

かもしれないが、この岩は想像より遥かに重く、この岩そのものが持つ魔力自体も高い。よほど強い物を

作らなければ容易く押し潰されてしまうだろう。

 単純に力に対して力で対抗しようとすれば、こちらが負けてしまう。

 この地の主にはまだ会っていないが、こんな訳の解らない魔術を使える時点で、クワイエル達を遥かに

凌駕している事が解るし。この岩自体の魔力も、今ではクワイエル達よりも高い。岩は大きくなればなる

ほど魔力を増し続け、際限なく力を増している。もうただの岩と呼ぶには、あまりにも強大な力を持つ。

 だからもしかしたらこの岩自身がこの地の主ではないかと思い、一度話しかけてみたが、返答はなかっ

た。感じ取れる魔力も個体差がなく、その大きさとはっきり比例しているから、この岩は魔力の器とでも

考えた方が合っているのかもしれない。

 そう考えると、ここは何者かの魔力貯蔵庫かと想像出来る訳だが、根拠はない。単に元からこういう特

性を持っていたのかもしれないし、自然とこうなった可能性もない事はない。何しろこのレムーヴァにあ

る物は十中八九おかしな物、信じられない物なので、どんな可能性も否定出来ないのである。

 調べても人の理解を超える物の方が多く、調査対象としてこれほど厄介な場所はないかもしれない。確

かに魔術師という物好きでもなければ、本気で調査しようとは考えないだろう。

 未知を超える遥かな未知。まさに魔術師の為の大陸だ。

 クワイエルはぼんやりと周囲に鎮座する岩々を眺め、腰掛けている岩をこつこつと叩き、朝からずっと

考え込んでいる。

 一度仲間達と話し合ったが、結論が出ず。今日も一日休憩にしてゆっくり考える事にしたのである。

 もし今日一日かけてもまだ方法が見付からなければ、ここを諦めて引き返し、別方面から北上するつも

りである。

 ここまで進んでおいて勿体無いとは思うが、仕方がない。ここにずっと居座る訳にもいかないし、食料

と水も無限ではない。

「せめて崩れさえしなければ・・・」

 何が困ると言うと、この山のように詰まれた岩達がすぐに崩れてしまうのが困る。ちょっと触れただけ

で崩れてしまうので、とても神経を使う。魔術で崩すにしても今では大き過ぎるし、ここまで大きくなっ

てしまうと、潰して道を作る事はもう不可能だった。

 余計な事をすれば、大惨事になりかねない。

 結界で自分達を護る自信がないのであれば、後は一切の振動を消してなるべく岩石に触れないように慎

重に進んでいくか、或いは空間を縫うように進む魔術を使ってみるかしか思い付かないが。どれも決定打

に欠ける。

 振動を消しても上手く進めるかは解らないし。空間を縫うのは一見良さそうに思えるが、岩自体が強い

魔力を秘めている為、魔術が破られてしまう可能性がある。

 使うには不安が大き過ぎた。

「いっそ、全部吹き飛ばしてしまうか」

 散々悩み、いい加減腹が立ってきたのか、クワイエルの頭に物騒な考えが過ぎる。

「ん、・・・・そうか、これならいけるかもしれない」

 おっと危ないと慌ててその考えを消してしまおうとしたが。よくよく考えてみると何となく閃くものが

ある。それを慎重に一つの方法へまとめてみる。

「うん、少し危険だが、何とかなるかもしれない」

 考えがまとまり、現実味が出てくれば、もうその顔に迷いはなかった。後は仲間達と相談し、最終的な

決断を下すだけだ。何が起こるか解らない怖さはあったが、何となく出来るような気がしている。根拠の

ない自信だが、不思議と自信は根拠がない方が強いものだ。

 だから危険なのかもしれないが。




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