16-8.

 時間はかかったものの、何とか丸石地帯を抜ける事ができた。

 何度か赤球にぶつかってしまったが、つるつると滑る魔術が功を奏し、大きな怪我はない。

 多分これは攻撃ではなく、警告なのだろう。これ程の魔術を編めるのであれば、殺傷力を持たせる事は充分可

能なはずで、勢いから考えられる程の威力が無いという事はそうとしか考えられない。

 さすがに無傷では済まず。あざができたり、赤く腫れたりしている部分もあるが、すぐに治るだろう。

 クワイエル達はこの地の主に大きな敵意はないと判断した。

 一度も接触してこなかった事を考えると、交流する意思もないらしい。何度か呼びかけてもみたのだが、全く

返答は無かった。

 クワイエル達の方針として、こういう場合は何もせずこの地を去り、地図に立ち入り禁止と赤く書いておく事

になる。

 この大陸で生きていくには、何事も謙虚に受け取る必要がある。

 ただ残念は残念だ。

「せめて、あの赤球だけでも調べる事ができれば・・・」

 クワイエルが嘆くが、高速で空の彼方に飛び去っていく赤球を捕獲する事は、彼らには不可能だ。

 それにあれが実体のある物なのか解らない。魔力の塊という可能性もある。

 面白い魔術だった。下手すれば命を失くしていたかもしれなくとも、そう思うのが魔術師の性。

 それでもこらえる事ができたのだから、少しは成長しているという事か。

「とにかく先へ進みましょう」

 北上を続ける。



 丸石地帯を抜けた後も石地帯が続く。ただ所々に土も見える。川のない川原とでも言えば想像できるだろうか。

尖った石は少なく、大きさも拳くらいで、歩くのに支障はない。

 ただその大きさはまばらで、土のある場所もあったりなかったりと不均等である。作りかけという印象を受けた。

 きちんと区切られている事の多いこの大陸では珍しい。今までにも何度か似たような場所を見た事があるが、そ

の中でも中途半端さにかけては上位に入る。

 途中で飽きたのだろうか。

 それともここの空が気に入らなかったのか。

「大地と密接に繋がっている彼らも、だからこそ空を羨むのだろうか、我々と同じように」

 クワイエルはしばらく空を眺め続けたが、解る事は何も無い。

 自分と全く違う生命が考える事など解る訳がない。それでも理解したいと思うのが魔術師だとしても、世の中に

は今できない事もあるという事は知っている。

 そんな事を考えながら歩いていると、石でできた洞窟のようなものが見えてきた。

 崖や岸辺に空いているのではなく、石でできたかまくらのようなもので、暗闇は地下へと続いている。

 外観を丹念に調べてみたが、変わった所はない。魔術の力で隙間無く石が組み合わされている以外に見るべきも

のはなかった。

 クワイエルが石を舐めたり叩いたりしているようだが、他の仲間達はそれを無視し、灯りを創って中を照らして

いる。

 光はあっさりと闇を押し戻し、本来の姿を見せた。穴はまっすぐ伸びているらしく、思ったより奥まで見通せる。

 穴をなぞるように照らしてみるが、変わった物は見当たらない。隙間無く敷き詰められた石がずっと続いている。

 そうこうしている内にクワイエルが戻ってきたので話し合い、調査してみようという事になった。

 調査役はレイプトとユルグ。

 二人の信頼はとても強くなっていて、たまに長年連れ添った夫婦のように見える時もある。そう言うと二人は慌

てて否定するが、満更でもない様子だ。

 クワイエルとハーヴィが行かないのは、前と同じく二人に経験を積ませたいという親心からだろうか。

 そういう意味ではエルナに申し訳ないが、彼女はどうしても体力的に劣る。気の毒だが、残さざるを得ない。

 それともその判断の中にはクワイエルの想いが入っていたのか。

 解らない。多分、彼自身にも解らないだろう。



 レイプトが先頭に立ち、ユルグが背後を固める。狭い場所だからほとんど間を開けられず、触れそうなくらい距

離が近い。

 互いに違う手を伸ばし、両壁を確認しあうようにして進んでいる。

 入ってから数時間は経っているはずだが、異常は見られない。空気も地上と変わりなく澄んでいるし、温度も変

わらない。寒くも暑くもなく、一定に保たれて快適だ。

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

 掛け合う言葉なく進んでいるのは、緊張している為か。彼らの力も相当増しているのだが、今でもハーヴィから

離れると不安になるようだ。

 洞窟内は静かで、足音だけが反響する。

 下に誰か居たとしたらはっきり聴こえているだろう。

 反応がないのは、誰も居ないからか。待ち構えているからなのか。後者だとしたらどちらの意味だろう。友好的

なのか、敵対的なのか。

 それを知る為の材料が無い事もまた二人の心を不安にさせる。

 それでも二人は歩き続けた。

 時間の感覚を忘れそうになった頃、ようやく底に達する事ができた。

 そこは大きな広い空間で、天井は闇の果てに沈み、光を掲げても見通す事ができない。

 降りてきたと同じだけの距離が、天井まで広がっている。そう思えた。

 奥行きも深く、こちらも果てが見える気配はない。光を強めてみたも全く届かない。遥か彼方で闇に沈む。

 どうするか迷ったが、ここで待っていても仕方ないし、かといって二人で進むのも不安である。

 そこで一度報告に戻る事にした。

 レイプトがそのまま残って調査を続け、ユルグが一人で報告に戻る。

 往復に結構な時間がかかるので、その時間が勿体無いと考えたのだ。一人で残す事には不安を覚えたが、レイ

プトは笑って取り合わない。

 それくらいは見せたかったのかもしれない。

「早く戻ってくるから」

 ユルグにできたのは、何も起こらないで、と祈りながら急ぐ事だけだった。



 ユルグが三人を連れて底に降りた時、レイプトの姿はなかった。

 呼びかけても返事がない。魔力を探っても感じ取れない。大地に宿る魔力が強く、探ろうとしても上手くいか

ない。

 前はこんな事なかったのにとユルグが焦るが、ハーヴィがなだめた。こういう時こそ心強くいなければならな

い。レイプトならそう望むはずだ、と。

 ユルグを二人に任せ、クワイエルは一人進む。数mほど周囲を歩き回り、地面を調べてみるが、争ったような

痕跡は見付からない。

 魔力が強い事もこの大陸の地下なら当然の事。前の時の方がおかしかったのだろう。それに気付けないのは

迂闊(うかつ)だが、今責めるべきではない。

「という事は、罠が張られていて、それに誘い込まれたという事か」

 断定するのは早いが、可能性としては最も高いか。

 足跡でも残っていればレイプトの行動を追えるのだが、ここの地面は不思議と跡がつかないようになっている。

 指で強く押すと抵抗無くへこむが、普通に歩いている分には跡がつかない。意識してそうしようとしないと、

つかないようになっている。

 争った跡がないという事は、大きな動きは無かったと考えるべきだろう。

 敵わないと見て大人しく従ったのか、それとも考えたくもないが消されてしまったのか。

 囚われたとしても、無事であれば良いのだが。

「とにかく、ここに居ても何も解らないという事ははっきりした」

 そこで今度はクワイエルとユルグで探ってみる事にする。

 ハーヴィとエルナはここに居て、いつでも逃げられるよう、そして幾らかは対抗できるよう、魔術の準備をし

ておく。ハーヴィの魔術を知るのも彼女にとって良い勉強になるだろう。

「では、行ってきます」

 ハーヴィ達に見送られ、クワイエルとユルグは闇奥へ向かった。



 灯りに照らされ、次々と闇が口を開ける。どこも似たような空間が広がっていて、目立つような物は何も見え

ない。鍾乳石のような物もなく、綺麗にくり貫かれたかのように平面がずっと続いている。

 これは明らかに魔術の業だ。

 内部に満ちる魔力も一定に保たれており、乱れを感じない。自然のままに生まれた物なら、魔力も鼓動してい

るはずだが、それも感じない。

 クワイエルは初めに考えていたような場所ではないのかもしれない、と思い始めていた。

 しかし面白いくらい何も無い。

 目印になるようなものがないので、念の為に片手に魔術で創った棒を持ち、地面に線を描きながら進んでいる。

数cmくらい掘り描いているので、自然に消える事はないはずだ。誰かが消してもすぐ解るよう、線自体が発光す

る魔術もかけている。数分に一度の頻度で振り返っているのは、それを確認する為である。

 光線にも異常は見られない。

 すでにハーヴィ達の姿は見えなくなっているが、光線は視界の果てまでくっきり続いている。視界の外で消さ

れたらどうしようもないが、初めから気休めと暇つぶし程度に考えているからそれはそれでいい。

 惑わそうとすればいくらでも手がある。相手の方が常に魔力が、それも圧倒的に、高いのだから、余計な心配

をしても腹が減るだけだと腹をくくった方が良いのかもしれない。

「・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

 二人の間に会話はない。周囲に集中しているせいもあるが、彼らは普段からあまり話す機会がなく、話題を見

付け辛いせいもあるのだろう。

 嫌ってはいないが、苦手なのかもしれない。尊敬はしているが、近づき難い、そんな気分で。

 クワイエル相手の反応としてはまあ妥当である。



 二人になって数時間は経ったろうか。闇と灯りの放つ光が面白みなく続いている。眺めていると時間の感覚が

薄れ、このまま一昼夜過ごしたとしても解らないような気にさせる。

 手がかりは当然のようにつかめていない。

 二人の関係も似たようなものだ。ユルグがたまに一言二言喋るようだが、それも会話しているというよりは確

認作業に近い。まったくそちらを見ずに何となく頷くのと同じである。

 クワイエルはたまに地面を削って土を掴んでは指先ですり潰してみたり、味を確認したり、軽く吹いて重さを

確かめたりしているようだが、機械的にこなしている所を見ると大した変化はないのだろう。

 それでも退屈な色一つ見せないのは彼らしいが、見ている方は大変つまらない。

 ここが人の世界で、そして街の中であったりしたら、平手打ちを食らっても文句は言えない。幸いここは未開

の地レムーヴァで、ユルグも情のない事をするような女性でないからいいが。彼が全く女性にもてなかっただろ

う事は容易に察せられる。

 それとも女性はこういう男に物珍しさを感じるのか。

 まあ、それはいい。

 大事なのは変化が見られないという点だ。

 彼らはこれ以上進んでも仕方が無いと判断し、引き返す事にした。



 戻ってみるとハーヴィ達が消えていた。という可能性を考えていたが、そんな事は全くなく、二人とも声を揃

えて異常は無かったと言った。

 姿を見てすぐに話しかけてきた所を見ると、退屈していたのかもしれない。この二人は割りと話す事が多いよ

うだが、緊急時にのんびり話はできないし、魔術の勉強といってもハーヴィを観察する事くらいしかなかっただ

ろう。

 勉強にはなるが、何となく時間を持て余していたのは一緒だったのかもしれない。

 そして皆で互いに経験した事を報告し合ったが、予想通り目新しい情報は無い。光線もそのままで、変化は見

られなかった。

「仕方ない、私一人で行ってみます」

 レイプトが居なくなったのは一人になってからだ。同じ状況を作れば、何か起こるかもしれない。危険な賭け

だが、他に方法もなさそうだ。

 普段なら諦めて帰る所だが、今はレイプトの身が心配だ。一か八かやってみるしかない。

 ハーヴィ達は危険過ぎると言って止めたが、クワイエルは聞かない。こういう時は誰よりも頑固なのだ。

 こうして最終的に、ゲルと連絡がとれるペンダントを身に付けて行く、という案に落ち着いた。

 最近出番がなかったゲルはとても嬉しそうだ。

 でも彼女の気配を悟られたら意味がないので、何か起きるまで一切交信せず、繋がりも切っておくので、がっ

かりさせてしまう事になった。

 ゲル一人で行ってもらえばいいような気もするが、クワイエル達でさえ警戒しているのだから、魔力が圧倒的

に高いゲルでは一人でも警戒して出てこない可能性がある。

 クワイエルが行くしかない。



 光線をたどるように進み、前に引き返した地点まで来たが、何も起こらない。

 人数の問題ではなかったのだろうか。

 一瞬諦めが過ぎったが、この光線に警戒しているのではと思い直し、今度は何も目印になるものを描かず、レ

イプトも持っていた灯りだけを持って進む。

 そうして一時間ほど歩いた所で、ふと何か聴こえたような気がした。

 ゲルに調べてもらおうかとも思ったが、焦って余計な事をするとレイプトがどうなるか解らない。最後の最後

まで彼女に頼る事は止めた方がいいだろうと思い直し、独り、耳を澄ます。

 何も聴こえない。気のせいだったのか。

 気を取り直して進むと、今度は十mと進まない内に似たような音が聴こえてきた。今度は前よりもはっきり聴こ

える。ジジジ、ジジジとうなるような音だ。

 慎重に周囲を見回したが何も見えない。光の中にもだだっ広い空間が広がっているだけ。しかし音は止まず、

続いている。気のせいではない。

 一つ頷き、音のする方へ踏み出した。

 音はいよいよはっきりしてくる。

 一定のリズムでジジジ、ジジジと鳴っている。音楽のようで、そうではない。意味の無い鼻歌を歌っているよ

うなたわいない音。

 試しに軽く手拍子でリズムをとってみたが、何も返ってこない。信号のようなものとは違うのか。

 諦めて足を踏み出し、一歩二歩と力強く歩く。

 歩く度に音は強くはっきりしてくるが、視界には何も映らない。

 音だけの世界なのだろうか。

 このままでは埒(らち)が明かないのでゲルと繋ごうとしたその時、明かりの一部がふっと陰ったような気が

した。

 ペンダントから手を離し、凝視する。

 何も見えない。気のせいだったのだろうか。

 念の為にしばらく待ってみたが、何も居ない。でも確かに見たような気がする。

 確かめよう。

 クワイエルは影を見たと感じた方角へと歩き出した。




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