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クワイエルは早速準備にとりかかった。 とは言っても、実際は前と同様にマーデュスに依頼しただけであり、彼自身が何をしたと言う事も無い。 マーデュスとしても別段それに文句を言う筋合いも無く、好意を持って世話をしてやろうと思っている風 である。 もしかすれば、手のかかる息子のように思っているのかも知れない。 マーデュスもクワイエルに調査を依頼する側の立場であるからには、元々その準備などは進んで提供す るのが当然であるとも言える。だがそう言う理論だけで納得出来ないのが、人情と言う厄介な生物なのだ。 だから礼と言う潤滑油のようなものが作られたのである。 ともかくも、マーデュスはクワイエルに好意以外の負の感情などは持っていない。 調査と言うからには大軍を持って侵攻するような事をするはずもなく、マーデュスは考えた末、結局は 前回塔へクワイエルと共に行ったのと同じメンバーにする事にした。その方が諸事都合が良く、彼らなら ばその力量にも間違いは無い。 人選さえ決まれば後は早いものだ。食料や道具は文句を言わないからである。 その為、一夜明けて早朝にはすでに全ての準備は整っていた。クワイエルも事が事だけに深刻に感じた のかどうか、一応早くから来て待っていたようである。もしかすれば徹夜で居たのかも知れない。そう言 えば、マーデュスは準備が整う日時の事を、彼に正確に伝えて無かったような気もする。 「今回もよろしくお願いします」 クワイエルは先と同じ五名を前に、深々とおじぎをした。こういう誰に対しても生真面目な程鄭重なと こは朝も昼も同じであるようだ。それが例え本当に徹夜明けだったとしても変わるまい。 「では行きましょうか」 クワイエルはこれまた前回と同じく、揃うと同時に颯爽と歩き始めた。すると先導役の盗賊風の男が自 然に前へ行き、そのまま道案内の姿勢をとる。他の者も二度目ともなれば手馴れたもので、驚く事も無く、 するすると彼に付いて歩き始めた。 マーデュスの目論見は成功したと言える。現段階ではほんの小さな成功でしかなかったが。
一行は取り合えず塔を目指す事に決めた。ハールが協力者となって以来、塔への道の整備が第一とされ、 自然塔がギルギスト外の第一拠点のようになっていたからである。 塔までの道は驚く程に整備されており、都合の良い事に以前よりも数倍早く塔まで辿り着けた。 舗装された道と言うのは疲労も少ない。 「ここで一休みしつつ、詳しい情報を得ましょう」 「集合時間は何時にしましょうか?」 休憩を宣言したクワイエルに、先導役の男が話しかける。どうやら交渉の一切もこの男が執り行って来 たようだ。もしかすれば以前からリーダー格だったのかも知れない。それならば危険な先導役を自ら請負 っている事にも納得が良く。上に立つ者はその資格を常に問われており、一般的に割に合わないものだ。 リーダーの苦悩は諸事絶える事も無い。 他の四名は質問以外は特に口を開く事は無いらしく、周囲を警戒しつつ歩調を合わせていた。 「今日はここで一泊しますから、何時と言うか、出発は明朝にしましょう」 「え?しかし御急ぎの仕事なのでは・・・」 先導役は流石に驚いた。重要な役目だとマーデュスから聞いていたし、道中も以前と同じくクワイエル が急いでいるように見えたからである。 「はい、急ぎは急ぎなのですが。どの道今からではどれほども進めないでしょう。それなら情報収集して、 ゆっくり身体を休ませた方が良いです。待っていれば何か進展があるかも知れませんしね」 「なるほど、そう言うものですか」 リーダーであるクワイエルにそう言われれば、それ以上誰も何も言えない。彼らも先の仕事でクワイエ ルの事を信頼してもいたし、この男が問題ないと言えば不思議とそんなものかと思ってしまう。 彼の言葉を補強すべく、更に言うなら。前線からもあれから新種族と抗争した報などは伝わっておらず、 どうやらこの新種族も自らの領土を侵されなければ、敢えてあちらから攻め寄せて来るような事も無いら しいと言う事がある。 それをすでにクワイエルは知っていたから、休息をとっても良いと判断したのだろう。 勿論相手が今は警戒しているだけだと言う事も考えられるが、例え今日徹夜で急いだとしても疲労で満 足に戦える訳も無く。元々調査する為だけの人数であるから、何十もの数で本格的に攻められれば一緒に 逃げるしかない。 それ以外の小競り合いならば、増強してある前線部隊だけでも充分に戦えるであろうし。単に開発途中 の、言わば単なる道であるから、例え失ってもさほど痛くも痒くも無いのである。 この時これだけ教えてやればメンバーも納得したと思うが、メンバー達も考える事は全てクワイエルに 負かせているようであるし、特に知らなければならない意味も無く、知ってもどうなる訳でも無い。 クワイエルが深い説明を省略したのは、そう言う風に思っての事なのだろう。 ただ、結局は夕食時などに詳しく聞かせた所を見れば、単に後でまとめて説明しようと思っていたのか もしれない。 それに自分の指示を無言で納得してくれるくらい、彼らに信頼されているだろう事は、流石にクワイエ ルにも解っていると思われる。そこを敢えて多言を費やす事は、かえってその信頼を傷付けるようなもの だろう。 何でもすぐに話せば良いと言うものでもない。
そして一夜明け、クワイエル一行は日の出と共に出発した。 これもクワイエル流の速ければ早い方が良いの理論からであろうか。どちらにしても出発は早い方が良 い。何しろ予定通り目的地に着く保証など無いのだから。 塔前は現在、新種族に対しての前線基地のような物になっており。開けた場所に、建物も以前来た時と は比べ物にならない程建っている。しかし全て急造で造られたもので、言って見れば掘っ立て小屋と言っ たものか。そのような物では勿論防衛力は期待出来そうにない。 前線基地と言っても、要塞と言うよりは、単に補給地点とでも言った方が正確であるだろう。 それでもクワイエル達は補給と情報を少なからず得る事は出来た。 やはり新種族はあれから(接触時以来)一度も攻めてくるような素振りを見せる事は無いらしい。それ どころか交渉さえもしようとしないようだ。 その為、最前線は依然膠着状態と言った所だ。 新種族が何を考えているのか。友好的なのか、はたまた敵対心剥き出しなのか。そこの所がどうも良く 解らない。察するに、構わず放って置いてくれ、と言う事なのかも知れないが。かと言って、はいそうで すか、と言う訳にもいかない。 ギルギスト側としても決戦がしたい訳ではなく。友好的に、そして出来うるなら今のハールのように協 力を求めたいのが正直な所で。そこまで行かなくても、このまま道を塞がれているのだけは何とかしたい。 この地を一度放棄して、他を探索しようにも、隙を見せれば後ろから強襲される恐れも在り、新種族の 真意を確かめずに無視する訳には行かないのである。 ようするにクワイエルが行かなければどうしようもないと言う事であった。 まあ現在も襲いかかってくる気配が無いと解っただけでも、情報収集も無駄では無かったと言える。 「一体どんな方達なのでしょうね」 軽装の剣士が問うように呟く。 この剣士は平素クワイエルに寄り添うようにして歩き、話相手のようなものになっているようだ。それ はクワイエルに対する好意から出たとも言えるが、剣士も魔術の事などをクワイエルから聞きたくてたま らない風である。 一度など弟子にしてくれとまで、クワイエルに言った事がある。勿論彼は断ったが、師弟関係などでは 無く、友人としてなら教えても良いと言い。それから何度かクワイエルを訪ね、この剣士は個人的に彼と やや親しくなっているようだ。 ややと言う微妙なモノが付いたのは、何しろクワイエルも忙しかった為に、あまり相手をしてやれなか った事による。聡明な剣士の事、普通なら一月程一緒に居れば、よほど仲良くなれていただろう。 魔術師は聡明で知的な者を好み、クワイエルもその類には一応漏れていない。 「さて・・・その辺はどうも良く解らないみたいですからね」 クワイエルは首を傾げた。 肝心の新種族に関する情報なのだが、これが驚く程少なく大雑把だった。 解っている事と言えば、二足歩行で背丈は人間とそれほど変わらない。どうやら手が四本あり、尻尾も 生えていたそうだ。言語も使っているようで、遭遇当初人間には意味不明な事を言っていたみたいだが、 暫くしてルーンを詠唱し始め、いきなり襲いかかってきたらしい。 しかしその表情や戦い方など、細かい所まで見ている余裕は無く。全て繋ぎ合わせて見ても、影のよう な概観しか思い浮かばない。総合すると、一応解っている事もあるのだが、その中には身になる情報が少 ないと言った所か。 「ですが、一度何かしらコンタクトを取ろうとしたようにも思えますし。ひょっとすれば平和的に話し合 えるかも知れません」 「でも、襲いかかって来ているのですよ」 「怪しく思えたのはどちらも同じ。単なる誤解かも知れません」 「そうでしょうか・・・」 剣士は不満そうだったが、それでもそう言う事もあるかも知れないと、最後に感想を述べるかのように 呟き、一応は納得したようだ。 剣士としても、一度は断れたのだが、心中ではクワイエルの弟子になったつもりでもある。その手前、 師匠には逆らいたく無かったのだろう。 今のクワイエルの意見は、誰が耳にしても楽観論にしか聴こえない。 しかし世の中は案外そのような物なのかも知れない。少しの拗(こじ)れが人の思考と言葉を伝ってい く内に、いつの間にか大きく捻じ曲がっていた、と言う事も少なからずあるに違いない。 「ま、百聞は一見に如かず、と言います。ともかく急ぎましょう」 クワイエルは昨夜のんびり一泊した事が嘘のように足早に進んでいる。多少は知り得たと思っている剣 士でさえも、やはりこの魔術師だけは良く解らないと、それを見て改めて思い直した。 しかしそこに悪意は無い。不思議とそんな危うさや頼りなさを助けたいと思うし。師事をして、身を預 けたいとまで思う。 とにかくも不思議な男であった。正に魔術師と言えよう。 そして実際に師にするに足る、優秀な魔術師でもあるだろう。その力量はあのハールですら買っている のだから。 |