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 クワイエル達は森を歩かされている。

 周りには奇妙な人型が十名程、付かず離れず歩いており。もし不穏な動きでも見せようものならば、す

ぐにでも彼らの手にした剣が襲いかかって来るのだろう。

 彼らの持つ剣は驚くほど長い。

 体格は元々人間よりも大きいのだが、その剣を縦にして比べれば、おそらくその体長よりもまだ長いだ

ろう。刀身は細身だが、その厚みが凄い。人間の使う剣の二倍から三倍はあるのでは無いだろうか。刃も

当然のように厚く、両刃の刀身は丁度二つの二等辺三角錐で細長棒を挟むような形となっていた。

 正に人外の武器である。

 斬ると言うよりも対象を削る為の武器であろう。少なくとも、肉体を斬ると言うよりは、物体を削る事

を目的として作られていると思われる。

 彼らはそれを軽々と持ち歩いていたが、勿論常人が持てるような重さではあるまい。

 皆二対ある腕の一対を胸元に組み、もう一対の手でその剣と盾、もしくは弓と矢を持っている。

 そして何も持たず、他の者と一目で違う服装をしている者が一人。

 これがあの時クワイエルに話しかけてきた者である。

 露出している強靭な体皮のそこかしこに刺青らしき文様が見えた。ひょっとすれば全身にその文様はあ

るのかも知れない。これは信仰的な物だろうか。それとも魔術的な物なのだろうか。

 どちらにしても恐るべき魔力の持ち主であり、ルーン魔術の使い手である事は確かである。

 少なくともクワイエルは彼を見て。

「闘うくらいなら逃げます」

 と言っている。

 それが魔力では敵わないと言う事なのか、単純に闘いたく無いと言う事なのか、それは良く解らなかっ

たが。その全身に溢れるようなエネルギーを感じる事から、その力量は自然と解る。

 魔力とは生命力と言い換える事も出来るから、当然その魔力も桁外れなのだろう。勿論詳しく分類すれ

ば異なる物になるだろうが、大雑把に同質と考えて良い。

 それにその魔力如何以前に、彼らに敵う人間がいるとは思えない。彼らは道を塞いでいた大木すら、紙

切れでも払うように、片手で容易く投げ捨てたのである。

 こんな化け物と闘おうなどとは、もう馬鹿馬鹿しくてやっていられまい。人間とは力の桁が違うのだ。

 幸いな事に、現状では彼らとは戦わずに済むようだが・・・。

「そう言えば、何故貴方は私達の言葉を?」

 クワイエルは今更ながらそんな事を聞いた。

 実はあの後状況が把握出来ず、ぼーっと突っ立っていると。それを見て、相手の方が痺れを切らしたら

しく。ただ付いて来いと言われて連れ出され、それ以後は何も会話らしい会話をしていないのである。

 クワイエルの仲間達はじっと固唾を飲んで見守っている。こうなった以上、彼らには前途に幸運がある

事を祈るくらいしか出来無いのだ。後はクワイエルに頼るしか無い。

 それにこの異種族と話すのは、流石に歴戦の冒険者とは言え、恐怖でしかなかった。

 圧倒的な存在の前には、もう畏怖する以外には無いのである。自らも圧倒的な存在で無い限りは。

「貴様らを観察し、覚えた」

 異種族の魔術師はそっけなく答える。

「なるほど。では神の使いとは一体どう言う事でしょうか」

 すると異種族は全員がぴたりと止まり、それだけで無く仄かに殺気すら放ち始めた。

「!!!」

 魔術師はそれを手で制し。

「・・・・後で話そう」

 それだけを言い、後は一言も話す事は無かった。

 クワイエル達もそう言われれば、素直に従うしか無い。ただただ行く先も知らぬ道のりを、静かに歩い

て行く。こうなった以上は、運を天に任せるしか無かった。

 元々冒険者と言う者は、そう言うものでもある。

 

 一行はやがて森深く、そして開けた場所に到着した。

 自然に出来た物では無く、彼らの手で切り開かれたのは明白であり、住居らしき建物も見える。

 暮らし方は人間と大差無いのかも知れない。もしかすれば元を糺せば、同じ種に辿り着くのではと思わ

せる程、それ程に似て居る部分も多かった。

 頭は一つ、二足歩行。目は二つで口と鼻が一つずつ。人間よりは言って見れば野性味溢れる作りだが、

基本の部分は同じように思える。

 ひょっとすれば、その間に子供すら創れるのかもしれない。

 まあ、腕は四本あるし、尻尾もある。それに体格も大幅に大きいから、なかなかそこまでは難しいかも

知れないのだが。そう思えば、何だかクワイエルには親近感が湧いて来たようだ。

 それに少なくとも相手は話合う姿勢を彼には見せてくれたのだ。これを喜ばずにいられようか。

 自然、クワイエルの顔は緊張が取れ、ゆるやかになって来ている。仲間はそんなクワイエルを未だ不安

そうに見て居たが、少なくとも落ち着きは取り戻しつつあるようだ。リーダーがしっかりしていれば、自

然にメンバーも落ち着いて来るものである。

 そして異種族の住居を抜け、更に奥へ進むと。前方に他とは明らかに大きさの違う建物が見え始めた。

 ドーム状の建物で、異種族の体格から見ても、やはり同じく途方も無く大きく見えるだろう。森に包ま

れるように低地に作られた為、森の上まで突き出す事は無いが。見下ろすように見ても、やはり途方も無

く大きかった。規模だけで言えば、ハールの塔に匹敵するかも知れない。

 造りも丁寧で、壁には色とりどりの彫り物が施されており。荘厳で神聖さを兼ね備えたその建物は、人

間の造作物で言えば神殿に似ているかも知れない。

「入れ」

 大きなとても人間では開けられそうも無い重さの扉を開き、異種族の魔術師に中へと案内された。

 不思議と音がしなかった所を考えると、ここには何かしらの魔術がかけてあるのだろう。

「これは素晴らしい・・・」

 中へ入ってクワイエル達は感嘆の溜息を漏らした。

 シンプルな作りの外見からは想像も出来ない程、中は豪奢で華麗だったのだ。

 天上には遍くガラス質の物質が張り巡らされ、無数の色彩を放っており。それが陽光が差す度に虹色に

輝く。しかもどういう事なのか、とても目に優しい。あの陽光の貫くような感覚は失せ、柔らかでゆった

りと大気に羽織るような感じすら受ける。

 まるで光の帯に幾重にも包まれて居るような気持になり、その安らぎは他に類を見無い。少なくとも、

このような安心感と快さを味わうのは、クワイエル達には始めての事だった。

「進むが良い」

 魔術師はそれを遠慮と受け取ったのか、クワイエル達を促し、自身も先等に立って歩く。クワイエル達

は惹き込まれるようにその後に続いた。

 そしてその先に魔術師の服装と似、それでいて遥かに豪華で神聖に見える衣服を纏った者が居た。傍ら

にはその者を敬うように、左右に一人ずつ静かに畏まって居る。

 その者は優雅に立っており、じっとこちらを見据えていた。その視線からは軽い圧迫感と言うか、気圧

される力を、空間に圧力のような物すら感じる。

「あのお方が、我らの族長である」

 クワイエルはその者に丁寧に頭を下げた。慌ててメンバーがそれに続く。

 族長と言えば、人間では王に当たる。彼らの礼儀作法は知らないが、人間式ででも敬意を払って置く必

要があるだろう。それが礼の心と言うものだ。

 そして心があれば、不思議とその気持は伝わるのである。


「貴様が神の使いか」

 族長の声は重々しく、声からも圧迫感に似た物を感じる。威風堂々としており、如何にも族長と言った

風体であった。他の異種族よりも体格は更に大きいだろう。

 しかし挙措動作は優雅で落ち着いており、口調の割にはもの柔らかい印象を受けた。どこかこの建物か

ら受ける感覚と似ている。

 そこでふと思い立った。そう言えば彼らはまだこちらの言葉を覚えて間が無い筈である。細かな言い回

しやらまで、正確に知っているとは思えない。それにあの前線に居た部隊にはルーン魔術師も居ない。

 それから考えれば魔術師を、神の使い、とでも言うしか無いのかも知れない。

 つまり悪意ある意味では無く。単純に彼らの言葉をそのまま鵜呑みにするのも良く無い、と言う事に気

が付いたのだ。

「はい、私達の言葉で言えば魔術師ですが。私は確かにルーンを使います。そう言う意味では神の使い

と言えなくも無いでしょう」

 実際人間の歴史にも、古来には魔術師信仰のような事があったと言う。強大な神の力を使う、それは即

ち神に愛された者だと理解されたのだろう。現在では単なる技能の一つのように考えられているが、神の

使いと言う方が、本当は自然なのかも知れない。

 この異種族はあくまでもルーンを神秘のままに、純粋にその神聖さだけを敬っているのだろうか。そう

だとすれば、異種族の方が正統と言えるのかも知れない。何しろルーンとは正しく神の力であるからだ。

 だからクワイエルは説明を交えながらも、その呼び名を肯定しておいた。その言葉の全てを理解したか

どうかは不明だが、少なくともルーンの使い手である事はすでに相手も解っているだろう。

 すでに解る事は伝令によって族長に伝えられているに違いないのだから。

「そうか、術者、つまり貴様達にはルーンはあくまで技能であるのだな」

 しかし驚くべき事に。族長はクワイエルの言葉の深奥までも、すぐに理解したようである。

 考えていた以上に、こちらの言語に精通しているのかもしれない。そうであるなら、驚くべき智能であ

る。人間を智の部分でも遥かに凌駕していた。

「危険は高まったが、それならばこそ穏便に済ませられる可能性も高い」

 クワイエルはそう思い、怖れを抱く事無く深く安堵した。これが話も通じない相手であれば、一体どう

なっていた事か。

 異種族の智能の高さに、人間は救われたのかも知れない。

 最も、それ故にもし交渉が不首尾に終われば、この大陸の人間は彼らに一掃される可能性も高くなる。

おそらく彼らが本気で人間を滅ぼそうとすれば、人間はそれを止める事は敵わないだろう。

 それ程の力を秘めた種族なのである。

 しかしクワイエルはおかしなもので、その化物染みた種族に、恐怖どころか逆に好意を持ち、以前より

もより興味を持ち始めたようだった。

 これも彼が魔術師故なのかも知れない。魔術師は智をこそ尊ぶ。

 それが吉と成るか邪と成るかまでは解らなかったが。




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