15-4.

 いきなり洞窟が姿を現した。

 何の前触れもなく突然目の前に。

 姿を隠す結界でも張られていたのだろう。視界を全て埋め尽くす程の巨大な岩が一瞬で出現した。その

岩に大きな穴が空いているのだが、右を見ても、左を見ても果てが見えない。どこまでも開いている。

 洞窟が崩壊するぎりぎりまで刳(く)り貫(ぬ)かれている感じだ。魔術の力に違いない。ルーン魔術

を使えばあらゆる物理法則を創り変える事ができる。外界の常識など何一つ通用しない。

 だからこそ好奇心を満たされるのだが、対処できなくて困る事も多い。その心の動揺のようなものまで

楽しむ事ができたとしたら、それは魔術師への第一歩だ。

 クワイエル達も驚きはしたが、それは喜びを含んだもので、表情にも危険というよりは嬉しさが滲(に

じ)み出ている。

 大きな変化が起こる事、それは新しい他種族に会える可能性でもある。嬉しくない訳がない。

 恐怖もあるが、所詮は変人。クワイエルは大して迷いもせず進む。

「ケン、ウル、ラド   ・・・  炎を、灯し、続けよ」

 クワイエルの掌に球状の炎が現れ、辺りを照らす。

 しかしその光は洞窟の内部、影のある部分に達すると吸い込まれるようにして消えてしまった。

「光を嫌うのかな」

「マン、ダエグ、ラド  ・・・・  !!!!!!!!」

 ハーヴィが進み出て、暗視の魔術を行使する。

「うむ、これなら大丈夫そうだ」

「やはり光ですか」

「そのようだ。断定するのは、まだ早いが」

 全員が頷き、気を引き締めて洞窟内へ踏み入れる。すると始めは見えていた景色に闇が押し寄せ、少し

ずつ視界を黒く埋めていくのが解った。結界を創る魔力が大き過ぎて、ハーヴィの魔力ではすぐに打ち消

されてしまうらしい。

 彼らは困ったが、今更引き返すのは難しい。結局手を繋いでこのまま進む事を選んだ。

「・・・・・・・」

 足音や互いの声を頼りに少しずつ奥へ進む。

 音だけでは心配なので、何度も暗視の魔術をかけ直しては、僅かな間だけ見える景色を憶えて進んでい

る。幸いな事に、行けば行くほど結界の力が増す、というような事はなく。初めと同じように少しの時間

だけは効果がある。

 まだ運が良かった。それにゲルも居る。

 音のみで全てを感知する音人達にとって、暗闇も閃光の中も大して変わらない。

 クワイエルは頼る事を遠慮しない。そうしなければゲルが悲しむだろうし、助かる道があるのに意地を

張って死ぬ事は、生命に対する侮辱(ぶじょく)行為と考えるからだ。

 変人であっても、いやそうであるからこそ、生真面目な部分がある。

 能天気に進んでいるように見える彼らも、何も考えずに進んでいる訳ではない。不愉快な事かもしれな

いし、認めたくない事かもしれないが、考えて生きているのである。

 洞窟内はがらんどうのようだ。慎重に進んでいる限り、迷いはしない。

 のしかかる緊張感を楽しみながら、ゆっくり進む。

 数時間も進んで行くと、少しずつ洞窟の幅が狭(せば)まってくるのが解った。

 多分、大分前からそうなっていたのだろうが、余りにも端から端までの距離がある為に、今までそれが

解らなかったのである。端と端が視認できる距離にまで近付いた事で、始めて知る事ができた。

 それ以外は特に何がある訳でもないので、止まる事無く進み続ける。

 そうしているとみるみる端が近付いてきて、急激に狭まってくるのが解った。この調子だと、思ってい

たよりも洞窟の距離は短かそうだ。

 このまま延々と何日も何日も歩き続けるのを覚悟していたので、何だか拍子抜けする。

 だがそれが油断を招くと気を引き締める。

 クワイエルは調子に乗りやすいのを自覚するようになっているから、それなりに気をつけるようになっ

ているようだ。

 洞窟が狭まるのは一定の距離にまで達すると止まり(クワイエル達全員が横に並べるくらい)、一本道

のまま奥へ続いていく。

 クワイエル達は端と端に手を当て、確かめながら真っ直ぐ進む。

 こうしていれば方向を間違える事は無い。

 勿論、視認する事も忘れない。

 そして更に一時間も歩いた頃だろうか、突然闇が薄まり、目の前にぼんやりと景色が浮かび上がった。

天井からも僅かに光が差しているのが解る。どうやら洞窟を抜けたらしい。それでも闇が晴れないのは、

この場所も暗くされているからだろう。

 だが暗いといっても今までのように真っ黒ではなく、薄明かりが差した程度には見る事ができるので(目

が闇に慣れたというのもあるのだろう)、魔術無しでも自分達の位置を把握する事ができた。クワイエル

達は繋いでいた手を離し、思い思いに辺りを見回す。

 そこには何も建造物らしき物は無かったが、所々大きな穴が空いていて、何かの巣のようにも見える。

 クワイエルは手近な穴の一つに近付き、中を覗いてみたが、暗くて何も解らない。この穴にも洞窟と同

じような魔術がかけられているのだろう。明らかに影が濃い。

 穴は放って置いて奥へ進んでも良いのだが、それではあまりにも不安なので、ゲルを呼んで調べてもら

う事にした。

「待ってて」

 ゲルは退屈さを晴らすように軽快な音を奏でながら辺りを動き回った後、穴の一つに入って行く。

 クワイエル達はそれを心配して見ていたが、数分もすると出てきた。

「中には長い人が寝てたよ」

 ゲルはきらきらした音を奏でながら、楽しそうに報告する。どうやら危険はなさそうだ。

 そしてくるくるとクワイエル達の周りを二、三回まわった後、音と共にペンダントの中に消えた。

 彼女は必要以上に出てこない。出てくるのはクワイエル達が頼った時か、彼女が望んだ時だけである。

 ハールバルズとの訓練の間に、ゲルについての事も色々と話し合った。その時にそう決めたのだ。

 でも黙って見ていると歯痒く思う事も多いらしく、たまに出番があると楽しくて仕方ないのか、とても

機嫌がいい。

 そんなゲルを見るとクワイエル達も嬉しかった。

「さて、どうしましょうか」

 ゲルの情報を元に会議を始める。

 これからどうするか、そして今解っている事をどう処理するのか、彼らは一々話し合って決めている。

たまに誰かの独断で決まる事もあるが、そうする理由が無い限りは皆で決める。

 この時は上下の別もあまりないのだが、大抵はクワイエルとハーヴィが中心となって話し合い、それに

他の三名が質問や希望を加えたりする事が多い。遠慮しているのではなく、それが一番良い事を解ってい

るからだ。

 三十分程休憩を兼ねた会議をし、穴は放って置いて奥へ進む事に決まった。

 ゲルのいう長い人、が気になるが。寝ているのなら邪魔する訳にはいかない。そのくらいの気を遣う事

はクワイエルにもできる。



 奥へ進んで行くと大きな洞窟があった。それはここに来るまでに通った洞窟とほとんど一緒で、視界の

果てまで続く岩に、同じく果てまで続く穴が空いている。内部に光が届かないのも一緒だ。

 前のと同様、明かりを灯したり暗視の魔術を使ってもすぐに闇に潰されてしまう。しかし確認はできる

ので、手を繋いで横に並び、ゆっくりと進んだ。

 そうして進んで行くと、また同じように端が狭まり、ある程度まで狭まると後は真っ直ぐな道が続き、

更に一時間程歩くと突然視界が開け、また同じような景色が目に飛び込んできた。

「まさか、ループしてるのでは・・・」

 と思うほどそっくりそのままで、ここが前と同じ場所だと言われても、彼らは違和感を感じなかっただ

ろう。

 空いている穴の位置までそっくり同じに見える。

 ゲルを呼んでまた調査してもらう事にした。

 彼女は軽快な音を奏でながら辺りを飛び回り、穴に入ったり、奥へ行ったりしていたが、暫くすると戻

ってきて。

「確かに似てるけど、さっきのとは違うよ。だってさっき寝てた場所に誰も居なかった」

 そして前と同じく危険なものは感じなかったと報告すると、ペンダントに戻る。

 ゲルがそういっているのだから、ここも安全なのだろう。

 できれば誰かに話を聞きたかったのだが、別の穴で見かけた長い人は皆寝ていたらしい。今は睡眠の時

間なのだろうか。

 考えても解らないし、寝ている以上起こす訳にいかない。

 奥にはこれまでと同じような洞窟があった。今回も前のとほとんど違わないように見える。

 一応彼らも調べてみたが、ゲルが理解した以上の事は何も解らなかった。

 そこでもう一度洞窟に入ってみる事にした。三度目の正直というし、今度こそ何かが変わるかもしれな

い。勿論、二度ある事は三度ある方になる可能性もあるが。

 ともかくクワイエル達は奥を目指す。

 結局その洞窟も似たような作りで、通り抜けた先も似たような場所が広がっていた。ループこそしてい

ないようだが、何の手がかりも得られていない。同じような景色が続く、という事自体が手がかりになる

のかもしれないが、残念ながら何も思い付かない。

 仕方なく進み、また進んだ。

 同じ景色が延々と続く。洞窟、開けた暗がりの地、洞窟。終わり無く続いた。

 しかし二日程経った頃だろうか、今までのように複数の穴ではなく、ばかでかい穴が一つだけ空いてい

る開けた場所に出た。

 それはまるで地面に開いた洞窟であるかのように、端から端まできっちりと空いている。何千人も横に  クワイエル達はその変化を喜んだが、しかし変化こそ危険の証でもある。今回もゲルに内部を調べもら

う事にする。

 呼び出されたゲルも何度も来ているので解っているのか、

「行ってくるね」

 出てくるなりそういって、すぐに大穴の中へ入って行った。

 クワイエル達は余計な事をすると邪魔になるだけなので大人しく待ち続けたが、今度はなかなか戻って

こない。一時間経ち、二時間経ちすると流石に不安になってきて、どうしようかと相談を始めたが、妙案

が浮かぶ訳もない。

 考えた末、試しに音を送ってみる事にした。

 小さいが遠くまで届くようにした音。魔術でそういう音を創り出し、穴の中へ発射する。

 しかし反応は無い。当たり前だ。今までの穴は全て魔術を闇で押し潰していたのだから、この大穴もそ

うである可能性の方が高い。クワイエル達が創ったか細い音なんか、すぐに潰し消されて終わりだろう。

 そこで自然に起こった音ならいけるかと、ある物で音を鳴らしてみた。

 具体的に言うなら、金属と金属を叩き合わせ、甲高い音を飛ばしたのである。

 この音もどこまで届くのか、届いたとして通じるのか、ゲルが危険な状態にあるのなら聴いた所でどう

しようもなく、かえって危険が増すだけではないか、という不安があったが。もしこの大穴に敵対的な種

が居たとしても、この音を怪しんでこちらに引き付ける事ができるだろう、と考えたのだ。

 音を発した後は入ってきた洞窟まで戻り、半分その中へ身を隠している。大穴の中からいつ何者が出て

きても、すぐに逃げられるようにと。

 闇の中で暮らしている種に対し、闇に隠れる事が意味ある行為なのか解らないが、何にもしないよりは

ましだろう。力の差は歴然だろうし、何をしても本気で追われれば逃げ切れないだろうが、何もせず諦め

るのは命に対するぼうとくである。

 クワイエル達は覚悟し、結果を待った。

 今となってはゲルを巻き込んでしまった事だけが悔やまれる。こんな事になるくらいなら、自分が行く

べきだったとクワイエルは一人考えていた。きっと他の仲間達も同じように同じ事を考えている。

 そんな事を思っても無意味だとしても、そう思ってしまうのが心というもの。

 彼らはゲルの無事を祈りながら、じっと帰りを待った。

 そうして二時間か三時間くらい経った頃だろうか(その間も数十分毎に音を鳴らしている)、静かな音

を立てて、そっとゲルが大穴から這い出してきた。気のせいか音自体も弱まっているような気がする。

 ゲルには明るさなんか関係ないから、すぐにクワイエル達に気付き、すうっと寄ってきた。

「無事で良かった。大丈夫でしたか」

「うん、大丈夫。ほら」

 ゲルは入る前と同じく軽やかな音を奏で始めた。音を出せないのではなく、意識して小さくしていたら

しい。

 彼女の話に寄ると。

 大穴の中は区切りの無い広い空間が広がっていて、三角錐を逆にしたような形をしている。その隅々に

まで闇が伸びているが、それ自体に何かしてある訳ではないから、誰でも自由に出入りできる。

 中には長い人が大勢居て、その中心には一番長い人が居る。音は聴こえないけど何か話しているような

気がしたから、それが終わるのを待って一番長い人に話しかけてみた。

 最長の人は感じ取っていたのかゲルが近付いても驚いた様子がなく。話し終わるまで待っていてくれた

事に礼を言われ、そして我々にとってその音は大き過ぎるからなるべく小さくしてくれ、と思念で話しか

けてきたから小さくして、色んな話をした。

 そうしてこの地に来た目的を理解してもらう事ができたけれど、彼らはこれから厄介な奴を退治しに行

かなければならなくて、残念だけど話し合っているような時間は無い。もし良ければ待っていてくれても

良いし、望むなら付いてきてくれてもいい。

 少々危険だが、後ろに居てくれれば死ぬような事はないから。

 と、こんな事を言ったらしい。

 それを証明するように、大穴から一列に確かに横に長い蒼暗い色をした壁のような人達が現れて、その

図体にしては驚く程静かに奥へ奥へと移動して行く姿が見えた。

「長い人でしょ」

 ゲルの言葉にクワイエル達は頷く。

 不思議な事にこの暗がりの中でも彼らの姿をはっきり見る事ができる。存在そのものがくっきりしてい

るというのか、僅かな明かりの中でも不思議と見る事ができるのである。その特徴的な色のせいかもしれ

ない。決して明るくはなく、地味なのに、何故か闇に目立つ。

 クワイエル達は暫くの間、何も言わずそれを見送っていた。



 こんな景色を見る事は、多分二度とないだろう。まるで壁が引越しして行くように見える。その流れは

延々と続き、最後尾らしい最長の人が大穴から出るまでには半日近くの時間を要した。

 多分、この大穴にぎっしりと壁人が詰まっていたのだろう。

 クワイエル達はそれを見届けると、当然のように後を追った。いつもの会議も必要ない。ゲルの話を聞

いた時点で、そうする事は決まっていた。

 だが彼らの居る場所からだと大穴をぐるっと半周しないとならないし、壁人達が意外に足が速いような

ので、お大慌てで追わなければならなくなってしまった。

 最長壁人が出てくる前に反対側へ移動しておけば良かったのに。律儀というのか、こういう所で抜けて

いるのが魔術師という存在なのだろう。




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