5-5.

 湖周辺を数日かけて具に調べてみたが、特にこれといった変化も見られず、この付近は何処も平穏であ

るように思えた。

 水に覆われた楽園。大蛇達になってみると、そのような気持だろうか。

 それだけに何者かが君臨しているのだと強く感じさせるのだが。あの大蛇達以外には生物も居ないよう

で、たまに鳥達の声が聴こえるくらいである。

 この静けさは何なのだろう。今までが今までだっただけに、どうしても不安が抜けない。やはり根本的

に解決する手段をとらなければ、この不安は消えないだろう。

「あの湖を調査してみたいのですが」

 考えた末、クワイエルはそう提案した。

 不安を不安のまま放っておくのも手なのだけれど、それでは何か釈然とせず、すっきりしない。別にす

っきりするしないが目的ではなくても、そういう気持もまた大事だと思う。

 そういう思いは皆も同じだったらしい。

「解りました。しかし調査すると言っても、一体どうすれば良いのか・・・。クワイエルさんは何か手があるのですか」

 いつものようにリーダーが代表して答えながら、皆が思ってる疑問を発した。

 確かに調査したい、ここがどういう場所なのか、その片鱗でも理解出来るならば何でもしたい。しかし

怖ろしいくらいに深く澄んでいるあの湖を、どのようにして深部まで調べようというのだろう。

 潜ろうと思えば潜れない事は無いかもしれない。鍛えている冒険者ならば、無理すれば数十mも潜れる

事が出来る可能性もあった。

 だがそんな程度ではとても足りないだろう。大体があの湖自体が不可思議なのだ。もしあの湖に何かが

あるとしたら、水中で何者かに襲われたとしたら、陸生生物である人間が対抗出来るものでは無い。

 水中では水生生物に敵わないに決まっていた。

 いくら不思議だ、知りたいと言っても。そういう諸々の不安がある中を、敢えて自殺でも望むように向

う事は、彼らにも出来ない相談である。

 命は一つ限りの物、無駄使いは誰も出来ない、してはいけない。

 しかし最終決定権があるのはクワイエルで、その彼が一番危険を望まないのだから、彼にはおそらく何

か考えがあるのだろう。無謀な提案をするような男ではない。

「まだ試してみなければ解らないのですが。ハール師から魔術を教わっている時、色々と考えた事がある

のです。その中に今回使えるだろう魔術が幾つかあります。それを試してみようと思うのです」

「では希望があるのですね」

「はい、私の考えでは充分可能な魔術です。勿論、いくつか改良を加える必要があるでしょうが」

「解りました。でしたら一度湖へ戻りましょうか。この付近の調査も終わった事ですし。・・・・皆も

異存ないかな」

 リーダーの問いに皆が頷く。クワイエルがやれると言うのなら、それを是非試してみたい。彼らの表情

はそう言っているようにも見えた。

 個人的にも湖に興味があるのだろう。やはり彼らはクワイエルに毒されつつあるようだ。

 それが幸か不幸かは解らないが。

「では、行きましょう」

 クワイエルを中心として、再び一行は湖へと向った。

 

 湖は相変わらずで、遠くから微かに大蛇が水面を跳ねる音だろう、ぴしゃりぴしゃりとたまに聴こえて

くる他は、完全に静寂に包まれていると言ってよかった。

 湖面も何処までも澄み、見る度に引き込まれそうな気がする。

 しかしフレースヴェルグの時とは違い、しっかりとした危機感を感じるから、別段誘導する罠がある訳

ではないようだ。吸い込まれるように思えるのは、単純に人間の錯覚なのだろう。

 早速例の魔術を・・・・といきたい所ではあったが、すでに日は傾き、少なからず疲労が溜まっていた

為、明日に全てを始める事とし、その晩はゆっくりと休む事に決めた。

 そして明けて次の朝。

 クワイエルは誰よりも先に目を覚まし、早速水辺にて何やら準備を始めていたのか、慌しく動いていた。

ひょっとしたら長く交代せず、一人で見張りを兼ねていたのかもしれない。

 そう言えば、こういう時の彼はまるで子供のように好奇心と期待感に満ちていて、とても眠れるとは思

えない。ずっと起きて身体を動かしていた可能性も充分にある。

 そんな彼に向かい、エルナは脅かさないようにゆっくりと近付く。

「手伝う事はないですか」

「そうですね・・・、それではこの蔓を伸ばしておいてもらおうかな」

「解りました」

 仕事を与えられ、その事に満足しながらも懸命に働く。師であるクワイエルが真面目なものだから、弟

子としては負けていられない。師の倍は動くのが弟子の仕事だと、エルナはそんな風に考えている。

 けれどもどうしてもクワイエルの努力には勝る事が出来ず、多少負い目というのか責任のような事も感

じていた。その気持を埋める為に、エルナは諸事手伝える事がないかと、クワイエルを伺っている。

 だから手伝えると言う事は、彼女にとって今最も嬉しい事の一つだった。

「これは何をするのですか」

「ええと、いざと言う時の為の命綱にね。まあ、気休め程度のものになりそうだけれど」

 そう言うとクワイエルは手を休め、ふと湖面を覗き込んだ。

 何処までも澄みきった水は果てしなく、いくら蔓を伸ばしてもとても足りないように思える。

 だけどそれでもやらないよりは良い。そして最善を尽くすと言う事は、どれだけ無駄になる可能性が高

い事でも、手を抜かずにやるという事だとエルナは思う。

 気持は変わらず、二人は懸命に手を動かした。

 そんな風に小一時間程働いていただろうか。他の仲間も起きていて、それぞれに朝食の用意や武具の手

入れなどを始めていた。

 どれだけ効果があるか疑問だが、鉄針のような物も用意している。水中では刃物を振り回すよりも、ナ

イフでも投げた方がまだ効果があるからだ。

 それに合わせ、水中では投げる力が数分の一以下になってしまうだろうから、簡単なボウガンのような

物も作っている。

 盗賊達はある程度何でも作れるよう、日頃から様々な小道具を用意している。軽装備の上、力も本職の

戦士よりは遥かに劣るので、割合頭を使う仕事を受け持ったり、日々器用さ便利さを高める工夫をしてい

るようだ。

 野草の類にも詳しく、毒や薬について詳しい者も多い。他に呼び様がないから一般的に盗賊と呼んでい

るのだが、鍵明けや罠外し、潜入といった事よりもむしろ便利屋としての仕事が求められている。

 盗賊とは、なかなかに才覚の居る職である。やってる事は、ほとんど職人と変わらない。

「さて、そろそろ行きますか」

 朝食を片付け、クワイエルがそう告げた。

 皆もすでに出来る限りの準備を終え。何をするのか解らないが、後はクワイエルに従うのみである。

 反対意見の無い事を確認し、クワイエルは続ける。

「肝心の探査方法なのですが。単純にこの湖に潜るしかないと思います」

 彼の結論は半ば予想していた事であり、誰しもが頷いた。結局はそこに行くしか方法が無いに決まって

いる。見えない以上、そこに誰かが居ない以上、後は自ら見に行くしかない。当然の事である。

「そこで水中でもある程度自在に動ける魔術を使うのですが。私の力を考え、そして中での危険性を加え

ると、多くて三名が限度になります。そして、そのメンバーですが・・・」

 それからは全員で話し合い、慎重に決めた結果。クワイエル、エルナ、戦士の一人の三名で行く事に決まった。

 陸に誰か残るのであれば、何が起きても良いように判断能力と統率能力がある者が必要になるから、そ

れはリーダーしかおらず、当然彼は残るしかない。

 クワイエルは勿論行く必要がある。となれば少しでも魔術が使えるエルナがサポートするのが一番だろ

う。そうなると二人は華奢だから、最後の一人は力仕事の出来る戦士が良いだろうと言う事になる。

 盗賊を一人入れるという意見もあったのだが。結局水中では何もする事が無いという結論に達し。すで

に出来る限りの準備は終わってるので、それならやはり戦士が良いという事になった。

 これがおそらく最良のメンバーだろう。

「ではこの三名で行きます。後はお任せしますから、何かあれば私達に構わずに逃げて下さい」

「はい、後はお任せ下さい。暖かいスープを用意して待ってます」

 リーダーはにこやかに答えた。クワイエルも微笑む。お互いに、逃げるような事態にならない事を、深

く心で祈りながら。

 それからボウガンなど用意した品々を三名がそれぞれに持ち、三名が湖に近付くと、ゆっくりとだが力

強く、クワイエルは詠唱し始めた。

「シギル、イング、イス、マン、エオル、ラド  ・・・・  生命を、この力と共に、止め、我らを、護り、続けよ」

 刹那(せつな)、三名を不可思議な球体が覆う。

 透明に近いが、光にさらされると僅かに反射する。ガラスのような物を想像すれば良いだろうか。

「行きましょう」

 クワイエル達はそのまま勢い良く湖へと飛び込んでいった。




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