13-4.

「ア、アー、アー」

 獣人は両手を意味も解らず動かすようにしてそんな事を呟(つぶやき)きながら、三つの目をぐるぐる

と回す。クワイエル達が察するに、それは混乱しているように思えたが。本当は怒っているのかもしれな

いし、笑っているのかもしれない。若干面白いが奇妙な動作だった。

 このままでは判断がつきかねるので。

「よろしければ少しお話させていただいてよろしいでしょうか」

 もう一度ゆっくりと言ってみる。

 すると獣人は。

「ん、アー、んん、アー、うん、いいよ」

 と言って、その動作も落ち着いてきた。

 やはり動揺していたらしい。やがて両手の動きが止まり、目も止まると、普通に会話できるようになっ

た。翻訳の魔術にも問題は無さそうである。

 そして立ったままではなんだからという事で、その場に皆で座り、暫くの間語らう事にする。

「あなたはここに住んでおられるのですか」

「ん、アー、そうだよ」

「あなた一人ですか。それとも大勢おられる」

「ん、ンー、一人ではない。でも、ンー、多くもない」

「なるほど。では私達がこの森に居てもいいのでしょうか」

「ん、アー、いいんじゃない」

「よろしければ、貴方のお仲間にも会わせていただきたいのですが」

「ん、んん、うん。いいよ」

 会話が得意ではないのか、こんな断片のようなやり取りになってしまったが、別に敵意や悪意がある訳

ではなく、クワイエル達がここに居る事にも問題はないらしい。或いはそういう事に対する関心自体がな

いのだろうか。

 獣人が案内してくれた場所は、地面に洞窟のようにぽっかりと開いた穴で、どうやらそこが彼らの住居

になっているらしい。

 ただ話しによると、彼らはここにいつも居る訳ではなく、雨避けと荷物置き場のような場所であるとの

事。普段は森中を好きにうろついているので皆がどこに居るかは解らないが、ここなら留守番役が一人二

人は居るから、多分誰かには会えるだろうという事だった。

 答えが曖昧ではっきりせず、要領を得ない部分も多かったが、ゆっくり話し合えば理解しあう事は出来

る。クワイエルは念の為に地図上へ、焦り禁止ゆっくり話す事、と赤字で書いておいた。

 普段は森中を好きにうろついているようだから、会話をする機会が少なく、会話という行為が苦手なの

かもしれない。クワイエル達のように当たり前に会話する種族でなければ、確かにこういう感じになって

もおかしくはない、ような気もする。

 しかしそう思ったのはうっかり勘違いというものだった。

「ヤア、よくきたね。おいでよ、おいでよ、退屈してたんだ」

 洞窟内で会った獣人はやたら人懐こいというのか、外であった獣人のようにどもったり内気な風ではな

く。むしろなれなれしいくらいに愛想良く振舞ってくれている。本当に同じ種かと思えるくらいに違い、

人間同様、獣人によって随分違うという事が判明したのである。

 でもそれならそれで親近感が湧くもので、魔術師としての興味も更に湧くというもの。

 先程書いた赤字の注意書きを消そうかどうか迷ったが、そのままにしておいた。注意して悪いという事

はないからだ。

 早速お喋り獣人とお互いの事を話し、情報を収集する。

 彼の話によると、獣人達はいつもは森中をうろつているが、たまに誰かが呼びかけて集まる事もあり、

その時だけはにぎやかになるという。しかしいつもは各々勝手に生活しているので、特に接点もなく、お

喋り獣人のような者にとっては酷く寂しい環境であるらしい。

 なら寂しくなったら呼びかけて集めれば良いじゃないかと言っても、集めるのはそう気軽に行える事で

はなく。獣人は基本的に一人が好きというか、皆でどうこうしようというのが苦手といえば苦手な方で、

あまり頻繁に呼びかけると機嫌が悪くなってしまう獣人が少なくないらしい。

 お喋り好きな獣人も少なく、大体は外であった獣人のように口下手であるとの事だ。

 そこで集まるのは人間の暦で計算するとせいぜい一月に一回か二回の頻度となる。

 これで寡黙なのが多い中に数名のお喋り獣人がいるという事がはっきりした。

 やはり確認する事は大事で、一面というのか小さな面だけを見て全てを量ると間違えやすいらしい。

 他にもこの獣人から色んな話しを聞いたが、とくに実のあるような内容はなく。どこそこのだれそれが

どうだの、誰と誰がどうなっているだの、獣人と初対面といっていいクワイエル達には全く理解できない

話ばかりだった。

 でもその獣人は喋るだけ喋って満足したらしく、クワイエル達に非常に好意的になって、いつでも好き

な時にこの洞窟を使っていいという許可をくれた。

 そして良い機会だから皆を呼び出して紹介しておこう、という事になった。



 皆を集める方法とは単純に遠吠えである。とにかく大声で叫び、皆を集める。これなら誰にでもいつで

も出来るし、大して面倒も無い。設備も準備も要らないし、後にゴミが残る事も無い。

 単純であるからこそ、便利な方法だった。

 人も見習わなければならない。道具や魔術を使えば良いというものではない。

 遠吠えを始めると獣人達がすぐに集まってきた。それから察するに、獣人の移動範囲はそれほど広くな

いのか、或いは獣人達が驚く程素早くて耳が良いのか、どちらかだろう。

 でももしかしたらたまたま皆が洞窟に近い位置に居ただけとも考えられるし、これも慎重に見極めなけ

ればならない。

 獣人の総勢は二十九名。一人一人紹介してくれたから数がはっきりしている。中には子供も居たが、親

と一緒に生活している様子はなく、いつも側に居るでもなく、獣人が早い内から一人で生活し始める事が

解る。

 子供にも話しを聞いてみたが、大体一人で歩けるようになると親元を離れ、というか親の方がどこかへ

行ってしまい、一人で何とかするしかなくなるらしい。

 そしてそれも一人立ちさせる為というよりは、獣人の執着心が長続きしないというのか、あまり気にし

ない性格の為で。まあ何とか生きるだろう、という勘定の下に、意外といい加減な気持ちで離れていくよ

うだ。

 それでも皆無事に大人になれるのは、この森が恵まれている。つまりは初めからそういう風に生きてい

けるように、獣人達、或いは彼らの祖先がこの森を造った為だろう。

 彼らの魔力は総じて高く。一人でも好きにこの森を造り変えられるだけの力を持っている。誰かの助け

を借りる必要はなく、だからこそ乾いているが落ち着いて安定した暮らしをしていられるのか。常に一緒

に居る事が、種族円満の秘訣という訳ではないらしい。

 皆クワイエル達に対して悪感情を持っておらず、暖かく迎え入れてくれた。

 その日は久しぶりに大勢で過ごす賑やかさを味わっている。クワイエル達は今は遠く離れた所にいる友

人達の事を思い出したに違いない。

 思えば遠くまで来たものである。

 しかしまだまだ彼らの旅は終りではない。

 いやもしかしたらすぐそこに終点が見えるのかもしれないが、まだまだ終わらないような気がする。

 まあそんな事はいい。進めば解る事。それよりも今は獣人と友好を深めたい。



 一通り終わって落ち着いてきた所で、クワイエル達は気になっていた事を聞いている。そう、あの巨大

建造物の事である。もしかしたら彼らがそれを造ったのかもしれないし、そうでなくても何か知っている

かもしれない。

 だがどうやら彼らも良く知らないそうだ。話によると見た事もないらしい。彼らもまた自分の縄張りか

らは出ないのだろう

 外への好奇心は彼らも薄い。おそらくそれが種存続にとって最も良いからだろう。

 自分の居場所でじっとしていれば、余計な敵を作らずにすむ。

 もしこの大陸に住まう種達が他へ興味を持ち、人でいう領土欲のようなものを持ってしまえば、おそら

く大地が崩壊しかねない程の大惨事を引き起こす事になる。

 彼らは余りにもその力が強過ぎる。だから自分の居場所で大人しくしている事が自分の種の繁栄にとっ

て最も大事な事になるのだ。他と争わない事が、種を存続させる為の、生き長らえる為の条件。

 その考えが合っているかどうかは解らないし、自然にそうなったのか、それとも誰かの思惑なのかも解

らないが。このレムーヴァの種には、自然とそういう安全策とでも言うべきものが施されている事は確か

だと思える。

 そんな風であるから、巨大建造物の事はさっぱり解らなかった。解った事といえば、この獣人達と巨大

建造物とは全く関係ないという事だ。少々残念だったが、他種族と出会えた嬉しさは変わらない。

 それに魔術師は始末が悪い事に決してへこたれないのである。

 今もその特性を発揮して粘り強く聞いていると、一つだけ手がかりらしきものは知る事が出来ている。

 自分の居場所からは決してと言っていいほど出ないが、それでも境界付近にまで行ってみる事はあり、

そこで他種族かは知らないが、何者かの影を見た事があるという獣人が居たのである。

「遠くからだったのと短い間だったからはっきりとしないが、南の方で何かは見た。多分そいつは東の方

へ行ったと思う」

 その獣人の話をまとめるとこうである。

 真偽は定かではないし、随分前の事で例えそれが本当でも今はどうなっているのか解らない。でも可能

性があるならしつこく目指すのが魔術師である。

「詳しい事を教えて下さい」

 クワイエルは目を輝かせてしつこく問い質し、思い出させ、その見た場所らしき場所を強引に特定した。

 そして更に数日を獣人達の宴で過ごし、礼を言った後、すぐさまその場所へと向かったのである。

 勿論、この獣人達とは友好協定のようなものを結んでおり、いつの事になるか解らないが、もし人の開

発の手が伸びてきた時には、ある程度協力してくれる事になっている。

 その時まで覚えていてくれれば良いのだが。まあ、もし忘れていたとしても、すぐに仲良くなれるだろ

う。獣人達は皆気の良い者ばかりであったから。



 そんな訳で、クワイエル達は一路反転して南を目指している。

 根掘り葉掘り聞いたおかげか、道に迷う事はなかった。もっとも、その獣人が正確に思い出せていたの

かは定かではない。

 何者かの影を見た場所(例の荒地地帯)に辿り着くと、今度は東へと方向を変える。ここからは東へ行

ったという事以外に当てはない。少し怖かったが、当てなく進んできたのは今までも同じ、今更躊躇(ち

ゅうちょ)するような事はなかった。

 強いというよりは、やはりどこかおかしいのだろう。

 北側だけでなく、荒地の東側にも森が広がっている。迷いやすい事もあって、念の為に方位を示す魔術

を使って進む事にした。なるべく正確に東を目指したい。

 元々大雑把な目安なのだから、正確に東を目指したとしてもあまり意味があるとは思えないが。目指す

なら正確に目指したいらしい。おかしなものだ。

 だがおかしくても行動力はある。慎重に周囲を窺いながら進んでいるが、その速度も遅くはない。魔力

や身体能力が上がっているのもあるが、もう随分長い間それを続けているから、すっかり慣れてしまって

いるのだろう。

 クワイエル達の探索速度はいつの間にか大分上昇していた。

 しかしそれでも尚変わらないように思えるのは、それだけこの大陸が広いという事である。明らかに島

ではない。大陸という名に相応しい。

 そんな広い大陸の中で、東に行った、というだけの情報で何かを探そうなど、全く雲を掴むような話で

あるが。クワイエル達は目的を遂げられる事を疑いもしないし、挫けもしない。愚直に東へ進んでいる。

まるで東へ進む事自体が目的であるかのように。

 東に広がる森も獣人の森と同様緑に溢れており、猛獣どころか動物の姿すら見かけず、虫も居ない。ま

るで緑だけがあるかのようで、静寂に包まれている。

 踏み込む大地も柔らかく、今までに誰一人として踏み入れた様子がない。果たしてこんな所に本当に誰

かが居るのだろうか。

 仮に誰かが居たとして、それはもう草木や土がその痕跡を忘れるくらい、遥かな遥かな昔であるのでは

ないだろうか。

 獣人達のいう随分前も、人間でいえば遥けき太古である可能性があるし。普通ならば徐々に自信を失い、

その歩もゆるんでくる筈であったが、クワイエル達は全く疑っていないようである。何かに出会えるとい

う確信はいささかも揺るがない。おそらく東の果てに着くまで、いや着いたとしてもその自信を持ち続け

るのだろう。

 確かに恐るべきは魔術師。その諦めの悪さだけは、この大陸の種でさえ敵わない。

 だとしたら、この大陸はその情熱という執念を求めているのか。

 この大陸に居る種全体がさっぱりしているというのか、自分の土地や居場所以外にさほど大きな執着や

興味を抱かない事を考えると、そんな風にも思えてくる。

 クワイエル達が受け容れられたのに何らかの意味があるとすれば、それ以外に考えられない。

 実際は何の意味も無いのかもしれないが。




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