13-1.

 岩石群を抜けると、今度は舗装された道のように綺麗な平坦なタイルのような物が並べられている場所

が現れた。

 大地を埋め尽くすように綺麗に並べられ、まるで一枚の大きな板をそのまま大地の上に乗せてしまった

かのようにも見える。一枚一枚のタイルの切れ込みが見えなければそれに気付けないくらい綺麗に並べら

れている。

 起伏も一切無く、平らな地面がいつまでも続いていく。まるで室内にでも入ったかのように錯覚し、上

に空さえなければ完全に勘違いしていてかもしれない。

 何を考えてこんなものを作ったのかは知らないが。先の岩石群といい、この付近に住まう、或いは住ん

でいた種は、こういう物を作るのが好きな種であったらしい。

 人間も舗装好きといえばそうだが、ここまでする者はいないと思える。道のように一部だけなら解るが、

見渡す限り一面が舗装されているのは異常としか思えない。視界の果てまで続くそれは、まるで無限の広

がりを持つ部屋に居るかのように思え、眩暈(めまい)しそうになる。

「取り合えず、休みましょうか」

 岩石群を抜けて疲労していたので、野営しやすそうな地形である事だし、これ幸いと休みを取る事にす

る。疲労には誰も敵わない。

 クワイエル達は日が再び明けるまでゆっくりと睡眠を取り、その疲れを癒したのだった。

 そしてあくる朝。

「・・・・・まさか」

 朝起き、当然のように空を眺め見るような姿勢になっていたクワイエル達は、そこに太陽が無い事に初

めて気が付いた。

 普通に昼夜の区別があったのでうっかりしていたが、よくよく空を眺めると、そこにあるべきあの真ん

丸く輝く光円の姿が見付からない。

 光は確かに差してくるものの、肝心のあの姿が何処にも見当たらないのである。

 まるで空全体が光り、そして陰るかのようで、それは確かに空ではあったが、クワイエル達の知る空と

はまるで別個の物だと思えた。

「一体、太陽は何処に行ってしまったのか」

 問いかけても答えられる者は居ない。

 太陽が邪魔だったとすれば、消した後にわざわざ魔力で昼夜を作るとは思えないが、もしかしたら太陽

の光が強過ぎたのかも知れず、また太陽に煩わされず、自分達で昼夜を自在に動かしたいという思いがあ

ったという可能性もある。

 太陽を消したのではなく、単に太陽を見えなくさせただけだと思うが。それにしてもよく解らない事を

するものだ。

 前の心が石化していく森、その先の草原であった蜘蛛のように自分自身が光を生んでいるとすれば、他

の光が目障りだと思ってもおかしくないが。わざわざ別に昼夜を作り出す考えは良く解らない。取り合え

ず出来るからやってみたのだろうか。そういう実験なのだろうか。

 理由は色々と想像出来るが、どれが正解なのか、それとも全て間違っているのか、さっぱり解らない。

解る事と言えば、ここには昼夜はあっても太陽は無い、少なくとも見えない、という事だけである。

 では、それでどうするか。

「まあ、進んでみましょうか」

 答え、どうともしない。

 そう、この大陸の事は全くどうしようもない。誰にどんな考えがあり、その為に何をしているとしても、

それをクワイエル達がどうする事も出来ない。力の差があり過ぎる。彼らに出来るのは、何となく納得し

ながら進む事だけである。受け容れる事しか出来ない。

 自然そのものすら作り変えるような存在に対し、一体何を言えば良いというのか、どうすれば言いとい

うのか。人のやり方を押し付ける事に意味などなく、愚かにしかならない。

 だから、どうにもならない。そう考える他にないではないか。これだけ不自然な地形の変化があっても、

自然と同じく、大いなる存在の前では黙って受け入れるしかない。

 彼らは彼らの理で動く。偉大であるが故に、誰もそこに異を挟めない。

 だからクワイエル達はとにかく進む。北へ、北へと。それは果てしなき道のり、辛抱強く進むしかない。

時折心中で疑問を投げかけつつ、しかしさらりと自らかわして。



 進んでも進んでも地形は変わらず、一面タイルの海で、少し飽きてきた。

 岩石群のような苦労はなく、むしろとても歩きやすくて良いのだが、タイル自体が固い為だろう、足に

かかる負担は少なくない。そういう程良い疲れをせめて景色で紛らわせたくても、一向に景色は変わらな

い。そのせいで退屈を覚え始めたのだろう。

 退屈と思えるのも平和の証といえるが、少々辛い。

 こうなると何故か必死に苦労していた時の事が懐かしく思えてくるから不思議だ。

 実際また苦労するとこんな苦労は嫌だと思うくせに、苦労が無くなればなったで退屈に思え、何だか物

足りなく感じてしまう。

 これが人の心の困った所で、あまり一方へ傾き過ぎると、平穏無事にすら飽きてくるのである。

 クワイエル達も単調な旅には慣れているとはいえ、この退屈さとが消える訳ではない。彼らもこの宿命

から逃れる事は出来ないし、単調な景色は堪える。

 せめてタイルに何か変化がないかと思い、思い出しては立ち止まって調べてみるが、希望する変化は見

られない。

 解った事といえば、このタイルの素材が先の岩石と非常に近く、拳でノックするように叩くと、よく響

く心地よい音色を奏でるという事くらいだろうか。

 でもそんな音色も曲を演奏できる訳ではないからすぐに飽き、退屈を紛らわせる事はとても無理だった。

 とにかく固いし、空には太陽が無いし、散々である。

 何がどうかは解らないし、あんまりそれらは関係ないような気もするが、とにかく散々な気持ちだった。

 素材が似ているのであれば、ここも岩石群を作った種と同じ種が作っていると考えるのはおかしくない

し、だとすれば岩石群は素材置き場のようなもので、こっちが居住区だとも考えられる。

 居住区にしてはおかしな地形だとしても、そうである可能性は少なくない。屋根が無い事を除けば、こ

こは、雰囲気だけは、すこぶる過ごし易そうである。それともここは単に廊下のような移動用の場所であ

って、生活する為の場所ではないのだろうか。

 こんな訳の解らないだだっ広い廊下を作る意味は解らないが、作った種にとっては重要であるかもしれ

ず、特に重要ではないのかもしれず、やっぱりさっぱり解らない。

 そしてそのさっぱり解りなさ加減がまた退屈を助長し、疲労感を増させる。

 何かもう突然バーンと出てこないかなとか思いつつ、やっぱり何も出てこないし、しんどく思いつつも

クワイエル達は進み続けるしかなかった。このだだっ広い廊下を、いや糞広いだけの大部屋を。



 延々と歩き続け、延々と乾いた足音が響き渡る。

 だからどうという事もないが、静かな場所で足音だけが響くのは少し不気味で奇妙に感じる。まるでこ

の世ではないかのような、そんな思いが浮かぶ。

 相変わらず果ても見えない。しかし変化が全く無い訳ではなかった。

 タイルの色が変わったのである。

 これもだからどうだと問われれば答えようが無いが、待望の変化である。どうもある程度進むと色が変

わるらしく、岩石群の大きさが変わっていったのと同様、このタイルにもこの地形共通の変化がある事が

解った。しかしその変化を起こす、ある程度の距離、が長い為に実感がわかないというのか、微妙である。

 変わった時は少し驚くが、すぐにその変化にも慣れ、飽きてしまう。

 これが次々に色が変わるとか、様々な色のタイルが散りばめられてでもいれば、まだ楽しめたと思うの

に、そういう遊び心は感じられない。岩石群はまだ視覚で圧倒されたが、今度のは非常に地味で、どうに

もならない。

 何の為にこんな事をするのだろう。今度こそ距離でも測る為だろうか、それともいい加減気分を変えた

くなってちょっと色を変えてみたのだろうか。

 いや、もしかしたら素材が違うのかもしれない。そう閃いてタイルを叩いてみたが、前のと大差ない気

がする。こういう素材についての専門家もクワイエル達の中には居ないので良く解らないが、ともかく音

は大差ない。つまり色以外に違いが解らない。

 こんな事になるなら、誰か専門知識の豊富な者を連れて来れば良かったと、探索という目的の時点で初

めから気付きそうな事に今初めて気付き、少し後悔もした。

 だが例え出発前にそう気付いていたとしても、そういう都合の良い人材が上手く見付かるかといえば疑

問であるし。魔術師の集団という訳の解らないものに、専門知識のあるまともだろう者が付いて行くとも

思えない。

 それにこのタイルもこの地に住まう種が創り出した物である可能性が高く。そうであれば折角の知識も

役に立たないかもしれない。

 そんな疑問だか悩みだか訳の解らない事を考えている内に、前方に何やら建物らしきというべきか、何

か盛り上がった、高さのある物体がふと姿を現した。

 起伏が無く見晴らしの良い地形なのにも関わらず近付くまでそれが見えなかったという事は、ここにも

何らかの結界が張られているのだろう。

 結界に気付けなかったのは、このタイルから発する魔力がそれを防ぐ役目を果たしていたからだろう。

 タイルも前の岩石同様豊富な魔力を帯びており、それが魔力に関する感覚を鈍らせる。タイルから感じ

られる魔力が強過ぎるせいで、それ以外のものを感じ取り難くなってしまうのである。

 塩を口一杯ほうばると味覚が麻痺し、他の細かな違いを感じ取れなくなってしまうようなものか。

 そう考えると、もしかするとあの岩石群の中にも隠されたものがあったのかもしれない。もしそうなら

あの奇妙な地形にも納得が・・・・出来る訳はないが、一つの理由を付ける事にはなる。断言は出来ない

が、可能性は低くない。

 この盛り上がった場所も、たまたまこうして通りかからなければ知らずに見過ごしていたのだろう。

 今回は幸運だった。

 クワイエル達は喜び勇んでその場所を目指している。



 その場所はピラミッドの中腹から上を切り取ってしまった残りのような姿をしており、何かを置く巨大

な台座のようにも見える。

 周囲を少し歩くと、登る為だろう階段が付けられているのを発見した。遠くにも似たような階段が見え

る。多分他にも幾つか付けられているのだろう。

 逸る気持ちを抑え、念の為に階段を調べてみたが、魔術が仕掛けられている気配は無さそうだ。もっと

も、相変わらずタイルの魔力波が邪魔しているから、上手い事仕掛けられていたらクワイエル達には気付

く事が出来ないだろう。

 しかしいつまでも迷っていても仕方ないので、まずクワイエルが独りで階段を上がってみる事にした。

「・・・・どうやら問題ないようです」

 階段を数段上がり、腕を振り回し、跳ねてみたりしたが、何も起こる様子はない。こんな静かな所でば

たばたやっていたら、何処かの誰かに怒られそうな気もしたが、幸いそういう事もなかった。

 特別な力は感じられず、この台座を形成する素材からも何も感じられない。階段を上がってみて解った

が、この場所に使われている素材は意図して魔力を消したかのように、タイルと違い、何も発していない。

魔力が弱いのではなく、魔力自体が感じられない。

 その上、タイルの魔力波もここには全く影響しない。まるでこの巨台座自身が魔力を拒むかのように、

全ての魔力を遮断している。

 まあそれはそれで良いとして、魔力が感じられないという事は、一体どういう事かを考えてみよう。

 魔力が生命力と同じである以上、それはこの物体が死んでいる事を意味する。或いは死んだ状態のまま

生きている事を意味する。

 まことに奇妙な状態だが、出来ない事はないのだろう。この大陸にはクワイエル達が不可能と思う事が

当たり前に存在している。だからそれはいい。そういうものだと受け入れよう。

 ただ、そこに何の意味があるのか。

 もしかしたら何の意味もないのかもしれないが、しかし岩石群といいタイルといい明らかに意図して魔

力を付与、蓄えられているのに、ここだけそうしていない。それどころか全く逆の事をしているという事

は、そこに何らかの意味があると考える方が自然だろう。

 いや、もしかしたらそういう事を当たり前にする種なのか。

 とにかく調べてみなければ解る事も解らない。調べても解らない可能性の方が高くても、一応出来る事

はやっておかなければならない。

 いや、やっておかなければならないというよりは、むしろ進んでやりたい。それが魔術師の心意気。

 しかしここまでの旅によってそれなりに経験を積んでいるクワイエル達は、逸る気持ちのままに階段を

駆け上がるような事はせず、慎重に一段一段確かめながら進むのであった。

 確かに多少は成長しているようである。




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