6-2.

 ハールと族長の最終的な判断によって、新たにハーヴィを中心とする探索隊が編成された。

 権限もクワイエルと同等に与えられ、ハーヴィ一人だけであらゆる事態に対応出来る。人数は鬼人達と

言う事もあり、ハーヴィを含む五名とされた。彼らならば、必ずや成果を出してくれるだろう。

 ただ、クワイエルのような権限をそう易々と与える訳にはいかず。また、未だ人と鬼人の全ての民が完

全に解りあえている訳では無い為、今回増やされたのは一隊のみとされている。

 これは仕方の無い事なので、クワイエルも素直に納得した。

 これ以上増えるかどうかは、他大陸からの協力者がどれだけ来るか、そしてその協力者がどれだけこの

大陸の事情を理解してくれるか、による。

 少なくとも神官長かハール並みの見識と力があり、それでいてレムーヴァの事を深く理解し、クワイエ

ル達の考えにも共感している。そのような都合の良い人物がそうそういるとは思えないが、役目が役目だ

けに、これだけはどうしても譲れない。

 この世界は広い。いずれ誰かしら適任者が現れるはずだ。

 レムーヴァに住む人間達は、偏にそれを願っている。

 ただ、流石に一隊だけというのもどうかと言うので。更なる議論の結果、大きな権限を与えないものの、

下調べのような斥候のような役目を与え、調査隊を人と鬼人とで組む事も決められた。

 これにより、クワイエルとハーヴィの中心となる隊は普段は拠点に常駐し、調査隊の報告を待って、そ

の調査結果から判断し、調査隊だけでは難しい問題を解決する場合のみ、それぞれの隊が派遣される方式

がとられる事となった。

 今までのように、クワイエル達に何から何までを任せる方式を止めた。いや、正確にはようやく止めら

れたというべきだろうか。

 以前からこの問題が懸念されていたものの、ハールの学校など人材育成の芽が花開き、交通路の開拓や

資源の確保などの地道な努力が結ばれてきた結果、今ようやくクワイエル達の負担を減らす事が出来たの

である。

 鬼人と人との意思疎通も大体が成立出来るようになり、二種が協力しあう事で、何事もスムーズに行な

えるようになってきている事も、要因としては大きい。

 調査隊は五隊、各五名の総勢二十五名。詳しい内訳は鬼人が十五名に人が十名となる。鬼人が多いのは

当然として、隊長となる者も主に鬼人の中から選ばれている。

 これは基本的な実力、魔力や体力の差と言う事もあるが。鬼人の方がこの大陸により適応しているから、

という事が大きい。的確な判断を下す為には、彼らの方が諸事上手くやれるだろう、との見通しからきて

いるのである。

 当初は魔術など特定のモノにしか興味を深く示さなかった鬼人達も、人間達と接してきたせいか、ハー

ルに師事している者達を筆頭として、随分集落外の事への好奇心が増しているように見える。

 感化されたのか、それとも鬼人達は今まで意識的にそういう外への好奇心、未知への好奇心とかいうも

のを封じていたのが、人によって引き出されてしまったのか。

 それは不明だが、鬼人にとってそれだけこの聖地(彼らにとっての)が重要だった、という事が解る。

 彼らは純粋なのだろう。おそらく人間よりも数倍心が澄んでいるに違いない。だからこそ外への好奇心

などという救い難い本能よりも、内の平和という穏やかな精神を大事にしてきたのだと思える。

 彼らが人間を受け入れてくれたのも、その純粋さからくる優しさがあったからかもしれない。

 人間は鬼人と出会って危機感を抱いただけだったが。鬼人の方は少なくとも人間達を理解してくれよう

としていた。一番初めに出会ったハーヴィが人の言葉を話したのも、彼らの方から、彼らなりに歩み寄っ

てくれていた証明である。

 確かにクワイエルが魔術師であった事が、二種が友好を結ぶ直接的なきっかけになったのだが。これが

もし鬼人側に歩み寄る姿勢が無ければ、人間達は今、こんな風に希望に満ちた生活を送ってはいなかった

だろう。

 鬼人達は人間に喜びを与えてくれた。

 人間達はそれに感謝しなければならない。

 ハールも弟子達にその心を教え、二種を同等にしようなどとは思っておらず、むしろ鬼人達に教えを請

う立場にあるよう言い聞かせている。

 勿論、鬼人に仕えるとかそういう意味ではなく、師弟というよりは兄弟分のような、そのような感覚を

言っている。人には心にもっと平穏と優しさが必要なのだから。


 暫くは調査隊の報告待ちであるクワイエル隊は休息もそこそこに、一時的に新たな拠点となる街造りを

監督するよう依頼された。こういう仕事は今の所人間の方が長じている。

 マーデュスと神官長の意に従い、フィヨルスヴィズの泉の北、白竜の湖の西にある平坦な地形を整地し

て、まずはそこに作業者達の住いを設営する事になる。

 クワイエルの仕事は彼らの監督と、周辺の安全を保つ事。

 前に一度見た時はさして障害になるものは見付からず、それによってこの地が選ばれた訳だが。そうは

言っても、その時平穏だったからと言って、今もそうだとは言えない。

 何しろこの大陸では、何処で何が起こっても驚けないのだから。

 鬼人やフィヨルスヴィズ、白竜といった者達を思うと、このレムーヴァという大陸に生れた者達は、ひ

ょっとしたら変化を嫌う傾向があるのかも知れない。

 しかしそれも人が入植して以来、少しずつ変化が起こりつつあり。レムーヴァに住まう種族もそれを受

け入れる考えに変ってきているようだが、全ての者がそうだとは考えられない。

 それに、元々変化を求めている存在が決していない、という補償も無いのだから、どのみち油断は出来

ない。今が好機とばかりに何か企む者が出てもおかしくはないだろう。

 人間はひたすら災難に遭遇しないよう祈りながら、やるだけやってみるしかないのだ。

 探索域が広がっている以上、新たな拠点は絶対的に必要になる。これはどうしても避けて通れない道。

それならば一番適任と思われるクワイエル達へ、無理にでも頼まなければならないのである。

 クワイエルは何が起こっても、何があっても、最終的には忙しなさから逃れえる事が出来無いのかもし

れない。ハールも族長も神官長も簡単に動けない以上、彼が常に最前線で働くしかないのだ。

 おそらくどれだけ有能かつ信頼出来る人物がこの大陸を訪れたとしても、先駆者として、そして探索隊

を率いる人物として、クワイエルの仕事が減る事は無く。むしろどんどん増え続けていくだろう事が予想

出来る。

 けれども本人はこの大陸での仕事が楽しいらしく、マーデュス達が申し訳無さそうに依頼しても、渋る

どころか二つ返事で引き受けるのである。

 クワイエルという人間、正にこの大陸に居る為に生れてきたような人物かもしれない。

 いや、ハールといい魔術師という存在は、そもそもそういう者なのかもしれない。

 クワイエルは作業者の中からいざとなれば自分の身を守る事くらいなら出来るだろう、五十名の屈強の

者を選び。エルナ達いつものメンバーを引き連れ、ハールの塔を経由して更に北へと向った。

 行程は順調に進み、特に問題も無く予定通り目的地へ到着し。暫し休んだ後、皆作業にとりかかり、ク

ワイエル達は周囲の警護を担当する。まったく問題は起こらなかった。

 どうやら大陸西方に住む種族は稀なようで、フィヨルスヴィズのように力もあり、また孤高を好む者く

らいしか、敢えて住処には選ばないようである。

 東方一杯に広がる豊かな森に比べ、驚くほどに西側には動植物自体が少ない。

 その分食料や飲物は他から運ぶしかないが。道の整備は容易で、こちら側の開拓は以前からわりあい進

んでいたようだ。

 代わりに中央から東方の作業が難航している為、良いとも悪いとも言えないのが辛い所だが。片側だけ

でも順調なら、この大陸では万々歳と言える。

 西に偏ったこの場所に拠点を造るのを決めたのには、一つにはそういう理由もあった。

 本来なら、もう少し中心、或いはもう一箇所東方に造りたいのだが。中心部にはフレースヴェルグの森

跡があるし、人間の接触を求めない異種族も居る。出来れば中心となるギルギスト港から扇状に開拓して

いくのが一番なのだが、こればかりはどうしようもなかった。

 森林地帯に異種族が多いだろう事を思えば、将来的にも西側に拠点を造る事が多くなりそうだ。

 そこで苦肉の策として、港を造る事が考えられている。拠点を置き、その側に常に港がある。陸路より

海路の方が運搬の便も良いだろうし、何かあった時の救援にも多数を一度に運ぶ事が出来る。

 造船技術や造船資金の問題もあるし、実際にはそう上手くはいかないと思えるが。それでも理想として

は悪くない。と言うよりも、他に方法が無かった。

 人間は最後まで楽を出来ないように思える。

「まずは海側に向って調査しましょう」

 クワイエルもそれを解っていたから、まずは港に向いた場所を探すべく、海側に向って調査する事を決

めた。そしてエルナ、盗賊、戦士の三名を連れ、早速調査へ向ったのだった。




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