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 クワイエルが思い付いた手段。

 それはつまり、自らを植物に変える事であった。ミイラ盗りがミイラに、と言う訳では無いけれど。よ

うするに、ミイラが怖ければミイラになってしまえばいい。それと同じ事で、植物になってしまえば、植

物化させる結界はそれ以上干渉しようとはしないはずだ。

 すでに植物なのだから、それを更に植物化させる意味は無い。

 いや勿論、全てを捨てて正しく植物になってしまえ、と言う事では無い。つまりは結界の主である大樹

に、自分達が植物だと思わせる事が出来れば、安全にこの森を引き返せると言う事なのだ。

 そんな事が出来るかどうか、クワイエルの仲間達は不安に思わなくも無かったのだが。

 大樹は自らを成長させる事にしか考えが行っておらず、警戒心も無ければ、誰かに騙される等とも欠片

も思った事が無いはず。であるなら、きっと成功するはずだ。無謀な事かも知れないけれど、可能性があ

るならばこれしかない。

 と言う、クワイエルの説明により、この賭けにしか思えない手段に賛同する事をそれぞれ誓った。

 彼らは何処までもクワイエルを信じ抜く。それに失敗したとして、此処に来る事が出来たのだから、絶

対に帰れないと言う事も無い訳で。そう考えれば、これは選択肢が増える事により、より可能性の高い道

が出来たのだ、とも言えるだろう。

 何もせずにこの森を突っ切るよりは、おそらく百倍もいい。

「しかし本当にそんな事が出来るのですか?」

 信じ、決めた道を違う事は無いにしても。それはそれとして、疑問点は聞いておかねばならない。そう

しなければ、いざと言う時に対処出来ないからである。無知と言う事は、それを実行するに当たって、最

大の弊害をもたらす。

 だからリーダーがクワイエルに問いかける事は、当然の事であった。

 無論、彼らが理解出来る範囲での説明を求めたのであって、魔術の構成やら細々した事を聞くのでは無い。

「正直言えば難しいです。完全にそれを魔術で行うとすれば、おそらく私の力では不可能でしょう。です

が、あの大樹を相手ならば、もっと簡単な方法で出来ると思います。言って見れば、大樹を騙すのです。

それだけなら、私でも出来ると思います。此処に居るおかげで、魔力も充分過ぎるほど内に満ちてますし、

何とか最後まで持ちます」

 クワイエルの言葉に自信が満ちている訳では無かったが。それでもそこに暗さは無く、いつものように

仲間達は不思議な安心感を覚えた。これが彼の生来持っている力だとすれば、彼自身の持つ魔力以上に貴

重で、ルーンの恩恵をそれだけ大きく受けた力だと言えるだろう。

 彼が出来ると言えば、出来る。そう言う気にさせてくれる彼の雰囲気と言うモノは、冒険者として長年

経験を積んだ仲間達ですら、初めて見るモノだった。

 思えば、それだからこそ、こうも容易く信頼出来たのかも知れない。いつも思うが、何度考えても不思

議な人間だった。

 人徳と言う言葉だけで考えるには、あまりにも短絡的過ぎる。

 ともかく、仲間達にもまだ疑問は多かったと思えるが。それでもそれ以上に余計な質問を挟もうとはせ

ず、後はクワイエルの為に少し離れ、彼の側にはエルナだけが残った。

 魔術とは端的に言えば、頭脳と精神と言うモノを極限まで使いこなす事にあり。成功率には集中力が大

きく作用する。

 多少魔術に精通している者がいれば、魔術の構成に力を貸す事も出来るが。まったく知らない人間が側

に居ても、ただ魔術師の集中を乱すのみである。

 その辺の事も、仲間達は充分に解っている。

 そしてクワイエルはまるで祈るかのように、集中力を高め始めた。

 神への、ルーンへの祈りである。自分の限界を超える為には、もう神の加護を願うしかない。そしてル

ーンと言う力ある名が実際に在る以上、その祈りは必ず届くだろう。


 クワイエルは集中力を高めながら思考をまとめ始める。

 魔術を魔術として構成する為には、まるでそこに望む現象が起こっているかのように、微細に渡り正確

に想像しなければならない。想像こそが魔術を創造する技術である。

 自身を変化させるのでは無く、あくまで大樹を欺(あざむ)く。

 なれば何処を欺くのか。それはおそらく大地である。大樹が如何に強大な力を誇るとは言え、何も全て

の結界内を把握している訳では無いはず。何かしら植物と動物を見分け、極力余計な力を結界側に回さな

いように、それだけに注意を傾けていると思われる。

 とすれば動植物を二つに見分けるのにうってつけの部分、それは根以外に無い。

 そしてその根から無尽蔵にエネルギーを吸い上げている事を思えば、これくらい都合の良い判別法は無

いはずだ。おそらく大樹は自らの根を通して大地を見、それによってエネルギーを得ると言う作業を、最

大限に利用出来るようにしているのだろう。

 そこから導かれる結論は、クワイエル達に根が在るかのように見せ、しかもその根を動かす事は出来な

い、と言う事になるだろうか。

 難しい。しかも上手くいったとしても、果たしていつまで騙しおおせるものか。果たしてクワイエルの

考えは当を得ているのだろうか。そしてそれ以前に上手く行くのだろうか。

 例え成功したとしても、あれだけ強力な結界であるからには、まったく影響を受けないと言う事は無い

ようにも思える。

 だがやるしか無い。

 これ以外には無いからである。

 いざとなれば、ありたけの魔力を使って、仲間達だけでも助ければいい。

 クワイエル本人にも抑えきれない不安があったものの、それでも覚悟は決まった。そして覚悟が決まる

と言う事は、もう迷わないと言う事である。

 クワイエルは純粋な決意に満ちた。そしてその揺るがない決意こそが、魔術を正確に発動させる

「・・・・ルーンよ・・・、我らに授けられし神々の名の下において・・・神の名を継ぐ我らに力をあた

えたまえ。・・・神は神の名の下に、・・・人もまた神の名の下に、・・・そして全てはルーンの下に」

 流れるように歌い上げる。

 この言葉自体に意味がある訳ではない。これはクワイエルが幼き頃に子守唄代わりに聞かされた、彼自

身すら本来の意味を知らない、古き祈りの言葉の一節である。

 しかしその祈りそのものは、確かに人に力を与える。信じれば救われん。救いは自らの中に宿る、良心

と善意の中にある、と言う言葉は、正しくそれを示した言葉だろう。そして魔術が人の意志力をルーンが

叶える法である以上、ルーンを信じる事こそが、魔術師としての力量を高める事にもなる。

「シギル、フェオ、イス、ダエグ、ギフ  ・・・・・  満ちる魔力を、我が手に、その代価とし、多

いなる変化を、汝に与えん」

 不思議な違和感をその場に居た者は感じたが、視覚的にはまったく変化は無いように思える。不安に思

わないでも無かったろうが、しかし皆問う事をせず、黙ってクワイエルを見守った。

 彼らが見守る中、クワイエルが更に詠唱を始める。

「へゲル、ニイド ・・・ ゲル、イス、エフ、ペオズ ・・・・ 変化を、抑制せよ ・・・ 大地よ、

静まれよ、全ての動けしモノより、汝を閉ざさん」

 その時、全てはゆったりと流れ始めた。そして足音が消える。

 時間の流れが遅くなったかのような不思議な感覚を味わい。大地からの反応が消えた事により、皆まる

でこの世界から取り残されたような違和感を受けていた。

 そしてクワイエルが崩れ、大地に膝を着く。

 クワイエルはこの場に満ちるエネルギーを力としているはずであったが、それでも相当に消耗している

ように見えた。

 大きな魔術と言うモノは、正に命を削るようなものだと言われているが。その場に居た者は皆、それを

確かに実感した。もし平時にこのような魔術を使えば、果たしてクワイエルはどうなっていたのだろう。

 そしてこれ程の力を使ってまでして、めくらまし程度の効果しか与えられないと言うあの大樹を、どう

にかする方法が、本当にあるのだろうか。

「これで、私達と大地を結ぶものが切れ、静寂のまま駆ける事が可能です。ただ、まったく結界の影響を

受けないと言う事はありません。自分をしっかり持ち、前に進む事だけを強く念じて下さい。今度は徐々

に影響力が薄れてくるはずですから、来た時よりは楽なはずです。さあ、行きましょう。いつまで私の力

が持つかどうか解りませんから」

 仲間達は頷き。即座に森へと足を踏み出した。 




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