17-6.

 そのまましばらく留まっていると、不意に複数の気配を感じた。

 落ち着いて周囲を見渡すと、そこかしこに例の小雪男の姿があった。どの顔も無表情でさっぱり感情を読み取れ

ないが、ある種愛嬌のあるしぐさでそれほど不快感は無い。

 状況を考えれば警戒しているのだろう。見慣れぬ旅人に警戒心を抱き、仲間を連れて来た。そう考えるのが一番

それっぽく思える。

 下手に動くと危険そうなので、じっと小雪男達を見詰めてみた。

 彼らもじっとこちらを窺っている。

「もうし、もうし」

 クワイエルがもう一度問いかけてみた。

 すると小雪男達はまた瞬時に消えてしまった。どこにも痕跡は無く、そこに何者かが居た気配すら残されていな

い。初めから居なかったように、文字通り消えてしまった。

「これではどうしようもないな」

 ハーヴィが珍しく溜息を吐く。

 小雪男が何をしたいのか解らない。どう思っているのかも解らない。こちらを不快に思っているのか、友好的な

のか、それとも何とも思っていないのか。

 せめてあの無表情を何とかできれば察しようもあるのだが・・・・。

「もしかしたら会話するという考え方自体が無いのかもしれませんね」

「なるほどな。しかしそれにしては正確に連携が取れているようだが」

「意思を共有しているのかもしれません。であれば誰かと意思疎通しようという考え方自体が無い事にも頷けます。

何も伝えなくとも、同じように解っているのですからね」

「あり得る話だ」

 クワイエル説は一応もっともらしいように聞こえる。この大陸に住まう種は保守的というのか、自分の縄張りか

ら離れたくないと考える種が多い。小雪男達も今まで他種族に会った事が無く、それでいきなり声をかけられたの

で驚いて逃げてしまった。そう考えるのは不自然ではない。

 嘆かわしいが、情報量の少ない今、クワイエルなどという存在そのものが不確かな人物の不確かな憶測であって

も、参考にしなければならないようだ。

「・・・・・・」

 ハーヴィはしばらく何事かを考えていたようだったが、結局は何も言わず、その案に賛同の意を示した。

 そうなると次に問題になってくるのは。

「敵意があるかどうか、という点にありますね」

 クワイエルの言葉に全員が同意する。

 正直な所、クワイエル案が正解だろうが不正解だろうがどうでも良い。問題は小雪男達にこちらのへの敵意があ

るかないかである。

 今までは運良く敵意のある種が少なくて助かってきたが、そろそろもうどうにもならないくらいの敵意を持つ種

と出会っても不思議はない。いや、確率や可能性の問題からして、そろそろ出会わないと何だかずるでもしている

ような気にさえなってくる。

 ただでさえ物事が都合よく進んできたのだから、いい加減それらを台無しにするくらいの事件が起こってもおか

しくはない。いや、起きるべきである。

「・・・・・・・・あれは」

 そんなどうでも良い事を考えている間にレイプトが何かを見付けたようだ。彼が指し示す方を見ると、そこには

小雪男達が密集している姿が見えた。今までのように散発的に現れているのではなく、特定の場所に集中している。

 その意図は相変わらず不明だが、無表情が密集した事でより不気味になっている事は確かだった。

「・・・・・・・・・」

 また声をかけてみようとかと一瞬考えたが、すぐに思い直し、今回はじっと待ってみる。

 仲間達に目配せをするとその心が通じたのか誰も一言も発しようとしない。

 いや、声だけでなく全ての音を忌避するように物音一つ立てず、静寂を保っている。

 そんな風にして一時間くらい粘ったが、小雪男達は動かない。

 いよいよ声をかけるべきかと考えた所で、別の場所にも小雪男達が密集していたのに初めて気付いた。

 慌てて周囲を見回すと、いつの間にかクワイエル達は密集小雪男に囲まれてしまっていた。四方八方どちらの方

角を見ても小雪男の密集陣がある。今までにない威圧感のようなものを感じた。

 クワイエル達はその威圧感に押し込まれるようにして肩を寄せ合う。

「今までとは違う。何かがおかしい」

 ハーヴィが威嚇の意味を込めてはっきりと声に出したが、小雪男達は姿を消すどころか、ますますその数を増や

していく。それが何の気配もなく突然出現してくるものだから、不気味さが募るばかり。クワイエル達のどの顔に

も汗が浮かんでいた。

「来ている、気を付けて」

 密集小雪男陣が目に見えて距離を詰めている。一度に進むのは数m程度のようだが、その移動が一瞬で、しかも

連続で行われるので、歩いたり走ってこられたりするよりもよほど恐怖感が増す。

 このままでは危険なのははっきりしていたが、どうして良いか解らない。

 時間も無い。

「ケン、ウル   ・・・・・・・ 炎よ、弾け」

 刹那、ゆらゆら揺れる炎が現れ、爆発し、光と熱を周囲に撒き散らした。

 半分焦りながら唱えてしまったが、二字のルーンであったのが幸いしたか、上手く発動したようである。

 その分威力も小さかったはずだが効果は覿面(てきめん)で、一面を覆っていた霜が蒸発し、むき出しの地面が

現れた。その辺りに居たはずの小雪男達も霜と一緒にどこかへ消えてしまっている。

 それらも彼らが始めてみる現象だったのかもしれない。

「熱が苦手なのか、それとも光か。或いは声の時のように驚いただけなのか」

 クワイエルは様々な仮説を立ててみるが、答えを出すには情報量が足りない。これだけで断定してしまうのは危

険だろう。

 それに今は。

「考えるのは後だ。一時後退するぞ」

 ハーヴィの言葉に皆頷き、凍り地帯との境目まで急ぎ戻ったのであった。



 それほど進んでいなかったのが幸いしたか、どうにか無事に戻ってくる事ができた。

 逃げてきた方を見ても小雪男達の姿は無い。諦めたのか、それとも霜地帯から出られないのか。

 どちらにせよ、歓迎されていない事は確かなようだ。

 今度見付かればどういう目に遭わされるか解らない。これ以上関わらない方が良いだろう。諦めて地図に立ち入

り禁止と書き入れ、霜地帯を迂回する。

 慎重に霜地帯を避け、ぐるっと回り進んでみたが、すぐにまた似たような霜地帯が現れた。その後何度も迂回し

たが、どこをどう行っても霜地帯に行き着く。一つ一つの規模は大きくないのだが、細かく点在している。

 色々考えたが、一度凍り地帯以前の地まで戻って身体を休める事にした。

 できれば早く抜けたい所だが。小雪男だけでなく、霜に覆われた地面から発する冷気が体温を一定にする魔術を

貫通し、確実に身体を冷やしてくるという問題もある。短い時間なら良いが、長時間触れているとどうなるか解ら

ない。

 冷気も奥へ行けば行くほど強まるようだし、きちんと対処しておかなければ危険である。

 クワイエルもらしくなく、その程度の分別は付くようになっているし。何よりすぐ側でハーヴィが睨(にら)み

を効かせている。

 ハーヴィにはそれが必要であれば誰に対してもそうさせてしまう厳格さがある。

 火を焚き、体温を一定にする魔術を一時解いて身体を温めながら話し合った末、凍り地帯にまで戻ってそこから

大幅に回り道をして進む事に決めた。時間と手間はかかるが、命の前には軽い代償である。

 凍り地帯を抜ける間が最も危険だと考えていたのだが、小雪男は一度も現れなかった。

 同じ寒さでも何か違うのだろうか。

 そうだとすると一つの考えが浮かぶ。

 小雪男がどういう生物なのかは解らないが、他種族にとって危険な存在である事は間違いない。だから何者かが

その侵攻を食い止める為に凍り地帯を創り、封鎖した。

 霜と凍り、魔術の構成も近い、という事から小雪男とその対抗者が元は同じ種であったか、同種族内で争ってい

る可能性も出てくる。

 全ては憶測でしかないが、ありえない話でもない。

「興味深いですね」

 一刻も早くこの地を去るべきなのだが。凍り地帯から外は安全という可能性が生まれると欲が出てくる。本当に

安全なのか確かめる事は大いに意義のある事であるし、もう少し調査しても良いかもしれない。いや、調査しよう。

 欲に負けた愚かなクワイエル達は、まず凍り地帯の外周に沿って歩いてみる事にした。

 凍り地帯は途切れる事無く円を描くように続いているらしい。これも封じ込め説を裏付けるものだが、こじ付け

と言えばそうなる。反対側はがら空きかもしれないし、突然途切れてそのままという事も考えられる。

 断定はできない。

 そんな感じで警戒しつつ進んでいると、あっさり一周してしまった。

 出発点には目印となる石を円形に置いておいたので間違えるとは思えない。動かした様子もないので、多分大丈

夫だろう。もし大丈夫でなかったとしても、それはそれで構わない。一周という区切りがつけば、何となくすっき

りできる。

 でも安全に周れてしまうと、それはそれで次の欲が湧いてくる。

 結局クワイエル達は凍り地帯に踏み入れてもう一周してしまう事にした。

 所詮は魔術師である。ちょろいものだ。

「大丈夫だとは思いますが、警戒を怠らないようにしましょう」

 もし本当に彼らを封じ込める為に凍り地帯があるのだとしても、少し頑張れば入ってこれるかもしれないし、短

い間ならこの場所に居られる可能性もある。

 もっと考えるなら、単に嫌っているだけで入れないという事は無い、という可能性も高い。

 欲には負けても、油断なんかしていられる余裕は無かった。

 クワイエル達は外周と内周を何度か往復し、大体真ん中あたりの位置を導き出して、その辺りから真っ直ぐ進ん

で行く事にした。円である以上、真っ直ぐ進めば外周か内周に出てしまう事になるが、そうなったら今度は反対側

に向かって斜めに進む。

 つまり円状の帯の中をじぐざぐに進んで行くのである。

 それなら初めからじぐざぐに進めばよく、わざわざ真ん中を把握した意味はないのだが。正直な話をすると、や

ってからそれに気付いてしまったのである。相変わらず緊張感があるのかないのか解らないパーティだ。

 凍り地帯は霜地帯ほど寒くはない。魔術を貫通する力も無く、体温の心配は要らなかった。もしかしたら寒いか

ら凍るという考え方自体がこの場所にそぐわないのかもしれない。

 他の大陸なら考えられない事だが、この大陸には自然法則すら変えられる種がごろごろしている。発想の段階か

ら考え直さなければ理解できない事も多いだろう。

 最早違う星に居るとでも考えた方が良いかもしれない。

 試しに外周に出た時に凍っていない場所から木の枝を拾い、凍り地帯に投げ入れてみた。数時間眺めていたが、

枝に一切の変化はなく、ぽつんと転がっているだけだった。

 そう言えば一度溶けた物が再び凍りつく事も無かったし、凍らせる力自体が弱いか、存在しないのかもしれない。

 でもそれが解ったとして、何がどうなる訳でもない。

 クワイエル達は諦め、北上を再開する事にした。



 凍り地帯を離れてからしばらくはよく見かける森の姿が続いていたが、ある時ふっと違和感を感じた。

 何となく目に付いた木に近付いてみる。

 見た目は何も変わらなかったが、手を触れた瞬間、触れた箇所が溶けてしまった。

 溶けた箇所は水になり、さらさらと流れていく。思い切って触れてみたが、全く抵抗を感じない。指先を流れ落

ち、その内蒸発して消えてしまった。

 変わった匂いがする訳でもなければ色が付いている訳でもない。クワイエル達が良く知る水そのものの姿である。

 枝も幹も同じで触った箇所から溶けては消える。凍り地帯と違い、ここは全てが氷そのものになってしまってい

るかのようだ。

 魔術の構成に大きな違いは無い。凍り地帯や霜地帯を創った種と同じか関わりの深い者が創ったのだろう。

 或いはこれが完成形なのだろうか。霜、凍り、氷という風に改良され、完成した姿と言うのだろうか。

 もしそうならこの先にこの魔術を創造した種が居るのか。

 いや、あの小雪男達がその種そのものであり、逆に氷、凍り、霜というように魔術を完成させていったという考

え方もできる。

 謎は深まるばかりだ。



 氷地帯に気付いて半日程歩いたが、目立った変化は見られない。そのままの姿で氷る木々が続いている。

 たまに思い出したように木々に触れては溶かしてみるが、溶け方も変わらない。木の密度や高さなども変わった

ようには見えないし。写し取って貼り付けたような景色が続いている。

 もしかしたらこのまま何事もなく氷地帯を抜けてしまうのではないか。そんな風に考えられた時、何かを発見した。

 ゲルが気付いたらしい。

 詳しく聞いてみると振動率が違うとか、その間隔が違うとか言っていたがよく解らない。クワイエル達が解るよ

うに言ってはくれているのだろうが、どうにもつかめなかった。

 理解できたのは正確に知る為に振動が必要だという事。ゲル達音人は振動を起こし、その反射や通り抜け方から

様々な事が解るそうなのだ。

「振動・・・・まてよ、そういえば・・・・」

 クワイエルが何かを思い出しそうに悩んでいると。

「葉っぱです。あの葉っぱを使いましょう」

 エルナが珍しく率先して助言してくれた。

 あの葉っぱとは反発力の強い滝から持ってきた、常に振動している葉の事である。今は振動を抑える魔術をかけ

ているから何も感じないが、確か滝から離れれば離れる程振動が強くなったはず。今なら物凄い勢いで振動してい

るに違いない。

 ゲルもその案に快く賛同してくれた。

 早速葉を取り出してかかげ、封じている魔術を解く。

「くッ」

 葉っぱは予想以上に振動しており、クワイエルは耐え切れず手を離してしまった。

 そのまま下に落ちるとえらい事になっていた可能性が強いが、幸いにもゲルがさっと拾ってくれた。振動の塊と

いえる彼女への影響も心配だったが、どうもマッサージ機のような心地らしい。

 クワイエル達がゲルを心配する事自体がそもそも間違っているという事だ。

 少し集中するという事なので、彼らは邪魔にならないよう離れて見守る事にする。

 ゲルは振動葉に合わせるように震え始めた。

 それはクワイエル達にとっても心地よい揺らぎであった。




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