6-1.

 今のままでは、人間達がレムーヴァを調査し尽くすには膨大な時間がかかる。下手をすれば、クワイエ

ル達の寿命が尽きる方が早いかもしれない。

 拠点となる街や場所、そして道を造るのにも時間がかかる。鬼人達の知識を得、飛躍的に作業速度が上

がっているとしても、やはり人が足りない。

 娯楽施設なども無いに等しく、食料だけは何とかマーデュスとマン神殿が力を尽くして確保しているも

のの、全てが満ち足りているという状態からは程遠いと言える。皆黙って力を尽くしてくれているが、色

々な不満もあるに違いない。

 この大陸の果てが何処にあるのか。もしかすればすぐそこに終着点があるのかもしれない。しかしそう

であったとしても、もっと沢山の人員や施設、そして資金と資材が必要だろう。

 それにまず探査チームを増やさなければ、クワイエル達の身が持たない。彼ら一行は東西南北行ったり

来たりと非常に忙しく、休みもとっているとはいえ、いずれ無理が祟る時が訪れるのは明白だ。

 レムーヴァに渡来する人は増えている。だが今のような調子では後どれだけの時間がかかるか。

 鬼人達との出会いがあった事で、この大陸への人々の関心が高まっている。いい時期かもしれない。人

が来るのを待つのではなく、こちらから大々的に他大陸からの協力者を募るのには、最適な時期ではない

だろうか。

 募るのは単に冒険者達ばかりではない。出資者となる商業者や国家、或いはマン以外の神殿の協力、そ

のようなものも求めたい。

 確かに多数の人間が関われば、それぞれの思惑が交差し、運営していくのは困難になるだろう。現状の

まま進めて行ければ、それが一番良いのかもしれない。がしかし、どちらにしろこの大陸での発見が増え

るにつれ、他の大陸の干渉は大きくなるはず。ならばその前にこちらから行動した方が、結果としては良

い方向に傾くのではないだろうか。

 クワイエルはこういった自説をハール、マン神殿神官長、マーデュスらに説き。更には鬼人の族長、フ

ィヨルスヴィズにも理解を請うた。

 初めは皆難色を示していたが、数日、或いは数月かけて根気良く説いた結果、概ね彼らの了承を受ける

事が出来。マーデュスが広報を担当する事を決めて、マン神殿の協力のもと、大いに広報活動を開始した

のだった。

 勿論、前々から協力者を募ってはいた。しかし今回のように出資者から何から全てにおいて協力者を募

る事は、始めての事である。

 神殿や国家の中には、彼らが勝手にそのような大々的な事をした事に、不満を述べる者も居るようだが。

クワイエル達は、自らは何もせずただ外から身勝手な事を述べるだけの輩、には関わらないようにする事

を方針としていたから、そういう政治的なものには一切遠慮しなかった。

 レムーヴァを事実上任されているマン神殿の了解を得ている以上(この了解を得る交渉の為に数月もか

かった)、他のどの組織や勢力であれ、何を言われる筋合も無いのである。

 しかし、こうして広報に力を入れたとしても、それですぐさま効果が現れるという訳ではないだろう。

 確かに当初考えられていたよりも、このレムーヴァは遥かに実入りの良い場所だという話は、他大陸に

も伝わっている。

 特に鬼人達の力を得られた事は大きく、その点に干渉する国家が多かった。

 しかしそれですぐにどうこうしようと考える者は少ない。

 国家や神殿のような古く大きな組織は鈍重であり、マーデュスのような事業主達はより慎重であった。

 確かに実入りは良いとしても、まだまだ危険の方が多い事を、誰もが良く解っている。

 それにマーデュスが現状はその実入りを独占しているとは言え、では彼は儲かっているのかといえば、

それは疑問だ。

 この大陸から多大な恩恵を得た事は確かだが、出資の方も途方も無く、だからこそ国家や神殿の干渉を

妨げる事が出来ているのである。現状では良くて損得は半々だろう。

 未だどの組織もしりごみしている状態であり、広報の効果が出るのにも時間がかかると思われる。 

 だからクワイエルは即戦力となる案も用意していた。

 クワイエル達探査メンバー以上に強靭で理解力があり、誰よりもこの大陸を知り、この大陸に適応して

いる存在。つまりクワイエルは、鬼人達を使おうと言うのだ。

 しかし彼らは自らの土地から離れる事も、みだりに誰かが踏み入れる事も好しとしない。説得は困難で

あると思われる。


 クワイエルは再び鬼人の集落へ赴き、族長に会った。

 族長は変わらず神殿というべきドームの中で礼拝を続けており、光の帯に包まれたまま、いつものよう

に穏やかな表情でクワイエルを迎え入れてくれた。

 ここに来ると、時間というものは本来穏やかに流れているのだ、という事を感じる。

 考えれて見れば、自然から生まれ出でてモノで、ただ人間だけが忙しなさをもっているのではないだろ

うか。自然と言うモノは常に変動しているものだが、かといって無闇に急いだりもしない。流れるまま、

あるがままに、この煌々と差す光のように、穏やかに続いていく。

 それは人間が自然の円環の中から外れた報いなのかもしれない。

「失礼致します」

「貴殿ならば、いつでも迎えよう」

「ありがとうございます」

 この族長はクワイエルを気に入っているようで、鬼人との交流が始まってから、大となり小となりあら

ゆる事で力を貸してくれている。人間と鬼人がここまで親交を深められたのも、この族長の力が大きい。

 勿論鬼人の中でも、族長は特に物事に執着しないようだから、その好意の示し方は人間とは少し違う。

 ただ好意を笑顔として見せる事は鬼人達も同じようで、人間からは怖ろしく思えるその顔も、見慣れて

くるととても愛嬌がある。

 クワイエルは丁重な姿勢を終始崩さず、今回の訪問の真意を告げた。

「よかろう」

 すると意外にもあっさりと族長は了承する。

 聞いてみれば、鬼人の中でも親人間側とでも言うべきグループの中では、すでに似たような声が上がっ

ていたそうである。

 鬼人にも好奇心や探究心はある。それに魔力溢れるこの大陸を見る事が、何にもましてルーン研究に役

立つのではないかという意見も出ていた。ルーンを志す者であるならば、それは途方も無い魅力である。

 鬼人達は特にルーンを宗教的に見る心が強い為、ルーンを知る事は、より神に近付けるという事なので

ある。魅力を覚えない方がどうかしているだろう。

 すでにこうまで人間と関わった以上、人間との共存を考えている以上、確かにこの神聖なる地に軽々し

く踏み入れる事まではまだ許す事は出来ないが、しかし人間と協力するのは重要な事ではないかと、その

ような積極的な声まであるらしい。

 ようするに魔術師や神官以外の人間を入れる事は、まだ出会って日も浅く、長年の宗教的節度もあり、

考える事は困難であるが。鬼人の方が外へ出る事は、一向に構わないではないかと、そう言う事である。

 だから族長もクワイエルの方から言い出してくれ、助かったような感がありこそすれ、迷惑とは思って

いないそうなのだ。

「だがその人員は、ハール殿に預けた者に限らせていただく」

「それは解っております。私どもとしましても、人に慣れている方が上手く運ぶと思いますし」

「すまぬがよろしく頼む。未だ全ての民が、完全に貴殿らを受け入れているとは、言い難いのだ。現段階

では、それが精一杯の好意だと、そう思ってもらいたい。その代わりと言ってはなんだが、ハーヴィも使

っていただいて構わない」

「それは助かります。ですが、よろしいのですか」

 族長は黙って頷く。全ては自分が責任を持つという事なのだろう。

 ハーヴィは鬼人の中でも特に魔力が強く、皆に敬愛されている者。クワイエルが初めてあった鬼人でも

あり、それから幾度となく力を借り、今では比類ない友と呼べる存在、人間の理解者へと変わっている。

 彼が力を貸してくれるなら、クワイエルと同等の権限を持たせ、鬼人探索隊を指揮してもらう事は容易

いだろう。

「心より感謝致します」

「こちらこそ礼を言う。またいつでも来訪するといい。ルーンのご加護あらんことを・・・」

 クワイエルは詳しく計画の書かれた書類を渡した後、丁重にドームを辞した。後は族長とハールが上手

くやってくれるだろう。クワイエルは原案さえ書けば良い。

「後は人選をするのみ。ハーヴィと相談して、最後にハール師の意志を伺えばそれで決まりだ。私とハー

ヴィの隊で探索すれば、単純に時間は半分に短縮される。よし、少しずつ望みが出てきた」

 クワイエルはやわらかに注ぐ木漏れ日をいっぱいに浴び、日溜りのような笑顔を浮かべていた。   




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