17-1.

 石地帯を抜けると、急速に温度が上昇した。

 吹き荒ぶ風も熱風に変わり、じっとしていても汗が噴出し、息がしにくい。このままでは危険なので、結界

を張って風と熱を食い止める事にする。

 辺り一帯夕焼け時のように赤く染まり、視覚にも熱い。暑いというより熱い。肉体が強化されていなければ、

居る事さえ困難だったろう。

 テレパシーが使えるようになった事で、周囲を読み取る力も増し、互いの意思疎通がより深く簡単にできる

ようになっている。

 今後は肉体の強化、テレパシーというこの二つの力がますます重要になってくるだろう。

 クワイエル達は慎重に周囲を感じ取りながら進んでいく。

 しばらく進むと赤い川が見えてきた。遠目にもぐつぐつ煮えたぎっているのが解る。マグマだろう。融けた

岩石が流れているのだ。川岸をゆっくりと溶かしながら広がっているのか、時折岸が崩れてはマグマの中に消

えていく。いずれこの景色の全てがマグマに溶かされてしまうのかもしれない。

 マグマ川は一条ではなく、数条大地に走っていて、それぞれが別の方角に向かって流れている。

 大元は一致していない。それぞれ別に生まれたか、創られたのだろう。

 今の所、人影は見えない。視界をさえぎるような木々や建物も無く、高低差のないのっぺりした地形が広が

り、隠れる場所があるとすれば川か地下くらいか。

 川ならともかく、地下に居るようならお手上げだ。大地に宿る魔力のせいで地下に居る何者かを特定する事

は難しい。その場所に行く事は更に難しく、入り口でもなければワイエル達に侵入できる手段は無い。

 ここはマグマ川一本にしぼって探すのが賢明だろう。

 それで見付からないようなら諦めて先に行くしかない。

 幸い、この地の主は敵対心を持っていないようだし、余計な事さえしなければ通してくれると思える。

 困るのは、その余計な行動が何なのか解らない事か。それはクワイエル達が普段何気なく行っている行動か

もしれないし、生きる為に必要な事かもしれない。

 だからもし逆鱗に触れてしまったら、そこで諦めるしかない。

 この大陸における彼らの立場は変わらない。常に最弱である。

 レイプトがまず一人でマグマ川へ向かう。

 他の四名は一定の距離を保ちながら彼を見守る。

 結界越しにでも感じ取れそうな熱気とその集合体である川に対し、拭えない恐怖を覚える。圧倒的な熱、全

てを焼き尽くす熱量というものは、人の心にも大きく影響するようだ。その上、人を虜にするような奇妙な魅

力まである。炎、熱というものは全く不思議なものだ。

 レイプトは自分がこのマグマによって炎上する光景を何度も何度も脳裏に描いた。意志の弱い人間なら、と

うにこのマグマに飛び込み、喜びと共に溶けていたかもしれない。

 マグマから絶えず燃え上がる炎が誘っているようにも見えてくる。気泡から残り火のように立ち上がる炎を

見る度、それらが声を発して自分を呼んでいるような・・・・。

 勿論、空想なのだろう。テレパシーで感じ取ろうとしても、現実には何の意思も受取れない。

 それとも彼の力が足りないだけなのか。

 レイプトはテレパシー能力の活用が苦手である。訓練を積んでもなかなか伸びなかった。増大した魔力に技

術の方が追いついていない。

 向いていないのだろう。

 危険探知というのか、いわゆる勘であればパーティの中で最も長けているというのに、不思議なものだ。

 レイプトの嗅覚をしても川に危険は感じられなかった。騙されている可能性もあるが、ここは思い切って近

付いてみるとしよう。

「なんという熱量だろう」

 熱い・・・存在そのものを熱く感じる程に圧倒的な熱量がそこにはある。これだけで人間全体が必要なあら

ゆるエネルギーを充分に賄(まかな)えそうだ。

 ただ一条の川が、人間の生み出す全てのものを軽く凌駕している。

 その上この現象はレムーヴァという大陸限定の現象ではなく、他大陸にも自然に存在するものらしい。

 その事は鬼人達を驚かせ、興味を持たせるに充分な理由だった。

 レムーヴァにあるものは必ず誰かが創ったものだが。他大陸では同じ物が自然に存在している。誰かではな

く、全ての事象の結果として自ら生じるそうなのだ。あたかも、その現象自体が意志を持つかのように。

 一体どういう事なのだろう。そしてそれを当たり前にこなす自然というものは、どれほど偉大で強大な存在

であるのか。

 それともそこに意思はないのだろうか。

 もしそうだとしたら、何者の意思もなくして、どうしてそれらが誕生するというのだろうか。

 何の意味もないものが、意思もなく誕生する。それはレムーヴァに住まう生物から見れば、とても信じられ

ない話だった。

 クワイエル達はレムーヴァに未知を見出すが、鬼人達はクワイエル達の居た世界にこそそれを抱く。環境を

自ら創り変えられる者が居ない世界とは、どういうものであるのかと。

 ともあれ、今はこのマグマ川の事だ。余計な事は後で考えよう。

 川幅は十数mくらいでそれほど広くは感じられない。岸を削り溶かす速度を考えれば、狭くすら感じられる。

 気になってしばらく眺めていると、削り溶かすのと同じくらいの速度で川幅が狭まっているのが解った。ま

るで両岸から圧されるように、少しずつだがはっきりとした速度で狭まっている。それが溶ける速度と拮抗し、

バランスよく川幅を保っているようだ。

 レムーヴァの種は変化を嫌う。ここにもそれが現れているのかもしれない。或いは他に理由があるのか。

「うーん、マグマに大地を食わせているようにも見えるけど・・・・」

 マグマを保つ為に必要な熱量源が大地だとしたら、それを半永久的に行える仕組みだと考える事もできる。

 その後も観察を続けたが、解る事は増えなかった。マグマ川の中に何者かが居るようでもないし、これ以上

居ても進展はなさそうだ。

 なら、さっさと先へ進んだ方がいい。

 レイプトはそう判断し、クワイエル達の許へと戻った。

 クワイエルとハーヴィに答えを委ねてしまうのではなく、自分でも判断し、その材料を提供しようと考える

ようになっている。それを成長と呼ぶのならそうなのだろう。

 もしかしたらそれこそが大陸が望んでいる事なのか。誕生した種に環境を創りかえる程の力を与え、それが

落ち着くと今度はクワイエル達を導いてきた。

 新たな変化を与える為に。

 変化を嫌うのではなく、本当は変化をこそ望んでいる。

 そんな気がしてくる。

「まだ解らないけど、そうだったら面白い」

 レイプトは一人笑みをこぼした。

 この辺り、クワイエルに毒されつつある証拠か。

 危険な兆候である。



 話し合った結果、レイプト案は容れられた。

 とはいえ警戒は怠らない。見えない事はそこに何も無いという証明にならない。それはこの大陸で何度も経

験させられた。油断などできはしない。

 マグマ川を遠目に見るように距離を開けて歩いて行くと、新たなマグマ川が見えてきた。

 一条や二条ではない。その数と密集度は前に見たものよりも高く、温度も上昇しているような気がする。

 このままでは危険なので、限界まで魔力を使って結界を厚く、強化させた。大陸の基準では大差ない気がす

るが、今の所は何とかいけそうだ。

「なるべく川と距離をとって進みましょう」

 幸い、この熱はマグマ川の副産物であって、魔術で創られた防御装置のようなものではない。川から離れれ

ば温度は下がるだろうし、熱気も薄くなるはずだ。

 少しでもそれを避けるように進めば、突破できない事はない。

 だがそれは、いつもそうであるように、甘い考えであった。確かに一時凌ぎにはなったが、進めば進むほど

川の数が増し、足の踏み場もなくなってきている。ここまでくると距離を離しようがない。どこにいっても熱

気に包まれ、クワイエル達を圧迫する。

 今はまだ何とかなっているが、長くは持たないだろう。

 ここは強引にでも急いで突破してしまおう。

 だがそれこそ甘い考えであった。

 確かにマグマ川地帯を抜ける事はできた。その点、急ぐ事が無意味だったとは言わない。

 だが問題はその先にあった。

 必死に抜けた先に待っていたのは、川ならぬマグマの海。視界一面をマグマが覆い、そこから生じる熱は段

違いに強く、軽々と結界を貫く。

 このままでは丸焼きにされてしまう。

 何とか突破口はないかと必死に周囲を探っていると、熱波の抜け穴とでも言うのか、あまり熱を感じない場

所がある事を発見した。

 空気の通り道、台風の目のような均衡地帯、そのような熱の影響が少ない場所がそこかしこにある。その上

それらには充分な広さがあった。

 目に見えないのが難点だが、今の彼らなら何とか感じ取る事ができる。慣れてくると視覚でそれを把握する

のと同じくらいの精度で見る事ができるようになってきた。

 彼らはその均衡地帯、道を通り、マグマ海を迂回するようにして北上を続けた。

 風が何かにぶつかって跳ね散らされたかのように、この道はマグマ海の中心から外に向けて広がっている。

或いは外から内側に引っ張られているのかもしれないが、それはどちらでもいい。使うだけならば、それだけ

解れば充分だ。

 できればマグマ海の中心を調べておきたかったが、さすがに肉体が耐えられそうもない。

 テレパシーにも反応は無いし、ここは余裕のある内にさっさと通り抜けた方が良いだろう。

 クワイエル達は先を急ぐ事にした。



 マグマ海はすぐに抜けられた。

 思っていたより広くなかったのか。クワイエル達が速くなっているのか。或いは時間の感覚が狂わされてい

るのか。

 どれもそうとも言えるし、そうとも言えない。いつも通り深く考えない事にする。

 マグマ海の先にもマグマ川は伸びていたが、川というよりは網目状に細い水路が走っているような感じで、

放たれる熱も随分弱まっている。結界ごしに心地いいくらいの気温になり、温泉にでもきているような気分に

なる。

 地面を掘って水を溜めれば自然と丁度いい湯加減になるような気がする。

 風呂には随分入っていないので、試しにやってみたい誘惑にかられる。

 魔術を使っていれば一々体を洗ったり、水で流したりする必要はないのだが。風呂に入るという行為自体を

懐かしく感じる。ついこの間建物を建てたように、以前当たり前にしていた生活を懐かしく思う心は強くなる

一方だ。

 無駄と日常を愛する心とでも言うのだろうか。

 とはいえ、網目状に細かく水路が走っているので、風呂を掘れるような広さは見当たらない。諦めるしかな

いだろう。

 水路は水深も浅く、試しに棒のようなものを創って差し入れてみたが、すぐに底を突いた。棒はすぐに溶け

てしまったので正確には測れていないが、多分あっても中指程度の深さだろう。

 水路と水路との距離は掌を広げたくらいか。場所によってまちまちだが、平均するとそのくらいになる。

 幅は親指の長さくらいか。うっかり足の先が浸かってしまわないよう慎重に進んで行く。その上を通るくら

いなら大丈夫だが、さすがにマグマに浸かって平気ではいられない。

 網目地帯は数日間続き、そこを抜けると今度はマグマが干上がった後のような赤光色の大地が現れた。いや、

干上がったというよりもマグマが大地に吸い込まれた、閉じ込められたような色合いと景色と言うべきか。

 試しに手を触れてみたが、熱くはない。熱が無い訳ではないが、ぬるいくらいで、それこそ温泉に丁度いい

温度に思えた。

 掘ってみる事にする。

 ところが創ったスコップを思いっきり地面に突き立てると、先っぽがすっかり溶けてしまった。表面はぬる

くても、地下は大変な高温であるらしい。この赤光色の地面で熱を閉じ込めているのかもしれない。

 温泉も所詮は初めから叶わぬ夢であったのか。

「いや、まだ先がある。諦めるのは早い」

 クワイエルは諦めの悪い男である。



 赤光地帯を進んでいくと、前方に建物らしき姿が見えてきた。それも一つや二つではない、半球をひっくり

返して乗せたようなお椀型の建物が何十と建っている。

 そしてその間を人影が忙しなく往来している。

 こんな景色を見たのはいつぶりだろう。最近は他種族を見る事さえなく終わる事が多かったので、何だかほ

っとすると共に嬉しくなる。

 もしかしたら温泉にもありつけるかもしれない。

 まずは交渉だ。クワイエルは逸る気持ちを落ち着かせた。

「取り合えず、私が一人で行ってみます」

 彼の言葉に皆が頷く。

 他種族もクワイエル達に気付いているはず。それでも襲ってこないのは敵意の無い証だろう。

 クワイエルはうきうきする気持ちが表情に表れようとするのを必死に抑えながら、他種族らしき人影に向か

ってゆっくりと歩いていった。




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