15-9.

 クワイエルが食べられるのを何もできずに見守っているしかなかった彼らは、それが終わった後も呆然

と立ち尽くしていた。

 一つ目は寝転び、忙しなく目を動かしている。何もしてくる様子は見えないが、近付くとまた襲い掛か

ってくるのだろう。

 クワイエルはどうなったのか。丸呑みされたようだから、噛み殺されてはいないと思うが・・・。

 ハーヴィは土を団子状に丸め、試しに一つ目へ投げつけてみた。

 何の反応もない。

 次に土団子の中に草を混ぜ込んだ物を投げてみる。

 反応はない。

 どうやら何でもかんでも呑み込むのではなさそうだ。きちんと来る物を感じ取り、呑む呑まないを判断

している。忙しなく動くその目でしっかりと見ているのだろう。

 じっと待ち、何者かが近付いてきた所をぱくりと呑み込む。ありそうな方法だ。気長に待てるなら、一

番楽な方法かもしれない。

 クワイエルが会話しようとしたのを無視している事を考えると、自動的に機械的に行動しているのだろ

うか。他者と会話するという考えは無いのか。

 このままでは埒(らち)が明かない。早く助けに行きたいが、どうしたら良いのか解らない。魔術を使

うとしてもどうすれば良いのか。何も閃かない。

「助けるとなれば行くしかないが。行った所で何ができるのか・・・」

 丸呑みしているのなら、同じように丸呑みされればクワイエルが居る場所へ行けるかもしれない。だが

例えそれができたとして、外に戻ってこれるだろうか。犠牲者が増えるだけじゃないのか。

 答えの無い思考を堂々巡りに繰り返すしかなく、流石のハーヴィも参っている。

「俺が行きます」

 そこにレイプトが名乗り出た。珍しい事だ。

「危険があるとしても、出る方法が解らないとしても、一人よりは二人の方がいいはずです。それにクワ

イエルさんが居ない今、貴方にまで居なくなられてしまっては困ります。俺が行くべきでしょう」

 確かにハーヴィまで居なくなるのは困る。とすれば、レイプトが行くしかない。

 ユルグとエルナも居るが、ここで自分が行かなければ何の為に居るのか解らなくなる。多少身勝手かも

しれないが、レイプトは決意していた。

 普段から先頭に立って進んでいるのも、クワイエルやハーヴィの盾になろうと思うからだ。

 でもその役目を果たせた事は、多分一度も無い。今回だってそうだ。結局いざと言う時に先頭に立つの

はクワイエルであり、一番危険なのも彼である。責任感の強いクワイエルの事、自分以外の人間に危険な

役目を押し付けたくないのだろうが。そうされると、まるでレイプトが不甲斐ないから任せられない、と

言われているような気持ちになる。

 それが優しさから出ていたのだとしても、一人前扱いされていないような、もっと言えば足手まといに

なっているような気がする。

 だからどうしても自分が行きたかった。いや自分が行かなければならなかった。そろそろ一つくらいき

ちんと役に立っておきたい。旅の仲間として、本当の意味で迎え入れられたい。必要とされたい。

 心からそう思う。

 そんなレイプトを、ハーヴィは止める事ができなかった。

 そしてこれは弟子が独立し、一人前になる為の試練なのだと受け取る。いつかこなければならなかった

日が、今日この時に来てしまったのだと。

 ユルグとエルナはレイプトだけに危険を任せるのは納得いかない様子だったが、最後まで黙っていた。

彼女達も理解していたのだ。例えその気持ちが身勝手なものであったとしても、ここでそうしなければ、

レイプトは独り立てなくなる。

 だから二人もこれは成人の儀式だと理解した。いつも彼が先頭に立って護ってくれていた事にも感謝し

ている。一度のわがままくらいは聞いてあげたい。

「良いだろう。お前に任せる」

 ハーヴィは二人の想いを確認すると、この危険な役目をレイプトに任せる事にした。これで解決できる

かは解らないが、ともかくやってみるしかない。ならば彼に任せようと。

「ありがとうございます」

 レイプトは深々と頭を下げ、すっと振り返って一つ目の方を向き、堂々と進んで行く。

 そしてクワイエルと同じように、一つ目にぱくりと食われてしまった。



 目が覚めた時、彼は真っ暗な場所に居た。眠っていたのか、気絶していたのか、自分がどういう状態に

あったのか解らない。ただ不意に視界が暗転したかと思うと、いつの間にかこの場所に居たのだ。

 ここは一つ目の腹の中か。それとも別次元のどこかなのか。

 こうも広い空間があるという事は、魔術で生み出された場所なのだろう。呑み込んだ物を小さくするの

か、この場所が広いのかは知らないが、ともかく命があった事を喜ぶ。

「体は・・・・異常ないな」

 全身を触ってみたが、痛みは無いし、おかしな所もなさそうだ。

「おーい、おぉーい!」

 危険かとも思ったが、今更危険も何もないだろうと思い直し、大声で呼んでみる。

 返答は無い。誰かに聴こえたかどうかも解らない。確かに声を発したはずだが、何故だかその事に対し

て自信が持てない。

 それは決してその声が届く事は無いだろうと、自分で理解していたからかもしれない。

 理解できた理由を説明する事はできないが、解るのだ。声を発してからその無意味さに酷く気付く。

「・・・・こうしていても仕方が無い。進んでみよう」

 待てば暗闇に目が慣れるだろうと思っていたが、暗闇の濃さは変わらない。明かりを出す魔術を使って

みても、何も現れない。

 そこである事に気付く。

 自分から魔力を感じないのだ。初めから存在しなかったかのように感じられない。この暗闇からも視界

以上の何かを受け取る事はできないし、本当の真っ暗闇に放り込まれたようで、とても心細く感じる。

 だがだからこそ心を奮い立たせる。

 レイプトは行動の人だ。考えはするが、いつまでも留まっている事をしない。その点はクワイエルより

積極的である。

 今までは意識してその心を抑えていたが、今はそんな事をする必要はない。自分がやらなければ、助け

てくれる人はどこにもいないのだから。

「こんな事は、なんでもない」

 自分を奮い立たせ、一歩、また一歩と足を踏み出す。

 どこか現実味のない感触だが、確かに何かを歩いて行ける。進んで行ける。ならそれでいい。当ては無

いから真っ直ぐに前へ前へと進んだ。

 何も変わらない。しかし進んでいる。

 何も見えない。しかし進んでいる。

「負けてたまるか」

 誰かを助けたいのなら、自分の中にある不安なんかに負けていられない。

 進むのだ。前へ、前へ。



 進んでも進んでも何も見えない、変わらない。何も感じない暗闇とその世界が広がっている。どこにも

手がかりはない。

 においや音も無かった。全ての感覚を無意味に失ってしまったかのようだ。

 自分の全てを否定される気がしたが、レイプトは気にしなかった。例え何も感じずとも、確かにここに

自分が在る。この意識、自己だけははっきりと存在する。なら他に何が要るだろう。

 歩く。ただ進む。

 迷うのには飽きた。力が続く限り進み、この暗闇の果てに行く事だけを考える。この奥に何が待つのか

知らないが。自分が無事ならクワイエルもまた無事という事。出会えるはずだ。

 クワイエルはレイプトが来ている事を知らない。本当の意味で独り。その心細さに比べれば、よほど自

分は幸せだと思った。

 レイプトは孤独ではない。その事が今、何よりも彼を支え、力を生む。ここにクワイエルが居るという

確信が、意識を自分だけに閉じ込めず、外へ広げてくれる。それが冷静さと希望を生み、憂鬱な思いから

彼を解放させた。

 独りではないという事は、それだけで偉大であった。



 延々と歩いた後、レイプトはある考えに不安を覚えた。

 何も感じられないという事は、つまりそこにクワイエルが居たとしても感じ取れず、存在している事が

解らないのではないかと。

 もしそうなら、例え目の前に居たとしてもお互いに気付けない事になる。

 魔術を使えない今、それを打破する方法も無い。今更ながら状況の困難さに気付いた。

「本当に今更だな」

 それでも立ち止まっているよりはましだと思い進んでいるが、このままでは何も解決しない。

 どうにかして外に今の状況を知らせられないだろうか。せめて自分達が生きている事だけでも知らせら

れれば・・・。

 絶望的な状況だが、レイプトは諦めない。中に入れたという事は、外と繋がる道がある事を意味する。

 それにこういう状態にされたのには理由がある筈だ。これから何かが起きるかもしれない。例えそれが

終わりの時だとしても、変化には可能性という希望がある。

 レイプトは前向きにそう信じた。

 悩むのは全てをやり尽くした後でいい。



 ハーヴィは考えていた。

 クワイエルの時とは違い、今度ははっきりと見えた。まるで存在そのものを呑み込まれるように、レイ

プトは四つに割れた口の中へと消えたのだ。食われたのではなく、吸い込まれた。ならば生きている可能

性は高い。

 とはいえ、もう一昼夜経つが、変化は見えない。もしかしたら中からではどうにもならない状況なので

はないか。

 例えば捕らえられたり、力を封じられたり、そういった事が起こっているのかもしれない。

 楽観的に考えるには材料が少な過ぎる。ここは最悪の事態を想定しておく方がいいだろう。

 調べるか会話でもして情報を得たい所だが、近付けば呑まれてしまうし、話しかけても何も返ってこな

い。無視しているのか、理解できないのか、どちらにしても一つ目に話し合う意思は無い。

 できる事を考えてみたが、結局ハーヴィではどうにもならない事が解っただけだった。

 でもゲルならどうだろう。彼女は存在してるが、肉体を持たない。音そのものである。

 彼女なら近付いて調べる事も、ハーヴィ達では理解できない事を知る事もできるのではないか。

 いつも最後は彼女頼みになるのが申し訳ないが、無理して状況を悪化させる方が失礼だ。どうにもでき

ない時には素直に頼ると、そう約束したのだから。

 ハーヴィはもう躊躇(ちゅうちょ)しなかった。ペンダントを通じてゲルに話しかけ、応援要請する。

 するとすぐに軽快な音と共に現れ、一つ目に向かった。何も説明しなくても解っているのは、呼ばれる

のを待っていたという事だろう。

 ゲルは思い切りよく一つ目の頭上を駆け抜けたが、一つ目は何も反応を示さない。目の動きも同じで、

土団子の時と同じく無視している。

 次にゲルは様々な音楽を奏(かな)で始めた。魔術をかけているのだろう。それとも音で会話しようと

しているのか。よく解らないが、じっと待つ。必要な事があれば、彼女から言ってくれるだろう。

 そんな風に小一時間ばかり一つ目にかかった後、ゲルは戻ってきた。

「なかなか、おかしな奴ね」

 ゲルによると、一つ目は生物には違いないけれど、そこに思考、意思といったものは感じられない。た

だ必要と思われる物体を呑み込み、その中に蓄(たくわ)えている。

 そういう罠というか、道具と考えた方がしっくりくる存在であるようだ。

 だから何を言っても無駄。

 呑み込まれたものはちゃんと生きていて、二人の存在も感じ取る事ができたらしい。ハーヴィ達には無

理でも、ゲルならその魔術を破る事が可能だとか。

 ただ複雑な魔術でできているので簡単に破れないし、あまり手を加えると中への影響が心配。だからも

う少し調べる必要がある。

「なるほど、厄介なものだな」

 ハーヴィは自分の手に負えないと理解しているから、全て任せる事にした。何かできる事があれば言っ

てくれとは伝えておいたが、多分手伝える事は無いのだろう。

 と寂しく思っていると、意外にもゲルから協力して欲しいと頼まれた。

 猫の手も借りたいくらいの複雑さ、厄介さらしく、こういう場合は個々の力の大小よりも、人数の方が

重要になるとか。

 ハーヴィ達は勿論二つ返事で承知して、ゲルに言われるまま懸命に魔術を成功させようとした。やれる

事は少なかったが、それでも協力できるという事に深い喜びの心を見出す。

 もしかしたらゲルがこちらを気遣ってやれる事を作ってくれたのかもしれない。でも、それでも純粋に

嬉しかった。そして励む。少しでも本当に役立てれば良いと祈りながら。

 純粋な祈りは力を生む。その願いは彼らを助けるだろう。



 満ちていた雰囲気が変わるのを感じる。なんと言うのか、外を感じるのだ。今までのように閉じた世界

ではなく、その外に何かがあるのを感じる。

「・・・これは」

 レイプトは魔力を高め、自分の居場所を知らせようとした。

 自分がここに居る。その存在を感じられるという事は、つまりそこに僅かでも魔力が生じているという

事。ならその実感を高める事で、魔力を高める事ができる。例え自分でそれが解らなくても、ルーンはそ

の祈りに応えてくれるだろう。

「ここだ。俺はここに居る」

 強く強くそれだけを思い。外に居る仲間達の事、そして共にここに居るだろうクワイエルの事を心に浮

かべた。

 閉ざされていた世界が、今開こうとしている。

 懐かしい音が、聴こえたような気がした。

 気が付くと外の世界に居た。隣にはクワイエルも居て、ゲルがあたたかい音色を奏でながら、ゆっくり

回っている。礼を述べると嬉しそうに音を奏でた。

 彼女が助けてくれたのだろう。自分は何もできなかった。捕らえられた人数を増やしただけで、やった

事に何も意味はなかった。

 そう思うと悲しくなったが、でもそれはそれでいいような気もする。自分の限界は知っている。それを

再確認しただけだ。なら、それはそれでいい。

 今はあの不思議な世界を体験できた事を感謝しよう。

 目を四つに開いたまま動かずに寝転がっている一つ目を見ていると、近い内にこの経験が活かされる状

況に遭うような気がした。まあ、勘違いかもしれないが。

「また会うかもしれないな」

 何となく、一つ目に懐かしさを憶えた。

 一つ目は開いたまま固定され、もう動けないらしい。何だかかわいそうな気もするが、こうしておかな

いといつ呑み込まれるか解らないし、もしかしたら他にも未知なる能力を秘めている可能性がある。油断

できない。

 クワイエルは運んで持っていこうか、などととぼけた事を言ったが、ハーヴィはさらりと拒否した。

 レイプトはそれを見て改めて自分が帰ってきた事を実感した。

 おかしくもあたたかい、この場所に。

 仲間達の許に。




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