13-3.

 そこには確かに何者かが生活していたらしき跡が残されていた。容器や食器のような物は見当たらなか

ったが、残飯らしき物がある。それだけなら獣の類とも思えるが、木の実などは綺麗に身の部分だけ食べ

られていて単なる獣とは思えない。

 そうやって綺麗に食べる獣も居ないではないが、ここは他種族であると思いたい所。

 焚き火の跡も確かに残っている。まず間違いない、と思いたい。

 だがその他には特に目ぼしい物が無かったのと、明らかにその痕跡は時間が経っていたものだったので、

とうにずっと離れた場所へ移動しているのかもしれない。

 それでも取り合えず探してみる事にし、一日探してみたが他種族は発見出来なかった。

 今度は範囲を広げて探す。そして一日、二日が経った頃、ようやく次の痕跡を発見した。前に見付けた

場所から随分北西に移動している。いや、もしかしたらこちらから前の痕跡に移動したのだろうか。

 気になるので魔術を使いいつ頃焚き火が起こされたのかを調べてみる。しかしそこでうっかり前の痕跡

を調べていなかった事を思い出し、慌てて引き返して調べ、戻り、改めて魔術を使う。

 すると北西の方が新しい事が解った。つまりこの痕跡の主は北西に移動している、という事になる。そ

して焚き火の跡から跡までが一日の移動距離だと考えると、その距離はざっとクワイエル達の倍にもなる

事が解る。

 焚き火の近辺に数日滞在しているのなら良いが、もしそうでないとしたら、このままいくら追っても追

い付けない事になる。これは困った事だ。

 こちらも移動速度を魔術で倍にしてみればどうだろう、と考えたが。どちらにしてもクワイエル達が焚

き火などの痕跡を見付けるには時間がかかり、例え三倍、四倍の速度にしたとしても追い付けるかは解ら

ないし、クワイエル達の体の方が持たないだろう。せめて他種族の目的地が解ればやりようもあるのだが、

何も解らない以上、追跡は困難である。

 足跡なども見えないし、驚くべき事に魔力の痕跡も無い。魔術を使って何らかの痕跡を辿っていければ

良いのだが、思い付く限りの事をしても成果は出なかった。

 ばったり出会える幸運を信じながら、地道に歩いて探すしか無さそうだ。

 絶望的といえばそういう状況だったが、クワイエル達がそれでがっかりしたという事はない。むしろそ

の方が面白いとばかりに元気になり、若干速度を上げて追跡を再開しているくらいである。

 魔術師の精神的耐久力は一般の倍はありそうだ。

 だからこそ余計に始末が悪いのだけれど。



 それから三日程探索を続けると、新たな焚き火の跡を発見した。こうなると距離だけではなく、大体の

方角の目安が付くように思えるが、しかしここから急激に方向を変えている可能性もあり、油断は出来な

い。今の所、真っ直ぐ北西を目指しているらしいが、果たして目的地は本当にそこなのか。

 何か目印になる物でも残されていれば良いなと淡い期待を持ちながら更に二日進んで行くと、何やら先

の方に半球に積まれた土砂というのか、素直に丘と言えば良いのか、そういう地形が見えてきた。丘の向

こうには木々の群れ、おそらくそこは着工前の場所であり、この丘が着工中の終着点という事になるのだ

ろう。

 森より先はまだ手を入れていない、他種族が居ない場所、という事になる筈だ。多分。

 という事はこの丘で今作業をしている真っ最中なのかもしれない。クワイエル達は期待を抱き、急いで

丘へと近付いた。

 しかし近付けば近付く程何も無いのがはっきりし、がっかりしている。

 その場所はただの丘で、丘以外の何者でもなく、丘以外には何も無かった。確かに綺麗な半球型をして

いるがそれだけの事で、完成前なのかこれで完成なのかは解らないが、質感は剥き出しの地面と変わらな

い。一応手を加えてみましたよ、という感じの丘で、そこから解る事は何も無かった。

 付近に何かないのかと探してもみたが、痕跡のような物は見付からない。もしかしたらここまでが一区

切りですよというただの目印なのかもしれない。

 だとしたら無駄骨を折った事になるのだが、クワイエル達としては新発見をしたのだから、それだけで

も満足であるようだ。ただでは起きないというのか、取り合えず興味を満たせる物があれば、それで満足

はするらしい。

 便利と言うべきか、だからこそどうしようもないと言うべきか。

 そのままずっとここに居ても仕方が無いので、今度は森との境界に沿ってぐるりと一週してみる事にす

る。もしかしたら何か見付かるかもしれないし、回っている間に何か変化があるかもしれない。ここが着

工中の場所であれば、その内に何か建てられる可能性もある。馬鹿でかい物を作るのが好きなここの種の

事、何かあればすぐに解るだろう。

 大きな成果が出ず、何だか焦らされているようでちょっと腹が立ったものの、それだけ楽しませてもら

っていると考えれば、決して悪い事だけではなかった。



 森との境界を進んで行くと、森の中に不思議な物をいくつか発見している。だからこの地に拘るよりも

先に進んだ方が他種族と会うには手っ取り早いような気がするのだが、目先の好奇心をある程度納得出来

るまでは抑えられないのが魔術師である。

 だからこそ無数の失敗をその歴史の中で繰り返してきているのだが、それでも止められない。困ったも

のだが、魔術師なのだから仕方がない。彼らに何を言った所で聞きはしないのだ。

 失敗して気付く所か、失敗しても開き直るだけだろう。

 何とかに付ける薬は無い、の何とかには魔術師が一番しっくり当て嵌まるような気がする。

 だからクワイエル達も今そこにある好奇心に従って慎重に境界を辿っていく。今の所境界内には目ぼし

い物は見付からないが、それはそれでも構わない。何も無い事を確認するだけでも良かった。

 期待通りだけではなく、期待外れもまた楽しい。だからこそ始末に悪く、魔術師という存在は一般には

ほとんど理解出来ないのである。

 理解し難いというべきか、問題外というべきか、とにかく魔術師とはかくも恐ろしい存在なのだ。

 しかしそんな恐ろしい魔術師という種も退屈という感情は持ち合わせている。何かがあれば良いのだが、

単調な光景が続いてくると流石に疲れてしまうらしい。

 クワイエル達が休憩を取る回数も心なしか増えてきているようだ。

 このままでは探索というよりも、休憩の方が主になってしまうかもしれない。端を進んでいる為か、焚

き火のような痕跡にも出会わないし、選択を失敗したかと今更気付き始めた頃、再び半球の丘を発見した。

 姿形は前のと全く同じである。まるでそのままここへ持ってきたかのようで、簡単にこういった物を造

れるとしたら、高度な力を有している事は間違いない。

 そして当然、この丘にも手がかりらしきものは一切無かった。

 このような具合に1、2週間かけて一周してみたが、似たような半球丘を発見しただけで、成果は無か

った。運が悪いと言うべきか、そもそも端なんか進んでたら会えるものも会えないだろうと言うべきか、

失敗した事は確かである。

 だが大きな建造物を発見出来ず、荒地も多いという事は、まだここは未完成であって、他種族が居る可

能性が消えていない事も意味している。諦めるには早いかもしれない。

 それともここは放棄された場所なのだろうか。

 色々と悩むが、悩んでいても答えは出ない。知らない答えなんか、初めから出る筈がないのだ。

 結局諦めずに探索するか、それともきっぱり諦めて他へ進むか、二つに一つしかないが。この地にいつ

まで拘っていても仕方がない。

 クワイエル達は一日相談した後、後三日探して何も無かったら他へ行く事を決めた。

 後三日としつこく拘る所がいかにも魔術師だが、後三日で諦めると考えれば魔術師らしくない諦めの速

さともいえる。

 そしてその日はもう休む事にし、三日全力を尽くして探索する為の力をそれぞれに蓄えたのだった。



 クワイエル達はここで思い切った事をしている。ここが安全だと判断したからだが、驚くべき事に二手

ではなく一人一人ばらばらになって探索し始めたのだ。

 それを言い出したのは勿論クワイエルで、これは豪胆というよりは無謀な提案に思えたが、誰も異論無

く、満場一致で決定している。

 おそらく全員がやるだけの事はやりたかったのだろう。結果が出るとか出ないとかではなくて、例え限

られた時間の中ででも、精一杯にやっておきたい。精一杯やったという記憶を作っておきたい。そうする

事で自分の中で区切りを付けたかったのだ。

 何しろずっと奇妙な建造物、しかも途方も無くでかい物を見せられてきた。その上調べても何も解らず、

手がかりもなく、不満だけが燻(くすぶ)らされている。

 そんな中でこの地に踏み入れ、ようやく謎が解けそうな気配を感じたのに結局何も解らない。解らない

まま出るしかなさそうだ。

 仕方が無いと諦めはするけれども、諦めるから悔いは無いという事にはならない。魔術師が変人だと言

っても、人並みの感情はある。むしろ好奇心が大きい為に、そういう感情は一般の人よりも大きいと言え

るのかもしれない。

 その感情が今爆発した。そう取っても良いのだろう。或いはそろそろ単独で行動しても良いんじゃない

か、そういう事もあって良いんじゃないか、という心が芽生えたのか。

 理由ははっきりとは解らないが、つまりはそういうお年頃になったという事で、油断もあったのかもし

れないが、それだけの決意があったという事である。

 勿論、危険は承知しているし、誰も反対しなかったという事は、全員がここで死ぬ事も辞さないという

心構えである事を表している。

 変人の心意気、魔術師の覚悟、厄介なものだが、そういう気持ちも時には必要なのかもしれない。

 しかし千尋(せんじん)の谷に飛び降りる覚悟で臨んだ決死の探索も、全く実を結ぶ事はなかった。

 湖や焚き火の跡などは発見しているが、それ以上の、今までと違った痕跡を発見出来ず、三日という期

限も切れ、悔いの残るままこの地から離れるしかなかった。

 クワイエル達は悔しい思いを消す事は出来なかったが、やるだけの事はやり、一人になって探索すると

いう冒険を経験した事で、これまでよりは幾らかすっきりした気持ちで受け容れる事が出来ている。

 これなら無茶をした甲斐もあったというもの。例え大した成果は出なかったとはいえ、満足出来る部分

もあったのだ。

 不満を別の満足に擦り替える、いや無理矢理誤魔化したようなものだったが。それでも何一つ満足出来

ないよりは良かった。こういう姑息(こそく)といえば姑息なやり方も、時には必要なのである。多分。



 剥き出しの荒地を通り抜け、クワイエル達は北へ向かう。

 その足に迷い無く、後を振り返るような事もしない。まるで初めからそこに行っていなかったかのよう

に完全に心を切り替えている。

 こういう所は見習うべきだろうか、いやいやそんな訳が無い。

 荒地の北側はほぼ森に覆われている為、当然この森を行く事になる。森は水や食糧の確保が出来るのが

ありがたいが、視界が狭くなり、何が現れるのか解らない怖さがある。

 今までの森でもクワイエル達にとってありがたくない場所は少なくなかったし、気を引き締めて行かな

ければならないだろう。

 しかしそんな意気込みをはぐらかすように、或いは期待に応えるかのように、森に踏み入れた途端、他

種族らしき存在とばったり出くわしてしまったのである。

 それは全く突然な事で、誰も予想すらしていなかった。

 その為か、何となくお互いにばつが悪いようなおかしな気持ちになった気がし、そういう心を共有する

事が出来たような気がして、かえって通じ合えたような気持ちになった程である。

 その種は獣人といった風な姿で、腕や足、そして腹、顔といった部分以外は毛に覆われているが、目が

三つある事以外はクワイエルとそんなに変わらない。むしろ鬼人よりも人に近い。

 表情はどこかぼんやりとしていて、目は曇ってはいないが鋭くもない。優しそうというよりはのんびり

しているような印象を受ける。

 敵意を持っていない事は一目で解るし(そう思えるだけという可能性もあるが)、相手も戸惑っている

のか何をしてくる様子もない。ただ吃驚したようにクワイエル達を眺め、その三つの目で何事か訴えるよ

うに見詰めている。

「よろしければ、少しお話をしたいのですが。お時間はありますでしょうか」

 そこでクワイエルは例の如く何かの勧誘をするような口調で、そう尋ねてみるのだった。

 この男は驚いている時でさえ緊張感が感じられない。けしからぬ事だ。




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