12-14.

 下を見ないように、気にしないようにと念じながら、クワイエルはあまり格好の良くない姿勢で登って

いく。

 その姿は基本的にはヤモリなのだが、どうにも不恰好でヤモリと呼ぶにはヤモリにあまりにも失礼であ

る。明らかに慣れていないのが解り、もしヤモリ仲間が居れば、この下手くそめ、と大笑いされている事

だろう。

 それでも何とか頂上まで登りきり、クワイエルは岩石山の上に立った。

 さぞ良い眺めだろうと、内心の恐怖を押し殺して、背後を振り返ってみると、視界には霧のようなもの

がかかり、内側は少し薄いらしくまだ何とかぼんやりと見えたが、外側はほとんど見渡せない。辛うじて

すぐ近く、今登ってきた崖くらいなら見えるのだが、それを確認するという事は当然崖下を見てしまう事  それでも暫く深呼吸しながら色々やっていると、少しずつこの場所にも慣れてきた。何度か地面を足で

叩いてみたが、やはりこの境界付近の岩石山は崩れない。この大陸のそれぞれの種の領域というものはク

ワイエル達が考えている以上にはっきり決まっているという事なのだろうか。

 そういえば今までもそれぞれの境界ははっきりと区切られ、巨人と小人のような深い関係が無い限り、

隣同士でもほとんど干渉していなかったような気がする。この大陸ではそれが礼儀というのか、決まりと

いうのか、自分の居場所をはっきりさせておくというのが重要視されている。

 人間もそうだが、生命というのは自分の居場所には誰にも触れて欲しくないと考える所がある。もしこ

の大陸の種もそうだとしたら、そういう共通点があるのだとしたら、この大陸の種も根元は他大陸の種と

同じ所にあり、それがこの大陸が発する膨大な魔力によって、他大陸とは明らかに違った力と姿を持つよ

うになったという仮説に信憑性が出てくる。

 そこに何者かの干渉があったとしても、元々は他大陸と同じ物だったのだろう。

 クワイエルは暫くそんな事を考えていたが、ぼうっとしているとうっかり落ちそうになってしまったの

で、慌てて思考を中断した。そして現実を確認するかのように辺りを改めてゆっくりと見回す。

 ここから見ると、岩石群が徐々にその大きさと高さを変えながら、階段のように北へ北へと大きくなっ

ているのが解る。ただし高さは境界となる山の方が内側の山よりも若干高く、外から内が見えなくなって

いる。

 霞がかっている事を考えても、よほどこの大陸の種、或いは大陸自身は、奥地まで見通される事を嫌っ

ているのだろう。

 今までを振り返っても、例え高い所に登ったとして、見通せるのはせいぜい同じ地形までで、地形の変

わり目や、その先の別の地形を見る事は出来なかったように思う。

 まるで皆で奥地を隠すかのようだ。よほど見られたくない何かがあるのか。それとも深奥を恐れてでも

いるのか。

 理由は解らないが、執拗といってもいいくらいに徹底されている。

 不思議だ。これではまるで奥地を隠す為に様々な種が生まれたようではないか。

  だがこのままいくら考えたとしても答えは出ないだろう。クワイエルの中にはまだその答えが存在し

ていない。無い物を見付ける事は誰にも出来ないのである。また落ちそうになっても困るし、今はしっか

りと目の前の現実を見て行動しなければならない。

 しっかり現実を見て行動する。これはクワイエルが一番得意でありながら、一番苦手な事であるが、今

は一人しか居ない為、自分で頑張るしかない。



 念の為、次の山が崩れないかを一つ一つ確かめつつ、慎重にヤモリのように張り付き張り付き進んで

いく。不恰好なのは相変わらずだが、そんな事に拘っていられない。クワイエルは彼なりに必死だった。

 下を見るのが怖い為、出来ればもう少し内側に入りたい所だったが、どれがどういう風に崩れるか解ら

ないし、迂闊に入ると岩石にもみくちゃにされて死んでしまいかねない。だからなるべく外側外側の岩石

に張り付き、確認しながらゆっくりと進んでいる。

 もうこの辺りの岩石群は一つ一つの大きさがとんでもないだろうし、そのおかげで逆に助かる事もある

かもしれないが、危険の方が大きいと考える方が正解だろう。いつどんな変化があるのか解らないのがこ

の大陸なのだから、油断してはならない。内側の山も高く大きくなり、危険度も増す一方だ。

 それと共に、山を形成する岩石群達の不思議さに改めて気付かされる。

 境界が崖のようになっている事からも何となく察せられるが。ある程度の大きさになるともう普通に積

み上げるだけでは場所を大きく取ってしまうからか。山のようにというよりは、縦に繋がった球体が直立

するようなおかしな姿で積み上げられている

 そしてその柱の周りに申し訳程度に岩石がくっ付き、一応山型というのか三角形を形成しているが、あ

まりにも不恰好だ。おかしな方向に進んでいる。他人事ながら、もうその辺で良いんじゃないか、と思っ

ってしまうくらい、強引に立たされている。

 散らかして散らかして他に置き場がなかったから仕方なく積み上げた、という風にも見えてくる。一体

何の目的があって、こんな事をしたのだろう。

 慎重に進みながら、休憩の度にそんな事を考えつつ探索を続けてきたが、まだまだ先は遠いようなので、

ここで一度仲間達の許へ戻り、準備を整えてから、一緒に進み直す事に決めた。

 一応クワイエルも当面の食糧などは持ってきていたが、それも足りなくなりそうであるし、この境界山

伝いならば進めるだろう事も判明した。一応役目は果たしたと判断したのである。

 ようするに、一人でこれ以上進むのが怖くなったのだ。

 クワイエルにはそういう所がある。



 仲間達にも張り付きの魔術をかけ、全員でヤモリのように山を這い登る。これはこれで難しい運動だっ

たが、今では慣れ、当たり前のように移動出来るようになっている。

 これは低所で特訓した成果である。ただでは起きないのがクワイエルであり、間が抜けているがしたた

かな部分も持っている。自分が苦労した事で、ヤモリ歩きには訓練が必要だとようやく気付いたのだ。

 慣れてみればヤモリ歩きは楽しく、夢中で這い回って必要以上に疲れ、次の日に筋肉痛に悩まされたと

いう災厄ももたらしたが、ともかく無事に皆会得した。

 北に抜ける、或いはこの地の主に出会えるまでにどれだけかかるか解らないので、食糧や水も充分用意

している。森もまだまだ途切れなく広がっているようなので、いざとなれば降りて調達すればいい。

 早く上に登ってみたいという好奇心でいっぱいの仲間達と共に、クワイエルは難なく山頂に到着し、そ

こで一度充分な休息を取る。

 ここからが本番である。体力を蓄えておかなければならない。

 ヤモリ歩きするのは同じだが、これからは山から山へと、つまりは岩石から岩石へと移らなければなら

なくなる。並ぶ岩石もかなり大きいから張り付きやすいといえばそうなのだが、球体である事もあり、な

かなかに難しい。うっかり落ちてしまえば何処に行くかも解らないし、慎重にいかなければ。

 それに岩石に宿る魔力も怖い。今は特に何も支障はないようだが、いつ何が起こってもおかしくはない

のだ。

 早く行きたい気持ちは強かったが、ここは我慢してゆっくり進むしかなかった。



 数日進んで行くと、ようやく岩石の巨大化が止まった。

 そしてその最大となった岩石山の向こうには、今までと逆に等分に小さくなっていくのだろう山達が見

える。もしこの内側に立っている山の全てを東西のどちらかから一度に見る事が出来たなら、一つの大き

な山のように見える筈だ。

 もしかしたらそういう綺麗な二等辺三角形のような山を、この地の主は築きたかったのか。

 測りのようなものではとも思ったが、全体で一つを形作ったという可能性もある。全ては想像の範囲内

でしかないが、結果が解らない今、その全てに等しく可能性はある。

 何か無いかと思い、最大岩石山付近を少し観察してみたが、特に他の山と変わりなさそうだ。他種族の

痕跡も見付からない。居るとすればここだと思ったが、手がかりは何もなかった。もっと内側に行ってみ

れば何か解るのかもしれないが、崩れる危険性がある以上、境界山から覗くしかなく、解る事は少ない。

 クワイエル達には理解出来ない、想像も出来ない暮らしをしていて、その為に痕跡があってもそうと解

らない可能性もあるが、そこまで違ってしまえば理解し合う事も難しいだろう。残念だったがこのまま北

上を続ける事にした。



 最高地点を過ぎて一週間、いや二週間は経っただろうか、ようやく終りが見えてきた。時間がかかった

のは、山頂での移動が平地を歩くよりも数段きつい運動だったからである。その上結果としては何もなか

った。見付けられなかった。

 正直がっかりしたが、しかしこんな事もよくある事なので、気を取り直してとにかく進む。

 この山群が一体何だったのか、何の意味があったのか、今は解らない。もしかしたら永久に解らないか

もしれないが、この地を造った種がこの先に居ないとは限らない。可能性は低いが、もし出会えたとすれ

ばその時全ての謎が解けるだろう。

 その可能性を楽しみに、大事にしてこの地を去る。その方が執着してしまうよりは遥かに良い。

 それによく考えてみれば、わざわざこんな住み難い地形を住む為に作るのは妙である。

 確かにこの大陸の種は人間とは余りにも違い、完全に根底から違う生き方をしている種も居る。しかし

どの種にも共通するのは変化を嫌うという事である。

 それが今もそしてこの先も当てはまるのなら、すぐに崩れるような、つまりすぐに変化するような場所

を、住居として創るとは思えない。今までそうだったからこれからもそうだという保証はなく、これも仮

説でしかないが、根拠がない訳ではない。

 根拠があるからどうって事もないかもしれないが、気分的には何となく納得できる。今はそれでいい。

 クワイエル達は境界山を降り、更に北を目指し歩き続ける。この地の調査が終わっても、旅の終りはま

だまだ先だ。

 一体どこまで続いているのか、いつかその疑問にも答えが出る筈だ。彼らが進む事を諦めない限りは。




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