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 クワイエル一行は最前線に作られた防御拠点に到着した。

 防御拠点と言っても気休めにもならない物で、単に柵をめぐらし、その内に野営のテントを張った程度

であり。相手が本気で攻めて来るなら、障害にもならないだろう。ルーン魔術の使い手が居るとなれば、

尚更こんな物は役に立たない。

 それでも攻めて来ないと言う事は、よほど慎重なのか、やはり攻める意志が無いのか。だがどちらにし

ても気は抜けない。いつ相手の気が変わるかも解らないのだから。

「御疲れ様です」

「これはこれは良くお出で下さいました。正直どうしたものか、困っておったのですよ」

 クワイエルは拠点隊長のような男の前に案内された。歳は中年と言った所か、しかし精力の失せた感じ

は受けず、まだまだ現役と言った風で、いかにも冒険者と言ったエネルギーに溢れている。

 多少今はそれが曇っているものの、本来はもっと明るい男なのだろう。

「状況に変化は無いとの事ですが。未だ変わりありませんか?」

「はい、あちらからは何も言ってきません。それどころかあれ以来姿すら見せておりません。勿論ルーン

魔術を使っていれば私共には解りませんが」

「なるほど・・」

 クワイエルは一人考え込む風を見せる。

 そのまま暫く待って居ても何も言い出さないので、痺れを切らした隊長が再び口を開いた。

「魔術を使っている痕跡はありませんか?」

「え、ああ、はい。そうですね、その心配も要らないようです。どうやら完全に放って置かれて居るみた

いですね、我々は」

「しかしそうは言ってもここを引き払う訳にはいきません」

「はい、だから私が来たのです。後の事はどうかお任せ下さい」

 クワイエルはそう答えると、突然ぬっと立ち上がった。慌ててその場の人間も一斉に立ち上がる。何か

良からぬ事が起きたのかと思ったのだ。

 しかしクワイエルの表情には、焦りとか恐怖の色はまったく見えない。まあ、この男はいつもこんな感

じだから、その内心は誰も知る事が出来ないのだが。

「どうかされましたか?」

 クワイエルの仲間はすでに彼を知っているから、そのままじっと待っていたが。隊長は流石に不審に思

い、驚いた風で彼に問いかけてしまった。

「いえ、今から行って見ようと思うのです。以前彼らと出会った位置を教えていただけませんか。後逃げ

たルートも教えていただけると助かります」

 それを聞いて隊長はホッとしたような、それでいて不思議そうな表情を浮かべた。今となってもクワイ

エルの持つ流れと言うか、やり方と言うか、それが見当も付かなかったからである。

 ただ一つ解った事は。彼の思考がどうやら一足飛びに動き、つまりは常人よりも思考の回転速度が速い

のだろうと言う事であった。速過ぎるが故に、常人は彼に付いてゆけないのであろう。

 そして不思議にも不快には思わなかった。慣れれば快くすらあるとまで隊長は思う。そして隊長はクワ

イエル一行に対して好意を持った。

「そうですか、それはこちらこそ助かります。我々に出来る事であれば、何でもお申し付け下さい。ただ、

申し訳無いのですが、案内の者はご容赦下さい。恥ずかしながら皆恐れているものでして」

「はい、解っている情報だけ教えていただければ、後は私達でやります。隊長さんはここの防衛をお頼み

します。・・・そうですね、三日程何も連絡が届かなければ、ギルギストへ知らせて下さい。その時は残

念ですが、話し合いは無理と言う事です。なるべくそうしないように努力はしますが・・」

 そう言って疲労の濃い隊長を慰める為か、クワイエルはにっこりと微笑んで見せた。

 死地へ赴くのは、自分達の方だと言うのに。

 隊長はそれを見て、自らを不甲斐なく思ったが。しかし彼としてもここを離れる訳にもいかず、補給と

情報提供以外に出来得る事を見付けられない。

 ただ、もしクワイエル達が戻らないような事があれば、必ずその仇を討とうと心に決めたのであった。

 例え相手がどんなに強大な種族でも、死ぬ気になれば、刺し違える事くらいは出来るかも知れないから。

例えそこまでいかなくとも、一矢は報いたい。

「お気をつけて」

 隊長はクワイエルに貴人に対するが如く、鄭重に言葉をかけた。いや、それは祈りのようなものであっ

たのかも知れない。 



 防衛柵を抜け、教えられた道筋を進む。

 異種族からの襲撃地点まではそこそこ距離がある。どれだけ探索隊が驚き、狼狽して逃げ出したのかが、

そこからも解るようだ。

 そして何も襲撃地点まで安心と言う保証も無い。それ以前に襲われる可能性も充分にあり、これも単な

る目安でしかなかった。もしかすれば、今正に狙われている最中かも知れないのである。

 魔力的な物であれば、クワイエルが多少感知してくれるものの。弓矢で遠方から狙われたりとか、そう

言う事をされれば、流石になす術は無かった。地形はあちらに有利であるし、ここでの戦い方ならば、お

そらく子供と大人以上の差がある事も、充分に推測出来る。

 ようするに死地に等しいと言う事だ。

 その為、冒険者達はクワイエルを守る為に、自らの身体を盾にする如く彼の四方に布陣している。

 神経も研ぎ澄まされ、心なしか顔も強張っているようだ。

 流石に腕に覚えのある者達でも、未知の相手は例えようも無いくらいに怖い。人は未知を何よりも畏れ

る。神や悪霊の類を畏れるのも、頭で感じる恐怖よりも、むしろそんな本能的な条件反射と思った方が良

いように。その畏れは当然と言えるだろう。

 クワイエルも柵を抜けてからはずっと黙している。

 それは多分に考え事をしている為であるが、それでも彼に恐怖が無いとは思えない。

「そろそろですね」

 突然そのクワイエルが口を開いた。

 そう、そろそろ襲撃地点にさしかかるのである。襲われるとすれば、ここが最も可能性が高い。全員が

息を詰めるようにして、周囲に注意を凝らした。

 何事が起きても、瞬時に対応できるように。

「!!!!!!!!!!!!」

 その時、突如聞き取れない音が聴こえ、辺りがざわざわと揺らめき始めた。まるで草木が陽炎にでもな

ったかのように、実体感無く揺れている。

「皆、クワイエルさんを守れ!」

 リーダー格の盗賊が指示を出す。それに応じ、瞬時に防衛陣が組まれた。瞬時に人間を反応させるには、

声を出すに限る。訓練が指示のみで、言わば条件反射のみで身体を動かす事を可能とするのだ。

 彼らの連携は見事であり、全てに隙は無い。クワイエルを中心に狭く円陣を組んで全方位に備える。

「!!!!!!」

「!!!!!!!!!」

 また聞き取れぬ音がした。

 暫くその音が交差し、それからようやく聞き取れる音が耳に入る。しかしそれは何よりも恐るべき音で

あった。

「ケン・ラド・・・!!!!!」

 突如空間にクワイエル達を囲むように炎の輪が出現したかと思うと、あっと言う間にその輪が縮み、炎

が彼らに迫り来る。魔術で生み出された炎とは言え、炎は炎、このままでは一瞬で灰にされてしまうだろ

う。そして折角の防御陣も、ルーンの前には無力だ。

「エオル・ケーナズ・ラド・・・・防・炎・輪」

 クワイエルの紡いだ力場が彼を中心に円形に放射され、迫り来る炎を掻き消し、それでも止まらず周囲

を風のように走り抜けた。

「!!!!!」

「!!!!!!!!」

 そして聞き取れぬ音がする。

「皆さん、伏せて」

 クワイエルは仲間を屈ませ、自らは再び魔力を高め始めた。

 先程のは二字のルーン、おそらくは様子見であったはず。こちらにも魔術師が居ると解れば、今度は本

気の魔術が来る。

 流石のクワイエルも難しい顔をしていた。

 魔術戦となれば、一体どう言う事になるのか、魔術師本人ですら解らない。解るのはとにかく危険であ

る、と言う事だけだ。焦って魔術を失敗すれば、途方も無い被害を出す事にもなるだろう。

「!!!」

 目前の茂みが再び揺れ、そこから不思議な存在が現れた。

 腕が四本生え、二本足の間から雄々しい尻尾が見える。身体は見るからに強靭で、刃物さえ弾きそうな

印象を受けた。おそらく彼が噂の異種族に違いない。

「・・・・・」

 クワイエルは歯を食いしばるようにして、精神を高める。姿を現したという事は、それだけ自信がある

と言う事なのだろう。

「貴様も神の使いか?」

「え?」

 しかしそこから出て来た言葉はあまりにも突拍子も無い物だった。流石のクワイエルも、相手が何を言

っているのか察するのに、十数秒の時間を有した。 




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