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「なるほど。確かにこの結界の力を考えれば、この大樹一本だけが特異に成長しているのはおかしい」

 クワイエルはエルナの話を興味深く聞いた。

 案外そう言う当たり前の事を人間は見過ごすものだ。言われてみると確かにおかしい。おかしい所か不

自然で、まったくありえない光景である。

 これほど生命力を増幅させる魔力場の中なのに、何故他の植物は巨大化しないのだろう。確かに生命力

に満ちている気はするが、何故その程度なのだろうか。

 苔も苔の大きさであり、木々も草花もクワイエル達が知る大きさと大差無い。むしろ小さいくらいだ。

「ありがとう、エルナ。私は大事なモノを見落とす所だった」

 感激し、思わず常に無くエルナの肩をばしばしと叩いた程であるから、言ったエルナの方が驚いたくら

いだった。あれだけ自信無く思っていた事が馬鹿馬鹿しくなってくる。

 色んな意味で、魔術師とは何て人騒がせな種族なんだろう。自分が勝手に悩んでいたと言う事も忘れ、

エルナは少しばかり呆れた。

「生命力が常に供給されるのに、それでも巨大化しない。と言う事はつまり、そう、つまりその分だけ、

或いはそれ以上に消費されている。なら、それは何に消費されている・・・・。そうか、解った! そう

なんだ、この場所はそう言う場所なんだ」

 クワイエルの興奮は収まる事を知らない。口を開く度、自分で問いかけ、自分で納得し、どんどんと興

奮度を高めていく。こうなった魔術師には何を言っても無駄だ。結論が出るまで、素直に待つしか無い。

 エルナは辛抱強く待った。

 するとクワイエルの感情が僅かな間に急激に変化し、突然ぴたりとその動きを停止させると、今度は何

やら唸り始めたようだ。見ていると結構面白い。

 声の大きさといい、芝居がかった動きといい、まるで一人演劇でもしているように見える。

「どうかされまして?」

 エルナは思わず自分も役者の一人に引き込まれるように、変に自分を作って問いかけてしまった。され

まして、だなんて貴族の御令嬢でもあるまいし。恥ずかしさに頬が火照ってしまう。

「うーん、それがね。ともかく、この場所が、いやこの森そのものが、巨大なエネルギー供給場だと言う

事は多分間違い無い。この大樹の餌場とでも言うべきだろうか。うん、そこまでは推測出来たのだけど、

それからどうすれば良いのか・・・。それに一番大事な、この外側にかけられている結界の事も解らない。

何故途中からあんな無力感を抱いたのだろう。この罠の意味は何だろう・・・、何故引き寄せられておい

て、跳ね除けられる・・・」

 どうやらエルナの赤面には気付いて無い様子だ。ホッとしたような、残念なような不思議な孤独感がエ

ルナを襲う。

 だがそんな事を考えてる時では無い。慌てて頭を振って、妙な思いを消した。

「仕方無い。一度皆の所へ戻ろうか。あまり大樹付近に長居しない方が良いだろうし」

 そう言われてみれば、内から湧き上がる生命力が脹れ過ぎて、今では吐き気に似た気分に襲われている。

まるで満腹の上に無理矢理食物を詰め込んでいるみたいだ。過度の栄養は毒と言う事なのだろう。

「エゼル・ニイド ・・・・ 変化を・抑制せよ」

 淡い色彩がエルナを包み、身に起こる変化を抑え、現状を維持しようとする力が働く。二文字のルーン、

この結界から身を護るには如何にも物足りない魔力だが、それでもしないよりはマシだろう。

 現に少しだけ楽になった気がする。そして対魔力において、この気がすると言う事が一番重要なのであ

る。平気だと思えば平気になり、もう駄目だと思えば駄目になる。精神に関する事では、一般的に認識さ

れているよりも、思い込みと言う奴の比重は大きい。

 ようするに魔術に耐えるのはやせ我慢と言う事になるだろうか。

 ともかくクワイエルとエルナは大樹を離れ、仲間の側へと戻る事にした。


 仲間達はすでに全快し、それぞれ武具を整備したり、辺りの様子を調べたりと、各々有用に行動してい

た。こう言う場合は個々の裁量に任せるのがクワイエル流なので、勿論多少勝手に行動していても、怒る

ような事は一切無い。

 そしてだからこそ、彼らの間に主従や雇用関係を超えた連帯感と友情が生まれているのだろう。

 人間同士がどんな関係を築くにしろ。その関係を良いものにしたければ、そこにはお互いへの信頼が必

須条件となるからだ。そして人に任せる、頼ると言う事以上に、信頼を表せる事柄は無いだろう。勿論、

過度になれば、ただの押し付けと怠惰になってしまうのだが。

「何か解りましたか?」

 リーダー格の盗賊が問いかけて来た。

「ええ、取り合えずここが広大な食料庫だと言う事が解りました」

 クワイエルはなるべく丁寧に細部まで仲間達に解った事を話した。質問にも一つ一つ答えていく。共に

行動し考える場合、まずは理解を共有する事が重要だろう。

「・・・と言う訳なのです」

「なるほど。それでは我々は外に張られた結界の意味を知れば良いと言う事ですね。それが理解出来れば、

また対処法も考えられる、と。取り合えず、ここが安全だと解っただけでも、収穫はありましたね。これ

で安心して探索に専念出来ます」

「はい、そう言う事です。まだ私はこの内側の結界を理解したに過ぎませんが。大樹にエネルギーを供給

するとすれば、供給路はおそらくこの大地そのものでしょう。植物の根を通して吸収しているのだと考え

られます。ともかく人間ならば、外に出ない限りは安全だと思います」

 クワイエルは辺りを見回した。

 相変わらず変化は無い。初めここに辿り着いた時と、まったく変って無いように思える。エルナが使っ

た魔術では無いが、ひょっとするとここも大樹以外は変化を閉ざされているのかも知れない。

 変らず、永遠にエネルギーを供給し続けよ、と。

「こちらは何も変った事はありませんでしたか?」

「ええ、何もありませんでした。近くを探ってみましたが、やはり植物があるだけのようです。果実も食

べられそうな植物もありません。安全なのは結構ですが、これではあまり長居出来ませんね・・・」

 エネルギーを吸い取られているのだから、果実などに余計な力を使う余裕は無いのだろう。しかし食べ

られそうな物が無いとは、予想をしていない訳では無かったが、やはり堪えた。

 手持ちの食料が尽きれば、飢え死にしてしまうと言う事になる。制限時間が付くと、精神的にかなり辛

くなるものだ。

「何ならあの大樹を切り倒しますか」

 戦士の一人が冗談交じりに言った。

 真面目に切り倒そうとすれば、何年かかるか解らない。それ以前にあの大樹から比べれば、塵のような

大きさな人間用の武器で、果たしてどれだけ傷付けられるのだろうか。

 何にしても、こちらがくたばる方が早いだろう。大樹を切り倒せれば、その良し悪しは解らないにして

も、取り合えずこの問題は解決する。結界は消え、探索を再開する事が出来るだろうとしても。実行する

のは不可能である。

 勿論、戦士も冗談で言ったのだが。

 そうして暫し笑い合い場が和んだ所で、焚き火をし、食事と休憩をとる事にした。食料に限りがあるか

ら、具の少ないスープ程度の質素な食事になったが、それでも身体を休めるには充分である。

 特にこの居るだけで生命力が満ち溢れるような場所ならば。

 水もここには小さな泉があるのだが、一応手持ちの物を使った。こんな場所に長く在っては、一体どん

な変化を遂げているか解らない。調べもせずにがっつくのは危険である。

 無言で食べるのは体に悪い。彼らはいつものように食べながら談笑を始めたのだが、その時仲間の一人

が興味深い事を口にした。

 何でも人間か動物に似た木を見たと言うのである。

「まるで木になりかけた動物のようだった。手足があり、頭もあり、目は塞がっていたが、それでも何か

知性のような、意志のようなモノを感じた気がする」

 あの森で意識朦朧としていた時の話であり、ようするに自然界にたまにある、何かに良く似た木なんだ

ろう、と言う事にして皆笑ったが。しかしクワイエルだけは目の奥を輝かせて、その話をしっかりと聞い

ていた。

 彼には、その話を聞いて何か閃くモノがあったのだ。




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