4-6.

 一夜明け、朝食を兼ねて、再びクワイエル達は談合を始めた。

 と言っても、今回はクワイエルの独壇場のようなものだった。彼が一夜かけてまとめた考えを、仲間達

に伝える為である。

 その考えとは。

「つまり、他の生物を植物化して、その生命力を吸い取る事で、あの大樹は生命を保ち、止まる事無く成

長しているのでしょう」

 と言う、突飛と言えば突飛な意見であった。

 しかしそう考えれば、何故他生物を誘うような結界を張っていたのかが解り。そのような結界が張られ

ていたにも関わらず、動物の影も形も見えなかったのにも納得出来る。

 それに思い出してみると、確かに後半の結界は自我を失わせるモノであったようにも思える。自我を失

わせる事で個体としての存在を揺るがせ、そこに働きかける事で新たに植物の生を与え、身体を変化させ

る。あの結界が味わった感覚こそが、彼の意見を証明しているのでは無いだろうか。

 とは言え。

「勿論、証明した訳ではありませんし、ここに居る限り証明も出来ない事です」

 クワイエルは正直に言った。

 何しろ考えが確かならば、植物化して大樹に生命力を吸い取られてしまうのである。そんな危険な事を

試す訳にはいかないし。試そうにもここに動物はクワイエル達しかいない。

 結界の境界を見極め、魔術で丁寧に防護措置を加えれば、或いは身体の一部分にだけその効果を及ぼす

事が出来るかも知れない。しかし危険である。

 クワイエルは慎重な部分も多く持っており、よほどの事があっても、そのような事は性格上出来ない。

 もしやるとしても仲間達が止めただろう。

 クワイエルにもし何かあれば、他の仲間達も二度とこの場所から出られない事になる。最後の手段とし

て強行突破しようにも、クワイエルがいなければ出来ない事なのだから。

 それ以前に、クワイエルを犠牲にする事なんて、とても出来ない事だ。

「なるほど、確かに証明は出来ないでしょう。しかし、昨夜の動物のような木の話もそれなら事実であっ

たと理解出来ます。それに他に考えられる事はありませんし、その考えを信じてやってみましょう!」

 リーダーの言葉に頷く一同。彼らはどうなるにしても、クワイエルを信じ、例え失敗しても彼を恨む事

は無いだろう。無償で信じ抜く、それが信頼と言うものだと思う。

 どちらにしても、クワイエルにしか頼れないと言う事もあるし、彼らにも迷いは無かった。

 信じるとなれば、迷いの欠片も持ってはいけない。迷えばおそらく失敗する。例えクワイエルの理論が

正しくても、迷えば必ず失敗する。ここに居る者達は、皆その事を経験から痛いくらいに知っていた。

 冒険者として生きるには、数々の失敗を経験し、それで尚生き残れる運が必要だったからだ。

 一人前の冒険者となれば、だからこそ信頼を大切にし、信じたとなれば全てをなげうってでも信じ抜く。

それが冒険者の心意気。

 いざとなれば、何とかなるさ。ならなくても死ぬだけだと。彼らはそう言ったさっぱりした死観と言う

べきモノを持っている。

 冒険者を目指すような人間には、様々な事情があるに違いない。そして覚悟もあるのだろう。

「ありがとう。後は私に任せて下さい」

 その心意気に応えるのは、自負心のみ。仲間以上に自分と、そして先にあるはずの幸運を信じなければ

ならない。

 晴れ晴れとした彼らの心境を表すように、緑が爽やかに、風に舞っていた。


 クワイエルは考えている。

 今は談合も終わり、腹ごしらえも終わり、一人で座して黙々と考えているようだ。

 エルナもこういう時は遠慮し、他の仲間と共に細々とした事をやっている。案外派手と思われる事をし

ている方が、地味な仕事が多いもので、探索をする為には常に細かな作業を続けなくてはならない。

 修理、炊事、洗濯に採集。やる事はいつでもある。

 風は変らず穏やかに吹き続けていた。この風も生命力に満ち、まるで大気そのものが一個の生き物のよ

うな気さえする。

 これがようするにあの大樹へと注がれるエネルギーから、僅かに漏れ出しているモノだと思うと、気が

遠くなりそうだ。一体大樹自身はどれ程のエネルギーを消費しているのだろうか。

 或いは全人口を賄えるくらいに、途方も無いエネルギーかも知れない。

「ああは言ったけれども、一体どうするべきだろう・・・」

 任せろとは言ったけれど、これほど強大な魔力の持ち主を相手に、人間一人の魔力程度で太刀打ち出来

る訳が無かった。

 海に向って石ころを投げるようなものかも知れない。いくら魔力を詰め込もうと、あの大樹には塵一つ

程度の力も加える事は出来ないのではないだろうか。

「大樹自身には自らが成長する事以外に意識は無く。警戒心は強く無い、或いは警戒しても攻撃手段を持

たない・・・。なら、いっそ切り倒せば・・・いや、危険過ぎるか・・・」

 今は大樹にこちらを攻撃する意志は無いように思えるけれど。それでも危害を加えようとすれば、どう

なるかは解らない。それにそもそも大樹を切倒すまで、クワイエル達の身が持たないのだから、これはす

でに捨てた案であるはずだった。

 切っても切ってもすぐに回復するだろうし、焼け石に水すらならないと思える。

「燃やしてみると言う手も・・・・ああ、大火事になるじゃないか。・・・もっとしっかりしないと」

 生物の大敵である火を使う。

 これならあの大樹も無事では済まないかも知れない。しかしその為にどれだけの被害が出るだろうか。

ひょっとするとこの大陸全土を焼き尽くすような、そんな大災害に発展する可能性がある

 空気も木々も草花も溢れる程にあるこの土地では、一度火を放つと、きっと収集が付かなくなってしま

うだろう。扱いきれない炎を使う、そんな愚かな事が出来るはずが無かった。

 ルーンの暴走よりも性質が悪い。

「うーん・・・・・・・」

 答えは出ない。

 やはり此処を根本的に変える為には、クワイエル達だと荷が重すぎる。大樹をどうにかする為には、鬼

人達やフィヨルスヴィズ、神殿やハール、冒険者達の、もっと多くの力が必要だった。

 破壊するにしろ、鎮めるにしろ、対策を講じるにしろ、膨大な力が必要である。大樹もまた神に近い力

を持つ。それに対抗出来るのは、同じく神に近い力か、それに及ぶ英知でしかありえない。

 今のクワイエルにはどちらも無い。

 となれば、ここは大樹をどうこうする事を考えるよりも、あの結界をどうにか通り抜ける方法を考える

方が先だろう。結界をどうにかする事は出来無いが、それでもクワイエル達が通り抜ける方法くらいなら

ば、何とかなるかも知れない。

 いや、無理矢理でも通り抜け、早く大樹の事を知らせなければ。

 このまま大樹が成長し続けるとなると、今まで以上のエネルギーが必要になり。その力が増す事もあっ

て、結界は更に膨張していくと考えられる。

 それがどれだけ先の事かは解らないが、いずれハールの塔、ギルギスト港、そして大陸全土へと侵食し

ていくに違いない。

 そうなってからでは、例えフィヨルスヴィズの如き力を持つ者でも、果たして対抗出来るかどうか。

 下手をすると、レムーヴァを飲み込み、そのまま海さえ侵食しながら他大陸まで広がり、最後にはこの

大地全てを覆い尽くしてしまうかも知れない。

 そうなれば動物達は全て植物に変り、大樹の肥しとなる。

 そうなる前に総力を結して、対抗策を練らなければならないのである。おそらく他の種族も力を貸して

くれるだろう。それが自分達の生命をも護る事になるのだから。

「対抗出来なければ最後には大樹一本だけが残り、そしていずれはエネルギーを食い尽くして大樹も枯れ

る。つまりは全ての生命が終わってしまう。そんな事は避けなければ、全てを植物に、肥しにする訳には

いかな・・・・ん、植物・・・そうか、植物かッ!」

 クワイエルは突然立ち上がった。

 そして腕組をして暫く考える。

「・・・難しい。難しいけれど、出来るかも知れない。あの大樹なら、いくら強大でも騙す事が可能かも

知れない。いや、多分それしかない。力で敵わないのなら、この場に孤立し無垢なはずの大樹の心を利用

するしかない」

 それから何度か頷き、首を振り、自問自答を繰り返した上、納得した所で仲間達への下へと向う。

 クワイエルの目には希望の炎が燃え、輝かしく瞬いているように見えた。     




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