12-4.

 毛人達に連れて行かれた先は、どうやら彼らの集落であるらしい。家がぽつぽつと建ち、家から、或い

は道をすれ違う毛人が、胡散臭そうにこちらを見る。毛に隠れて表情や視線は読めないが、頭らしい部分

がこちらを向いているので、クワイエル達を見ているだろう事は解る。

 まるで見世物のように道の真ん中を歩かされ、最後には空き家らしき建物の中へと全員押し込まれた。

 鉄格子などはないが、戸が開かず、他に出口らしい物も無いので、捕らえられたと考えていいだろう。

 わざわざ連れて来たのだから、すぐに殺されるような事は無いと思うが、どうなるかは解らない。風習

や生活習慣なども違うだろうから、彼らの行動から予測する事は難しく、何が起こっても不思議ではない。

 外から物音や声が時折聴こえる所から考えて、見張りも何人かは居るようだし、窓らしき採光口もある

が、小さすぎて抜けられない。魔術で小さくなって、とも考えたが、結界などが張られている可能性もあ

るし、余計な事をしない方がいいだろう。

 毛人はあの巨犀を思うままに操っているのだから、相当な力を持っているに違いない。

 仕方がないので、体を休める事にする。

 こうして囚われているのだから、これ以上捕まえられる事は無いだろうし。見張りが立っているという

事は、毛人達に守られているという事でもある。考えてみればクワイエル達だけで森に居るよりも、安全

確実なのは確かだった。

 流石に魔術師だけあってふてぶてしく、クワイエルがそう言えば、皆なるほどと納得し、それぞれ好き

に休み始めている。

 これまで何度も危険な目に遭ってきたし、きっとこれからも沢山そういう目に遭うだろう。一々あたふ

たしていられない。どれだけ危ない目に遭おうとも、この大陸ではありふれた事なのだから。

 それに森の中はクワイエル達にとっても居心地がいい場所だ。

 特に鬼人達はこの地の雰囲気が鬼人の集落と似ている事で、とても安らいだ気持ちになれているようで

ある。

 故郷に帰ってきたかのような懐かしさと、森のあたたかみを感じる。誰に遠慮する事無く、ゆっくりと

休息をとる事が出来る。

 ハーヴィが座禅を組み、レイプトが真似をし、ユルグとエルナはおしゃべりに華を咲かせ、クワイエル

はいつも通り好奇心剥き出しで家の中を細かに調べている。

 結局どんな状況で何処に居たとしても、彼らは何も変わらない。

 沢山の経験を積んできた彼らには、そういう図太さが備わっている。慣れるという事は、ある意味鈍く

なるという事かもしれない。

 つまりは変人に磨きがかかり、ますます魔術師らしい魔術師へ変貌しているという事だ。



 幸か不幸か休息の時は長く続かなかった。

 一時間くらいした頃だろうか、毛人が一人現れ、クワイエル達に付いて来るよう促す。クワイエル達も

従うしかなく、やれやれと重たい腰を上げながら外へ出る。

 呼びに来たこの毛人は面食らっていただろう。少なくとも妙な奴らだと違和感を感じていた筈だ。もしそ

の表情が見れたなら、きっととても面白い表情をしているのが解っただろうに、残念な事である。

 毛人は今回も道の真ん中を堂々と歩く。それが普通なのかもしれないし、そういうしきたりのようなも

のがあるのかもしれない。例えば位の高い者か、その者の代理は真ん中を歩くとか。はたまた途中で何が

あっても対処しやすいように、左右を見通せる真ん中を歩くようにしているだとか。

 道といっても草木が抜かれた程度の物だから、すぐ側には森がある。そこからいつ何が出てきてもおか

しくない。捕虜(ほりょ)を見張るという事なら、やっぱり真ん中を歩かせた方が便利といえば便利だ。

 まあ、これはクワイエルの勝手な想像というか妄想なので、実際は理由があるのかないのかさえ解ら

ない。真相は毛が草木と絡まない為とか、その辺りにあるような気もするが、どちらか当たっているのか、

どちらも外れているのか、何も解らない。

 とにかく真ん中を歩かされている。

 ただ歩くのは退屈といえなくもないが、未知の土地を歩くのは楽しい。毛人に付いていかないとならな

いので、ゆっくりと見る事はできないが。その家の作り、人々の暮らし、等が何となく解ってくる。

 毛人達の生活は鬼人とそっくりだった。外見さえ違わなければ、鬼人の集落に戻ってきたかと勘違いし

ていたかもしれない。

 毛人と鬼人には何か繋がりがあるのだろうか。

 今までも巨人と小人のように深く関係のある種も居たし、昔は同じだったけれど、何かの拍子でこの奥

地へ来てしまった鬼人が、生活していく中で毛人に変わっていった、という事も考えられる。

 たまたまという可能性の方が多いだろうし、レムーヴァに住まう種にもどこか共通した部分はあるだろ

うから、関係ないのかもしれないが。様々に想像する事は、とても楽しい事だ。



 そのまま30分くらいだろうか、クワイエル達は結構な距離を歩かされた。思っていたよりもずっと広い

ようで、集落と呼ぶよりは、街と言った方が大きさとしてはしっくりくるのかもしれない。

 井戸や水路といった設備も造られているし、そこかしこに手が加わっている。自然のままの姿も多いが、

生活が快適になるよう、手を加えるのにも遠慮はしていないような気がする。

 ただし緑のある光景というのが基本で、自然を崩す程には手が加えられていない。言ってみれば人工物

が目立っていないという感じだろうか。あくまでも自然が主という気持ちを強く受ける。

 だからこそ鬼人の集落と似た匂いを感じるのだろう。

 建物はまばらで、密集している場所は一つもなかった。ある程度の距離をおくのが礼儀なのか、それと

も自然という風景を壊すのを恐れる為か、ぽつりぽつりと建っている。

 そんな景色を楽しみながら、更に数分進むと、前方に何やら不思議な場所が見えてきた。

 緑が盛っている中で、そこだけぽっかりと穴が空いたような広場が造られている。その地の植物は刈り

倒されたのか、はたまた何かの魔術を使っているのか、大地が剥き出しになり、綺麗な円形に形作られて

いる。

 内側に向かって低くなっていて、角度の大きな円錐を突き立てたような姿をしている。

 階段も付いているので、その深さと大きさが何となく解った。中心の深さは百m近く、直径は何百mも

あるだろう。対岸が霞(かす)んで見える。

 そしてその地に後数歩で入るという場所で、毛人が不意にその毛を脱いだ。

 ごっそり取れた毛の塊は、どうやら獣か何かの皮のようで、毛人に見えていたのは、その毛塊を着てい

た為らしい。

 中から現れた姿は部分部分短い毛に覆われているものの、大部分は人や鬼人と同じくつるりとした体で、

手足がやたら長い事を除けば、大きな人、というのがしっくりくる姿をしていた。

 驚いた事に鬼人よりもクワイエル達の方に姿が似ている。全身に刺青(いれずみ)がある事は鬼人と似

ているが、髪の毛が生えていない事を除けば、顔や体の造形はクワイエル達とよく似ている。

 今は毛皮を脱いだ為か半裸の姿をしているが、服を着せれば、クワイエル達に紛れても、大して違和感

はないかもしれない。

「・・・・・」

 毛人は身振りで何か示していたが、一向に通じないのに諦めたのか、最後にはクワイエル達を剥き出し

の大地の方へ押し入れ、後は下へ行けと言わんばかりに何度も下を指差した。

 毛皮を脱いだのでてっきり毛人も付いてくるのかと思ったが、この毛人はここで待つらしい。

 クワイエルはどうしたものかと考えたが、道を封鎖するように毛人が立っているのでどうしようもなく、

降りていくしかなかった。

 よくよく見ると、どうやら中心点に誰か立っている。毛が生えていないようなので解らないが、多分毛

人の一人なのだろう。

 クワイエルは先頭に立ち、ゆっくりと階段を下りて行った。



 中心点には、一人の大きな人が居た。先程の毛人とそっくりで、禿げた頭に異様に長い手足、全身に刺

青をしている。

 服装も同じく半裸姿で、腰回りや足首、手首に布を巻いている以外は何も身に着けていない。

 ただ変わった事が一つ。毛人の両目が深い傷で塞がれていた。

 望んでしたのか、それとも事故でそうなったのかは解らないが。この分だと視力そのものは無いだろう

(魔術か何かで見ているのかもしれないが)。

 クワイエル達は聴こえるようにしっかりした足取りでその毛人へと近付き、その前に立った。

「・・・・何処から来たのだ」

 するとその毛人の口から耳慣れた言葉が飛び出してきた。魔術を使ったのか、それとも実際に喋れるの

かは解らないが、とにかくクワイエル達の言葉を肉声で話している。

 ハーヴィ達は驚きを隠せなかったが、そこはいつものクワイエル。すっとぼけた顔でもう一歩前に出る

と、まるで話せて当然という顔付きで、応対し始める。

「南の果てからです」

「・・・何をしに」

「この大陸を調査する為に」

「・・・・何故」

「知りたいからです」

「・・・・なるほど、困った奴等だ」

 毛人は両手をゆっくりと胸から外へと回した。多分、溜息のような仕草なのだろう。面白いもので、顔

付きが似ている為か、その表情からそういう心の動きが解る。

「・・・・我らに害意あってきたのではないのだな」

「その通りです」

「・・・・そうか。しかし我らの領地を侵した以上、罰を受けてもらわなければならない」

「どういう罰ですか」

「・・・・前例が無い故、考えねばならぬ。それまであの家で過ごすがいい」

「解りました」

 色々と聞きたい事はあったが、毛人の有無を言わせぬ口調に、流石のクワイエルもそれ以上言えなかっ

たのだろう。大人しく引き下がり、階上へと戻り、上で待っていた毛人に再び連れられ、元居た家へと閉

閉じ込められてしまった。

 家に戻ってからは、何も音沙汰ない。静かに待っていろという事なのだろう。

 クワイエル達は暫く話し合ってみたが、どの道今は待つ事しか出来ないので、また元のように思い思い

に時間を過ごしている。

 緊張感がないといえばそうだが。こうであるからこそ、彼らはこの大陸で生きてこれたのだろう。




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