13-2.

 階段を上っていくが、特に体に異常は見られないし、他に何かあるようでもない。この台座が魔力を遮

断(しゃだん)している以上、クワイエル達にも何らかの影響が出るとも思えたのだが、今の所は大丈夫

なようである。

 もしかしたら生命体に影響がないように何かが施されているのかもしれないし、本当は何か影響を受け

ているのに単に彼らが気付いていないだけかもしれないが、今の所特に変わった事はない。

 慎重に進み、一段一段何かないかと確認しつつ上る。

 通常の者からいえば面倒極まりない作業でも、魔術師にしてみれば楽しい仕事である。今にもここから

何かが出てくるかもしれないし、もしかしたらこの段から何か変化するかもしれない。或いは何もないと

見せかけておいて、この段にだけ特別な仕掛けが施されているという可能性もある。

 妄想ともいえるが、そういう想像をしながら調べていくのは楽しい。

 おかしいといえばそうだが、楽しみというのはそのように本来個人的なものである。何も不思議に思う

必要はない。

 しかしクワイエル達のそんな期待も虚しく、階段には何も無く、平穏に終着点まで辿り着いてしまった。

 そこはとにかく広いだけの空間、階下と同様にただ平面が広がっているという感じで、タイルも張られ

ておらず、巨大な一枚岩のような、それだけの物が鎮座している。

 もしかしたらこれ自体が何かの装置なのかもしれないが、その操作法、目的などはさっぱり解らない。

ただの飾りだという可能性もあるし、何もしなくてもここにただ在るだけで何らかの効果を発してるとい

う可能性もある。

 解る事と言えば、何者かが加工したとしか思えない程綺麗に平らにされており、表面に凹凸(おうとつ)

がまるでないという事だけであった。

 だがこの場所そのものが隠されていたように、この場所にも何かが隠されている可能性がある。果てし

ない程広い訳でもないので、この台上の全てを調べてみる事にした。

 調べるといっても特別な事をする訳ではない。虱潰(しらみつぶ)しに歩くのである。

 横一列に並び、前進する。端まで着いたら横にずれ、そしてまた前進する。この繰り返しだ。

 地味な作業ではあるが、そこに当たれば見えるようになる結界なのだから、何かあれば解るだろう。

 しかしそんな事をやってみても、結局何も見付からなかった。もしかしたら何かがあるのかもしれない

が、少なくともクワイエル達にはそれを見付ける術が無かったのである。

 残念だが拘っていても仕方ないので、この場所を後にし、再び北を目指す事を決めた。



 そうして更に幾日進んだだろう、数えるのも少し面倒になってきた頃、クワイエル達は再び例の台座と

遭遇している。

 もしかしてループしているのではないかと不安に思ったが、タイルの色が前回と違うのを見ると、そう

そうではないらしい。下から見上げる限り全く同じ物に思えるが、これは別の台座なのだろう。

 安心した所で前回同様に調べてみる。地味な作業が続き、今回も何も見付からなかった。

 少しがっかりしたが、でもこうして二つ見付かったという事は他にもあるかもしれないし。他の台座に

は何か手がかりになるようなモノが残されている可能性がある。そう思うと何となく宝探しでもしている

ような気持ちになり、楽しくなってきた。

 魔術師はこういう事に関してはへこたれる事を知らない。

 それに目的というのか当てが出来ると、代わり映えのしないタイルの上を歩いて行くのもそれほど退屈

にならなくて済む。あっちにあるのではないか、いやこっちが怪しいなどという会話が生まれ、クワイエ

ル達の間に活気が生まれてきた。

 彼らには何としても成果を出そうという欲は無い。勿論何かがあった方が嬉しいが、あくまでもこの大

陸の調査、大雑把に言えば大体の地図を作る事が目的であり、何処にどんな種や物があって、何処が危険

で何処が安全なのか。そういう事さえ調べられれば充分である。

 今行っているような細かな事を調査するのは仕事というより趣味に近く。他種族との交流は重要な仕事

であるが、しかしそれを強いられている訳でもない。クワイエル達は好きに進めば良く、無理ならば引き

返しても良い。そういう気楽さがあるからこそ、逆にいつまでも興味を持って進んで行けるのだろう。

 全てに結果を出す事だけが、彼らの道ではない。

 そして人がそうしなければならない理由もない。

 変人にも見習うべき所はあるのだ。ごく稀にではあるとしても。



 それから一週間進み、幾つかの台座を発見したが、どれも外れだった。

 どれもこれものっぺりしたもので、何の特色もない。判で押したようにぽんぽんぽんと同じ台座がある

だけで、そこからは何も見付からない。

 そこに何の意味があるのか、この台座が何をしているのか、察する事は出来ない。他種族でも発見出来

れば彼らに問う事が出来るのだが、何者かが生活しているような跡も見えず、他種族に出会える気配は相

変わらずなかった。

 だから今調べている台座もこれまでと同じだろうと考えていた。しかしそれが違ったのである。何とこ

の台座は二層立てになっていた。つまり台座の上に一回り小さな台座が乗り、よりピラミッド状に近くな

っていたのである。

 だからどうだと問われれば、答えは浮かばないし、結局その二層目にも何もなかったのだが。クワイエ

ル達の興奮は最高潮に達した。

 でも次の日、あ、でもこれって前と同じで徐々に高くなってから低くなる、という事なんじゃないのか、

と考えてしまうと、最高潮に達していた気分もすぐに落ちてしまい、悔しさというのかや

りきれない気持ちが興奮と引き換えに湧き上がってきている。

 この先が読めてしまう自分が憎い。

 この推測が外れてくれれば、それはそれで良い思い出になってくれたのだが。結論から言うと、正しく

そういう事だったのである。



 岩石群同様、この地でも何も発見する事が出来なかった。台座は最終的には三層あり、その後二層、一

層に変わった後に消え、タイル地帯も程なく終わりを告げ、クワイエル達もそう結論を出すより他にはな

かった。

 その頃には食料と水も尽きかけていたので良かったといえばそうかもしれないが、どうにも腑に落ちな

い心が残る。一体何の為にこんな事をしているのだろう。

 もしかしたらクワイエル達がこの大陸の果てを目指すのと同じく他人から見ればまことに馬鹿げた話し

だけれども、単に趣味か遊びでやっているのだろうか。それとも造ってはみたものの思っていたものとは

違ってしまい、途中で放棄してしまったのだろうか。

 そういう可能性も無い訳ではないけれども、それはそれで妥協をしない種というべきか、飽きっぽい種

だというべきか判断が出来ず、どうにも微妙な心持にさせられる。

 クワイエル達は心の置き所が見付からないまま、更に北を目指す。

 タイル地帯を終えた先には、再び平坦な地形が待っていた。

 荒地というのか、今まさに工事中、いや工事前といった感じで、剥き出しの地面に申し訳程度に草木が

残されているだけで目立つような物は少ない。結界も張られていないのか遠くまでよく見える。先には森

があり、少し離れた場所には湖があるようだ。

 先の森を着工前だと考え、湖が残されている事から推測すると、この辺りも元々は森だったのだろう。

それを切り拓き、そしてまたおかしな建造物を造ろうというのか。

 という事は、この付近に他種族が居る可能性が高いという事になる。今まさに工事中という雰囲気をか

もし出している事から察するに、この付近に工事中の他種族が居ると考えるのは自然である。だからあっ

ているという保証はないが、可能性は高い、筈だ。

 今まで散々待たされたが、ようやく会えるかもしれない。もっとも、この地は途中で放棄した場所で、

他に良い場所を見付けたからそっちに行っている、という可能性もあるが。

 どちらにせよ食料と水が少なくなっているし、見えている湖へと向かう事にする。

 湖は澄んでいた。とてもこんな場所にあるとは思えない程済んでいて、川のような流れが最近まであっ

たか、清浄にする魔術でもかけられているのだろう。

 この地に住まう種もこの世界の種が大体そうであるように、水を必要とする種が多い。少なくともクワ

イエル達が知る限りはそうで。人や鬼人と同じ目的で必要かは解らないが、わざわざこうして残されてい

るという事は、この湖が必要だったのだろう。

 試しにクワイエルが飲んでみたが、暫くしても異常は見られない。味も良く、むしろ体が元気になるよ

うな気がした。そこで仲間達も遠慮なく水を飲み、蓄えている。これでまた当分の間持つだろう。

 湖の中には魚も泳いでおり、これは良いと捕まえられるだけ捕まえていると日も落ちてきたので、今日

はここで野営する事に決めた。獲った魚もハーヴィ達が知っている魚だったので安心出来る。見た目が同

じで全く別の魚だという可能性もあるが、試しに食べてみる事にする。

 ただ気になるのは、生活するに便利だろうこの場所に、わざわざ便利に造っただろうこの場所に、全く

生活した跡が見えない点だ。何かしらそういう痕跡があっても良い筈なのに、前と同様何もない。

 結局この湖付近にも手がかりは無かった。

 もしかしたら透明な存在なのかもしれないと考えたが、しかしそれでも生活の跡は残る筈である。やは

りこの付近からは去ってしまった、この湖はその名残だと考える方が正解なのかもしれない。

 でもこうして水と食料にありつけた事で、久しぶりに遠慮せず飲み食いが出来る。その幸福を今は存分

に味わう事にしたのである。



 一夜明け、クワイエル達はどうするべきか悩んでいる。

 このまま北へ向かうのが無難な道だが、湖だけではなく他の場所も調べてみたい気がする。もしかした

ら何か隠されているかもしれないし、このまま何も解らずに去るのは悔しい。

 探したから何かが出てくるという保証はないとしても、やらずに去ってしまうのは惜しい。その惜しさ

故に失敗を招く事があるとしても、やはり惜しんでしまうのが魔術師だ。

 悩んだ末、彼らはその付近を調査する事に決め、ハーヴィ、ユルグ、レイプトの組と、クワイエル、エ

ルナの組に別れ、日が落ちる前には一日の結果を報告し合う為とお互いの安全を確認し合う為に湖へ戻る

事を決めて、二手に分かれて東西を調べてみる事にしたのだった。

 一日、二日と経つが、特にこれといった物は発見されていない。ここが見るからに工事中という事から

すると、まだ設計の段階にあるのかもしれない。

 やるならすぐに造る事が出来る。だが設計図が完成しなければ何を造っていいか解らない。上の奴らは

何をもたもたしているんだ。早くしろ。ありえる話だ。

 しかしそんな状況に神も痺れをきらしたのか、三日目にして待望の変化を発見した。

 発見したのはハーヴィ組で、焚き火の跡と足跡を見付けたらしい。残念ながらその姿を確認する事は出

来なかったが、確かにこの付近には何者かが存在している。

 そこで明日は全員でハーヴィ組が担当している西側の見付けた痕跡付近を、慎重に調査してみる事にし

ている。

 他種族を見付けたとしても、それで安心は出来ない。こうして無事にこの地に入れ、そして生きていら

れる事を思うと、敵意は無いと考えられるが。もしかしたら自分達に近付かない間は放っておくが、もし

近付いてくるようなら容赦しない、という考えである可能性もあるし、油断は出来ない。

 そう考えるのは悲しいが、お互いにまだ相手の事を全く知らないのだから、誤解や偏見が生まれてしま

ってもおかしくはないのである。

 まずお互いを知る。それだけが互いの不安と争いを消す為の唯一の方法だろう。

 もっとも、問答無用で襲い掛かられてしまえば、知るも知らぬも無いのだけれども。




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