13-6.

 相変わらず森が続く。飽きる事は無いが、距離と時間の感覚が薄くなっていくような錯覚を受けるのは

確かだ。

 しかし今回は目的地がはっきりしている。それだけに不安や心配はなく、進めばいつかは着く事が解っ

ているので、気持ちとしては楽だった。地図の作成も影達の協力によって幾らかは詳細なものが出来てい

るから心強い。

 とはいえその地図も参考的なものでしかなく、縮尺や位置関係などは曖昧なので、頼り過ぎるのは危険

だろう。

 クワイエルらしいというのか、彼が描けば地図までクワイエル的なものになってしまうようである。ク

ワイエルによる悪影響、通称クワイエル害は時として深刻なまでに進行している事があるから気をつけな

ければならない。

 それでも何日か進むと、木々に変化が見えている。

 それは木の形や大きさ、種類ではなく。木に何か手が加わっている跡が見受けられる、という事である。

 詳しく述べるなら、彫刻のようになっていたり、はたまた暗号のような数式のような不思議な記号か文

字が彫り抜かれていたり、そういった跡が見られるのだ。

 あれだけ巨大な建造物を造っていた事を考えると、あまりにもこじんまりしているというか、小さな加

工に思え。途中で放り出されたようなものも多い。

 本当に同じ種の手によるものなのだろうか。もしかしたら間違えているのではないのか。

 影達が嘘を吐いているとは思えないが、勘違いしている可能性はある。それにクワイエル達が道を間違

えて、妙な場所に来てしまったという可能性も。

 クワイエル達としては捜し求めている種であって欲しいのだが、どうも腑に落ちない。

 でも手の加え方に若干の違いがあるのは、大きな物と小さな物を創るのには違いがあるという事かもし

れないし。何か生み出すのと木に細工をするのとは違うという事かもしれない。

 考えてみれば、人間でも人によってその技法というのか、美術感というのか、そういうものは随分違う。

だから同じ種でも作風なり何なりが大分違ったとしても、必ずしもおかしいとは言えない。それに同じ人

物でも時間を経れば作風が変わる事もあるだろう。

 あの大建造物やこれらの加工物が個人の手によるものか、多くの者の手によるものなのかは解らないが、

同じ種であるという可能性は消えていない。そこに違和感があっても、創作好きという点では共通してい

るのだろうから、少々乱暴でもその可能性が高いと思ったとしても、罰は当たらないような気はしないで

はないと思えなくもない。

 クワイエル達がそのような強引な答えを導き出していたかは解らないが、非常に興味を持った事は確か

で、暫くこの近辺を調査する事にしている。

 捜していた種かどうかは別として、他種族が居る事はまず間違いないのだ。それなら何がどうなるとし

ても、魔術師の好奇心を満たすには充分である。

 クワイエル達はまず野営をする為の拠点となる場所を探し始めた。暫くこの近辺に滞在するかもしれな

いから、なるべく過ごし易い場所がいい。水や食糧が得られる場所が近くにあれば文句ないが、そこまで

贅沢言わなくても、少し開けた場所があればその程度でも充分だ。彼らも野営するのには慣れている。今

更贅沢な事を望まなくとも、最低限の場所さえあれば、充分そこで生活出来るのである。

 そういう意味でも彼らは強くなった。魔力や肉体的な頑強さだけではなく、生活力とでも言うべき力も

また見違えるように成長している。

 それはつまりより図太くなったという事だとしても、祝福するに足る。

 元々魔術師は図太い神経の持ち主なのだが、それがレムーヴァにきて更に大きく成長している。

 そうなると相当図太い神経という事になり、その図太さが計り知れない事になってしまうのではないか、

という危惧も生まれてしまうが。それは彼らだけの問題ではなく、魔術師一般に付き物の問題であるから、

心配しても仕方がない。

 ともかく図太いので野営するに適した場所を見付ける事は簡単だと思えたのだが、これがなかなか見付

からない。

 まるで展示場、いや物置のように作品や作りかけの何かが所狭しと並んでいる為で、作品が密集してい

るのではないが、その幅が狭く、テントを張れるような場所を探すのは難しい。もしかしたら先へ進めば

開けた場所があるのかもしれないが、何となく出鼻を挫かれた気がして、もう諦めてそのまま野宿する事

にしてしまった。

 雨が降る気配が無かったという事もあるが、不貞寝してしまったと理解する方が、おそらくは近い。



 一夜明け、気持ちを切り替えて周辺の調査を始める。

 保温の魔術をかけた後は火も焚かずにそのままごろ寝していたので、起きてから行動に移るまでが早か

った。これは忘れていた利点であり、よく考えればいちいちテントを張って眠らなくても、こうして寝た

方が早かったという事に気付く。

 女性陣の着替えなども木陰で行えば済むし、雨避けも魔術を使えば事足りる。今までそういうものだと

思って当たり前にしてきたけれど、ふと考えてみるとあまり必要性が無かった事に気付いてしまった。

 魔術を行使する事による魔力の消耗も今の彼らからすれば微々たるもので、いっそこれを機会に今まで

のやり方を捨て、この大陸、そして今の自分達にあったやり方に変えてしまうのが良いかもしれない。

 そして歩きながら全員で相談した結果、今日からはこのごろ寝方式で行こうという事に決まった。

 簡単に皆が同意したのは、彼らの関係が家族のようになっていたからかもしれない。彼らの間には、お

互い隠す事、遠慮する気持ち、が良い意味で薄れ、より近く、信頼が深まっていたのである。

 ただしテントなどの道具を捨てるような事はせず、そのまま持って行く事にしている。様々な経験を共

にして捨て難い気持ちがあるという事もあるが。一番大きな理由はクワイエルが貧乏性だからだろう。持

っていれば何か使い道があるかもしれないと、魔力が驚くほど増大している今も、馬鹿正直に考えている

のである。

 この辺が不思議といえばそうだが。これは彼らの中に自分達が変わっているという認識が、精神的な面

ではあまりないという事を意味しているのかもしれない。

 同種族が側にいないから比べようがないという事もあるが、彼ら自身があまり自分の力というものに拘

っていない事も示しているのだろう。

 彼らにとっては自分達の変化もどうでもいい問題なのだ。そして自分達に対する好奇心が薄いからこそ、

よりその心が外へと向かう。そう考えるのは強ち間違っていないように思える。

 ごろ寝で様々な時間を短縮して調査時間が増えた事で、広範囲をより早く調べる事が出来た為か、幾つ

かの発見をした。

 まず作品群は見渡す限り全てにあるのではなく、その場所が決まっているようだ。加工しやすい木が生

えていたのか、気分的にそうしたのかは解らないが、手当たり次第に木々を加工しているのではない。

 だから数日探せば開けた場所や住むに都合の良い場所なども見付かったのだが、簡略式の野営の方が便

利なので、それはもうよしとしている。不貞寝からも学べる事はあるのだ。

 そしてこの作品群にはそれぞれ主題のようなものがある事に気付いた。

 そこらじゅうにある作品群も、好き勝手に創っているのではなく、それぞれに意味が持たされている。

 全ての作品を見た訳ではないが、一塊となっている作品群には同じ傾向がどの作品にも見られるのだか

ら、多分そういう事なのだろう。

 それが解ったとしてどうなる訳でもなく、相変わらず謎のままとはいえ、一つ解ればそこから想像する

事は増える。

 主題がある事から、初めは展示場のように思っていたが。それでは作りかけの物がある事に納得いかな

い。種が違うのだから、芸術の見方もまた違ってもおかしくないとしても、荒彫りだけして放っておかれ

ている作品や、失敗して我慢できなくなったのか、壊されている作品を見ると、ここは練習場と解した方

があっているような気がする。

 大勢の者がここで練習を積み、そしてその中で出来の良い者が、或いはそれぞれがそれぞれの能力に応

じて、大建造物を造る。そのような仕組みになっているのではないだろうか。

 だとすればこの作品群を辿って行く事が、他種族に会う近道だろう。

 クワイエル達はこの作品群の分布図のようなものを描いてみる事にして、その情報を一週間程かけてま

とめた後、より作品群が密集している方向へと進み始めた。

 もし作品群が途切れてしまったら、また同じように周辺を調査して分布図を作成する。そうしてより作

品群の多い方に多い方に進んで行けば、いつかは他種族に出会える筈だった。



 進んで調査、進んで調査を半月程続けると、種が居るだろう、またはそこから来ただろう方角が大体解

るようになったきた。

 彼らはクワイエル達から見て北東に向かっている。これから変わるかもしれないし、正確ではないのか

もしれないが、今の所こちらへ進むのが一番良さそうだ。

 見られる作品達にも新たな変化が見えている。

 奥へ進めば進む程、作品が大きく、より人工的な物になりつつあるのだ。

 初めは木を彫った程度だったのが、段々と木々を組み合わせるようになり、石や岩を使ったりする物が

現れ、今では金属のような物まで使っている。

 ただし不思議とそれに施されている細工の方は単純化していて、大きくなればなるほど簡単というのか、

そこにあった複雑さが消えていく。

 これは単純に創る事こそが一番難しく美しいという事かもしれないし、単に好みか作りやすいからとい

う理由かもしれない。

 加工を魔術で行っているか、手作業で行っているかは判別が付き難い。素材自体は魔術で生み出してい

る物もあるのだが、それが魔術によって初めから加工されて生まれたのか、それとも素材を生み出してか

ら手で加工したのかは解らない。

 どうでも良いと言えばそうだが、その種の考え方を知る為にも、なるべく知りたい所である。

 このように解らない事も相変わらず多かったが、この種がこの作品群によって何を行いたかったのかは

何となく察せられた。

 やはりここは練習場なのだろう。外から内に行くに従って、より作品を高度に大きくする技術を学んで

いく。そしてその最終到達点が例の大建造物という訳だ。

 つまり大建造物を造った種と、この作品群を作った種とが同じ種という可能性は高い。いや、もう同じ

種だと断定してしまっても良いのかもしれない。

 クワイエル達は期待を大きくしながら、更に北東へと進む。

 それから半月程進むと、作品群の数が急激に減り、今までくっ付くくらいまで密集していた群と群との

間も開くようになった。

 これはここまで到達できた者が少なかったという事か、それとも作品が大きくなる事を見越して、初め

からある程度の距離を取っているのか。はたまたこの場所に新たな大建造物を造ろうとしたのか。

 だが以前見た大建造物の周囲からは作品群のようなものは見付からなかった。という事は、大建造物と

は別の理由があると考えた方が良いだろう。

 それが何かは解らないが、ここから先は更なる変化があると考えておいた方がいい。

「一度休憩を取りましょう」

 何が待ち構えているか解らない以上、今の内に備えておくのが賢明というもの。クワイエルの提案に皆

頷き、簡単な食事を摂った後、すぐさま体を休めた。

 そこまで警戒する必要はないのかもしれないが、念の為に備えておく事は決して悪くない。

 何も起こらず無事次の朝を迎えた。それでも何となく安心出来ないのは、クワイエルが心配性なだけだ

ろうか。

 彼らは起きて早々に準備を整えると、再び北東へと進み始める。

 進めば進む程作品群と作品群の距離が開いていくように思う。それでも作品群自体がなくならないのは、

順調に技術を高めている者、それを望む者がいるという事なのだろう。作品自体が単純化している為もあ

るのかもしれないが、未完成の物は見えなくなり、きちんと完成させ、技術を修めてから次へ進んでいる

ような印象を受ける。

 この段階まで来ると、厳しい試験のようなものもあるのかもしれない。

 そして試験があるのだとすれば、他者の真似をしないよう、作品群を離しているという仮説が成り立つ。

 しかし作品群と書いているように、その場にある作品は一つではない。むしろ見せ合わせる事で競争意

識を高めているようにさえ思える程、一つの場所には沢山の作品がある。この仮説はおそらく間違ってい

るのだろう。

 未だ答えは見付からないが、焦っても仕方がない。解らない事は解る時まで解らないのだから、あまり

考え込まずに進むのが良いのである。

 クワイエル達はとにかく先へ進む事にした。

 変化が大きくなっているのだから、より他種族に近付いているような気もする。

 それは多分に希望的なものだったが、そうであってはならない理由もまた存在しないのである。




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