12-2.

 驚きは突然に。予想は主に外れるもの。

 そこには六つ足の犀(さい)のような大型の生物が居た。

 体高が4mはあるだろうか、鬼人達よりも尚高く、低い木なら越している。

 歩く度に軽く地震が起きるように錯覚させられる程の重量感があり、横幅も広く、大きな岩が移動して

いるような力強さがある。足の数が多いので、尚更強くそれを感じるのだろう。

 一頭ではなく、少し距離を置いて複数がそれぞれに活動しているようだ。もしかしたら、奥へ行けばも

っと沢山見付かるのかもしれない。

 よく見ると、六つ足どころではなく、八つ足のも居るようだ。見る限り身体の大きさはそれほど変わら

ないから、成長すると足が増えるという訳でも無さそうで、この違いにどういう意味があるのかは不明だ。

 ゆっくりゆっくり歩きながら、草の陰、木の枝をなぞるように進んでいる。昆虫を捕食しているのか、

それとも木の葉でも食べているのか、もしくは他に何か理由があるのだろうか。

 身体の動きは鈍そうだが、それも見た目から受ける印象だけなので、実際はどうなのか解らない。人間

も常に走っている訳ではなく、必要以外はじっとしている事も多いのだから、今の姿だけを見て、動作の

鈍い種だと決め付けるのは間違っている。

 この身体が例えば人間並みの速度で走ってきたとしても、かなりの脅威である。体当たりだけでも、木

々を薙ぎ倒し、石を砕くくらいの力はあるだろう。

 前に見たのが子人だっただけに、その大きさと力強さには尚更圧倒される。巨人と同じくらいの威圧感

を感じる。

「さて、どうしたものか」

 流石のクワイエルも好奇心のまま近付く事が出来ないのか、珍しくじっと巨犀の方を眺めている。巨犀

の集団に襲われる事を考えると、怖かったのかもしれない。それにそんな事になれば仲間にも被害が出る

し、簡単には動けなかったのだろう。

「思い切って、交渉してみるか。それとも暫く観察してみようか」

 ハーヴィが合の手を入れるように聞くが、答えは初めから解っていた。

「暫く観察して、どのような種か調べましょう」

 全員がクワイエルの言葉に頷き、各自思い思いの方法で観察し始めた。



 暫く観察して解った事は、巨犀には外見から受ける荒々しさや恐ろしさが無いと云う事だった。動作は

常にゆったりで、その重さと大きさからくる重量感は圧倒的ですらあったが、それも何処か柔らかく、刺

々しさを感じない。物音もほとんど聴こえず驚くほど静かで、寺院か何かで過ごしているような、荘厳な

雰囲気すら感じさせる。

 距離はまだ離れているのだが、巨犀からは大きな魔力を感じるし、こちらの存在も大分前から知られて

いるのだろう。それでも何もしてこないのは、動作同様の大らかな種という事なのか、あまりにもクワイ

エル達が弱い魔力しか持たない為に、虫や木を見るのと同じく、何とも思っていないだけなのか。

 何にしても、敵意を感じない。こちらが下手な事さえしなければ、巨犀から襲いかかってくるような事

は無いだろう。

 それは初めの印象で何となく解っていたが、確認出来ると安心する。

 勿論、相手の気が変わって、いきなりこちらへ向かって突進してくる、と云うような事も無いとは言え

ないし、用心は変わらず必要だったが。

 クワイエル達は観察を続ける為と、巨犀達の側に居た方が安全かもしれない(巨犀に襲い掛かるような

生物が居るとは思えない)為、今夜はここで一晩を明かす事にした。

 丁度虫も少ないし、他の場所に行くよりも過ごし易いだろう。火などの目立つ物さえ使わなければ、巨

犀を驚かせるような事も無い筈だ。

 クワイエル達は早速野営の準備に取りかかった。



 野営の準備中も、意識は常に巨犀の方へ向いている。

 今の所危険は無いにしても、いつ何かあるか解らないし。安全なら安全で、今度は好奇心が湧いてくる。

どちらにしても巨犀に注目する事は変わらない。巨犀にとっては迷惑かもしれないが、それが巨犀の宿命

なのである。

 巨犀達はさほど行動に変化がなく、ゆっくりと辺りを徘徊しながら、木陰で何かやっている。変化は少

ないので、クワイエルは例外として、ずっと見ていると飽きてくる。

 こうものんびりした種であれば、友好関係を結ぶ事は難しくないのかもしれない。いや、逆に何事にも

関わりたくないから人とも関わらない、と言ってくる可能性もあるか。

 クワイエル達など一撃で粉砕されるだろうから、とにかく嫌われないよう行動を謹む必要がある。

 幸い野営の準備は手馴れているし、特に大げさな何かをする必要も無いので、普通にやる分には問題な

いだろう。食事も火を使わない物にしているし、何とかなる、と思う。

 考えていても仕方が無いので、一段落付き、緊張も解けてきた所で、今日は早めに休む事にした。朝起

きたら踏み潰されていた、という可能性があるとしても、そんな事を心配しても仕方が無い。ある程度は

腹を括らなければ、この大陸では生きていけないのだ。

 それにこの場は静かで過ごしやすい。

 地面から伝わってくる振動が驚く程静かなのは、何か魔術を使っている為だろうか。

 虫の音がうるさい程であったので、静かに休めるのはありがたい。

 それだけでもここで眠る価値があるというものだ。



 朝日で目を覚ますと、辺りに巨犀達の姿はなかった。見張りに立っていたハーヴィに聞くと、ハーヴィ

が見張りを交代する前に、もう何処かへ行ってしまったらしい。辺りの虫を食べつくしたのか、或いは満

ち足りて寝場所に戻ったのか。

 皆を起して追いかけようとも考えたが、その時はまだ夜中だったので、動くのを控えたそうだ。例え巨

犀を見失ってしまう事になったとしても、彼らは慎重に行動する必要があるからである。

 ハーヴィの判断は正しい。

 巨犀が消えた景色というのは、酷く寂しく感じられる。

 旅行に出かけて帰ってみたら家が無かったような、大げさに言えばそういう喪失感というのか、物足り

なさを感じるのである。

 ようするにそれだけ巨犀達の存在はこの場を埋め尽くし、支配していたという事で、そう言う意味でも

確かに主に違いない。

 クワイエル達は相談し、色々案も出たのだが、結局は足跡を辿り、巨犀の後を追う事に決めた。触らぬ

神に祟りなしとは言っても、気になる事は一応の決着が付くまでは放っておけない。それが魔術師の性分

なのである。

 幸い、追うのには苦労しない。ぬかるんで居た訳でもないのに、足跡が地面にはっきり付いている。移

動にも気付かない程静かだったのに、誰が見ても良く解るくらい、はっきりと付いている。

 前に見た足跡もはっきり付いていたし、これは敢えて付けていると考えた方が良いのかもしれない。目

印か何かか。一度来た場所を、通ってきた道を明らかにする。そうして順番に支配地を回っている。

 何の意味もない可能性もあるが、そういう風に考えた方が面白いので、そう仮定しておく事にする。

 巨犀達の足跡はどうやら東へ向かっているようだ。東側は木々が濃く、進むと森が深まるような実感が

ある。北へ行くのも似たような感じだったが、東はその上に濃さが加わった感じで、森全体にも何かしら

魔術がかけられているのかもしれない。

 進んで暫くすると、懐かしくも思える巨犀の姿が浮かび上がってきた。相変わらずゆったりと動きなが

ら、木々の合間で何かをしている。大分時間が経っているはずなのに、余り移動していないのは、巨犀達

の動きがゆっくりな為か、一つの場所の滞在時間が長い為なのか。

 まずはその辺を明らかにしようと考え、クワイエル達は交代で見張りを立てながら、いつでも移動出来

るように備えつつ、身を休める事にした。



 再び巨犀が動き始めたのは、大体半日くらい経った後の事である。

 食料が豊富なのか、頻繁に移動する訳ではないらしい。多分一日に一度か二度程度だろう。移動速度を

考えればそれくらいが限度で、睡眠時間があるとしたら、もっと少なくなる。

 隊列を組んで一頭ずつ移動して行く巨犀達を見送り、距離を空けてその後を追う。移動速度はゆったり

動いていた時よりは速いが、クワイエル達の歩く速さとあまり変わらない。歩幅が大きいだけで、歩く速

度自体はクワイエル達の方が速いくらいだ。

 とはいえ、単純に図体が大きいから動きも鈍いのだろうと決めるのは早計である。巨体の生物でも、例

えば走ると人など及びも付かない速度を出したり、異常に思える程俊敏であったりする種がいる。見た目

で全てが解る程、生物は単純には出来ていない。特にこのレムーヴァの生物はそうだ。  巨犀達は数時間程進むとまたその場に留まり、例の営みを再開する。場所が決まっているのか、それと

も単に距離を空ければ良いのかは解らないし、この場に何か目印があるようにも思えない。

 相変わらず木が生い茂っていて、虫の音が聴こえてくる。

 そういえば、少し虫の音が強くなっているだろうか。

 虫の数が増えたのか、鳴く時間になったのかは知らないが、前よりも良く聴こえるような気がする。

 もしかしたら、虫の音を頼りに次の場所を決めているのではないだろうか。

 それが正解なら、巨犀を追って行く限り、虫に怯える事は無さそうだ。

 クワイエルはほくそ笑み、この尾行をいつまでも続けられる事を人知れず祈る。

 もっとも、巨犀が虫を食料としているのなら、巨犀は常に虫を目指しているという事で、巨犀を追う限

り、虫からも永遠に離れられない事になるのだが、今のクワイエルはその事を忘れているらしい。

 彼はいかにも大発見をし、上手い手を思いついたかのように思っているが、まったくとんだ勘違いであ

る。むしろ自分を追い詰めているようなもので、魔術師の妙案らしいと皮肉(ひにく)るにはぴったりだ

が、まったくもって愚かしい話である。

 その愚かしさもまた魔術師だとしても、愚かしい事には変わらない。

 クワイエル達はこのまま巨犀を追う。

 好奇心の前では持ち前の慎重さも無力になりがちなのが、このパーティの一番困った所だ。




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