13-7.

 また作品の様相が変わってきている。今までの傾向と同様、単純化されているのには違いないが、それ

ぞれの大きさが小さくなり、代わりにそれらの作品が組み合わされて複雑な形を成している。

 今までのように単独で作られているのではなく、共同作品。一つ一つが完成形なのではなくて、全体像

を掴む目的で作られているような気がする。こうして最後に協力しあう事を覚え、彼らは外に出て巨大建

造物を造る事になるのだろうか。

 それともこれもまた一人で作っているのだろうか。

 この作品もまた見事なもので、それぞれがしっかりと組み合い、試しに押してみてもびくともしない。

魔術で為されているのか、技術の賜物かは解らないけれど、その強固さは確かにあの建造物達を思わせる。

そしてこれが最終段階だとすれば、いよいよ彼らに出会えるのだろうか。

 クワイエル達は期待に満ちた眼差しでその周囲を探し始めた。しかし作品の他には何も見付からない。

今までと同じ景色、これはこれで美しいが特に大きな変化の無い景色、が広がっている。

「もしかしたらもうここには居ないのだろうか」

 流石のクワイエルもそんな風に思えてきたが、諦めるのはまだ早い、と思い直して、取り合えず休憩を

取ってからもう少し進んで見る事にした。

 奥へ奥へ進んでいくと作品の数が減り、その代わりにより大きく、組み合わせ方が複雑化していってい

る。実に色んな事を試していて、クワイエル達が今まで見た事もない組み合わせ方も多かった。これらは

まだ見ぬ建造物に使われているのか、それとも相応しい建造物がなくて未だ使われていないのか、それと

も何か問題があって却下されたのか。

 何も解らないが進んでいく。行けば解るとは言えないが、進まなければそれさえ解らない。

 そのまま一週間程進んでいる。作品の傾向は変わらず、やはりこれが最終段階なのかもしれない。作品

群と作品群との距離も更に広がり、辿るのが難しくなってきた。このままこの傾向が強くなっていくと、

道を見失う事にもなりかねない。

 しかしそれを言うなら、今でさえ道があっているのか解らないし、それもそれで今までと変わらないと

いえばそうで、クワイエル達はあまり気にしない事にしている。そもそも初めからあっているのか解らな

いのだから、気にしても仕方が無いという強引な論理が成り立つのである。この大陸の調査という意味で

はそれでもそれで適っているし、考えすぎない方がいいのだろう、多分。

 ただそう思っていても、なかなか他種賊と出会えない事は寂しい。一体何処に居るのだろう。それとも

もうここには誰も居ないのだろうか。このままいくら進んでも永遠に出会えないような気もしてくる。

 だがクワイエル達に諦めるという考えはない。特に焦る事もなく地道に進んでいる。むしろ多くの作品

を見られた事に喜びを感じている程だ。

 ただの森であれば何となくもの寂しいような物足りないような気がしていたかもしれないが、この作品

群達がそこに確かに誰かが居た証を残していて、その名残というのかそういうものを味わうだけでも楽し

みがある。

 正直この作品自体の価値は解らないし、美術的にどうなのかもその道に暗い面々ではさっぱり解らなか

ったけれど、見ているだけで面白かったのは確かである。自分とは全く違う感性というのは、ぱっと見は

不気味に思えても、見慣れてくるとそれはそれで面白く思えてくる。違和感は結局馴染みが薄いかどうか

だけの話なので、第一印象だけで決め付けず、暫く見ていると新しい事を知る事が出来るのだろう。

 だからこそ他人の作品を見る事がもてはやされるのかもしれない、などと思ったりしたかどうかは解ら

ないが、進んでいると何やら大きな建物が見えてきた。

 その建物は霧に覆われて全体像は解らないもののとにかく大きく、下手すれば村が丸ごと一つ収まりそ

うな気がする。今まで見えなかったのは魔術がかけられている為かもしれないし、この霧の為なのかもし

れない。巨大建造物と同じように、外からはっきりと見られないように造られているのだろう。

 隠す意図があるのか、単にこの大陸のほぼ全ての種と同様、目立ちたくないという気持ちがあるのか、

それは解らないが。初めて見る建物らしき建造物に対し、クワイエル達は酷く興味を示している。

 もしかしたらこれは家ではないのか、という期待が消せないのだろう。もし希望通りここが家だとした

ら、この中に待望の他種族が居る可能性は高い。

 しかし何でこうも馬鹿でかいのか。何か意味があるのか、ただでかいのが好きなのか、それともこの建

物自体が一つの共同体、街として機能しているのだろうか。

 クワイエル達は遠慮なく近付いて行ったが、幸い罠のようなものは仕掛けられておらず、簡単に建物内  内部の作りは単純で、四角くくり貫いたような綺麗な継ぎ目の無い廊下に、ぽつりぽつりと扉の姿が見

える。それから推測するに、一部屋一部屋の大きさはかなりのもので、一家族どころか数十人は入れそう

な気がする。

 勿論それは人間の大きさに換算しての話なので、ここに住むだろう種が相応に大きく、一人で住んでい

るのだとしたら、人の十倍近い大きさという事になる。それはあの巨人よりも尚大きく、確かにあの建造

物を造るのに相応しい大きさをしている。

 だがそうなると今度はあの作品群の当初の小ささに説明が付かない。そこまで大きければ、あんなに小さ

な物を作れるのだろうか。材料節約の為とも考えられるが、あそこまで小さくする事はないだろう。それと

もそれもまた訓練の一環なのだろうか。

 解らない、解らないけれど、とにかく新たな手掛かりを見付けたのだ。喜び勇んで調べてみよう。



 手近な扉を叩いてみようとすると、手が触れる前に扉が開いた。どういう仕組みかは解らないが、どう

にかするとどうにかして勝手に開くように作られているようである。とても珍しいが、今は扉よりも室内

の方に興味がある。

「お邪魔致します」

 姿勢を正して入っていくと、そこには大きな丸虫のような姿をした何かが居て、その無数の手だか足だ

か解らない物を使いながら、器用に何かを作っていた。その周囲は森にあったような作品であふれ、この

部屋が工房兼倉庫であるらしい事が解る。なるほど大きく造らなければいけない訳だ。

 丸虫の大きさは鬼人と同じか少し大きいくらいだろうか。彼が居ても作品が無ければ室内は広々として

見えたに違いない。

「あのう・・・」

 翻訳魔術を使い、話しかけてみると。

「静かに!」

 厳しい口調でたしなめられてしまった。多分、今大事な所なのだろう。ここは大人しく待っているしか

ない。

 こうしてクワイエル達はそのままの姿勢で、大人しく待ち続けた。

 そのまま半日程静かに待っていると、ようやく虫人が話しかけてきた。

「何のようだい。製作中はあまり入ってきて欲しくないんだがなあ」

 見た目からは解らないが、優しい口調といい、何処かぼんやりした態度といい、先程の厳しさが嘘のよ

うで、本来は大人しい種である事が解る。勿論彼だけを見た印象なので、他の虫人を見ればまた変わって

くるのかもしれないが、少なくとも彼は話の解らないような虫人ではないようだ。

「実は・・・」

 クワイエルは今までの事、つまり巨大建造物を初めて見てからずっとその製作者を探していた事、を虫

人に丁寧に話した。少し長くなってしまったが、それでもちゃんと聞いてくれる確信と、その必要を感じ

たからである。

 この虫人なら、きちんと話せば協力してくれると感じた。

「なるほど、なるほどねえ。それは大変だったねえ」

 気のいい虫人は同情してくれたのか、何度も頷きながら大変だったねえを繰り返し。

「君達は画商さんか何かかい」

 というような事を言った。

 そこでクワイエルも。

「まあ、そのようなものです」

 と答えている。この種と友好を結ぶには芸術の面で結ばれなければならないと考えたからだが、実を言

えば行き当たりばったりに言ってしまったのであって、何か深い考えがあった訳ではなかった。直感によ

る閃きと言えば聴こえは良いかもしれないが、ようするにやってしまったのである。

「なるほどなるほど。じゃあ僕らの作品を買い求めに来た訳だ。これは嬉しいね。基本的に僕らの作品は

売り物として作っているのではないのだけども、そういう人が来れば断る事もしていない。案内するから

気に入った作品があれば言ってくれ」

 とこんな訳で、クワイエル達は彼らの作品を買わなければならなくなった。

「この作者は直線が特徴でね。誰よりも綺麗な直線を描く事が出来る。でも曲線は苦手でね。そのせいで

直線に甘えているというのか、無理に使っている傾向があるね。直線好きにはお勧めだけれど、曲線好き

にはお勧め出来ないな」

 虫人に案内してもらってから半日程が過ぎ、もう深夜を過ぎて早朝に近い時間になってしまっているの

だが、虫人は全く疲れを見せない。もしかしたら芸術家にありがちな昼夜逆転生活というのをしているの

かもしれないし、芸術に対する情熱から疲れが吹き飛んでいるのかもしれない。または単純に休まなくて

も活動し続ける事が出来る種である可能性もある。その辺は聞いてないので解らない。

 でも作品に関しては丁寧に説明してくれているので、彼らの芸術性というのか、芸術に対する想い、作

品が一体どういう意味でどういう意図で作られているのかは何となく察する事が出来た。

 芸術というものに対する基本的な考え方はクワイエル達と大差ないらしく、限られた範囲の中でどう自

分の個性を出すか、今までの常識に囚われず如何に個性を発揮するか、が勝負であるらしい。個性が万人

に解るか解らないかは重要ではなく、そこに明らかな個性が出ていれば評価されるようだ。

 つまり芸術というものは好みや良し悪しではなく、そこに何がどう表現されているのかが重要で、共感

という言葉と共にありながら、その対極に芸術家としての精神がある不可思議な思想と言えそうだ。

 何だか良く解らないが、ようするに作品に何かしら訴えてくるものを感じられれば、その思いがどんな

に捻くれていようとも、強ければ強い程良しとされるらしい。

 これらはクワイエル達が理解した範囲というか、彼らの理解の仕方であるから間違っているのかもしれ

ないが、多分、概ね、そんな所である。

 そうしてそれらを踏まえた上で、クワイエルはこう答えた。

「残念ながら、私は曲線の方が好きなのです」

「なるほどなるほど。確かに曲線の丸みっていうのは艶があって良いからね。では今度は曲線派の作品を

案内するよ」

 虫人はしゃかしゃかと無数の足だか手だかを使って器用に歩く。そんなに手足が多ければ物凄く速いの

ではないかと思えるが、それがゆったりしたものでお世辞にも速いとは言えない。初めはクワイエル達に

合わせてくれているのかとも思ったが、どうやらそうではないようで、とても器用に手足を動かす事が出

来るものの、運動能力というのか、そういう作品に関する以外の能力は衰えている。

 そしてそこから彼らが普段は大して動かないだろう事が推測出来る。虫人達は一人あの広い部屋の中で

作品を作り続け、一生とは言わないが、その大部分を過ごす。そんな姿が思い浮かんでくる。

 作品の説明の合間合間に試しに質問してみると、彼らは人が呼吸をするように、生まれた時からすぐに

作品製作とその技術の習得に励み、一生を芸術に捧げるらしい。そしていつかはクワイエル達が見たよう

な巨大建造物を残すのが夢であり、その為に日々作品を作り続けている。

 巨大建造物を造れるのは一握りの偉大な虫人だけであり、子孫を残せるのもその偉大な虫人だけであり。

そうなれるまでは今のようにたまにお客が来た時は別だが、あの部屋でずっと腕をみがき続ける。

 外に出るのは巨大建造物作成者になる為の試験を行う時くらいで、あの作品群は選抜試験を行った跡で

あるらしい。虫人達は一生をかけて長い長い選抜試験に挑み続け、一人の製作者になるか、それともその

助手で終わるかが決まる。

 この虫人も何とか試験を突破し続けているが、まだまだ先は長いとの事。

「頑張って下さい」

 クワイエルはそんな月並みな言葉しか言えなかったが。

「ありがとう」

 虫人は心から喜んでいる様子だった。

 話によるとそうやって励ましあうような習慣が虫人にはなく、それは酷く刺激的で得難い体験であるら

しい。おかげで創作意欲が湧いたよと嬉しそうに微笑ん・・・だかどうかは知らないが、何となく色艶は

よくなっていたような気がする。

 ここまで体の作りが違うと、表情の区別が難しい。

 もしかしたら虫人もクワイエル達を見て、同じように思っているのだろうか。

 そう考えると慣れというのも必要な事なのだなと思えてくる。慣れる、あまりよくない響きであるよう

に思えるが、実は一番重要な働きをしているのかもしれない。

 慣れるからこそ初めて普通に共に生活できるような大きな役割を。

 もしそうなら、全てに慣れてしまえば例えそれがどんな環境であっても、平然にとは言わないが、普通

に過ごせるようになるという事になる。

 確かに不思議な事だ。

 ともかくこのようにしてクワイエル達は、ようやく巨大建造物などに対する疑問が晴れ、その虫人から

完全なる球体なのに見る角度を変えると三角やら四角やら、或いはどれでもない何だか解らない角形だか

円形だかになる作品を購入している。

 お礼代わりと言えばそうだが、純粋にそれが気に入ったのも本当だ。

 しかしここで困った事が起きてしまう。

 そう、代金をどうすれば良いか解らないのである。虫人達の生活方法やこういう場合の取引方法など、

買うなら買うでもっと詳しい事を知らなければならない。

 虫人との友好を築けた上に彼らに対する質問をする大義名分を得たクワイエル達は、喜び勇んで虫人に

問いかけた。

 つまりここにまた一人、気の毒な虫人が誕生したという事だ。




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