16-2.

 大木群を抜けると、その先には森が広がっていた。

 木々が茂っていて視界が悪く、身動きが取り難い。まるで今まで誰もここに踏み入れた者はいないかのよう

に生い茂っている。

 おそるおそる木に触れてみる。違和感は無い。念の為に一日待ってみたが、何も起こらなかった。

 安心して緑を踏み分け踏み分け進んでいたが、予想以上に体力を使うし、何よりどこから誰が来るのか解ら

ない。深い森を当てもなく進むのは危険だ。ここは思い切って枝の上を進んでみよう。

 空間をすり抜ける魔術を使う事も考えたが、それでは視界の悪さは変わらない。透視の魔術を使えば良いの

かもしれないが、常に四方を見ながら進めるような場所ではないので、結局死角が多くなる。それならいっそ

上に登ってしまえと考えたのだ。

 乱暴といえばそうかもしれないが、試してみる価値はある。

 レイプトが枝の上に飛び乗ると、そこからの眺めは思った以上にすっきりしていた。

 ずっと遠くまで見渡す事ができる。頭上も窮屈(きゅうくつ)でなく、枝と枝の間が広いのと木と木が密集

している事で、枝上を移動するのにも適している。

 全員で上がってみても不自由を感じない。

 勿論透視の魔術を使い、足下に気を配る事も忘れない。

 そうして用心して進んだおかげか、何事も起こらず順調に進む事ができている。

 日が落ちてきたので、今夜はこのまま枝上で眠る事にする。



 蔓(つる)などで縛ってから眠った事もあり、誰も落ちる事無く目を覚ます事ができた。

 多少身体が痛いが、それも動いていればいつの間にか忘れている程度。密林の中で眠るよりはいい。あんな

草草した所で眠ったら、何をされるか解らない。

 大木のせいで草木を必要以上に警戒するようになってしまった。

 しかしそれが必ずしも間違いだと言えないのがこの大陸の怖い所。気をつけるに越した事はない。

 何日か進むと次第に密集率が高まり、木と木がほとんどくっ付いて枝道とでもいうべきものを形成するよう

になってきた。

 足下も随分ごてごてし、緑に満ち満ちている。透視の魔術を使わなければ、大地が見えない程だ。

 自然にこのように密集して生えるとは思えないから、おそらく魔術で創られたものだろう。

 緊張感に包まれながら速度を少し落し、慎重に進む。

 周囲の魔力は無数の草木に乱され、一つ一つを特定し難くなっている。ただしそれは木々と同じ程度の魔力

ならという事で、他種族の強大な魔力なら逆に特定しやすいのかもしれない。

 何にしても気をつけて進む以外の選択肢は無く、それぞれに見る方角を定め、どこに何があっても解るよう

な隊形に変えている。

 木々は益々密着していき、感覚としては平地の上と変わらなくなっている。ただし幹も多くなるので、視界

は益々悪くなり、道幅も狭くなったような気がする。今の所進むに苦労はないが、最初に感じていたような開

放感は無くなってしまった。

 枝道はまさに道になり、幹の部分は壁に見える。

 そんな景色が延々と続き。見る事に疲れを覚え始めた頃。

「ここは・・・・」

 妙に開けた場所に出た。

 枝の上である事は変わらないが、クワイエル達の足場となっている枝から上が全て綺麗に刈り取られていて、

空が遠くまで見通せる。幅は縦も横もそれぞれ数十mはあるだろう。家を建てるに丁度良い広さだ。

 切り口を調べてみると、ぴったりと真っ直ぐ、平らに切断されている。一太刀で切り払ったかのように綺麗

で、まるで初めからそういう木であるかのようにも見えてしまう。

 所々に小さな穴というか、隙間は空いているが、気にならない程度で、目を瞑っていても簡単に行き来する

事ができた。

 丁度良いので早めに休憩を取り、今日はここで眠る事にする。

 平らになった場所で眠る事で節々のこりが大分解消された。

 少し木が硬かったが、それを差し引いても充分満足できる。

 クワイエル達は見も知らぬ製作者にお礼を述べ、北上を再開した。

 数日進んだが、他に目立った変化は見られない。枝道がより道らしく、幹がより壁らしくなったくらいか。

これはこれで道を見失わずに進めていい。

 もしこれがゆるやかなカーブを描く、入った者を元の場所へ戻す為の罠道だとしたら、喜んではいられない

が。それも最後まで進んで見なければ解らない。

 幹によって日差しが遮(さえぎ)られ、どこもかしこも薄暗い。見えない程ではないが、念の為に透視の魔

術を使い続けている。地面まではっきりと見えている。

 ただし方角までは解らない。北上していると思うのだが、もしかしたら南下させられているのかもしれない

し、全く別の方角に向かわされているのかもしれない。

 罠でない事を祈りながら進むというのは、とても心細いものだった。

 そうこうしている内にまた同じように開けた場所に出た。以前来た場所と同じかどうかは解らない。

 これではあまりにも危険なので、目印として手頃な石を創り出し、中心部辺りに置いておく事にした。これ

なら次に来た時解るだろう。石を捨てられてしまう可能性もあるが、とにかくやってみよう。

 一つだけだと心細いので、枝と枝の間に木製の丸い物(クワイエルがいつぞやの虫人を思い出して作ったら

しいが、よく解らない)もこっそり挟んで置く。



 数日進むとまた同じような場所に出た。石も木製の何かもしっかり残されている。これではっきりした。

 侵入者避けの結界なのか、それとも単にどこに行ってもここに戻ってくるように設計されているのかは解ら

ないが、とにかくここへ戻ってきてしまう。

 こうして目印を残したままにしてくれているのだから、罠というより警告であるような気がするが。それも

甘い考えと言えばそうだろう。単純に無視されているという可能性もあるし、安心する訳にはいかない。

 引き返すべきかもしれないが、それでは面白くない。

 ここは発想を変えて更に上へ登ってみる事にした。

 念の為に一晩休んでおく。

 一夜明け。クワイエル達は早速木を登り始めた。身体能力が強化されているおかげで登るのは容易い。猿の

ようにするすると登れる。

 上に着くと、そこにも下と同じような枝道があった。開けた場所を中心にして複数の道が伸びている。

 全ての道を辿ってみたい欲望に駆られるが、そんな事をしている暇は無い。先に進む事を優先する。

「ペオズ、オス、ダエグ   ・・・・・・   隠されし、証を、示せ」

 ここを通った何者かの足跡を見付けるべく魔術を唱えてみたが、出てこない。

 これでは判断のしようがない。

「取り合えず進んでみましょう」

 悩んでいても仕方ないので、適当に道を選び、進んでみる事にする。もしまたここに戻ってきたとしても、

それはそれでいい。虱潰しに進んで行けば、いつかはどこかに辿り着けるだろう。もしこの階層の道全てが駄

目でも、まだ上に階層がある。

 今までそうしてきたように、やるだけの事はやろう。地道な作業なら、任せておけ。



 数日選んだ道を歩くと、元の開けた場所に帰ってきた。退屈な作業になったが、クワイエル達に苦はないよ

うだ。

 変人はいついかなる時、場所でも自分なりの楽しみを見付けるものだ。

 勿論、ほめている訳ではない。

 全ての枝道を踏破するともう一階層上に登り、同じ事を繰り返す。そうしてまた一階、また一階と階を重ね

続け、五階上までやってきた。ここは今までの階層とは違う。

 景色ががらりと変わり、今までのように枝同士が平らに繋がっているのではなく、互い互いに交差して無秩

序(むちつじょ)に重なり合っている。

 上にはもう枝が見えない所を見ると、ここが最上階なのだろう。

 しかしクワイエル達が目指すべきは大陸の最奥であって、ここではない。この場所にも興味はあるが、いつ

までも構ってはいられない。

 これが最後だと慎重に道を選ぼうとしたが、どの道もがたがたで、ひどいものだとクワイエルの身長と同じ

くらい枝が離れている道もある。ここは今までのように整地されていない。

 これがこの場所の自然な姿なのだろう。

 興味をひかれるが、ここで考えていても仕方が無い。進んでみよう。進めば解るはずだ。

 彼らは一番形が整っているように見える枝道を選んだ。

 進めば進むほど枝は荒れ、獣道でも通っているような気分になる。

 荒々しい自然を思わせられ、懐かしくも恐ろしく感じた。こんな風に特定の誰かの意志に従わないのが自然

というものだ。

 しかし何故ここだけ整地しなかったのだろう。とても進み難く、道としての役割は果たせそうにない。

 ここは道ではないのだろうか。屋根のようなものなのか。

 考えながら数日進むと、突然森が切れ、ぽっかりと空いた。

 その向こうには岩と土で彩られた荒野が広がっている。

 森を越えたのだろう。

 迷路屋敷の屋根の上を歩いて突破したみたいで何だか決まりが悪い。でもこれはこれで面白いような気もす

る。複雑な気分だ。

 荒野にある物は全て渇いた赤茶けた色をしていて、所々に台形が何段にも重なったような地形があり、谷と

いうのか干上がった川のような地形も見える。上にも下にも広がりがある場所で、面白そうだ。

 この程度の高低差なら跳び越える事もできるだろう。

 ただしこの荒野がどれほど続くのかは解らない。視界の霞む果てまで続いている。結構な距離を進まなけれ

ばならないかもしれない。

 準備は必要だ。

 そこで一度森に戻り、水や食料となるものを探す事にした。

 しかしあの森にあるだろうか。

 枝道の森には湖や川、食べられそうな木の実などは見当たらなかった。森全てを回った訳ではないから、可

能性が無い訳ではない。でも少なくともクワイエル達の目の届く範囲には無かった。

 諦めずに探してみるのも良いが、それではまた当ても無く延々と迷路をさまよう事になる。

 ここは東に進路を変えてみる事にしよう。

 本当は水、食料を見付けた場所まで引き返すのが確実なのだが、ただ戻るだけではつまらない。手持ちには

いくらか余裕があるし、探索をかねて別の場所を調べてみようと欲を出したのである。

 確実性は無いが、彼らの目的は大陸の調査なのだから、こちらの方が有意義な雰囲気もする。

 そんな風に無理矢理理由を付け、クワイエル達は東へ進路を変えた。

 無用な言い訳をしたがるのは、変人も凡人も変わらないらしい。



 迷森の切れ目に沿って移動して行くと、やがて海に出た。

 突然森が終わり、切り立った崖に出たので驚いたが、音と匂いで事前に察していたので、誰も落ちずに済ん

でいる。まあ、それほど高くはないし、下は海なので、落ちていたとしても大した怪我はしなかっただろう。

そのまま泳いで魚でも獲れば良いのだから、かえって手間が省けたかもしれない。

 周囲を見渡すと、向こう岸の方に砂浜が見えた。対岸までの幅が狭い事を考えると、ここは入り江のよう

な場所なのかもしれない。海が川のように切り込んでいるような。

 折角だからそこまで行ってみよう。

 砂浜に降りると、そこは極々普通というのか、クワイエル達が当たり前に知るものと変わらず、海草などが

所々流れ着いている他は何も無い。

 砂自体も細かく綺麗で、掬うと指の間から輝きながらもれていく。何かが住んでいるような感じもしないし、

至って平和だ。

 こんなに安らぐのは久しぶりかもしれない。

 次にこんな場所と出会う日がいつ来るか解らないので、自由時間にして楽しむ事にした。

 勿論目的である水、食料集めも忘れない。魚、貝、その他の雑多な海の生き物で良さそうなのを加工し、

日持ちするように変えていく。そのほとんどは魔術で行なったが、手作業も多く(魔術を使わないで済む所

は使わないでやった)、全てが終わるまでには数日かかった。

 飲み水は海水から作っている。こちらも充分な量を確保した。

 でも何だか名残惜しいのでもう一日完全自由日を作って休暇とし、のんびりした時間を満喫しておいた。

 レムーヴァも海までは関与しないのか、不思議とここはどれもクワイエル達がよく知る物ばかりだ。

 それは彼らにとって小さくない贈り物だった。




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