14-11.

 不思議と、観察されている、見られている、ような感覚は受けなかった。相手の顔はこちらを向き、視

線もハーヴィに向かっている筈なのに、それを感じない。

 言ってみれば盲目の視線。

 あえてそうしているのだとしたら、そこには一体どんな意図があるのだろう。

「どうやら西の者ではないようだが。君達は一体どこから、何をする為にきたんだね」

 落ち着いた低い声。静かに圧するものを感じる。この魔力の高さは、あの鎧の力を借りただけのもので

はない。彼らそのものもまた、ハーヴィ達よりも遥かに高い魔力を有している。

 そこにあるのは絶対なる自信と、若干の哀れみ。

 屈強種に比べればひ弱な肉体であっても、ハーヴィ相手では不安など感じる必要はないようだ。

 まるで神に審問されているかのように錯覚する。

 とはいえ見下されているような感じはしない。彼はただ前にあるものを見ている。ハーヴィの方がこの

鎧種に対して、一方的に自信と哀れみを感じているだけなのかもしれない。ハーヴィの劣等感が、それを

生み出しているのかも。

 鎧種は無関心とは言わなくても、それに近い心理にあるように思えた。それとも、そう見えるだけなの

だろうか。

「我々は南から来たものです。目的は・・・・」

 話せることは全て包み隠さず話す事を決めた。隠しても無駄だろうし、隠す意味もないからだ。誤解?、

は解けているようだし、向こうから話を聞いてくれるというのだから、遠慮する必要も無い。

 クワイエルのせいで、ハーヴィもこういう所が図々しくなってきている。

「なるほど、この大陸の踏破、そして他種族との友好か。それはこの大陸を私有化するという事ではない

のだな」

「ええ、無論です。我々にそんな力は無い」

「確かに。それはなかなかに説得力のある答えだ」

 鎧種は暫く考えているようだったが、何を考えていたのかは解らない。そこに動いているだろう感情も

そうだ。視線の無い眼からは、何も感じ取れない。生きた人形のような鎧種の視線は性質が悪かった。

 不思議と嫌な気持ちはしないのだが、奇妙な感覚がするのを止められない。

 これはこの種全体に共通するものなのだろうか。それともこの鎧種だけが持つ能力なのだろうか。或い

は感情を悟られたくない時に、このような魔術を使っているのか。

 それとなく魔力波を探ってみたが、ぼやけたようで何もはっきりした事を掴めない。ハーヴィ程度の魔

力では、全力を用いても全く通用しないのだろう。

 歴然とした実力差だけを思い知らされ、ハーヴィは余計な詮索(せんさく)をする事を止めた。今は大

人しくして敵意が無い事を相手に解らせ、仲間達と共にさっさとここを出て行きたい。

 できれば鎧種と協定を結んでおきたかったが、この種とはあまり関わりたくない気もする。特に鎧種と

屈強種が争っているのだとしたら、それに巻き込まれるのは得策ではない。

 ハーヴィとしては二つの種に対する興味も大きかったが、危険にはなるべく近付きたくなかった。例え

すでに巻き込まれていたのだとしても、深入りを避けたいと思う。

 そこがクワイエルと違う、彼の賢明な所である。

 そしてそんな事よりも。

「私と共に居た者達はどこに」

 仲間達と合流する事が、今一番優先しなければならない事だった。

「保護している。順番に話をきいてみるつもりだったが、どうやらその必要はなさそうだ」

「では、我々を解放していただけるか」

「善処しよう。しかしまあ折角きたのだ、ゆっくりしていくといい。それに、西側に連れ去られた者も居

る。我々も善処したが、君達全てを救う事はできなかった。我々も憂慮している。救出したいのなら、協

力しよう」

「・・・・・・」

 ハーヴィは絶句した。

 確かに考えられる事態だった。ハーヴィ一人だけが連れ去れた可能性、全員が連れ去られた可能性、そ

れと同時に東西両種族にばらばらに連れ去られた可能性、も当然あるのである。

 話がややこしくなってきた。このままでは深入りを避けられなくなる。いや、すでに避けられなくなっ

ていたのか。

 ハーヴィはあらゆる事を想定し、答えを探してみたが、結局鎧種と協力するしかない、という結論に達

した。鎧種はほとんど意味のある事を教えてはくれないし、警戒しているのか、何か考えがあるのか解ら

ないが、とにかく今は素直に協力しあうしかなさそうだ。

 ハーヴィに選択肢はなく、おそらくそれを知った上で鎧種もこう言っている。

 腹立たしく思わないではなかったが。面識もなく、しかも他種族に対して、初めから好意を見せろとい

う方が無理だろう。

「・・・・協力に、感謝する」

 ハーヴィの言葉に、鎧種は無表情のまま頷いた。



 ハーヴィは一室を用意された。あの牢のような場所から出られたのは前進といえるが、相変わらず仲間

達に関しての情報、現状に対しての情報を得られていない。あれからもう一日が終わろうという時間が経

っている筈だが、何も言ってこない。

 ここは鎧種の居た部屋とほとんど同じ作りの部屋で、殺風景で何かする事もない。そのまま惰性的に過

ごすしかなかった。

 見張りを立てられているようではないから、出ようと思えば出られそうだが。では出てどうするのかと

考えると困る。この場所は地図があっても迷いそうな作りであるし、見張られていないように見えて、し

っかり監視されているという可能性もある。

 ハーヴィはあの鎧種の眼を見てから、何となく全てに安心できなくなっていた。敵意も悪意も感じなか

ったが、不気味さがある。そして最も危険な事に、鎧種に対して危機感が湧いてこない。これは何かしら

の魔術をかけられている可能性を考慮する必要があるだろう。

 しかし警戒してばかりいても体力と精神力を消耗するだけなので、一つだけある床が盛り上がってでき

たような台に寝そべり、睡眠を取る事にした。

 こういう点にもクワイエルの悪影響が出ている。

 しかしふてぶてしいという事は、全てが全て悪い訳ではなかった。

 諦めが良いという事には、良い点もある。良いように考えれば、前向きとも受け取れる。



 目が覚めても、周囲の光景は何も変わっていなかった。期待していた訳ではないが、少しだけがっかり

している。多分、飽きているのだろう。

 室内は寝る前と同じく静かで安定しているが、相変わらず何もする事がない。手を加える隙がない程に

無造作な部屋で、ハーヴィだけに違和感があり、常にこの部屋から浮いているような気がして落ち着かな

かった。

 今まで野宿してきた場所に比べればましだが、あまり厄介になりたいとも思わない。安全は安全なのだ

ろうが、長居したくない場所だった。

 ここで一体何をどうすればいいのだろう。

 そんな事を思っていると、ふと腹が鳴る音がした。考えてみればあれから水一滴も飲んでいない、腹が

空くのは当然だ。まだそれほど辛いとは思わないが、食べれる時に食べておいた方がいいだろう。

 幸い、この部屋にはハーヴィの持っていた荷物も置かれている。腹を満たす程度には水と食糧にも余裕

がある。

 ハーヴィは睡眠をとった台にこしかけ、食事を摂る事にした。



 気持ちゆっくりと摂ったのだが。食事を終えても、何の反応も無かった。

 外から音も聴こえてこない。ドアはなく、開けっ放しの空間である筈なのに、全くといっていい程室外

からの音が聴こえない。

 もしかしたら何らかの魔術がかけられているのかもしれないが、それを判別する事は不可能だろう。

「試してみるか」

 ふと思い立って、出口へと歩く。そしてハーヴィ達の常識でいえばドアがあるだろう場所を抜けようと

した。すると何故か部屋の中に戻っている。確かに出た筈なのに、ちょうど百八十度向きを変えて、部屋

の中に足がある。

 そしてその足から吸い込まれるようにして、室内へ入れられる。

 何度試しても変わらない。決して出る事はできなかった。

 閉じ込められたという事だ。

 しかしそう思っているのに、それでも危機感は湧いてこない。穏やかなまま、驚いている。まるで驚く

という感覚が、自分のものではないかのように。

「あまり好きになれないやり方だ」

 あの視線の無い眼のように、不快感を感じさせられる。こちらの個としての、私としての全てを無視さ

れているかのような、機能的な無感覚、無感動。例えそこに悪意が無いのだとしても、ハーヴィ達の全て

を否定されているように感じる。

 単純な悪意よりも、よっぽど腹立たしい。

 この不快感にさえ、鎧種は興味を示さないのか。

 そうかもしれない。

 彼らはあくまでも彼らの予定に従い、おそらく今も合理的に動いている。その予定の中にはハーヴィを

援助する事も気にかける事も含まれていない。ただ邪魔にならないようここで大人しくさせておくだけだ。

 それが鎧種が言う協力、という意味なのかもしれない。

 ここに居る仲間達も似たような目にあっているのだろうか。せめて何か会話できるような手段でもあれ

ば良いのだが。

 試しに簡単な魔術を行使してみたが、それが発動する前に無力化されてしまった。対魔術結界も張られ

ている。こうなると、ハーヴィにはどうする事もできない。

 ここで邪魔にならないよう、無駄なく待ち続けるしかないのだろう。

 腹立たしいが、それもまた無駄な感情だった。

 自分まで無感覚にされていくような気がする。

 瞑想し、魔力を高め、自分の精神を内に引き入れる事で、ハーヴィはその干渉を防ごうとした。



 無駄のない圧迫感が少しだけ和らいだような気がする。

 目を開けると、目の前には鎧種が居た。生身ではなく鎧をまとい、物騒な外観をさらしている。視線は

見えないが、それは鎧を脱いでいたとしても同じなのだろう。

「出撃命令が出た」

「そうか」

「付いて来い」

 後は何も言わず移動する。その速度はハーヴィに合わせているのか、それほど速いものではなかったが、

それもまたどこか腹立たしい。全てを計算し、無駄なく合わせ、強制というよりもそれだけが真実である

かのように行動しようとする。

 それぞれがそれぞれの役割を果たす事だけを考えている。

 確かにそれは一つの理想系なのかもしれない。でもだからこそ、他人の理想を押し付けられるのには我

慢がならない。

 ハーヴィは生まれて初めて、心深く底からあがってくるような不快感を味わっていた。

 しかしそれをぶつけられる相手が居ない。無感動、無関心なものにいくらぶつけたとしても、余計に腹

立たしく、惨めになるだけだ。

 だからこだわらず、訳が解らないまま鎧種の後を追う。



 延々と続く廊下を抜けると大きな部屋に出、そこでようやく鎧種の動きが止まる。

 その部屋には他にも無数の鎧種が居て、全員を鎧で身にまとい、物騒な姿のまま沈黙している何かを待

っている。ハーヴィはその間を縫うように進み、一体の鎧種の前に引き出された。

「さあ、君の仲間を救う時だ」

 声からして、目の前に居るのは以前会話したあの視線のない眼をした鎧種のようだった。

「一体、どういう事だ」

「どういう事もなにも、今から救出に向かう」

「救出?」

「そうだ、我々の手で全面攻撃をかける。その隙に君は内部に入り込み、仲間達と協力して我々を内部へ

と引き入れるのだ」

「しかし、私の力では・・・」

「君の力が必要なのだ。君が君の知る魔力を感じ取る事で、君を内部へと送る事ができる。無論、部下も

付けよう。多くは送れないが、有能な者達だ。必ずや使命を果たす」

 ハーヴィは、その為にわざと屈強種に別の仲間達をさらわさせたのではないか、と思った。証拠は無い

が、何となく当たっているような気がする。

 そしてそう考えれば納得できる。こうしてハーヴィを生かし、保護の名目で監禁していた事にも。

「ここにいる仲間達はどこだ」

「心配するな。それぞれに部下を付けてある」

「保険、という訳か」

「どう考えてもらっても構わない。それに君達にも損はない取引だと思うが。勿論、全てが済めば開放し

ようし、礼もしよう」

「・・・・承知した」

 腹立たしいが、今鎧種に逆らえば仲間達がどうなるか解らない。誰と誰が捕らえられているのかは解ら

ないが、彼らはハーヴィが失敗した時の保険であり、ハーヴィに協力させる為の人質だった。

 拒否などできない。

 それに不思議とこの鎧種は約束を守るような気がした。信じさせられる魔術をかけられている可能性も

あるが、考えてみると初めからこの種には個人的な感情を感じた事がない。だますとか悪意とか、そうい

う感情でさえ無駄のものとして排除しているような気がする。

 何故なら、個人の感情で誰かに恨まれたり、衝突するのは重大な損失になるからだ。

 彼らにとっては現実にあるものと、現実に起こるものだけが全てであり、他のものは不必要。だとすれ

ば、こういう契約は、例え口約束だとしても、信じられる。そうでなければ、彼らを組織として繋げられ

なくなる。

 約束事が必ず守られている。法が尊重されているからこそ、合理的、機能的に動ける。だからその点に

関しては信用できる筈だ。

 それでも奥底から這い上がってくるような不快感を抑える事はできなかったが、ハーヴィは耐えた。

 彼には珍しく、この鎧種の長のような者に対して、その存在を全力で否定さえしたい、鎧種という存在

そのものが許せない、という感情が湧いていたが。今は協力するしかなかった。

「待っていてくれ」

 ハーヴィはせめて、作戦の成功を祈った。

 そして、仲間達の無事を。

 屈強種が、鎧種よりはましな存在でありますように、と。



 ハーヴィは一人連れて行かれ、透明な筒のような装置に入れられた。中には膨大な魔力が満ちていて、

余りの濃さに自分という存在が打ち消されてしまわないかと恐怖すらした。

 しかしそれはすぐに杞憂(きゆう)に変わり、膨大な魔力が逆にハーヴィという存在をより濃く、強く

していく。

 魔力が何十、何百、何千、何万倍に跳ね上がるような気がし、ハーヴィという個は鎧種すら圧倒するも

のになった。

「さあ、仲間を探せ」

 ハーヴィは言われるままに仲間達の魔力を感じ取り始める。それは楽な作業ではなかったが、程無くク

ワイエルらしき魔力を捉えた。感じ取れる限りは、元気そうだ。

「よし、装置を発動せよ」

 その瞬間、ハーヴィは自分が魔力そのものに溶け込み、天高く放出されるのを感じた。

 気が付くと、側には二体の鎧種が居た。

 感じ取れる魔力から何故か懐かしいものを覚える。

 もしかしたら、彼らがハーヴィと一体となる事によって、魔力が増幅されていたのかもしれない。今で

はもう、この世界が自分そのものであるかのような、圧倒的な自己は感じないが。何となくその時の感覚

は覚えている。それを懐かしいと感じられるくらいには。

 力を失った事は少し残念に思えたが、安心もした。もしあのままであったら、その内取り込まれてしま

っていただろう。そして心そのものまで魔力として吸収され、あらゆる意味で存在を消失していた。

 つまりそれは、無限の死を意味する。

 力は欲しいが、そうまでして得ても意味が無い。魅力はあるが、手を出してはいけないものだった。

 鎧種はハーヴィの意識を確認した後、無造作に動き出した。その速度がゆるやかなのは、付いて来いと

いう意味なのだろう。そして先に行くという事は、彼ら自身がクワイエル達の魔力を学習したか、目的地

がすでに判明している事を意味する。

 ハーヴィには勿論拒否権はない。求められれば、従うしかない。

 奴隷と大差ない待遇だが、それでも彼らなりには尊重してくれているのだろう。こちらを気遣っている

のが解るし、合わせてくれているのも解る。

 優しさはないが、そういう義務感だけなら、ハーヴィ達よりも強いのかもしれない。

 それだけに腹立たしくもあるが、だからこそ誰よりも信用できる。

「どうもやりにくいな」

 戸惑う気持ちのまま、奥へ奥へと進んで行く。



 気が付いた時、先導する鎧種は一体だけになっていた。もう一体はどこに行ったのか、もしかしたら初

めから別行動していたのかもしれない。先を行く一体に気を取られ、もう一体にはあまり注意を払えてい

なかったような気がする。

「何をする気・・・・」

 問いかける前に前方の鎧種が振り返り、ハーヴィの体に鎧種の魔力がまとわりついてくるのを感じた。

 瞬時に魔力が高まり、クワイエルの存在を強く感じる。すぐそこに彼は居る。

 鎧種は頷き、再び進み出す。

 おそらくもう一体は破壊工作か何かで、こちらの鎧種がクワイエル達を救う役目を負っているのだろう。

やはり約束は守るようだ。

 ハーヴィがほっとしかけた時、突然室内にけたたましい音と光が鳴り響き、今までの静けさが嘘のよう

に騒がしくなった。

「どうしたんだ」

「もう一つの任務が成功した。我々はこの隙に対象を救出する」

 鎧種の声は無機質で感情が込められていないものだったが、あのリーダー格の鎧種の声よりは数段まし

だった。奇妙にそれがあるよりは、いっそ全く無い方が気楽でいい。個性の無さにこれほどほっとしたの

は、初めての経験だった。

「やはり、やりにくいな」

 ハーヴィは戸惑いっぱなしで、自分らしくない気持ちを終始感じていたが、これもまた貴重な経験だと

思い直す。

 そして後は黙って鎧種を追った。

 こんな目立つ鎧を着ていてばれないのだろうか、と考えたが、おそらく相応の魔力なり機能が備わって

いるのだろう。鎧種の科学力と魔力を考えれば、そのくらいは簡単にできる筈だ。もっとも、屈強種もま

た、そのくらいの科学力と魔力を備えているのかもしれないが。

 どちらにしろ今更引き返す事はできないし、気にしても仕方がない。

 せめて見付かり難いよう黙り、魔力をなるべく消して、静かに鎧種を追っていく。

 幸い、クワイエルの魔力はすぐそこにある。他の仲間の魔力を感じないのが不安だったが、もしかした

らクワイエルだけの、つまり目標とする対象の魔力だけを感じ取る魔術をかけられたのかもしれない。

 それとも、ここにはクワイエルしか居ないのだろうか。

 何も解らない。相変わらず、解らないままだ。

「無事でいてくれ」

 何をしても、最後はいつも祈るしかないらしい。




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