15-1.

 湖を泳ぎ渡り対岸に着くと、そこには一面の砂原が広がっていた。気候は柔らかいが、緑はぽつりぽつ

りと点在するのみで、風が吹く度に砂煙が巻き上がっている。

 濡れたまま進むと砂塗れになってしまいそうなので、火を起こして衣服などを乾かす事にした。すぐそ

こに水があるから、火の元の始末も安心だ。

 休憩を兼ねて一夜休み、朝を待って本格的な調査を開始する。

 当てもないし、気になるものがある訳でもないから、とにかく北上してみる。ハールバルズに聞いてお

けばと思ったが、今更言っても仕方ない。

 集中すると一つの事ばかりに行ってしまうらしい。これも好奇心が強い魔術師故の弊害か。

 もう諦めて開き直り、運が悪い方が様々な体験ができていい、と思う事にした。

 そうして一日歩いたが、これといったものは何も発見できなかった。

 それとも発見しているのに、それと理解できないだけなのだろうか。

 一夜明け、これまた今更ながら砂を調べる。

 砂はさらさらと白く、小さくとにかく小さい。丸い形の砂は一粒もなく、三角、四角、星型と全て角が

出ている。

 しかしそれほど鋭くはないので力を入れても痛くないし、傷付く事もない。

 その色と質感はどことなく骨を連想させた。

 軽く、硬く、そして白い。何故そんな形になっているのかは解らないが、何かの骨を砂のように砕いた

物ではないかと思えてしまう。

 一瞬、未知の生物の死骸をばらばらに砕く獣の姿が浮かんだので、すぐに身震いして打ち消した。いく

ら想像でしかないといっても、それはちょっと怖過ぎるからだ。

 ぱらぱらと砂を落とすと、掌には何も残らなかった。くっ付くという性質を持っていないかのように、

何の抵抗もなく指の隙間をすり抜け、落ちていく。

 クワイエルは非常に興味を持ったようだが、何となく不気味でもあり、あまり持ち歩きたくはないので、

そのままにして進む事に決められた。



 二日、三日と進んだが景色は似たようなもので、特に変化は見当たらない。

 この砂に足跡を残しても、風が吹けばすぐに埋もれてしまう。もし何かがこの辺りを移動していたとし

ても、その痕跡を見付ける事は難しいだろう。

 全ての干渉を否定するように、この砂達はすり抜け、そして消していく。拒絶されているように感じる。

 いや、無視されているという方が適切か。全ての痕跡を消され、初めから居なかった事にされてしまう

ような・・・。

 そんな事を考えながら、今日も三時間くらい進んだ頃だろうか。何か物音のようなものが聴こえてくる

ような気がした。

 歩くのを止めて耳を澄ます。確かに音がする。これはクワイエル達を無視するものではなく、届くよう

に発された何かだ。

 何となく近付いてくるような感じがしたので、そこに立ち止まって様子を見る。

 すると音が徐々に大きくなり、何かが遥か向こうからやってくるのが解った。

「フゥオオオオオオオン、フゥオオオオオオオオン」

 四足の大きな動物がクワイエル達の百m程向こうを走っている。

 大きな牙、それ以上に大きな口。まるで胴体全部が口であるかのようで、口四足とでも呼べば良いのだ

ろうか。口四足は走りながら口から白い物をばらばらと落としていく。まるで種でも蒔(ま)くように。

「フゥウオオオオオオン、フゥウオオオオオオン」

 あっという間に走り去る。

 口四足が落とした物を調べてみると、それは砂とまったく同じ材質で、若干色が綺麗で角が鋭い他は全

く同じ。もしかしたらこの砂は口四足が食い散らかした何かのカスなのか。

 そうなると何の食い散らかしか非常に気になるが、何となくこれも怖かったので、それ以上触れずに北

上を続ける事にする。



 更に四日程北上を続けていくと、ようやく砂原を越える事ができた。

 気候も悪くないし、骨砂が軽減してくれたのか歩き心地も悪くない。過ぎてみれば移動しやすい場所で、

口四足にさえ注意していれば、過ごしやすい場所なのかもしれない。

 ただその口四足が問題で、もしあの前に居たら、クワイエル達も骨砂になっていた可能性がある。

 クワイエルは手書きの地図を取り出すと、赤字で口四足通行中、前後左右に注意、という注意書きを入

れておいた。これだけを見ても何の事か解らないが、あの姿を実際に見たらすぐに解る筈だ。

 気付いた時は遅いかもしれないが。

 若干の怖さを残しつつ、取り合えず砂原の原因らしき理由を見付けられたので、クワイエル達は満足し

ている。

 これも修行の成果か。肉体的精神的に成長し、だからこそ今までのように目の前のものにがっつかず、

余裕を持って受け容れた。そんな気もしないではない。

 砂原を越えた先には土がむき出しの地面が広がっている。何の変哲(へんてつ)もない地面のように思

えるが、何が転がっているか解らない。注意した方が良いだろう。

 まず気になった土を調べてみる。

 手触りは彼らの良く知る土とほとんど変わらない。厳密に言えば何かが違うのかもしれないが、専門的

な知識がないのでよく解らない。色は赤茶色、少し日に焦げたような色をしている。中に何か居るようで

もないし、特に変わった様子はない。

 地面にはあまり凹凸がなく、べったりと綺麗に伸びている。ここだけはどうも不自然で、創造者の几帳

面さ、或いは大雑把さを感じた。

 指でほじるとぼろぼろと簡単に掘れたので、遠慮なく掘ってみる。

 しばらく掘っていくと、何かのでっぱりのようなものに指が当たった。被っている土を払うと、皮のな

いつるんとした筍(たけのこ)のような物体が出てきた。

 試しに引っ張ってみると簡単に抜ける。

 色は黒ずんだ茶色。土を更に焦がした感じだ。軽くて片手でも持てる。非常に投げやすそうなので、思

い切って投げてみた。

 筍は回転しながら空を翔け、着地と同時に急激に膨らむと、またすぐに縮んで元に戻った。ゴム製不発

弾ではないらしい。

 一安心して再び地面に目をやると、同じ場所に同じような筍が姿を現している。そこに土を被せれば、

そのままクワイエル達が掘る前の姿に戻るだろう。筍は寸法も何もかも同じで、空いた場所に綺麗に収ま

っている。

「ふうむ」

 興味をそそられたクワイエルはもう一度筍を抜き、そのままじっと待ってみた。

 すると下から筍がにょきっと生えてきたではないか。

 三回抜いてみたが、同じように生えてくる。再生能力のある筍なのか。それとも何十も何百も下に並ん

で埋まっているのだろうか。

 試しに周りの地面を掘ってみると、同じように筍が埋まっている。抜くとすぐに生えてくるのも同じだ。

「うーん」

 いよいよ解らなくなり、しばらく皆で話し合う。

 結局、歩きやすいように衝撃緩和素材として埋まっているのではないか、という結論に達したが。何一

つ確証もなければ、実証する方法も無い。それは仮説にもならなかった。



 掘り出した筍を手に、北上を再開する。

 思い出しては地面を掘ってみるが、どこも全く同じ。筍が埋まっていて、抜いてもすぐに生えてくる。

筍の素材も寸法も同じで、一緒に並べると区別が付かない。

 そのまま放って置く訳にもいかず、手にする筍の数はどんどん増えていく。

 できれば土の中に返したかったが、抜いてもすぐに生えてくるからどうしようもない。

 一度試しに無理矢理押し込もうとしてみたが、下も詰まっているのかびくともしない。結局持ち運ぶし

かなかった。

 筍は軽いがかさ張るし、数があるとどうにも持ち運び難い。

 そこで魔術を使って球状にくっ付けてしまい、弾力性のあるのを利用してクワイエルが上に投げたり地

面についたりしながら運んでいく事にした。

 あまりにも弾むので、一度思い切り地面に叩き付けてみたら、十mくらい上昇して落ちてきた。硬いよ

うで柔らかく、軽くて丈夫、まるでゴムのようだ。

 もしかしたら中身はすかすかなのではと思い、剣で突いてみると、バチンと音がして簡単に破裂してし

まった。

 どうやらゴム風船みたいな物であるらしい。これは面白いとバチンバチンとやっている内に、あれだけ

あった筍は全部破裂してしまい、残骸のようなぶよぶよした破片だけが残る。

「しまった」

 気付いた時はもう遅い。穴を塞いで膨らまそうにもクワイエル達の魔術など通じないし、元に戻しよう

がない。一つで止めておけば良かったのに、調子に乗るからこういう事になる。後悔しても後の祭り。筍

の持ち主に申し訳ない事をしてしまった。

 これでもし怒られ、険悪な仲になってしまったとしたら、全ては彼のせいである。

 しかしクワイエルはこれでへこたれるような殊勝な男ではなかった。やってしまったものは仕方ないと

腹を決め、ぶよぶよの残骸もこれで持ちやすくなったのだと思う事にしてしまった。

 失礼極まりない話だが、確かにどうにもできないのだから、そのように考える方が前向きとはいえる。

まあ、彼の考える前というのが、一体どちらを向いているのかは知らないが。

 これ以後は新たに掘る事も止めてしまい、大人しく北上に専念している。

 そんな事をしながら進んでいるが、全く終わりが見えてこない。

 一体どこまで続いているのだろう。もしかしたらいつかのようにループしているのか。

 これ以降ずっとこの景色という可能性もあるし、広大な土地を所有する種だって居てもおかしくはない。

色々な可能性を考えなければならない分、この大陸は非常に気を遣わせられる。

 まあ、勝手に入ってきたのはクワイエル達の方で、勝手に探索しているのも彼らの方なのだから、文句

は言えない。それに魔術師にとってはそれこそが魅力なのだから、何も問題なかった。

 だからクワイエル達は様々な可能性について談笑しながら、余裕を持って進んで行く。

 以前は注意に注意を重ね、その上に慎重になって進んでいたものだが。ハールバルズの訓練によって飛

躍的に力を増した彼らは、精神面での余裕を身に付けていた。

 それでもこの大陸の種からすればミジンコにも等しい力なのだが。今まではミジンコの細胞程度の力し

かなかったのだから、物凄い進歩だ。

  大して変わらないと言えばそうだが、どうせ駄目な時は駄目なのだからと、肩の力を抜く事を覚えた。

 たまにゲルに先行してもらうくらいで、以前のようなぴりぴり感は出ていない。気持ちにゆとりが出て

いる。

 そのゆとりもまた危険だとしても、覚悟故のものであるなら、それなりに力にはなってくれるだろう。

 実際、考える時間が増えており、様々な案が出された。

 一度は空間をすり抜ける魔術を使って筍の下に行ってみようか、という案も出た。しかしそれはあまり

にも危険過ぎると流石に却下されている。

 剣で筍を破裂させながら進むという考えも出たが、それも多分筍の再生能力とでもいうべきものの方が

速いだろう、という事で却下された。

 魔術で針を作り出し、それを無限に落下突かせたらどうだろう、という案もしつこく出たようだが、こ

れ以上筍害を出す訳にいかない。もしこの筍が売り物であったとしたら、天文学的な弁償が必要になる可

能性もある。ぼったくられるという可能性も出てくるし、油断はできないのである。

 そんな風に妙な事を考えながら進んでいくと、前方に何やらこんもりと黒々とした物が見えてきた。

 念の為にゲルに確認してもらうと、どうやら筍が密集して巨大筍状になったものが大地からにょっきり

生えているらしい。

 特に危険があるようではないので行ってみたらどうか、という意見だった。

 クワイエル達はゲルに礼を言ってペンダントに戻ってもらい、巨大筍状へと向かった。



 それは確かに筍の塊だった。まるで筍を横も縦も倍、倍とさせていったかのように、綺麗に巨大筍状に

並んでいる。クワイエルが思う様触ってみると感触も同じで、一時ずっと持っていたからだろう、何とな

くしっくり手に馴染んだ。

 試しに一つ取ってみようとしたが、しっかり固定されていて微動だにしない。そこに根付いてでもいる

かのように、どっしりと構えている。

 という事はつまり、これが筍の完成形なのだろうか。それともまだまだ大きくなるのか。

 しばらく調べてみたがよく解らないので諦め、北上を続ける。

 進んで行くと、同じような巨大筍状の筍はいくつもあった。しかし前に見た物と全く同じではない。色

が濃くなり、何となく筍自身も硬くなっていくように思えた。それが進めば進む程顕著(けんちょ)にな

るので、さては竹になるのかと期待しているのだが、まだその兆(きざ)しは見えない。

 大きさも変わっていないような気がする。

 もしかしたらこの大きさのまま竹に変わってしまうのだろうか。それとも筍はやっぱり筍なのだろうか。

 それに厳密に言えば、ゴムに似た筍状の何かである。筍に形が似ているといって、成長して竹になると

は限らない。

「惑わされる所でした」

 クワイエルの言葉に皆頷きを返して予断を取り払う。何でも決め付けるのは危険だ。

 更に進んで行くと、徐々に筍達が溶け合うようにして一つになろうとしているのが解るようになってき

た。硬く、強く、大きく溶け合おうとしている。

 そして先へ行けば行く程、その傾向が強まる。

 数日追いかけていった頃には巨大筍状ではなく、はっきりと巨大筍に変化してしまっていた。

 感触も硬く、叩くと高く鋭い音がする。金属にも思え、ちょっと強く殴ってみると手が痛い。

「かなり硬いです」

 レイプトが手をさすりながら答えた。そうさせたのは勿論クワイエルである。

「なるほど、ありがとう。もっと進めばはっきりした事が解りそうだね」

「ええ」

 クワイエルは当たり前の事を口にし、悪びれず先へ進む。

 レイプトも諦めているのか、何も言わない。

 そのまま二日程進むと、巨大筍の上部にヒビらしきものが入っているのが確認された。そしてそれはこ

れまた進めば進む程はっきりしたものになり、大きく、深くなっていく。

「卵かもしれないな」

 クワイエルがまたしても誰でも考えるような事を口にしたが、皆特に気にしなかった。クワイエル自身

も気にしていない。独り言だったのだろう。

 そしてまた二日程進むと、もうこれはすぐに割れるだろう、いやむしろもう割れてるよ、という段階に

なってしまったので、見張りを立てて待ってみる事にした。

 この先に行けばすでに生まれている(卵だとしたら)ものがあるのかもしれないが。どうせなら生まれ

る瞬間と直後を確認したいし、生まれたてなら例えどんなものが生まれてきたとしても、何となくその隙

に逃げられるような気がする。

 ようするにすでに生まれ、体勢の整っている種に会うのが怖かったのである。

 こんなでかくて硬い筍から生まれるのだから、さぞかしでか強い種に違いない。怖がるのには、充分な理

由だった。




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