14-5.

 導かれるままに進まされ、明かりが点く範囲も限定されているので、距離感と時間の感覚がまったく掴

めない。このままそれを考えていてもかえって混乱するだけだと思い、レイプトは何十分か経った頃、考

える事を止めていた。

 乱暴な解決法で、やはりこれもハーヴィというよりはクワイエルに近い考え方であったが、レイプトは

先ほどと同じく気付いていないようだ。そして何とか楽しみを見付けようと、見える範囲を観察している。

 侵入者対策なのか、その方が作りやすかったのかは知らないが。どうやらこの通路はどこもほとんど変

わりない姿に作られているらしい。

 一つの区画をコピーして貼り付け、そのまま延々と伸ばしたかのような作りになっている。

 或いは同じ所を何度も歩かされている、という可能性もある。見える範囲は限定されているし、音も振

動も感じさせずに床を動かす事が出来るのだから、迷わせようと思えばどうとでもなる。延々とこの場所

を歩かさせ、餓死させてしまう事も簡単だ。

 レイプトはそう思うと少し恐くなったが、それならそれでもう勝手にしろ、という気持ちで開き直って

しまい、腹立ちを力に変えて、そのまま進んでいく。

 もう何時間くらい歩いただろう。床を自由に動かせるのなら、全自動歩行路のようになっていれば話は

早いのに。と思い始めた頃、ようやく変化が見え始めた。

 具体的に言えば、照明の色が変わったのである。

 区画が変わったのだろうか、時間によって変わるのだろうか、それとも何か特別な事があった時に変え

るのだろうか。

 照明の色以外の変化は見えないので何とも言えないが。何か変わると少し楽しくなる。その変化がレイ

プトにとって良い事かはまだ解らないが、延々と同じ景色を歩かされていると、少しの変化でもとても新

鮮に思えるのだ。

「いつまで歩かされるのだろう」

 だが少しの変化はあくまでも少し。すぐに慣れて飽きてしまい、他に何もする事がないので、自然と考

えてしまう。これは別に後ろ向きな考えでもないので、そのまま続けてみる事にした。

 暇なのだ。

「運動能力でも調べているのか。それともからかっているだけか」

 勿論、答えは出ない。相手の事が何も解らないのだから、判断しようがなかった。

 無意味な思考だと認め、それを考える事も結局止めてしまった。今は何を考えても、結局思考に振り

回され、疲れてしまうだけだろう。なら何も考えない方がいい。

「そろそろ終りが見えれば良いが」

 体力にはまだ余裕がある。でも流石に精神がまいってくるし、身体を動かす為に必要な気力を失い、ど

うしてもその歩みが遅くなる。

 楽しもうとはしているが、クワイエルでない彼には限界があった。幸いな事に、彼はまだ完全にクワイ

エル化していないのだ。それは何よりも祝福すべき事である。

 しかしその事が今はレイプトを苦しめている。皮肉と言えばこれ以上の皮肉はない。

 当てもなく歩き続け、何度照明の色が変わっただろう。体力も限界を迎えた頃、目の前に一つの扉が示

された。

 照明の光で浮かび上がったそれは、何とも不思議というのか、嫌な気配が漂っていたが。それでもこの

延々と続かされる行動が終わるのは嬉しい。

「いや、扉を開けてもまた廊下が待っているかもしれない」

 レイプトは少し迷ったが、結局はその扉を開け、足を踏み入れるしかない。

 扉の奥は一つの広い部屋で、良く解らない機械が所狭しと並べられていた。そのそれぞれが光を発し、

何か動いているような気はするが、振動もしていないし、音も立てていない。無音で動いている。

 何かしらの魔術をかけているのか、それとも初めからそういう風に出来ているのか。

 レイプトは恐る恐る近付き、指で触れてみたが、何も起こるような様子はない。触っても振動は伝わっ

てこないし、熱くもない。これは動いているのだろうか、それとも動いていないのだろうか。

 そんな事どうでもいい、と言われればそうだが、気になる心を止められないのはレイプトもまた同じ。

彼も魔術師なのだ。

 しかし彼はクワイエルなどと違い、理解出来ない事にいつまでも縋(すが)っているような事はしない。

ある程度見回って、それらが理解出来ない事が判断できると、すぐそれらへの興味を閉ざし、奥へ向って

いる。

 機械だらけのせいで入った時は解らなかったが、半分程進むと、奥にも入ってきた扉と似た扉があるの

が解った。とにかくそこを目指そう。

 この部屋はどこも明かりで照らされていて、どこからどこまで続くのか、どれくらいの大きさなのかが

大体解る。今まで果ての見えない中を進まされてきた事を思うと、精神的には非常に快適だ。

 でもそれはこちらを油断させる為の罠かもしれない。気を引き締め、騙(だま)し討ちに遭わないよう、

周囲の魔力に気を配って進んで行く。

 そうしていると一つ気が付いた事があった。

 この部屋にある機械からはそれぞれ魔力を感じるのだが。あくまでもそれは魔力だけで、魔術が使われ

ているようには感じない。

 つまりこの機械は魔術、つまり他者の魔力、によって動かされているのではなく。その存在そのものに

魔力があり、自分が生み出す魔力を発している。もっと具体的に言うなら、生きている、という事になる。

 だがレイプトが見る限り、それらは生物ではなく、あくまでも道具。光を点滅させるだけの、得体の知

れない機械でしかない。この機械からは意志が感じられなかった。

 こちらに注意を払うでもなく、自動的に活動し、自動的に与えられた役目を遂行する。果たしてそれを

生命と呼べるのだろうか。

 おそらく、言える。むしろそれこそが生命活動なのではないか。我々も全ての生体組織が与えられた役

目を忠実に実行し続ける事で初めて生きていける。それはまさにこの機械達の姿そのものだ。

 しかしそう考えても、レイプトにはどうしても違和感があった。ここには一切の熱が無い。物理的にも

精神的にもそれが無いのだとしたら、それは生命とは呼べないような気がする。

 今までに遇った種とはまた少し違うせいで、レイプトは混乱してしまったようだ。

 そして最終的に浮かんできた答え、或いは疑問、は、この機械達は一つの生命の一部なのではないか、

という考えである。

 レイプト達でいう臓器のように、この機械部屋は同じ役割を完成させる為の一つの器官なのではないの

だろうかと。

 もしそうなら、今彼は一つの生命の中を、まるでウイルスか何かのように移動している事になる。

 それならウイルスを排除する為の何かが襲って来る筈だが、そういう気配はない。やっぱり間違ってい

るのだろうか。

 それに考えてみると、わざわざあちらの方から異物を体内に入れた事になる。これはおかしな話ではな

いのか。

「何だかおかしな事になってきたな。まさか、食べられたなんて事は・・・」

 生命が異物を体内に入れる理由。それは一つしかない。つまり、食べるという事。

 今まで大丈夫だったのだから、肉体を消化されるという事はないと思うが。地上で魔力を吸われたよう

に、彼らも魔力を吸い取られない、という可能性は無いとは言えない。今も気付いていないだけで、少し

ずつ食べられてしまっているのかも。

 色んな可能性が浮かび、そのほとんどはあまり正解して欲しくないものだったが、今更引き返しても同

じ事だろう。

 機械達を壊してみようかとも考えたが、敵対行動をはっきり取るような事をすると、眠っているハーヴ

ィ達に危害を加えられる可能性がある。言ってみれば人質を取られているのと同じだ。余計な事はしない

方がいい。

 こういう時こそ、慎重に行動しなければならない。よく考え、よく実行する。少なくとも、ハーヴィな

らそうする筈だ。



 部屋を出てからも同じような廊下が続き、また延々と歩かされ、部屋も似たようなのを何度か通ったが、

特に変わった事は起きていない。相変わらず沈黙したままだ。

 何かを確かめているのか、からかっているだけなのか、何も解らないままレイプトは辛抱強く進む。

 それでも流石にまいってきたので、休む回数が増えてきた。本当にいつか終りが来るのだろうか。

 レイプトとしては何らかの意味があってやっている事で、この苦行にも意味と終りがあると思いたいが、

それは彼の願望でしかない。

 向こうにどのような考えがあるのかは、今もさっぱり解らない。

 こんな機械を見せてどうしようというのだろう。やっぱり壊してしまおうか。いやいやそんな事をして

もどうにもならない。そんな考えがぐるぐると頭を回る。そうして何かに悩んででもいないと、気が狂っ

てしまいそうだった。

「こんなに弱かったのか」

 ハーヴィ達と離れた自分は、こんなにも脆(もろ)く、無力な存在だったのか。

 レイプトは自分が少なからず驕(おご)っていた事に気付いた。

 今まで順調に来れたのは、ハーヴィでありクワイエルが居てこそ、レイプト達も二人に幾らか力を貸し

ているとはいっても、所詮二人にくっ付いているだけの、付属品でしかない。

 自分独りでは何も出来ない。物事を判断する事も出来ず、ただ迷っているだけだ。

「解っていた、と思っていた」

 自分も何かをやっている、という慰(なぐさ)めも、レイプトの望む願望でしかなかった。

 自分自身を無性に腹立たしく思ったが、それで事態が好転する訳ではない。無力でも、無意味でも、何

もできなくても、今は彼独りでやるしかない。願っても、気付いても、思うだけでは何も変えられない。

「嘆くのは後だ。俺は今やれる事をやろう」

 心を振り絞って立ち上がり、もう一度歩き始める。

 これは自分との戦いであり、ハーヴィやクワイエルが常にやり続けてきた事。泣き言は許さない。やる

しかない。そうしてこそ、自分がこの旅に付いてきた意味がある。

 レイプトは自分というものを知り、それを乗り越えた。

 確かに勇敢で強い意志を持った若者だ。ハーヴィが今の彼を見れば、心から満足しただろう。



 その部屋は今までの部屋と明らかに違った。所狭しと並べられていた機械達は居なくて、中央に一つだ

けぽつんと何かの装置が見える。

 そしてその装置に人影が浮かび上がっていて、レイプトが近付くのを待つように、黙って佇(たたず)

んでいた。

 レイプトは暫く迷っていたが、意を決すると、ゆっくりとその人影に近付いていく。

 人影はどうやらレイプトを模(も)したものらしく、背格好や身体的特徴が彼そっくりで、影を鏡に映

したもののようにも感じた。人影には敵意が感じられず、目の前にまで近付いても、ぴくりとも動かない。

 暫く黙って待っていたが、何も反応が無いのでもう一歩近付く。すると不意に頭の中に声が響いてきた。

「そこでいい。そこで」

 レイプトは歩を止め、油断無く辺りを窺(うかが)う。何も起こる様子は無い。

「長い道をよくも来れたものだ。しかし何故来たのだ」

 何故。それをこの人影が言うか。少し頭にきたが、ゆっくりと呼吸をして心を落ち着かせる。ここで怒

っても台無しにするだけだ。全ては自分にかかっている。慎重に行動しなければ。

「何故って、そちらが導いたからだ」

「導く。確かにそうかもしれない。しかし何故だ」

「言ってる意味が解らない」

 するとレイプトの頭に人影のものらしきイメージが浮かび上がり、物凄い速度で映像が移り変わってい

く。それはあまりにも速く、脳が付いていけなかった。

 痛みが走り、苦痛の声をもらすと、イメージはすぐにゆっくりしたものへと変わり。レイプトは、その

何故という質問が、レイプト達が何故ここに来たのか、何の目的でここを訪れたのか、を問うものであっ

た事を理解する。

「何故だ」

 人影はもう一度問うた。

「・・・・話は簡単だ。我々はこの大陸を調査している」

「何故」

「気になるからだ」

「お前達は気になるものは全てそうするのか」

「全てではない」

「では何故、こんな事をする」

「興味があったからだ」

「興味」

「そう。気になる以上の興味があったから。この大陸にどんな生命が住んでいるのか、この大陸の果てに

は何があるのか、それを知りたかった。それだけの事」

「それだけか。本当にそれだけの為にこんな場所まで来たと」

「そうだ」

 人影が沈黙する。焦りが心を責め立てるが、レイプトも黙って待つしかない。人影の声を全て聞き、質

問に答える。それが出来なければ、ハーヴィ達を助ける事は出来ないだろう。

 しかしこの人影が声を頭に送る度、耐えられない程の魔力波を受けている。レイプトも大分強化されて

いる筈だが、それでもこの力は限界を超えている。あまり長くは話せない。

「どうやら、本心のようだな」

「調べたのか」

「そうだ」

「ならば俺の目的も解っている筈だ」

「・・・・良いだろう。ここを通そう。望めば話もしてやろう。たまにはそれもいい。しかしお前はもう

耐えられまい。戻してやるから、一日休め」

 ふっと身体が軽くなった。

 それが自分が眠らされた為だと気付いたのは、眠りから覚めた後の事だった。



 気が付くと、ハーヴィ達が側に居た。皆揃っていて、誰もが元気そうでいる。レイプトは安心し、早速

彼らを起こしにかかる。

 全員起こした後で今までの事を説明し、ハーヴィ達にもどんな感じだったかを聞いてみた。

 すると彼らは普通に眠っていただけで、特に変わった事は感じなかったそうだ。夢も見なかったし、魔

術をかけられていたという意識も無い。レイプトがそうだったように、当たり前のように眠らされていた。

人影との力の差を痛感させられる。

「とにかく、待ちましょう」

 今後の事を相談したが、答えは決まっている。待つしかない。一日休めと言ったのなら、起きてから会

おうという事だろう。それなら黙っていてもその内現れる筈だった。

 それまでは何をしても仕方が無いので、自由時間としている。

 クワイエルは早速興味深そうに室内を見渡した。

 ここはレイプトが人影に会った場所ともまた違い、機械類も装置も置いてないが、部屋中に意味の解ら

ない模様が浮き出ている。試しに指でなぞってみたが、彫った跡などはない。色も淡く、何と言ったら良

いのか、部屋中に描かれているくせに、存在感の薄い模様だった。

 もし他に何か置いてあったとしたら、そちらの方に目が行っただろう。目立つのに目立ちたくない。恥

ずかしがっているのだろうか。

 こうして退屈を覚えるくらいの時間が経ったが、人影からは何も言ってこない。もしかしたらまだ一日

経っていないのだろうか。時間の感覚が麻痺しているから、その可能性は低くない。

 そのまま暫く雑談したりもしていたが、何だか手持ち無沙汰になって、皆でもう一眠りする事にしてし

まった。最後の一歩で緊迫感がないというのか、やはりクワイエル化を免れていないようだ。



 突然頭の中に声が響いた。

 その声にはっとすると、次に映像が流れ出し、夢を見るのと同じようにそれを見る事が出来た。

 あの人影は本体ではなく、ただの写し絵。来訪者を真似た、ただの影に過ぎない。本体はこの場所その

もので、レイプトが推測したように、この機械土地そのものが一人の生命になっている。

 初めは地面に埋められた小さな一つの機械だったものが、いつしか意志を持つようになり、身体も少し

ずつ成長し始め、付近の大地を取り込む事で更なる成長を遂げ、今も成長し続けている。

 何か目的があっての事ではない。単にこの生命にとって、生きるという事がそういう事なのである。

 いずれ成長は止まるかもしれないし、長い長い時間をかけてこの大陸全てを取り込んでしまうかもしれ

ないし、それまでにいずれかの種に破壊されてしまうかもしれない。でもどちらにしても、今はレイプト

達と争う意志は無いし、放って置いてくれるなら、こちらの邪魔はしないそうだ。

 誰が彼を作ったのかは知らないし、初めから生命体として作られたのかも解らない。

 でもこの存在は、いやこの種はそういう事に関心が無く。このままで居られれば特に不満はないらしい。

だからレイプト達がこの大陸中を歩き回っていると聞いた時も、ぴんとこなかった。この種にはそういう

思考が無いのである。

 だがそれをしたいという者を止めはしない。結論から言えば、邪魔もしないし、邪魔されたくもない、

そういう事だ。

 必要な事が語られた後、レイプト達は目を覚ました。

 そこには天があった。そして側には機械地面と土の地面との境目が見える。しかしその土の地面は、機

械地面に入る前に見た地面と違い、木が一本も生えておらず、草だけが茂っていた。その草ははじめて見

るもので、何とも薄気味悪い。

 眠気の残っている頭で何とか察してみるに、あの機械種は夢に近い形でレイプト達と対話し、知りたい

事は教えたのだから後はもう静かにしておいてくれと、レイプト達をよく言えば運んでくれた。悪く言え

ば追い出してしまったのだろう。

 そんな事が出来るなら、初めからそうしてくれれば良いのに、とレイプトは思ったが。あの長い長い道

のりも、レイプト達を知る為に必要な事で、それがあったからこそ無事出してくれたのだと強引に考えれば、

満更達成感がないでもない。

 彼は成功したのである。考えていたものとは大分違ったが、レイプトの行動が認められたからこそ、彼

らは助かった。多分。

 全ては彼の手柄で、その役目を充分に果たしたのだ。多分。

「俺も少しは役に立てた」

 レイプトは例え道半ばで倒れたとしても、この事だけで救われる気がした。少なくとも、彼は一度は役

に立てたのである。この事は彼にとって、とても大きな事だった。

 レイプトの顔には少しだけ自信と安堵の色が芽生え、その歩みも力強く、そして何よりも全ての存在に

対して、今まで以上に謙虚(けんきょ)になっている。

 自分の役割というものを今まで以上に意識し始め、その言動も今までのように受身一方なものではなく

なり、自分で判断し、勿論最終的な判断はハーヴィやクワイエルにお願いするとしても、ただ黙って二人

の考えを待つ事をしなくなったのである。

 レイプトは独り立ちし始めた。

 これはクワイエル達にとっても、大きな事だった。

 しかしそんな彼を、ユルグだけが少し不安そうに見ている。その目に寂しそうな色を宿して。




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