12-8.
魔力を高め、懸命に心の重みに耐える。魔術を使う余裕はないし、例え使えたとしてもこの力に対抗出 来るとは思えない。気付いた時にはすでに術中に嵌っていたという事は、この魔術がクワイエル達の力を 遥かに超えている事を意味している。 あまりにも小さい為に見落としていたとも考えられるが、小さい力で大きな事を成すという事もまた非 常に丁寧に練られた魔術である事を意味し、その高度さを示す事に変わりない。 引き返せれば良いのだが、今更来ただけと同じ時間を絶え続ける事は不可能だろう。 耐えて進み続けるしかなかった。 魔力や魔術があろうとも、結局最後は根性や気合でしかないのかと思うと、何だか寂しくも虚しくもな ってくるが。人間という存在そのものは過去も未来もさほど変わっていないのだから、仕方がないのかも しれない。 いくら変化に適応し、適応する為に変化をしたとしても、人間というものの根源は、決して変わらない のだろう。それが人間であるという事なのだから。 例えこの先何を得、何を失おうとも、人はいつも最後は心に頼り続けるだろう。どれだけ文明が発展し ても、技術が進歩しても、人間である限り、それを成そうとする意志だけが本当の意味での人の力なのだ から。 その点クワイエル達は負けず嫌いの天邪鬼揃い。その沽券(こけん)に賭けても、この我慢比べに負け る訳にはいかない。 やるべき事は簡単だ。耐え続ければいい。この重みに耐え続けさえすれば、この森を抜ける事が出来る。 魔力の勝負も、言ってみればただの我慢比べなのだ。 「ハンマーを、いやせめて石でもあったなら」 そんな風に皆必死で耐え進む中でも、クワイエルはまたおかしな事を考え始めている。 どうやら心に生まれている石を、どうにかして砕いてしまいたいらしい。この心に圧し掛かる石達を砕 いて、何とか一つ一つの重さを軽くしてしまおうとしている。砕こうとくっつけようと全体の重さは変わ らないが、気分的には楽になるからだろう。 心の中にハンマーを持った自分を創造し、ごろごろと心を圧している石を全て砕いてしまおうと必死に なっている。 そんなおかしな事が出来るかどうかは解らないが、そういうイメージが有った方が迫り来る魔力と戦い やすいのは確かである。魔術は想像を具現化したものなのだから、イメージの中で破壊してしまう事が出 来れば、それはその魔術そのものまで破壊する事に繋がる。のかもしれない。 実はこれも魔術を扱う者にとっては理に適った事なのだ。多分。自分の想像しやすいイメージを作り、 それによって身を守る。それが対魔術の基本ではある。 勿論自分の生命力を燃やし、生きる意志、つまり魔力、を高める事も重要だが、イメージの上で勝利 する事もまた、同じくらい効果的な事、ではある。 クワイエルは必死にハンマーを持った自分を創造しようとしている。しかしそう簡単にはいかない。今 心に圧し掛かっている魔術が、それを妨(さまた)げるからだ。何とかクワイエル自身の姿を生み出す事 はできたが、直接的な攻撃手段となるハンマーを生み出す事までは出来なかった。 小さいハンマーで我慢しようと妥協しても、小指程のハンマーも生み出せない。妥協もまた精神的な弱 さである。その程度の意志では何も生み出せない。 クワイエルは窮地に陥った。しかしそこは変人、発想の転換をさせれば右に出る者は若干名しかいない。 「ハンマーは無理でも、石ならあるじゃないか」 そう、クワイエルは心に圧し掛かっている石、この石そのものを担いで他の石にぶつけ、それによって 砕いてしまおうと考えたのだ。 そんな事が出来る訳がないと思うかもしれない、しかし悩みに悩みをぶつける事で、案外解決してしま う事もある。多分そんな事もある。 それに同じ物をぶつけるのだから、壊せないという事はない筈だ。 そして大事なのは、クワイエル自身がそれが出来る事を全く疑っていないという事である。魔術を行使 する上で最も大事なのは、それが出来ると信じる事だ。手足を動かす、想像する、目の前を見る、そうい う当たり前に出来る事だと信じ、常識だと思い込む事で魔術をより上手く行使出来る。 そういう確固たる意志をぶつける事で、他を無理矢理変化させる力を生むのである。 だから例えどんなに馬鹿馬鹿しい事でも、理論上は出来る事になる。その意志が他の意志を上回れば、 それを好きに塗り替える事が出来る。生み出す源は自分の頭の中、心の中なのだから、何をどうとでもす る事が出来る。想像に限界などある訳がない。 「ちえすとー、とうりゃあああー」 クワイエルは間の抜けた心の叫びを発しながら、手近にあった石を抱え、何度も何度も他の石にぶつけ 始めた。初めはどうにもならなかった石も、そんな調子で何度もぶち当てられれば堪らない。罅(ひび) が入り始め、終にはばらばらに砕けてしまった。 一度出来ればもうしめたもの。クワイエルは調子に乗ってしこたま石をぶつけて、次々に石を砕いてい った。調子に乗れば自信もより強くなる。自信が強くなれば自分の意志に疑いを持たなくなる。疑いを持 たなくなれば意志はより強固になる。こうなった人間を止める事は、不可能である。
クワイエルはゆっくりと起き上がった。猫背になっていた背筋もすっと伸び、久々に晴れやかな気分に なっている。 魔術の効果自体が消えた訳ではないから、完全にすっきりしたとは言えないが、前に比べれば随分すっ きりしている。 仲間達は大丈夫かと様子を見てみると、ハーヴィ以外は虫の息という感じだった。クワイエル以外は皆 真面目なので、そういう意味でも抵抗力がクワイエルよりは弱くなるのだろう。相手を信じやすい、真面 目に考え込みやすいというのも、対魔術においては仇(あだ)となる。 試しにクワイエルのやり方を教えてみたが、仲間達の役に立つかは解らない。 魔術というのは自分の意志で行う事、つまり自分のやり方を通す事なのだから、他人のやり方をそのま ま自分に持ってきても、使えない事の方が多い。 しかし今までとは別の思考法を得る事は大きな事で、そこから自分の新たな考えが生まれる事がある。 後はエルナ達を信じよう。 ハーヴィは時間がかかっても自力で何とかするだろう。クワイエルが出来たのだから、彼に出来ない筈 がない。彼の精神力は一つ飛び抜けて強く、クワイエルが心配できるような事はないのだ。その真面目さ故 しかし例え打ち克ったとしても一時凌ぎでしかない。この魔術をどうにかするか、この場から抜け出すか しなければ、いずれは石にされてしまう。 そこでクワイエルはハーヴィに後を任せ、自分だけで先へ進んでみる事にした。もしそれでこの地の主 と出会えれば、交渉する事が出来るかもしれないし。出口が解れば、当てもなくそれを探すよりも気は楽 になる。このままここに居るよりは、その方が良いと思えた。 クワイエルは仲間達にとにかく足を止めず前進し続ける事を約束させ、自分も軽くない足を無理矢理動 かして、先へ進んだ。
クワイエルが一人で歩くのは、確かこの大陸に着いてからギルギストに着くまで、その間の短い期間以 来ではないだろうか。あの時は地図さえ買っておらず、魔術を使って強引に街を探し当てた。今考えても 無茶苦茶で、それを考えれば多少は成長しているような気もする。 勿論、それは気のせいだろうが。 初めて辿り着いたギルギストの街も、今とは比べ物にならないくらい規模の小さな街で、あの頃はレム ーヴァとして独立する事になるなんて、想像もできなかった。 この大陸に来てから人間の環境は大きく変化し、今も変化し続けている。本当に人生というものは解ら ない。自分がレムーヴァを訪れ、沢山の出会いがあり、今こうして信頼出来る仲間達とほとんど自殺同然 の旅を続けている。 何だか笑えてくる。もう笑うしかない。誰が聞いても笑うだろう。お前は何ておかしな事をしているの かと。 そんなおかしな事をクワイエル達は命懸けでやっている。恐ろしいくらい真面目にやっている。どれほ ど途方も無い目的であっても、本気でそれを遂げる為にこの大陸へ来たし、その想いは変わらない。いや 益々強くなってきている。 時折自分が超人的な力を発せるのも、幸運が味方してくれるのも、全てその本気の想いがあればこそだ と思っているし、そうだからこそ仲間も付いて来てくれているのだと思っている。 弟子であるエルナだけではない。ハーヴィ、ユルグ、レイプトという鬼人の現在と将来を担うような者 達までわざわざ付き合ってくれている。だからその想いにも応えたい。何としても応えたい。今となって は、むしろその想いの方がクワイエルを突き動かす原動力となっているのかもしれなかった。 共に歩む仲間が居ると思えばこそ、クワイエルにも無限の力が湧いてくる。誰かが居るからこそ、歯を 食い縛って耐える事が出来る。そしてその想いが人知を超える魔力を生み出す。 決して諦めない力が湧いてくる。 そして今一人で歩くクワイエルの心には、仲間の命を預かっているという決意が湧いている。絶対に救 いたい。その想いが少しだけ彼の足を軽くする。どれだけ高度な魔術でも、どれだけ強い魔力であっても、 確固たる意志、強大な自己には干渉できない。 魔力の大小などおまけのようなものなのかもしれない。それはどれだけ自分に自信があるか、自分とい う存在を認識し、自分という生を理解しているのか。その目安となるものでしかないのかもしれない。 生命力の大きさだけでなく、そこに別の何かが働いているのを感じ始めている。魔力という理解を超え た神に近しい力には、未だ多くの謎と、決して解けぬ謎が含まれているのだろう。 それを解き明かすのがこの旅の目的ではないが、レムーヴァの深奥を目指すという事は、もしかしたら 自分という存在の深奥を目指す事にもなるのではないか。 そんな事を改めて一人考えながら、クワイエルは進んで行く。 独りでいるのも悪くはない。むしろ独りでいるからこそ、持っていたものの価値を知る事が出来る。 それに彼は元々全てから離れ、一人の、ただのクワイエルという架空の人物になって、この大陸を踏破 (とうは)したかったのだ。その為にわざわざ自殺志願ともとれる、誰にも不可能と言われていたこの大陸の 調査を請け負い、諦めず進んできた。 今一人歩く事も決して苦痛ではない。今更独りにはなりたくないが、側に居なくとも心にいつも仲間達が 居る、仲間達の魔力を常に感じている。怖くも辛くもない。 むしろ望む所だ。一人レムーヴァを歩く、望む所である。 何が来ようとも、何が起ころうとも、自分は決して屈したりはしない。 その誇(ほこ)りが、そして仲間への、仲間からの信頼が、自分を今ここに存在させている。 だからこそ、その心は決して揺るがない。例えどんな力に呑み込まれようとも、決して屈する事はない。 孤独に打ち克てるのは、本当の意味で孤独ではないからだ。 クワイエルの真の強さとは、多分そういう所にある。 |