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 族長から聞いた話では、人間を襲ったのはここが彼らの神聖な土地で、異種族以外の進入を許していな

いからであり。特に人間に対して要らぬ敵対心は持って無いとの事だった。

 彼らは見かけに反して、人間のように好戦的な種族では無いらしい。

 それならば何故クワイエルが族長に謁見を許されたのか。それは彼がルーン魔術師であるからで、異種

族達の考えでは、ルーン魔術師は人間とは違いより神に近い、正に神の使いなのである。であるから、ク

ワイエルも神聖なルーン使いである以上、神聖な土地を汚す事にはならないと言う事だ。

 それ故、クワイエル一行だけは例外としてこの地に立つ事を許されたのである。

 おそらくこの異種族では、人間よりも遥かにルーン魔術師は希少な存在なのだろう。

 少ないからこそより尊崇の念を受け、その力を神聖視される。

 希少とは差別に繋がる可能性も大きいのだが、彼らはその点純粋な種族であるらしい。人間よりも強大

な力を持つが故に、彼らは自然思慮深くなっていったのだと思われる。自分達の力がどれほどのものか、

しっかりと理解しているのだろう。

 人間よりも遥かに寿命が長いらしいから、長い経験と知識の蓄積がそれを可能としているのかも知れな

い。知識だけでは意味が無いとも言われるが、知識も重なれば意識に思慮深さと言うモノを加えるのであ

る。勿論、それは生来と後天的な性格が濃く作用するのであるが。

 つまり彼らは人間よりも遥かに聡明で、信仰心に篤い種族であるらしい。

 クワイエルは申し訳無く思ったが、便宜上彼らを鬼人と呼ばせてもらう事にした。昔から異能の存在を

人間は鬼と呼んでいたからで。それに鬼神と言う言葉のあるように、鬼には畏怖の意味合いも強い。

 鬼人達もその辺は理解があり、そう呼ぶ事を彼らからも許された。故に、これからはこの異種族を鬼人

族と呼称させていただく。

「それでは私達の開拓を許していただけるのですね」

「我等の土地を侵さぬ、と言う条件付きではあるがな。我等は我等に干渉せぬ者にまで、余計な口出しを

しようとは思わぬ。侵略者には神罰を喰らわせるが、必ずしも人間を敵と見なしている訳では無い」

 クワイエルの読み通り、鬼人達には人間達などにはさして敵意も興味も無いらしい。取るに足らない存

在とまでは思っていないようだが、元来が好奇心の薄い種族なのだろう。

 しかも干渉したがらない事は全てに対して同様であり、例え森が切り開かれようと、例え森が消えたと

しても大して興味は無いようだ。あくまでもこの地が重要であり、他の事は些事であると。

 だが好奇心が皆無かと言えばそうでもない。現にクワイエルの魔術知識と、そして人間の持つ道具には

異常な興味を示した。

 そして人間の持つ物の有用性を認めた族長は、御互いの知識と道具を交換する事も承諾したのだった。

 鬼人達はこの地から離れる事を極度に嫌がり、その比類無い力を開拓に貸してくれる事はなかったのだ

が。その素晴らしい叡智を授けてくれると言うのである。

 勿論、それを学べるのは魔術師に限定される。依然鬼人達は魔術師以外の存在を受け入れる事は拒否し

ていたし、おそらくこれからも無いだろう。

 今回は特例として、一般の人間も招き入れる事を許したが、以後は魔術師以外の侵入を認めず、その約

を違えた時は即座に抹殺するとの事である。

 クワイエルもこれは彼らの信念でもあり、他種族が干渉出来る問題では無いと判断し、その約定を素直

に認め従った。彼らの知識を得られるのであれば、この程度の誓約などは微々たるものである。

 鬼人はこの深き森林に太古から存在していた為に、森で有用な知識と道具を豊富に持っている。それを

利用出来れば、開拓の速度もぐっと上がるに違いない。

 それだけでも天恵と言うものだろう。

 しかし大きな問題があった。

 このレムーヴァに居る人間の中に、魔術師はごくごく少数なのである。それに鬼人達と暫く生活を共に

する以上、それなりの者を遣さなければならない。しかも人間側の知識と道具を鬼人達に教授しなければ

いけないのであるから、これは相当な難問である。

 神官長かハールであれば適任だろうが、しかし彼らも暇では無く、職務も忙しい。

 クワイエルも居るが、彼も当然一つ所に居る訳にはいかないだろう。またこのような外交使を勤める機

会も無いとは言えない。それほどレムーヴァは生命力と危険に満ちた大陸なのだ。

「困りました・・・」

 クワイエルは族長の前であるに関わらず、素直に心底困って見せた。

 彼には遠慮と言う感情が無い訳ではないが、どうやら自分の思考に集中すると、周りが見えなくなるタ

イプのようである。

 族長も鬼人の魔術師も彼と同タイプなのか、その非礼とも言える態度に何も言わず、そして静かに時間

は流れたのであった。

 鬼人達はマイペースと言うよりは、やはり他者への興味が人間よりも希薄であるようだ。 


 暫く考えた結果、ここには言わば全権大使としてハールに来てもらう事に決めた。

 ハールは困るだろうが、それ以外に人選しようが無かったのである。ここは何としても来てもらわなけ

ればならない。

 そしてハールに承諾を得、到着を待つ間、クワイエルが大使代理として鬼人の集落に滞在する事にした

のだった。他の五人のメンバーも、特にこの期間に限り、滞在を許された。

 クワイエルの懇願もあったし、すでにこの地に踏み入れて居る事もあって、多少鬼人側の態度が軟化し

たのだろう。だがその代わり、クワイエル以外は外出を認めず、彼らの住居となる大使館も、集落の外れ

に建てる事を強いられた。

 まあ、この辺は仕方の無い事だろう。

 それでも誠意を込めて付き合って行けば、いずれは信頼を得、そして彼らの人間を見る目も少しは柔ら

かくなってくれるかも知れない。そうなればもっと鬼人は人間を受け入れてくれるだろう。

 最も、考え方の根底からしてまったく違う種族であるから、理解し合うには自ずと時間がかかると思わ

れる。とは言え、これも仕方が無い、ゆっくりと地道に誠意を見せていくしかない。

「今、貴様らの住居を造っている。それまで、ここを使うが良い」

 クワイエル達の応対は例の魔術師らしき鬼人が担う事となったようだ。彼は鬼人の魔術師の中でも、最

も強い魔力を持っているらしい。その地位も当然高いだろう。

 彼が応対役を任されたのも、彼一人居れば鬼人のほぼ全ての知識が得られるからだそうだ。驚くべき事

に、魔術だけでなく、他の様々な技能にも秀でているらしい。

 或いは鬼人の全てが様々な技能に秀でているのかも知れない。とすれば、益々鬼人は脅威となる。くれ

ぐれも彼らの怒りに触れないようにし、約定も守らねばならない。

 魔術師らしき鬼人は、自らをハーヴィと名乗った。彼らの言語を人間が解する事は不可能であるから、

わざわざ人間の言葉に直してくれたのだろう。

 それが新たに付けた名なのか、名の意味か音を意訳したものなのか、そこまでは解らない。

「ありがとうございます、ハーヴィ」

 クワイエルは丁寧に礼を言い、拳と拳を胸の前で合わせた。これが鬼人式の礼の姿勢らしい。上下区別

無く、等しくこれが礼や挨拶になるようだ。彼らはあまり細分化したりせず、大雑把と言うか簡潔に表現

する事を好む。

 だから敵と見なせば問答無用で襲いかかるし。逆に味方と見なせば、彼らは最大限に協力してくれる。

わざわざ大使館を建ててくれるのも、その一例であるだろう。

 これも鬼人が自らやってくれている事で、クワイエル達が御願した事ではないのである。

「自分は大抵礼拝堂に居る。何か用があれば、そこまで来ると良い。他の魔術師達もそこに居るはずだ。

彼らにも好きに話せ。ルーン使いならば少しは貴様達の言葉も解る。貴様と話せば、彼らももっと上手く

話せるようになるだろう。我等にとっても良い事だ」

 ハーヴィはクワイエルの使う言葉を少し聞いただけで、格段に流暢に話せるようになっている。この分

では、小一時間も話し合えば、完全に人間の言語をマスターしてしまうかも知れない。

 もしかすれば、鬼人と人間の言葉は似ているのだろうか。人間の言葉も元々はルーンを起源としている

のだから、あながち有り得ない話では無い。

「解りました」

 クワイエルは改めて彼らの知性に感嘆しながら、もう一度礼の姿勢を取った。

 ハーヴィも同様の姿勢を取り、その場を辞す。人間と同じく、強き力を持つ者は、鬼人の社会でも色々

と忙しいようである。

 勿論クワイエルも忙しい。まずは遠話の魔術を用いてハールに詳細を告げ、それから防御拠点の緊張を

解かなければならない。愚図愚図して居ると、クワイエルの指示通りギルギストが攻勢に出てしまう。

 彼は常に多忙からは逃れられない運命であるようだ。おそらくはこの大陸に居る限り。




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