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 麗かな日差しを背に、一行は鬼人の集落を出発した。

 クワイエルに従うのはいつものメンバーである。盗賊風の男が二人に戦士が二人、そして軽装の剣士風

が一人。二度も困難な任務を共に成し遂げた者達であるから、気心も知れ、何よりクワイエルに慣れてい

ると言うのが良い。

 何の前触れも無いこの出発にも顔色一つ変えなかったのだから、ある意味すでにクワイエルに毒されて

いると言えるのかも知れないが。ともかく適任である事に違いは無かった。

 マーデュスにも報告と出発の事は伝えているから、考慮する要素は全て済んでおり、足取りも軽快なも

のである。

 リーダー格の盗賊がいつものように前を進み、鬼人の領土から出、ハールの塔へと歩いた。

 道もすでに舗装し終わっているから、そのペースは以前よりも更に速くなっている。それにこの近辺で

最早危険な所は無く、凶暴な獣も大体は掃討されているから、それほど警戒する必要も無い。

 日が高くなる頃には一行はハールの塔に着き、現在の開拓状況を主任に尋ねる事が出来た。

「鬼人集落方面はほぼ終わっております。こっちは鬼人さんの協力がありましたから、まったく楽でした

ね。皆さんにも見せたかったですよ。もう大木も巨石もばったばったと切り倒し叩き壊し、見ていてそり

ゃあすっきりしたのなんのって、もう真面目に働くのが馬鹿みたいでしたよ」

 ハールの塔側のテントに居る今の現場主任は、どうやらおしゃべり好きな快活な男らしかった。クワイ

エルは今やこのレムーヴァに居る人間の中では、最もと言っても良いくらい重要な位置にいる男なのだが、

そのクワイエル相手にでもぺらぺらと良く喋る。

 それでも椅子を勧めたり、飲み物を出したりしている所を見ると、この主任の中では最高に持て成して

はいるようだ。それに話も上手いので、長々と聴いても飽きる事は無いかも知れない。

 クワイエルも急ぐに越した事は無いものの、鬼人との接触時のように切羽詰った事態では無いので、彼

の話をのんびりと聞いてやった。もうとっぷりと日が暮れるまで聞いてやったのである。

 ほうほう、だの、ふむふむ、だのと興味深そうに聞いてくれるので、この主任は尚更調子に乗っていつ

も以上に話してしまったらしい。全ての話が終る頃には、流石の主任も息切れをして声が枯れてしまって

いた。

 ある意味彼もクワイエルの犠牲者の一人となってしまったと言える。適度な所で、疲れた所で、素直に

止めておけば良かったのである。

「なるほど、と言う事は予想よりも順調なのですね」

「ええ、ええ。鬼人さん達の道具を教えていただいたおかげで、こっちとしては大助かりですよ。もうそ

れが掘れるのなんのって、切れるのなんのって、昔聞いた斬鉄剣でしたか、あのような素晴らしい感じで

すよ。もう油断すると、余計な物まで切ってます」

「なるほど、なるほど」

 クワイエルは再び深く頷いた。

 特に問題も無い様であるし、このままだと思ったよりも早くこの大陸を制覇する事が出来るかも知れな

い。それでどうなる訳でも無いが、そうなればとにかく仕事を終える事が出来、クワイエルは行動の自由

を得る事が出来るだろう。

 この大陸には興味を惹くモノが多く、彼としてはゆっくりと研究するなり、自由に探索するなりしてい

たいのだ。今のように仕事に追われる毎日では、やはり楽しみは半減するし、知的好奇心を抑える事は魔

術師にとって苦痛でしかない。

「すみませんが、現在の地図を見せていただけますか」

「ええ、ええ、勿論ですとも。今は日々地図を書き加え、訂正している所でして。地図職人達は毎日が大

忙しですよ。測量するのも楽では無いですから、我々も手伝っている次第です。その代わりただで出来た

ての地図が一番に貰える訳ですがね。ささ、これをどうぞ。今朝上がったばかりの地図ですよ」

 主任に広げられた地図には、以前ギルギスト港で見た物とは格段に詳しく、また広い範囲の事が明記さ

れていた。まだまだレムーヴァの先の先と言った範囲ではあるが、漸く地図らしく見えるレベルとなり、

クワイエルとしては感慨深いモノがある。

 これを更に時間をかけ、他ならぬ自分自身が少しずつ埋めて行くのだ。

 勿論全てを全て踏破する訳では無いが、何かがあれば最前線に向うのは常に彼であり。その先を初めて

見るのも彼である。これは何とも言えない嬉しさであろう。

 この楽しみがあるから、激務にも耐えられると言うものだ。

「それでお次は何処へ向われるので?」

 ギルギストは大陸の南端、その北東に鬼人の集落がある。当然鬼人の集落に近い方が開拓も早いので、

やや地図の北西方面に空白が多い。

「我々は北西へ向います。北東の方は鬼人達が何とかしてくれるでしょうから、私はこちらの方に行くべ

きでしょう」

 クワイエルはそう言うと、当然のように地図上の北西方面を指差したのだった。


 ギルギストから見た北西方面には山脈とまでは行かないものの、高低差のある地形が多く、踏破するの

は実際困難である。

 何も鬼人の協力を北東方面程得られないのが、遅れ気味な理由の全てでは無いのだ。

 物理的な問題があるからこそ、作業が捗(はかど)らない。

 この困難な地域を迂回しながら開拓を進めようと言う意見も上がった事もあるが、どの道せねばならぬ

場所ならば、後でするも今するも同じであるし。開拓をして行くのであれば、線のように細長くして行く

よりは、面と言うべきか、ギルギストを中心として円形に広がるようにして行くのが良いと言える。

 補給路やいざと言う時の行軍路の問題もあるし、面倒でも一つ一つやって行かなければ、問題が後で山

積みになってしまう可能性もある。

 そう言う事もあり、やはり迂回せずに地道に探索しようと言う事になった。

 その困難な地点をクワイエル達に先行してもらい、危険が無い、或いはあったはずの危険を回避か解決

出来れば、何が出てくるか解らぬ未知の恐怖も消え、各段に開拓しやすくなる事だろう。

 クワイエルがこの方面に決めたのは、そう言う事も加味しての決断とも言える。

 更にクワイエルは今回から簡単な地図作成も請け負う事にしたようだ。

 綿密に測量した地図では無い、大雑把な高低差のみが描かれた地図であっても。それの有る無しは作業

のやり易さに格段の差が出る。

 地図があれば、先の見通しがある程度立てられるのであれば、作業計画を練る事も出来よう。そしてあ

らかじめ計画を立てる事が出来れば、作業に携わる人間にとってはありがたいに違いない。

 きちんと毎日の目標を決められれば、不思議と励みにもなるものである。いつ終わるか、順調なのか遅

れているのかも解らないとすれば、これはどうにもやり難いものだ。

「さて、最初の一筆を入れましょうか」

 クワイエルは眼前に広がる光景を、先ほど主任からいただいた地図へと、大雑把に書き足した。

 他の部分に比べれば、まるで子供が描いたような歪な線が這っているに過ぎないが。これでも見る人が

見ればそれなりに役に立つ・・・・はずである、・・・おそらくは。

 彼らはハールの塔から発ち、すでに数キロと言う距離を踏破している。

 当然未開の地にいる事になり、辺りには同じような密林が続いていた。もし逸れてしまえば、あっと言

う間に遭難するだろう地点である。

 何しろこの密林の中では、一息先も満足に見えない程なのだ。勿論確固とした道も無い。

 だが驚くべき事に、クワイエルは今までのルートにあった光景をほぼ全て覚えてはいるらしく、線引き

の技術を除けば、その一筆は大変に良い出来であると言えた。

 本人も大変満足しているらしく、他のメンバーが疲労感に負われているのに比べて、柔らかな微笑を浮

べて身軽に動いているくらいである。案外一番頑丈なのは彼なのかも知れない。

 それは、他のメンバーのように純戦闘用の装備をしていないから、とも言えるだろう。

 何某かの剣を腰に帯びているようだが、他に重さを感じるような物は何一つ無い。

 布製の衣服を着、柔らかなマントを羽織り、そして右手には鬼人の族長から贈られた指輪が光る。

 この深刻な状況を考えると、まるでピクニックにでも行くような気楽な格好だが、魔術師であれば別段

不思議な事でも無いのかも知れない。

 ルーン魔術があれば、そしてそれを上手く使える自信さえあれば、更にはもし失敗した時の危険を諦め

られる度胸があるのならば、他には何も必要は無い。ルーン魔術は無限の力であるからだ。

「そろそろ休息を取りましょうか」

 だがクワイエルも他の者の疲労を知らない訳ではない。一筆を入れたのも、ここで区切り、即ち休息を

取るという合図であったのだろう。

 彼はせっかちで強引にも思えるのだが、実は慎重で無理を極端に嫌っている。無理をしても、後に残る

のは余計な問題だけだと解っているからだ。

 彼は魔術師らしい魔術師であるが(つまりは正真正銘の変人)、魔術師にありがちな傲慢さは少ない。

 それは或いは彼が生来の気品を持ち、敢えて偉ぶらなくても、自然に尊く見えてしまうとこから来てい

るのかも知れない。このようなタイプは高貴な王族などにたまに出てくるのであるが、一体彼は何者であ

ろうか。

 誰もが知りたいと思う疑問であるが、しかし彼を見ているとそれもどうでも良いようにも思える。

 ともかく彼らは進むしか無い。

 このレムーヴァに、進むべき道が一筋でもある限り。

 そしてその命が続く限りは。




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