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 道は開かれた。

 マン神殿の教義を模範的に示すかのように、人間が己が力で道を開いたのである。

 しかし流石に疲労の色は隠せない。クワイエル、ハール、神官長共に、その疲労は一目で解った。血の

色は引き、げっそりと骸骨のように痩せ衰えているかのような錯覚を受ける。

 生命力が根こそぎ失われたかのようで、生きる屍と言うものが存在出来るのなら、正にその見本と言え

る姿かも知れない。

 一様に満足そうな表情を浮かべている事だけが救いだろうか。

 代償が多く、困難であるからこそ、やる価値があると言うものだ。人間は楽を好むくせに、そう言う矛

盾する渇望もまた持っている。それは苦労するのが好きと言うのとはまた別の感情であり、おそらく苦労

の中に何か見出せるものがあるのだろう。

 生き甲斐、生きる価値、そう言った不可視でありながら、皆が皆必死に追い求めるモノ。その答えの、

導く先の一つが、そこにあると思われる。

 或いはそれを為さねばならないと言う、責任感と使命感からそれを為すのだろうか。

 もしかしたら人間は天性の冒険家なのかも知れない。

 困難を困難ともしない強い意志も持っていると言う事なのだろう。

 そして道が造り開かれた事により、北西方面の探索も容易になった。

 脅威となる獣もさして居らず、こうなってみれば他の地域よりも容易になったかも知れない。此処はど

んな生物にとっても、あまり暮らし易い場所では無かったようである。翼でも無ければ、こんな高低差の

ある土地には住み難いのだろう。

 翼と言えば不思議な事に、このレムーヴァには翼を持つ生物には大型の種が居ないようだ。

 今まで見た翼類と言えば、せいぜい小鳥程度であって、空を住処とする生物で脅威を覚えるような存在

はついぞ見かけた事が無い。

 それも一つの幸運とも言えたが、疑問もまた芽生える。

 何故翼類の生物が、他の種族のように進化しなかったのだろうか。何故他の種族のように、溢れる程の

生命力や魔力を感じないのだろう。

 翼類だけが、他の大陸とほとんど変らない事は、偶然で片付けるには少し物足りない気がする。

 勿論単にまだそう言う種族と出会えていないだけかも知れないが。推測するに。

 レムーヴァに満ち満ちているこの魔力は、もしかしたらこの大地から出ているのではないだろうか。で

あるから、この地面と一番離れる事になる翼類のみ、大した力を得られなかったのではないか。

 クワイエルはそんな風に考えた。

 テントの中に設置されたベットの上で、である。

 彼も流石にあれ程の魔術を行使しては体が持つはずも無く、大人しくハールの塔近辺に張られたテント

の中で、休息をとっていた。

 このテントも随分大きくなり、中に設置された道具類も前に来た時よりも増えている。いずれこの区域

には家が建てられ、一つの街が出来る事だろう。

 現に街造りの為の区画整理もされているようだ。

 鬼人の集落と北西方面、或いは真っ直ぐ北を目指すにしても、この地は重要な拠点となる。こんな便利

な場所に中継地点となる街を造らない手は無い。

 ハールもそれに異存は無いようだ。彼も老骨に鞭打ってくれたように、積極的に協力してくれている。

 一体どんな街になるのだろうか。出来れば自然と協調出来る街であれば、言う事は無い。

「夢は膨らみますねえ・・・」

「何の夢です?」

 クワイエルの世話を買って出た軽装の剣士が、不思議そうに首を傾げている。

「レムーヴァの未来ですよ。まあ、人間勝手な未来ですけどね」

「楽しそうですね」

「ええ、他の種族の皆さんには申し訳無いですが、とても楽しいです」

 クワイエルは微笑む。しかしベッドの上やつれた顔が楽しそうに微笑むのは、彼には気の毒だが少し気

持悪い。

 しかし剣士は気にならないらしく、同じように楽しそうに微笑んだ。やはり魔術師を志すだけあって、

同じタイプなのだろうか。まだ若いのに、二人とも気の毒な事である。

 ま、楽しそうなので良しとするべきなのかも知れない。こう言う人間も居て悪くない。

「さて、暫く休憩させてもらいますか」

 平気な顔で微笑んでいるが、実はクワイエルの身体はほとんど回復しておらず、動きは苦痛に縛られた

ままなのだ。ハールも神官長も、少なくとも一月以上は激しい運動は出来ないだろう。彼らはそこまでの

消耗を強いられている。

 クワイエルの弟子を自称する剣士はしかし、そんな魔術師達の姿を見ても、志を変える事は無いようだ。

それどころか師の世話を出来るのが嬉しいらしい。最も、今の内に点数を稼いでおこうという、そう言う

考えが皆無であるかどうかは解らないが。

 何にしても彼女の笑顔に嘘は無いだろう。 


 それから一月が経ち、クワイエルはようやく回復し、ハールと神官長もある程度自由に身動き出来るま

でになった。

 魔術で回復すれば良いじゃあないかと、そう思われる方も居るかも知れないが。しかし魔術と言うのは

不確定要素も多く、しかも失敗と言う事もあるだけに、下手に人体に使うと死を招く恐れもある訳で。あ

まり治療の為に魔術は使われない。

 使ったとしても、ごくごく簡単な治療か予防、或いはよほどの覚悟を差し引いても早期の治療が必要な

場合くらいだろう。薬と毒と言う物は本来紙一重な物であるが、それと似たような効能を持つ、治療系魔

術も同じようなモノだと考えて貰っても良いかも知れない。

 自由自在に人体の精密な組織を作り変える、或いは修繕すると言うのは、想像する以上に精神力と魔力

を消耗する。複雑難解な上に危険、こんな魔術を気軽に使おうとは誰も思わないだろう。

 とにかくこの三名は問題も無く、健やかに回復していた。

 ハールと神官長は高齢であるから、心配する人も少なくなかったのだが。それが杞憂に終わった事は真

に喜ばしい。

 この一月で、クワイエルと剣士との仲も益々良くなっている。

 一月の間一緒に生活しているようなものであったから、それも当然の事かも知れない。共に生きると言

う事以上に、人の仲を取り持つ事はそうは無い。

 そして押し切られるようにして、とうとう剣士の弟子入りも認めてしまったようだ。

 クワイエルも例え仕事だとは言え、散々彼女に世話になった手前、強く断る事も出来なかったのだろう

し。押しに弱い部分を見事に突かれたとも言える。

 二人は師弟の誓いを立て、改めてお互いの名を交わした。

 剣士の名はエルナと言った。確か古き言葉で、しっかり者、器用な人、を現す言葉である。彼女にぴっ

たりの名だろう。

 人間の言葉もルーンから来ている訳で、名前自体に魔力を秘めた言葉も多く、普段はあまりみだりに口

にするのは憚れるのだが。家族や師弟のような強い絆がある場合は別である。強い絆があれば、その名を

言わば支配下に置けるからだ。

 そしてだからこそ、師弟関係などはよほどの信頼関係が無ければ結ばれない。

 今のように単純に技能や知識を教えるだけの、それだけの簡単な関係では無いのだ。

「うーん、本当に良かったのかどうか」

「良いのです。私が望んだ事なのですから」

 クワイエルはまだ迷いが抜けない。すでに師弟関係を結んでいる以上、今更悩んでも迷っても無駄なの

だが、彼にはどうも変に心配性な所があるようだ。それだけ責任感もあると言う事かも知れないが、平素

の思い切りの良さを考えると、不思議なくらいである。

 ただ、その口調は気安くなっており、エルナは満足していた。その口調こそが二人に師弟関係が成立し

ていると言う、一つの証明であるからだろう。

「だが、そうは言っても・・・。男女で師弟と言うのはあまり聞かないし。私もまだまだ弟子を取れる程

の力量でも無し・・・・」

「その辺は、まあ気合とかで何とかなると思います」

「ははあ、そう言うものかな」

「そう言うモノです」

 エルナも大分クワイエルに毒されている事は会話を見れば明らかである。師弟の絆を結んだと言う事は、

それが更に助長されると言う事でもあるのだろう。

 果たしてこうする事が良かったのかどうか。

 ただ、エルナは満足そうである。それは確かに間違ってはいない。

 クワイエルにとっても悪く無い。師にとって弟子程信頼出来る存在はおらず、また弟子を持つ事によっ

て師も成長する。ある意味弟子をもって初めて技能者として一人前だと考えれば、彼にとっても非常に有

益な事であるだろう。

「ともあれ、そろそろ良い時期かな」

 一月が経ち、この地にもこの先にも施設が充実しつつある。

 そろそろ探索を進めても良い頃だろう。

 体調も悪く無い。今なら足を引っ張る事も無い。

「エルナ、皆を呼び集めておいてくれないか」

「でも、良いのですか、お体の方は・・・」

「ああ、すっかり治ったよ。ここまで来たら、かえってベットで寝てる方が体に悪い」

「解りました」

 エルナは探索行への準備をする為に、クワイエルのテントを出た。

「さて、行きますか」

 クワイエルは背伸びをし、勢い良くベットの上に立ちあがった。高く無いテントの天井に頭が突き当た

り、首の辺りから妙な音が聴こえたが、それも気にしない。

 レムーヴァの探索、これ以上心が躍る事は、魔術師にとって多くあるものでは無いのだ。




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