6-4.

 一週、二週と過ぎ、ようやく作業も軌道に乗ってきていた。

 井戸なども完成し始め、暮らし向きは上々である。

 まだ物が不足しがちにはなるものの、作業者達は気にした様子もなく協力し合い、意気揚々と作業に勤

しんでいる。

 その間何が起きる気配も無く、クワイエル達も変り無く過ごした。

 時には小隊を作り、少し遠出してみたりもしたが、東にある森方面以外には何の気配も感じないし。そ

の森からも何者も出てくる気配は無かった。

 こちらから踏み入ろうとしない限りは、おそらく安全なのだろう。人間程度が何をしようと、彼らには

興味が無いと言うのか、まったくもって小さな事柄なのかもしれない。

 この大陸で自らの環境に足りていないのは、人間だけだと云う事だろうか。

 他の地域は、たまに植物らしきものがまばらに生えているだけで、周辺はいたって平穏。聴こえる音と

いえば海波くらいか、後はせいぜい風の音と言ったところ。

 そこでクワイエル達は見回りの数を減らし、彼ら自身も簡単な仕事を手伝う事にした。

 地を平らにしたり、壁を作り出したり、そういう小さく単純な事であれば、さほど魔術に危険性はない。

上手く自然に反しないように使いさえすれば、有用な術なのだ。

 クワイエルとエルナが加わった事で、作業速度が格段に増した。

 ただ警戒を解く訳にはいかず、いつ何があるか解らないので、この周囲に侵入者があればすぐ解る結界

を張っておいた。フィヨルスヴィズのものとは比べものにならないが。簡単なものであれば、クワイエル

でも創る事が出来る。

 元々魔術というのは、その構成する要素が少なければ少ないほど、単純であれば単純であるほど、簡単

に行使出来る。

 だから結界がどうとか、こういう魔術が難しいとかは無い。あくまでもその程度によるのだ。

 何者かが踏み入れると音で知らせるという防衛には使えない魔術ではあるが、それでも警戒するのには

充分だと思える。

 もしこの魔術を無効化出来るような相手ならば、隠しきれぬ魔力波で解るし。例え魔力波が感じられな

くとも、どのみち強大な力の前では為す術が無い。そうなれば逃げるも何も、全ては相手次第。

 無力感を誘われるが、嘆いても仕方が無い。さわらぬ神に祟りなし。幸運を祈りながら、やれるだけや

るしかなかった。


 平穏なまま、二月が過ぎた。

 この間、ハーヴィ率いる隊が様々な発見をしたり、色んな生物と出会ったが。さして危険な事は起こら

ず、レムーヴァの大陸自体も平穏に流れているように思えた。

 順調に時が過ぎていく。

 もしかしたら、変に干渉しようとさえしなければ、この大陸自体も平穏なのだろうか。

 クワイエルが様々な出来事を体験したのも、考えてみれば、この大陸との接し方が下手だったからとも

思える。鬼人との出会いにしても、フィヨルスヴィズにしても、白竜にしても、そしてあの大樹にしても、

結局は人間の力足らずによって、様々に時間を費やす事になったのかもしれない。

 その点鬼人であるハーヴィは、この大陸について人間よりも遥かに精通している。

 例え集落からほとんど出た事が無いにしても、少なくともこの大陸、そしてこの大陸にある不思議な森

林の経験は深い。

 それはこの大陸の生命に詳しいと言う事でもあり、やはり鬼人を探索隊に入れたのは大きな成功であっ

たと云える。

 好戦的な種を避け、穏やかな種とは交渉し、これからもハーヴィ隊はクワイエル隊以上の働きを示す事

だろう。彼らならば、きっと何でも上手くこなしてくれる。

 人間達は後方支援に専念し、こうした拠点造り等に終始した方が良いのかもしれない。

 クワイエルは建設作業を手伝いながら、ゆったりと吹く風を浴び、素直にそう思えていた。

 勿論好奇心はあるけれども、そんな事より大事な事は沢山ある。

 他大陸に求めた援助にも応じる者がちらほら出始め、人間達はむしろそちらの外交や交渉などに労力を

裂かれつつあった。

 神官長、ハール、マーデュス、今はこの三者だけで運営出来ているが、その内手が足らなくなるだろう。

人が増えれば思惑も増え、色んな問題が生れてくる。

 クワイエルも交渉などの方に力を尽くした方が良いのではないだろうか。

 建物が建ち並び、街としての姿が出来始めている今。この街が新たなる作業段階に入ったように、人間

達も新たなる段階に入るべきかもしれない。

 段階が変われば、作業方法も変わる。つまりクワイエルも変わらなければならない。

 もしかしたらそれをクワイエルに悟らせる為に、こうして街の建設を任せたのだろうか。

 多分、そこまで考えるのは、穿ちすぎというものだろうけれど。


 拠点の骨格となる部分は完成し、港もまだ見栄えは悪いものの、着船出来るまでにはなった。

 作業員だけでなく、自警団のような組織も出来、いよいよ街並みは活気付く。中には鬼人の姿もあった。

ここまでくればもうクワイエルが陣取っている必要は無い。

 クワイエルはエルナ以外のメンバーを残し、自らはエルナと共に、ギルギスト港へと一時帰還する事を

決めた。

 ここに居て考えれば考えるほど、今の自分は政略面に尽力した方が良い事へ行き着く。どうしても人手

が足らない以上、このまま自分だけがふらふらしていられる時ではないのだと、そういう風に思える。

 現状でクワイエル自身が探索を続ける意義が見えない以上、それを無理に続けるべきではない。

 そこでメンバー全員で話し合い、更に神官長達の許可を得た後、探索を中断して一時後方に座す事にし

たのである。

 あくまでも中断であるところが魔術師らしい。

 それに何か大発見があれば、首脳部から出るのは勿論彼になる。政略と探索を兼任するとした方が、色

々な面で便利だろう。組織には身軽に動ける者も必要なのだから。

 確かに、魔術師というものが本来偏屈研究者である以上、その言い分も、半分はクワイエルの我侭だと

言えない事はない。

 それでも首脳部は何一つ異論は言わなかった。

 何故ならば、元々クワイエルはこの大陸を探索する為に派遣されてきた者だからだ。だからその方が良

いとは言え、彼を後方に下がらせる事は、あくまでも首脳部からのお願いという形になる。

 クワイエルはそんな事はとうに忘れてしまっている感があるにせよ。少なくとも神官長やマーデュスは

それを忘れていない。彼らは神殿の意向を無視する事は出来ないのである。

 ともあれ、そんな裏事情を気にするような魔術師が居る訳が無い。

 クワイエルはすぐさま準備にとりかかり、折角の機会だと港から海路を取る事を決めた。

 今までに何往復かしているものの、まだまだ安全な航路とは言えないようで、多少危険ではあるが、危

険だからこそ自分も体験するべきというのが彼のやり方である。

 エルナも魔術師のはしくれ、初めは反対していたが、最後には納得して同行を願い出た。

 彼女もこの街に残しておくつもりだったようなのだが、クワイエルは押し切られれば弱く。情熱という

のか強引さというのか、そういうエルナの勢いには勝てなかった。弟子である以上、同行は当然と言われ

れば、何となくそんな気もする。

 待っていた船は順調に航海を終え、クワイエル達は予定通りに出航した。

 日差しも穏やかで波も低く、今回も順調に行けるだろうと思われた。


 船風に揺られていると、レムーヴァへ初めて訪れた日を思い出す。

 あの時は小さな船で、運良く来れたようなものだった。

 しかも船長以下乗組員は海賊という有様。自分でもよくよく考えてみれば、よくこれたものだと思う。

 ルーンの加護としか思えない。

 ルーン、神秘なる神の力。魔術師と神官が命題とする無二の力にして、全ての源。

 そして無限の可能性を秘めた魔術、神への祈り。

 レムーヴァ、この不可思議な大陸、魔力の満ちる地、この先何が待ち構えているのだろうか。

 ここへ着て過ごした時間は決して短くは無い。その間に様々な出会いがあった。しかし相変わらずこの

大陸の深淵は見えない。

 海上から遠目見る陸地を前にし、クワイエルは改めて途方の無さを感じていた。果たして人は何処に行

き着くのだろう、行き着けるのだろう。

 航海は順調、風も強く、速度も出ている。穏やかで危険は無い。

 だがそれだけに様々な思いが胸を去来する。どこまでやれば、どこまで行けば、人間はルーンの深淵を

覗き見る事が出来るのだろう。

 人間はまだ辿り付けてさえいない。

 理解するなどは、永遠に不可能なのではないだろうか。

 例えこのレムーヴァの深奥に着いたとして、果たして何が解るのだろう。何も解らないような気もする。

 しかしフィヨルスヴィズの言葉を思い出せば、確かにそこで何者か、或いは何かが待って居るはず。

 ならば人は行かなければならない。

 その為にも一時退き、準備を整えなければ。金、人、物、必要な物はいくらでもある。

 マーデュスと神官長が懸命に働いて得てくれているが、もう限界だろう。本来、大陸の開拓は国家単位

の仕事なのだ。一神殿、一商人だけでは如何ともし難い。

 だからこそ協力者が増えつつあるのはありがたいが、このまま上手く運営出来るだろうかという不安が

出てくる。

 そしてこの自分に一体何が出来るのだろう。

 遮二無二動いていた時はまだ良い。だがこうして座してみると、色々な問題が浮んでくる。具体的に、

そして切羽詰ったものとして。

 今までは何とかなると思ってきた。しかしそれもいつまで持つか。すぐ目の前に、大小様々な問題が待

っている。

 クワイエルはこの大陸に来て初めて、具体的な不安を覚えていた。




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