12-13.

 呼吸を整え、精神を集中し、魔力を極限まで高める。

 今詠唱しようとしているのは難しい魔術ではない、単純な魔術である。しかし単純だから簡単とは言え

ず、複雑なものよりは編みやすいが、相応の力が発揮されなければ意味が無い為、自然と扱う魔力の量も

大きくなり、その分難しくなる。

 クワイエルは体内に魔力が満ちるようなイメージを持ち、ゆっくりとその魔力を運動させ、体中を巡回

させ始めた。そしてそれはいつしか溢れる大河のように大きくうねり、そこから発する莫大なエネルギー

を全て口から発する言葉へと込める。

「へゲル、ウル、ラグ  ・・・・  嵐の、激、流」

 風、というよりはより強い衝撃波が生まれ、視界の全てに堆(うずたか)く積み上げられていた岩石達

が全て、その衝撃波の吹き荒れた方角に向かって倒されてしまった。ほんの一瞬起こった衝撃波であった

が、この岩石の性質ならそれで充分である。

 クワイエルが考えた事、それは言ってみればドミノ倒しにこの岩石山を同一方向に崩してしまえ、とい

う事だ。何処にどう崩れるのか解らないから怖いのなら、もう全部まとめて衝撃を加え、同じ方向へ倒し

てしまえば、後はその倒れた重みで次の山も崩れ、どんどんと同じ方向へ倒れていく。

 勿論全てを倒す程の力はないし、先へ行けば何処かで止まってしまっているかもしれないが。ちまちま

と自分達が通る分だけ上手く倒していこうと考えるよりも、こういう風に大胆にやってしまった方がかえ

って安全だろう。

 乱暴な方法ではあったが、とにかくこれによって道は拓かれた。あれだけ崩れやすい岩石なのだから、

こうして吹き飛ばしてしまえば、クワイエル達がその跡を歩いたとしても、何も起こらないだろう。

 まさにこの場所だからこそ出来る事で、良いか悪いかは知らないが、一つの解決手段であった事は確か

である。

「さあ、行きましょうか」

 半ば呆れる仲間達を促し、クワイエル達は再び北を目指す。



 崩れている岩石の上を歩くのも疲労が溜まる。上手い事いい具合に崩れて重なり、凹凸の少ない道にな

っている場所もあったが、大半は大きく凸凹しており、どうしても足に負担がかかってしまう。

 重力緩和の魔術をかけていなければ、すぐに音を上げてしまっていたかもしれない。

 岩石は例の如く倍倍に巨大化し、すでに見上げるような大きさになっている。こうなってくるともう登

山に近く。ドミノ倒しのおかげで何とか進めているが、それもそろそろ限界だ。岩石と岩石の隙間も人が

入れるくらい大きく、うっかり隙間に落ちてしまわないかと心配になる。

 その隙間を上手く通路として使って進められれば良いのだが、そう簡単にはいかない。

 隙間と隙間は何処がどう繋がっているのか解らず、複雑な迷路を行くようなもので、下手すれば出られ

なくなる可能性がある。

 透視の魔術を使ったりと脱出方法は考えられるのだが、敢えて危険をおしてやる事に意味があるとは思

えない。ここはやはり岩石の上を進むか、それとも諦めるか。どちらかを選択するしかないだろう。

 それに隙間道はクワイエルが岩石を崩した為に出来た道であって、この地の主が作ったものではないの

だから、調査する意味も無い。

 折角新たな方法を見出して進んできたが、このままではこの地の謎を解く事を諦めて迂回するしかなく

なりそうだ。

 この地の主が居る気配はないし、当てがある訳でもない。こうも地形が大きく変化しているのだから、

そろそろ出てきても良いと思うのだが、その姿を見せない。

 何処に潜んでいるのか。それともここにはもう誰も居ないのか。よく解らない痕跡だけを残して、ここ

に居た筈の種は何処かへ去ってしまった、或いは滅びてしまった、そう考える方が良いのだろうか。

 半ば意地でここまで来ているが、流石にこうも何も出てこないのでは気力も費える。

 クワイエルとしてもこれ以上当ても無いまま危険な道を進む訳にはいかない。彼にもその程度の分別と

いうのか、判断能力はあるのである。

「仕方ありません。迂回して進みましょう」

 結局、最終的にそう決断するしかなく。北へ向けていた進路を東に変えて、まずはこの地形の切れ目を

探す事にしたのだった。

 このまま謎を残して行くのは不本意だが、これ以上北へ進むのは不可能である。



 ドミノ倒しの魔術を東に向けて使い、クワイエル達は進路を東へと変えた。

 悩んで必死に考え出した色んな試みも徒労に終わってしまったが、それはそれでいい。ここまで進めた

のも、東への道を作れるのも、その徒労のおかげだと考えれば無駄ではない。むしろそれがあったからこ

そ今がある。他種族に会えなかったのだけが残念だが、そういう事も今に限った事ではない。

 今は皆、気持ちを切り替えて進んでいる。

 しかしこの岩石群は本当に何なのだろう。何かしらの意味があるとは思うのだが、意味がない可能性も

ある。その手がかりすら掴めなかった事には、悔しい気持ちが残っている。

 色んな意味で身体にも精神にも負担のかかる場所だった事を思えば、無事に出られそうなだけ幸せと言

えるのかもしれないが。

 進路を東に変えても景色は変わらない。同じ大きさの岩石ばかりで、北へ進んでいた時のような変化は

ないから、その分楽とも言えるし、多少は移動速度も速くなっているが、それだけの事だ。しんどく歩き

辛い道である事は変わらない。

 クワイエル達は小まめに休憩を挟み、足腰の疲れを気にしながら進んでいる。

 そんな風にしてどれだけ進んだだろう。正確な時間は数えていないが、進路を東に変えて数日経った頃、

ようやく地形に変化が見えてきた。

 東の果てに森林が見え、気のせいか空気まで変わったように感じられる。

 今まで殺風景かつ味気ない空気の中に居たので、まだ遠く離れているが、森を見るだけでも何となく生

き返っていくような気持ちになる。何度も体験した事だが、人も鬼人も森にはどうしても離れられない想

いがあるのだろう。

 海よりもやはり森である。

 そういえば海も随分見ていない。海路が使えれば何かと便利になるだろうし、いっそこのまま東進を続

け、海を目指してみようか。

「いや、どこまで行けば海に出るかも解らないし、余計な欲を出さず、北上した方がいいか」

 例え海岸線に辿り着けたとしても、そこが航路として使えるかどうか解らないし、もし地形的に良かっ

たとしても、港を造り航路として使えるようになるまでには沢山の時間と労力がかかる。

 大陸の調査は急ぎの仕事とは言えないかもしれないが、それを一々待っているような時間はない。余計

な事は考えず、クワイエル達は素直に北上を続けた方が良いのだろう。彼らは彼らで気の済むまで奥へ進

む。その方が多分、合っている。

「改めて見るとおかしな光景ですね」

 名残惜しむように今来た道を振り返ってみると、しみじみとそう思う。

 ドミノ倒しに倒れている同じ大きさの物質。そしてそれらが重なって聳(そび)え立つ小山。こんな所

を自分達は通ってきたのだ。東に進路を変えて数日で果てまで辿り着いた事を思えば、おそらく南北に長

く続いているのだろうが。一体何の為にこんな物を作ったのか。

「取り合えず、この境界に沿って北上してみましょう」

 クワイエルはそう告げると再び進路を北に変え、興味深そうに岩石山を眺めながら進んだ。



 歩いても歩いても同じ景色が続く。岩石が崩れてきても危険の無いようにある程度距離を取っているが、

遠目に見ても景色は変わらない。

 岩石の大きさは変わってきているが、他の変化は見えない。

 ちゃんと倍化し続けているのかどうかを崩して計測してみたい所だが、余計な事をして岩石がこちら側

に崩れようものなら、クワイエル達など簡単に押し潰されてしまうだろう。

 それとも境界では崩れないようになっているのだろうか。この大陸に住まう者はそれぞれの場所を大事

にしているから、それは充分に考えられる事だ。

 そう考えて思い出してみると、境界付近の岩石はドミノ倒しになっていなかったような気がする。今更

確認する為に戻る気力はないが、何となく根拠の無い確信があった。

 しかしいつまでこの景色は続くのだろう。いつまで大きくなるのだろう。これほど大きくなっているの

に、この場所に辿り着くまで見えなかったのは何故だろう。これだけの大きさがあれば、離れた場所から

もここが山脈のように見える筈だろうに。

 近付かなければ見えないようにされているのだろうか。だとすれば何故だ。

 疑問が浮かんでは答えが出ず消えていく。ここの事は何一つ解っていない。

 せめて何か一つだけでも解らないだろうか。全てとは言わない、たった一つだけでも解らないだろうか。

 クワイエルは悩んでいたが、どうにも我慢出来なくなり、もう一度調査してみる事を決めた。まったく

相変わらず諦めの悪い困った男である。

 調査すると言っても、そこに積み重ねられた岩石は、もう一息に乗り越えていけるような高さではなく

なっている。正に山であり、それを乗り越えるだけでも相当の苦労が必要だ。

 仲間達は止めたが、しかし一度言い出したクワイエルが聞く筈がない。とにかく試したいと言い張り、

仲間達を離れた場所に置いて、一人山付近まで近付く。

 そしておもむろに山を叩いた。

 仲間達は明らかな恐怖の色を顔に浮かべて見守っていたが、どうやら崩れる心配はないらしい。この

境界付近だけは崩れないようにされているようだ。

「イス、ウル  ・・・・  留められし、力を」

 クワイエルは掌と足先に物質を吸着させる魔術を用い、覚悟するように一つ頷いてから、ヤモリのよう

にゆっくりと山を張り付き登り始める。

 しかしクワイエルは高い所が得意ではない。顔には出さないが、その動きは明らかに鈍い。

 そこまでして登らなくても良いのにと思うが、そうでないのがクワイエルなのである。まったく困っ

た存在だ。




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