5-1.
フレースヴェルグの件が解決し、人間達は再び開拓・探索作業に勤しんだ。 大樹の在った泉周辺を立ち入り禁止地区として閉鎖し、そこを除く森の開拓が進んでいる。開拓と言っ ても、無意味に自然を破壊する時間も意味も無いから、今は道を造るくらいなのだが。そろそろこの近辺 に拠点となる地を置く必要もあるし、マーデュスなどは新たな町作りを考えているらしい。 勿論まだまだ先の話だけれど、なるほど初めよりは随分地図も埋まってきたはずだ。 鬼人、フィヨルスヴィズ、そしてフレースヴェルグと様々な出会いがあり、様々な事があったものの、 何とかここまで来れた。それは無数の協力者達のおかげであり、人間は無力でしかなかった。 人は、感謝しなければならない。 そう言う訳で、人間達はルーンや様々なモノに対する、感謝の祭典を開く事にした。 もっと簡単に言えば、堅苦しいものでは無く、お祭り騒ぎ程には騒々しくないものの、気楽に飲み食い して皆で一休みしようと言う催(もよお)しである。 このレムーヴァと言う大陸には、まだまだ沢山の喜びと、それ以上の困難が眠っている。志願者ばかり だけに働き者揃いなのだが、それだけに無理も多く。たまに休まなければ、色々と溜まってしまう。 不満もあるだろう。公務とは別に趣味として、或いは私的な研究としてやりたい事もあるだろう。けれ ども、たまには何もしない日があって良いではないだろうか。 何もせず、焦りも不満も無く、ただただ気ままに飲み歌う。したい事が多い時程、実はこういった何も しない時間が大事なのだと思う。全てを忘れて、原点に還ると言うべきか、心に凝り固まったモノをほぐ すような時間が。 祭典の場所は現在踏破されている範囲で、丁度中心付近に位置しているハールの塔が選ばれた。広い開 けた地があるから、正にうってつけの場所だろう。 勿論、鬼人達にも参加を促した。こうして大勢の人間と鬼人が集まり、厳粛な祈りを暫しルーンへと、 神々へと捧げた後、彼らは盛大な宴を催したのである。 クワイエル、ハール、ハーヴィと言った面々も揃って居る。鬼人の族長と神官長はまた留守番のような 役目になっているが、それでも彼らは楽しそうだった。 それに流石に留守番だけさせるのは悪いので、暫く広場で飲み食いした後、鬼人の集落とマン神殿に移 り、そこでも談笑しながら食事をする事になっている。その為の準備係も一緒に居るし、族長達も率先し て手伝っているようだから、退屈とは無縁なのだろう。 こうして人間と鬼人は一昼夜をゆっくりと過ごし。久しぶりに静かな安眠を味わったのだった。
翌日、英気を養ったクワイエル達は、再び探索へと赴いた。 今度もハールの塔から北へと進路を取り、大樹の庭(フレースヴェルグのあった一帯の呼び名)の側を 抜けて、その先まで調べる予定である。 フレースヴェルグに邪魔される形になって、まだ付近を充分に調べ尽くしてない事と。純粋にフレース ヴェルグの居る先にどんな景色が広がっているのかを、クワイエルが大変興味を持ち、こういう方針に決 まったようだ。 他の仲間達も異論無く、それを快諾した。 どのみち最後には全ての場所を探索するのだから、何処から見ようと、何処をどう進もうと、あまり大 差は無いと思われる。気分次第で選ぶのもまた良し、と言うことなのだろう。 クワイエル達はフレースヴェルグの集めたエネルギーの一部を得た事もあり、昨日ゆっくり休んだ事も あって足取りは軽く、少しだけだが道が出来つつある事もあってか、今度の行程も順調に進んだ。 ひょっとすると、フレースヴェルグのエネルギーのおかげで、常人よりも少しだけ体が強くなったのか もしれない。あれだけのエネルギーをずっと浴びていたのだから、それくらいの変化が起こってもおかし くは無い。 不幸中の幸いと言うべきか、これも一つの恩恵とするべきだろう。 こうして順調に進み、大樹の庭を抜けたが、当然というべきだろうか、まだまだ森が続くようで、呆れ るくらい木々と草花で大地が埋まっていた。 フレースヴェルグの影響か、おかしな木々も多かったが、進むにつれそれも無くなり。更に深く行くと、 まったくの自然である証拠か、徐々に道のりも険しくなってきた。 時折、何者かの遠吠えのような鳴き声が聴こえる。 ここは正真正銘、動植物が作った自然の楽園かもしれない。 「今夜はここで休みましょうか」 クワイエルの提案で、まだ日は高かったが、早々と野営の準備を始める事を決めた。こういう場所では 暗くならない内に準備を済ませ、夜間はじっと動かない方がいい。特にここはレムーヴァ、何が起こって もおかしくないのだから。 そして慣れた準備を済ませ。彼らは今焚き火を囲み、乾いた木のはぜる音を心地よく聴いている。 「自然そのままですね、ここは」 リーダー格の盗賊が感慨深そうに呟く。 「危険ですが、あの森の後だと不思議と安心します」 「そうですね。森はこうあるのが一番です。我々人間にとっては、ですけどね」 クワイエルが薪をくべつつ答えた。 フレースヴェルグの森が動物を木々と化し、植物のエネルギーを無限に摂取する。しかしそれはそれで ある意味幸せかなのも知れない。木々は木々の楽しみがあるだろうし、エネルギーを吸い取られると言っ ても老化が早まるといった風で、おそらく痛みも苦しみも無いだろう。 それに木々が痛みや苦しみを味合うのか自体解らないし、木々になればおそらく人であった時の心は無 く、そんな事は考えない。悩みも何も無く、いつのまにか木で、とても短いが木としての一生を安楽に終 える事が出来る。 安楽な生。そう考えれば、それを推奨する訳ではないが、絶対に幸せでないとも言えない。心とはとて も難しい。それを持つ生命体でさえ、持て余すような。そんな心と言う不可思議なモノの望む、ほんとの 幸せとは、一体なんなのだろう。 それは解らないが。やはり木の幸せよりも、例えどれだけ先に未知の危険があったとしても、人間にと しては人間の幸せが望ましい。どんな幸せを求めるのかは解らないけれど、とにかく人で居たいと思う。 特に冒険者達は野望や夢が多く、人として生活する方が性にあっていると思われる。 だから自分達の知る、危険だけれど森らしい森が嬉しいのだろう。 「このまま楽に行けば良いのですが・・・」 リーダーが再び呟く。 「ふふ、それはそうなるに越した事は無いです。けれど、そうはいかないでしょうね。取り合えず、こう して火を使っていれば、多少は安全とは思いますが」 クワイエルもそうであれば良いと思う。しかし今も遠吠えが聴こえているからには、無理してでもそう 思う事は困難だった。時折草むらが揺れ、周囲を何かが駆けているらしい音もする。すでに危険に巻き込 まれてしまっているのかもしれない。 望む望まないに関わらず、幸不幸はやってくる。人は幸多いようにと、その日その日を一心に祈って過 ごすしかないのだろう。 それでも不幸がやってきた時は、素直にその不幸に立ち向かおう。多分、それが最善の道なのだから。 「今日は見張りを二人ずつにしましょう」 まるで不穏の塊が降り注ぐかのように漆黒に沈む夜は、人間にとって不安を覚えさせるに充分である。
二人ずつ交代しながら見張っていたのだが、何事が起きるでも無く、一夜が過ぎた。 クワイエル達は皆、多少眠気は残っているように見えたものの、全員無事でゆっくりと朝食を摂ってい る。しかし辺りの物音はいよいよ大きくなり、この先の危険さを十二分に物語っていた。 「どうやら何者かの縄張りに入っているようですね」 クワイエルが周囲を見回しながら呟く。魔力波、生命力を感じ取っているのだろうか。それとも遠視の 魔術でも使っているのだろうか。彼は隠さず正確に情報を伝えるが、その代わり確定した事しか言わない。 予想予測も言ったりするが、それは緊急事態などの時で、時間がある時はあまり不確定な事は言わないようだ。 それは彼が言葉と言うモノの難しさと、その影響力を理解しているからだろう。 言葉というモノは、時に何よりも大きな災厄をもたらす。 「しかし少なくともいきなり襲ってくる事は無いようです。私達を監視しながら探っているようですから、 襲ってくるとすれば、何かしでかして彼らを怒らせてしまった時でしょう。威圧して、警告しているの だと思います」 冷静に言う彼に、リーダーが問う。 「こちらから仕掛けましょうか。それともこのまま待ちますか?」 「そうですね・・・。私としてはなるべく穏便に行きたいと思っています。話が出来るならそれに越した 事は無いですし、無事に彼らの縄張りを抜けられるなら、それに越した事もありません。とにかく、不審 な行動はとらず、大人しく見張られていましょう」 「解りました」 リーダーと共に、他の仲間も頷く。 要らない争いをしたくないのは、皆同じなのだ。願わくば、縄張りの主達も同じように思っている事を祈る。 |