16-4.

 山道は果てしなく続く。

 それともそう思わされているのだろうか。

 レムーヴァでは結界が張られた空間の中にその地の主が過ごしやすい環境が創られている事が多く。独立し

た世界がばらばらにくっ付いているような印象を受ける。

 だからこの場所も果てしなく続くように見えて、その全てが幻影であったかのように突然終わってしまって

もおかしくない。

 だが今の所は雪の積もらない銀世界が続いている。激しくなる事も衰える事もなく、一定に降り続ける雪を

見ていると、同じ時を繰り返しているような気がする。

 一本道なのは幸いだが。このまま進んでいて良いのだろうか。このままでは永遠にこの場所をさまよう事に

なりはしないか。

 疑問が浮かんでくる。

 それでも進むのは、この景色が美しいからだろう。延々と降り続ける雪が細かく光を乱反射させ、不思議な

輝きと影、そして色を放つ。

 不規則な光に彩られた薄暗い世界は美しく、晴れ渡る光を帯びた雪には敵わないとしても、これはこれで趣

(おもむき)深い。幻想的で、現実と想像の狭間に居るような心地よい刺激を与えてくれる。

 その酔いのような刺激にも危険な香りがするのだが、美しいのは確かだった。

 でも体の芯だけを冷やすような寒さには慣れそうにない。

 雪が身体を滑り落ちていく度に感じる凍えは、確実に彼らから体温を奪っていく。たまらず火を焚いたのも、

仕方のない事だ。

 しかしその火もまた温度を奪われ、寒々としたものに変わる。

 消える事はないのだが、火を炎足らしめる熱は滑り落ちる雪に奪われ、意味を失う。冷たく燃える炎には精

神的苦痛すら感じ、何度も何度も焚き直さなければならなかった。

 薪(まき)をくべても冷たくしか燃え上がらないのだから、火の勢いとかそういったものとは別に、もっと

本質的に、つまり魔力という意味で、熱を奪われているのだろう。

 冷やされる速度がそれほど速くなく。炎が冷え切る前に多少は体が温まるのが救いか。

 防寒着やその為の魔術にも効果はあるし、ぎりぎり我慢はできる。

 寒い所が好きなのか。冷やし続けなければならない理由があるのか。もしくは熱を食べているのか。

 他にも火山活動を抑える為、地熱が余りにも高いから冷やす事が必要だった、などなど色んな推測はできる

が、確証となるものは一つとして無い。

 手がかりとなるものも無かった。



 何度か休憩を入れ、暖を取っている時、レイプトが雪の間に何かを見たと言い出した。

 はっきりと解らず、すぐに消えてしまったらしいが。雪と雪の間にふわりと浮く白い物体が居て、こちらを

観察するかのように瞬(またた)いていたという。

 ちょっと前からそうではないかと思っていたようだが、顔を向けるとすぐに消えてしまうので、今まで確信

を得る事ができなかったらしい。

 それは雪にそっくりな物体で、ちょっと見ただけでは判別できない。しかしよく見ていると、雪の中に落ち

ない雪があって、横に移動したり、ななめに移動したりしている。たまに点滅のような事もするので、もしか

したらそれで交信しているのかもしれない。

 どうすべきかをしばらく話し合ったが、危害を加えるならとうにやっているだろうし、その行動から考える

に、多分こっちを観察しているのだろう、という結論に達し。放っておきながら、こちらかも彼らを観察する

事にした。

 雪生物はレイプトの言うとおり、確かに存在していた。漠然(ばくぜん)と見ている間は解らなかったが、

それを意識して見ていると発見できる。

 こちらの話を聞いていたのか、いなかったのか、行動を改める様子はなく。もしかしたら隠れているのでは

なくて、その雪のような形と色、そして大きさ故にそんな風に見えるだけなのかもしれない。

 でもそう考えるとこちらが注意を向けるとすぐ隠れる事に説明が付かなくなる。恥ずかしがりなのか、誰か

に見られると罰を受ける法でもあるのか。

 解らないが、攻撃してくるような気配はないので、やはり放っておく事にする。

 そうしてしばらく過ごしていると、どうも火を恐れているらしい事が解った。

 クワイエル達が火を焚いている間、それが冷たい火になってからも、その姿が見られなくなる。火に照らさ

れる事を恐れるかのように、どこかへ去ってしまう。

 なるべく火を使わずにおきたい所だが、数時間に一回は暖を取らないと凍えてしまいそうになるので、これ

ばかりは雪生物にも我慢してもらうしかない。

 そんな風にしてこそこそ観察し合いながら進んでいたのだが、いい加減面倒というか、歯痒くなったらしく。

「あのう、ちょっとお伺いしたいのですが・・・」

 クワイエルが話しかけてしまった。

 突然の事に驚いたのだろう(当然だ)、雪生物達はさーっと散るようにして消えてしまった。その数は十や

二十ではない。この雪全てに隠れていると思えるくらいの数が居る。降る雪が半減したかのように見えたのだ

から、相当なものだ。

 これにはクワイエル達の方が驚き、しばらくの間何も言えなくなってしまった。

 そして落ち着いた後思ったのは、まあそれはいきなり覚られていたのが解ったら吃驚するだろうな、という

ありふれた感想だったという。



 クワイエル達は迷ったが、こうなったら下手に動かず相手の出方を待つ方がいい、と思って、なるべく火を

焚かないようにして接触を待った。

 体温低下を防ぐ、雪を身体に触れさせない、などの考えられる限りの魔術を用い、火の使用を最低限にして

いる。

 体温上昇の魔術を使わなかったのは、彼らが熱の急激な上昇を恐れるかもしれない、と考えたからだ。

 そうして一日くらい待った頃。またぽつぽつと雪生物が現れ始めた。

 だが以前より距離が遠く、縮めようともしない。半日待ってみたが動きがないので、仕方なくクワイエルが。

「あのう、ちょっとお伺いしたいのですが」

 と声をかけてみると、今度はじっとその場に止まっている。話す意志が彼らにもあると考えて良いのだろう

か。それとも・・・。

 自信が持てないまま何度か話しかけていると、レイプトが光の明暗によって何かを伝えているのではないか、

と言い出した。そう思って改めて見ていると、確かにこちらが話しかけた時に点滅が起こる。

 もしかして、そんな風に半日の間話かけ続けてくれていたのだろうか。

 クワイエル達は非常に申し訳なくなって、まずその事を心から詫(わ)びた。

 そして翻訳の魔術を応用し、彼らの使う言葉(光)の意味を理解しようとしたのだが、解らない。

 受け取り方が違うのだろうか。

 これは言語というよりは信号なのかもしれない。感情の羅列とも取れるし。単にここから去れと警告してい

るだけ、という可能性もある。雪生物は意思の無い道具のようなものである、とも考えられる。

 持ち前のしぶとさを活かし、クワイエル達は更に半日の間試したが、全く進展しなかった。

 クワイエルもさすがにこれは無理があると判断し。

「どうやら、我々には時間が必要なようです」

 などと一方的に話を打ち切って、その日はそのまま休んでいる。

 つまりは不貞寝である。



 起こされた時、周囲に膨大な光を感じてまぶたを開けられなかった。

 片手を前に置いて光を遮(さえぎ)り、薄目のまま見てみると、そこには無数の雪生物が居て、それらが一

斉に光を明暗させているのが解った。

 一体いつからこんな事になっていたのか、とその時見張りに立っていたユルグに聞くと、突然空間から湧く

ように出現し、一斉に光り始めたらしい。

 今ではもう雪も見えず、ただただ雪生物の放つ光だけが在る。

 これだけの光量があると焼け尽くされてしまうように思うのだが、不思議と熱さを感じない。この光には熱

そのものが無いようだ。

 という事は魔術で作られた光という事か。それとも雪生物に備わっている力なのか。

 一斉に発光し、それによって何かを起こす為にこの生物達は存在している。雪に隠れて生きている事を合わ

せて考えると、何かを恐れている、または誰かに知らせる為に活動している、と考えられる。

 光は警戒信号のようなものなのだろう。それともその仮想敵ともいえる対象が光に弱いのか。

 クワイエルはしばらくそんな事を考えていたが、対処方法が浮かんでこないので、もうこのまま黙って待っ

ている事にした。

 仲間達も同意する。

 目を閉じたまま動けば崖下に落ちる危険性が高くなるし、今更何をしても遅い。かえってその方が賢明であ

るのかもしれない。

 クワイエルは眩し過ぎて詳しく観察できない事だけを悔しがりながら、じっとその時を待った。

 起きてから数分経った頃だろうか(多分、十分と経っていない)、ようやく光が止んだ。ゆっくり目を開い

ていくと前方に大きな四足の何かが見える。その足の上には巨大な甲羅が乗っかり、その先から上半身が伸び

ている。

 下半身は亀、上半身は蛇人といった感じか。ちょうど亀の首にあたる部分から上半身が生えている。腕はニ

本に頭は一つ、上半身の作りはクワイエルとあまり変わらないが、哺乳類ではなく爬虫類という点が違う。説

明し難いが、種としての構造が違うのだ。

 雪生物はいつの間にか消えていて、雪も降っていない。

 亀蛇人から感じる圧力はフィヨルスヴィズらに勝るとも劣らず、ハールバルズに教えを受けていなければ、

この場所に存在できていられたかどうかも自信が無い。フィヨルスヴィズは自分の力を抑える事に長けていて、

非常に気を使ってくれていたが。この存在はそういう事に無頓着(むとんちゃく)なのか、力を誇示しようと

もしていないが、隠そうともしていない。

 亀蛇人はクワイエルのすぐ前までゆっくりと歩き、静止した。

 頭までの高さは二、三十mはあるだろう。下半身の方が上半身の何倍も大きく。甲羅の長さが高さの倍はあ

る。足の太さも巨木のようで、そんなものが上下運動しているのだから地響きは相当なはずなのだが、振動を

全く感じない。

 これだけかちこちに凍っている地面が割れもしない所を見ると、重さを消しているのだろうか。それとも滑

り歩くように、振動を少なく移動しているのだろうか。

 今はその足も静止し、上半身をおじぎのように曲げてクワイエル達の側まで顔を下ろしている。近くで見る

と上半身もでかい。その口で一呑みされてしまいそうだ。

「小さき者が・・・・こんな処で何をしておる」

 頭の中に直接声が響いてくる。不思議と懐かしい気がした。

「何を、という事もないのですが、我々はこの大陸の深奥へ向かうべく旅をしているのです」

 クワイエルもその真似をして、頭の中の言葉を亀蛇人に向けて飛ばす。

「なるほど、お前達が例の酔狂な者達か・・・・」

 幸い通じたらしく、会話が成立した。最近なかった事なので、クワイエルは嬉しくなったのか、聞かれもし

ていないのに色々と説明を加える。

 その度に亀蛇人の顔が不機嫌になっていくように思えたのは、気のせいだったのかどうか。

「ああ、もういい。話は大体聞いている。わしはモートソグニル、そう呼ばれておる。お前達にもそう呼んで

もらおう。お前達の呼び方は気にくわん。・・・しかしまあ、良く来た。本当に来るとはなかなか運の良い奴

らよ。そしてその幸運こそ望まれておる証。ならばわしも止めはせん。面倒だが、少し話しも聞いてやろう。

それが約束だからな」

 モートソグニルは足を甲羅にしまい、直接甲羅を地面に着け、上半身を細かく揺らしながら左右の釣り合い

を取っている。そうしていなければひっくり返ってしまうのかもしれない。

 その場面を想像するとちょっと面白かったが、不謹慎だから止めておいた。気を改め、今までの事を大雑把

に伝え、これからの事を問う。

 しかしモートソグニルは確かに聞くには聞いてくれたものの、ほとんど答えてくれなかった。聞いている間

も退屈そうにしているし、基本的に言葉数が少ない。喋る時は喋るが、それにもすぐに飽きてしまうのか、や

る気を失くすようにすぐに口を閉ざす。

 結局、大した話は聞けなかった。収穫らしいものがあるとすれば、彼がフィヨルスヴィズと知り合いで、他

にもそういった仲間というのか、知り合い連中が居る事くらいか。

 確かにその名モートソグニル(古き言葉で、疲れて溜息をつく者、を意味する)のように、積極性、元気と

いったものが感じられない。ゆらゆらと揺れている姿も疲れて眠っているように見える。

 気になって雪生物の事を聞くと、彼らは見張り役として簡単に作られた生物で、ここから去るよう言っても

聞かず、抵抗する者が居たような場合に発光して撃退する。モートソグニルが姿を見せる事はほとんど無いら

しい。

 今回は何万年ぶりかの発光現象で、ここしばらくちょっと退屈していたのと、フィヨルスヴィズらに言われ

ていた事を思い出したので、わざわざ出てきてくれたのだそうだ。

 でもそれにも飽きたのか、話が済んだらさっさと進め、と言った後は何を言っても反応しなくなった。本当

に寝てしまったのかもしれない。

 仕方がないので、クワイエル達もそれ以上干渉せず、奥へ進ませてもらう事にした。

 雪も止めてくれたのかその後この地を抜けるまで降る事はなく、快適に進む事ができている。

 さくさく進めるようになったおかげか、三日ほどでこの地を抜ける事ができた。まだ先には山道が続いてい

るようだが、随分降りているし、気温も上がり、景色も銀から緑に変わっている。針葉樹のような木ばかりで、

気温もまだ肌寒いくらいだが、問題は無い。

 モートソグニルは詳しい事を教えてくれなかったが、この先で待っている存在が居るから、細かい事はそい

つに聞け、とは伝えてくれた。多分フィヨルスヴィズらも彼に大きな期待をせず、代わりに本命というのか、

もっとちゃんと話してくれる存在を用意してくれているのだろう。

 何故そこまでしてくれるのか。クワイエル達が深奥に辿り着く事にどんな意味があるのか、解らない事ばか

りだが、こんな風に応援してくれると、興味とは別の使命感が湧いてくる。

 こうして志を新たにするクワイエル達であった。




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