6-3.

 海岸線も全体的に平坦な地形なのだが、高低差のある場所もあり、切り立った断崖も多く、港に向いて

いそうな所は中々見付からない。

 どうも地形が刺々しいような感じを受けた。

 港を造る事は困難であっても、その建設地を見つける事は容易いだろうと思われていたので、クワイエ

ルは少々溜息を吐きたいような気持になる。

 人間の楽観や希望などは、容易く蹴散らされる。思えば自然が人間に従う方が、むしろ変なのだろう。

「難しいですね」

 エルナも同じ気持であるようで、いつもの元気が無い。疲れているのもあるだろうが、出鼻を挫かれた

ようで面白くないのだろう。

 クワイエル達は二人一組になり、お互いに叫べば充分聴こえる距離を保ちながら、二方面で探している。

となると当然のようにエルナはクワイエルに同行した。

 盗賊と戦士も解っていたらしく、彼らは彼らで二人連れになり、当たり前のように逆方向へ向っている。

 多少笑みを交えていたのは、この二人は何かを勘ぐっていたのかもしれない。何にしても、エルナも両

名も楽しそうではあった。

 クワイエルは難しそうな顔をして、しきりにああでもないこうでもないと、自問自答を繰り返している。

彼だけはいつも通りのマイペース、まったく変わらない。

 拠点となる街から離れては意味が無いので、最後の手段として、彼はどうやら力技に出る事を考えてい

るようだ。

 つまり、魔術でこの地形自体を変えてしまうのである。港に適するようにと。

 膨大な魔力を使うだろうが、不思議と当人もエルナも不可能とは考えなかった。

 おそらく他のメンバーも同様に思うだろう。自信過剰というのではない。実際、クワイエル達の魔力は

急速に増しているのだ。

 経験を積み、幾度と無く膨大な魔力に触れたせいだろうか。知らず知らずのうちに、彼らの内に変化を

もたらしていた。特にクワイエルは、人間としては強大とさえいえる段階にまで、その魔力が達しようと

していたのである。

 勿論、鬼人やフィヨルスヴィズと比べれば、まだまだひよっ子のような力ではあるが。それでも多少地

形を変える程度ならば、クワイエルとエルナとで出来ない事は無い。

 フィヨルスヴィズの泉のように、複雑かつ結界を張る事は無理でも、単純な地形に変える事は、さほど

難しくはないのである。何故ならば、容易く結果を想像出来るから。

 より単純であればあるほど、魔力と精神力を消耗せずに済む。ルーンの数よりも、むしろこちらの方が

より魔術に影響を与える事柄かもしれない。

 本来なら魔術などは使わない方が良いに決まっているのだが、この付近の地形がこうである以上、止む

を得ない。不可抗力と思っていただかなければ。

「そう、不可抗力なのです」

 クワイエルは誰に告げるでもなく、宣言し、それからエルナと相談した後、魔術の詠唱に取り掛かった。

 他の二人は邪魔にならぬよう、クワイエル達の背後にて周囲を警戒する。魔術師は魔術を行使する瞬間

が一番危険となる。護衛が居るに越した事は無い。

「ゲル、ダエグ、イング、ウル、ベオク  ・・・・  大地よ、大いなる変化を、生み為さん、新たなる、姿となれ」

 詠唱と共に、魔力が降り立ち、まるで建築する過程を早回しするかのように、地形が変化を始めた。

 あっと言う間に、何百万、何千万年という時間が一度に経ってしまったかのようであった。

 それだけに多少周りの地形からは浮いて見えるが、ともかくも港に適し、船の進入にも問題ない場所が

出来た事は確かである。

 海底の方もいじってあるのだろう。透けて見えていた海底が、今は少しも見えない。暗く、底の見えな

いあのおなじみの海面が広がっている。

 魔術師二人は脱力し、その場に座り込んだものの、無理をすれば立てる程度のようで、まずまず心配は

要らないように見える。

 やはり魔力と精神力が格段に増しているようだ。

 今回は注意深く地形を変化させたからこうも疲労したが、もっと大雑把に変化させるとしたら、おそら

く息切れくらいで済んだのではないだろうか。

 ハールや神官長が見ていたら、目を見張って喜んだに違いない。

 彼ら二人から見れば、クワイエルは愛弟子というよりも、今ではほとんど実子のようなものである。素

直に驚き、そして賞賛しただろう。

 とは言え、毎回この調子であれば、流石に体がもたない。

「これからはもっとよく調査する事が必要ですね。街だけでなく、あらゆる事を考えなければ・・・」

 クワイエルも喜ぶよりむしろ、これからの労苦を思い、溜息を洩らしたい気持が強まっていた。

 逆にエルナの方は嬉しそうに、にっこりと笑っていたけれど。



 休憩した後、クワイエル達は拠点へと戻った。すでに仮設居住宅は出来ており、簡素な物であったが、

充分に雨風は凌げると思えた。

 仮設なのだから、これでも上等なくらいかもしれない。

 こちらの方は場所を特定する際、入念に調査されていたから、設計図も出来ている。港と比べてその進

行は段違いの速さである。

 それだけ海路よりも陸路を重視していると言う事でもあるのだろう。

 まずは水源を確保する為に魔術で調べてある場所へ井戸を掘り、その後、港へと続く水路やハールの

塔への道などが造られ始める。

 この段階では、まだ家屋などには取り掛からない。まず水を確保し、港と拠点への運搬路が出来、それ

から初めて細かく建設場所が決められ、最後に建物の建築に取り掛かる。

 ようするに地盤から、下から造っていくのだ。

 これだと人が住めるようになるまで時間はかかるが、後々街作りに便利となる。何でも初めが大事で、

ここを疎かにするから、後に大きな問題ばかりが圧し掛かってくる破目になる。急がば回れ、こういう時

にこそ相応しい言葉だろう。

 とは言え、全てを魔術で行なえば、先ほどの港の基礎工事のような場合と同様、一瞬で済んでしまう。

しかしあまりそういう事はされない。魔術が不安定であると言う事もあるが、あまり極端に環境を変え

てしまうと、色々と悪影響が出てしまうからだ。

 極端な話。砂漠の真ん中にぽんと森林を造ったとしても、すぐに枯れてしまうだろうし。海の真っ只中

に街を造ったとしても、食料から何から困る事になるだろう。

 生態系にも酷い損害を与えるし、誰にとっても良い事は無い。

 だから本当は魔術など使わないのが一番なのだ。

 魔術とは、失敗しても成功しても、問題の多い手段である。

 便利以上に危険を秘めた術。ならば直接的に使うよりも、作業者の疲労を回復したり、機材を修復した

りと、そういう部分に使う方が、遥かに良いと思われる。

 クワイエルは当面の役目は終えたので、報告を済ますとそのままエルナを救護役として残し、自身は戦

士と盗賊を一人ずつ連れて付近の巡回へと向った。

 ここは見晴らしが良いから、さほど心配する事は無いと思えるが。しかし地中に生息する生物や、目に

は見えない生物が居る可能性もある。とにかく注意して、注意しすぎる事は無い。

 いつ何が起こるか解らない場所なのである。ここは人間の統べる地ではない。

 けれども、勿論何も起こらない可能性もある。

 何事も起こらなければ万々歳、街造りも順調に終えられるはず。クワイエルは張り切っていた。

 巡回というと退屈そうに思えるかもしれないが、自分たちの街が、こうして少しずつでも出来上がる様

を見ているのは、なかなかどうして楽しいものである。

 また人数が増えてくれば、賑わいも増し、そのうち酒場などの娯楽施設も出来れば(娯楽施設や食料貯

蔵庫といった必要と思われる施設は、先に造られる)、もっと楽しい雰囲気が出てくるだろう。

 作業者も一息吐け、仕事の能率も上がる。

 すると益々街造りは進み、益々賑わう。良い事尽くめ、こんなに嬉しい事はない。

 畑が出来れば種まきなど手伝っても良い。家畜が来れば一緒になって遊ぶのも良いだろう。

 環境を壊さないよう気を配れば、人が踏み入れても、不幸はおき難い。勿論動植物の中には被害が出る

けれど、自然とはそういうものである。あちらを立てればこちらが立たず、一方が栄えれば一方は滅びる。

それを嘆くなら、繁栄と生存を諦めるしかない。

 何かを犠牲にする。自然に生きるならば、それも当然の事。嘆くのであれば、自滅するしかない。

 生きる場所が限られている以上、競争するか離れるかしかないのである。

 しかし嘆く必要はない。人間も何者かに滅ぼされる可能性があるのは同じなのだ。皆同じ、必死で生き

ているだけである。

 運命と言うのなら、それだけが運命だろう。

 辛くも悲しくも無い。それが生きると言う事。

 ただクワイエル達は、森林も無く生命感の乏しいこの場所を見、出来れば犠牲にするものを少なく、共

存共栄出来ればと考えている。

 ようするにやり過ぎず、折り合いを付けて生きていくのである。

 いずれは環境が変わるとしても、ゆっくりと変えていきたい。

 それがひいては人間の為にもなる。悲観する前に、必死に頭を働かせ、生命は考えるべきである。

 植物の少ない土地ならば、そのまま活かす術を考える。

 工業地にしても良いし、掘れば金属が出てくる可能性もある。何でも試せばいい。考えていれば、良い

方法を必ず生み出せる。

 風だけが豊かに吹きぬける中、クワイエルは思考を楽しむかのように、ゆったりと見回っていた。




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