12-5.

 とうとう日が暮れ、一夜明けたが、何の音沙汰も無かった。前例がないと言っていたから、基準に出来

るものが無く、彼らも悩んでいるのだろう。

 クワイエル達が勝手に入ってきたのは確かなのだから、罰を受けるのも仕方ないとしても、こうしてた

だ待たされているのは辛い。クワイエル達だからまだのんびりと構えていられるが、これが一般の人達で

あれば、とうに気が変になっていたかもしれない。

 常時見張りが付いているようで、外からは時折声らしき音と、溜息のような音が聴こえてくる。彼らも

手持ち無沙汰なのだろうか。

 クワイエルが試しに戸越しに話しかけてみたが、何も返答はもらえなかった。余計な接触はしないよう

にと言われているのか、まるっきり無視されてしまっている。

 これでは話しかけるだけ心証が悪くなるだろうから、流石のクワイエルもそれ以上話しかける事は止め

ておく事にしたようだ。

 他の者達は開き直っているのか、もう慣れたのか、思い思いに時間を過ごしている。

 クワイエルが余計な事をしないように気を配るべきではないかとも思うが、彼らとしても一々付き合っ

ていられないのだろう。確かに今は大人しくしておく事が重要で、何か余計な事をすれば、はっきりとし

た悪意をもたれてしまいかねないが。クワイエルもいい大人なのだし、そこまで面倒見切れない。

 或いは放って置けばそのうち大人しくなる事を、皆解っていて放置しているのかもしれない。クワイエ

ルには何を言っても無駄であるから、好きにやらせておけば良いのだ、彼もある程度はわきまえているの

だから。そんな諦めと信頼の狭間に立つ気持ちで受け入れているとも考えられる。

 確かに今までのクワイエルの言動を考えると、当たっているような気もする。この男は確かに色々やっ

てしまうが、他種族に深刻な不快感を与えるような事はしていない。どういう基準かは解らないし、多く

の人とは全く違うが、彼には彼なりに、ある程度の節度はある。ような気がする。

 だからこそ、クワイエルを知る人間ほど、彼に何を言う事も無く、黙って見守る道を選ぶのだろう。諦

めてしまえば楽になる、そういう人物だと言えるのかもしれない。

 ともかく、そんな風にクワイエル考察でもしていなければ、間が持たない時間だったのだ。



 毛人に動きがあったのは、更に時間が流れ、再び上がった日がまた随分落ちてきた頃である。

 突然毛人が入ってきたかと思うと、有無を言わせぬ調子で外へ出され、昨日とは別の方角へと連れて行

かれた。

 目に入る景色はさほど変わらない。自然を活かしながら、さりげなく毛人が居る。これは素晴らしい技

術で、クワイエル達も大いに参考にすべきである。

 これにハールが中心となって研究を続けている、環境を良くする為の魔術と組み合わせれば、もっと良

い物を生み出せるだろう。そしてそれを使えば、自然と人工物との違和感を無くし、より自然と共に生き

る方法が見付かるかもしれない。

 理想的過ぎる考え方だが、考え方、目指す先は常に理想でいい。

 出来ればこの技術を教えてもらいたいが、しかしクワイエル達は罪人である。罪を償(つぐな)い、そ

の事を毛人達に認めてもらい、許しを得てからでなければ、何を言っても耳を貸してはくれないだろう。

誰かに何かを求める前に、まず自分から誠意と敬意を見せる。これは種族関係なく、最も基本的な原則の

一つであると思われる。

 それだけに毛人から与えられる罰が気になる所だ。

 もし死刑にでもされようものなら、素直に受ければ死んでしまい、反対すれば毛人達と友好を結ぶ道が

完全に絶たれてしまう。

 追放も困る。まだ命が助かるだけましとはいえ、追放されてしまうと、毛人達との溝が永遠に埋まらな

い可能性が出てくる。罰は仕方ないとしても、折角の技術を得られないのと、折角遇う事が出来た他種族

と何も無く別れてしまうのは、悲しい事だ。

 そんな事をどうしようもなく考えている内に、目的地へ着いたらしい。

 クワイエル達は今まで見た家屋の倍も三倍もあるような大きな建物の前に連れて来られ、そのままその

中へと連行された。

 ここは裁判所なのか、はたまた処刑場なのか。

 クワイエルは目を瞑(つむ)り、大きく息を吐いた。



 建物内には一人の毛人が居た。一人なら処刑人か、とも思ったのだが、どうやらそれは取り越し苦労ら

しい。その毛人は武器の類を持っておらず、一つだけ設置された椅子のような物に座り、クワイエル達を

ゆったりと眺めている。

 内部も処刑施設のような毒々しい感じを受けず、がらんとした内装が神聖さに包まれている。処刑室と

いうよりは、懺悔(ざんげ)室という印象を受けた。ここで罰を宣告されるのであれば、確かにそれに相

応しい場所だ。

 椅子は一つしかなく、クワイエル達と彼らを連れて来た毛人は立ったままである。

 多分、この座るという行為が、この場所での権威の表れであり。クワイエル達と座っている毛人との立

場の違いを明確にしているのだろう。

 今は毛皮をまとっているから解らないが、もしかしたら昨日不思議な場所で会ったあの毛人なのかもし

れない。別に何がどうという事もないのだが、何となく漂ってくる雰囲気が似ている。長者の風というの

か、上に立つ者が放つ空気感というのか、そういうものを感じる。

 この毛人が誰であれ、毛人の中でも地位のある者には違いない。

「処罰を言おう」

 毛人は座ったままそう述べた。その声音には感情というものがほとんど宿っておらず、それがまたその

声に威厳を与えている。

 道案内をした毛人は身をかがめるような仕草をしたまま、全く動こうとしない。まるで凍り付いたよう

で、その動かないと言う行為が、この場と座した毛人に対する敬意なのかもしれない。

 クワイエル達も余計な事をせず、座した毛人の言葉を待つ。

「ガングレリを狩ってくるがいい。そうすれば、お前達を許そう」

 ガングレリ。古き言葉で、旅路に疲れたもの、を意味する。しかしそんな事を言われても、クワイエル

達にはさっぱり解らない。もしや自分達を狩れとでも言うのか。旅路に疲れたもの、それはクワイエル達

にこそ相応しい名だろう。

 だが勿論そんな事はなく。クワイエルの問いに対し。

「我らが騎乗していた生き物、あれをガングレリと呼んでいる」

 毛人はそう答えた。

 ようするにあの巨犀を狩ってこいと言っているのだ。クワイエルは咄嗟(とっさ)に断ろうと思ったが、

そんな事を言う暇は無く、すぐさま建物から追い出された。これは決定事項であり、今更何を言う事も許

れない。まるでそう告げるかのように。

「私がお前達の見張りをする。さあ、行くぞ」

 そして後は道案内の毛人がそれだけを言い、クワイエル達を追い立てた。

 クワイエル達は色々言いたい事があったのだが、何一つ言う事を許されない。その毛人がいつの間に用

意したのか、槍のような武器を持っており、それでいつでも遠慮無しにクワイエル達を刺す構えを見せて

いたからだ。

 多分、罪を償わない限り、その槍先が下ろされる事はないのだろう。罪人には何を言う資格も無いとい

う事なのかもしれない。確かにそれが罪人というものだ。

 クワイエル達は大人しく従うしかなかった。



 毛人は巨犀の順路というのか、生活時間とその時居る場所を正確に把握(はあく)しているらしく、迷

う事なく導いてくれた。

 それも今は迷惑でしかないとしても、実に毛人は巨犀の事に詳しい。毛人の毛皮は巨犀の皮なのだろう

し、毛人は巨犀を狩って様々な物を得る事で生活を営んでいるのだろう。

 こんな事を言うのは巨犀に申し訳ないが、毛人にとって巨犀とは、家畜とまでは言わないが、それに近

い存在なのだろう。毛人にとって巨犀とは、あくまでも支配する物であって、便利な道具でしかない。

 そう考えれば、この罰もかなり譲渡されたものなのだろう。毛人にとっては当たり前の事で、だからこ

そそれを行えば仲間として迎え入れる。これは罪というよりは儀式であった。

 もしくは逆に巨犀は神聖な存在であり、罪人のみが狩るのを許され、巨犀の神聖さによってその罪が購

購(あがな)われる、とかいう宗教的な意味合いでもあると言うのだろうか。

 どちらにせよ、巨犀にとっては良い迷惑でしかないが。何となく毛人と巨犀の関係が解ってきたような

気がする。

 それが解ったからといって事態が好転する訳ではないが。それを知った事で、今後役に立つ事があるか

もしれない。

 巨犀が毛人を恐れていた理由もこれで判明した。毛人が巨犀を神聖と考えていようが、家畜と考えてい

ようが、巨犀にとって毛人が恐るべき狩猟者である事に変わりはない。

 狩る側の心に敬意があろうと、敵意があろうと、狩られる方にとっては関係ない話である。結局狩られ

る事に変わりないのだから、敵である事は変わらない。

 ではどうすれば良いのだろう。毛人に認められるには、巨犀を狩るしかない。しかしそんな事をすれば

巨犀から敵意を買う。クワイエル達は巨犀に恨みも狩る理由も無い。通行許可してくれたという恩義さえ

あるし、どうしてもそんな気にはなれない。クワイエル達も普段から様々な動植物を狩っているのだが、

だからといってこの気持ちは治まらない。

 独善的な考えだとしても、良心というものが疼(うず)く。

 どうすれば良いのだろう。案内の毛人を無力化させる力があればいっそ逃げてしまえるのだが。多分、

クワイエル達が束になっても毛人一人にすら敵わない。

 心底迷う。だが巨犀を狩る事が出来ないのであれば、選択肢は限られている。

 限られている以上、それをやるしかないだろう。クワイエル達は覚悟を決めるしかなかった。




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