6-5.

 ギルギスト港は混雑していた。

 積荷を扱う者達、新しく移り住む為に向う者、帰ってくる者を迎える人達、色んな人で賑わっている。

 港内を見渡すと、他にも大きな船が何艘(なんそう)か停泊していた。おそらく他大陸からの船だろう。

 暫く見ない間に、この街の人口は爆発的に増加している。これもマーデュスや神官長の地道な広報活動

の成果と、頻繁に行き来する船が増えた事で、より安全な航路が見付かった為だろう。

 レムーヴァへの道は、クワイエルが来た時よりも、遥かに近くなっている。

 そしてこれらの事は、レムーヴァへの注目が高まっていると言う事を証明していた。

「何だか、吃驚してしまいました」

「・・・そうですね」

 エルナの感想にクワイエルも同意する。

 吃驚している。それが素直な思いだった。数える程の建物が集まった、それだけの名ばかりの港だった

時とは違う。正に港町であり、風光明媚(ふうこうめいび)とまではいかないが、立派と言えるまでには

成長している。

 それが自分達がやってきた事の成果だと思うと、やはり嬉しかった。

「お待ちしておりました。ささ、こちらへ」

 マーデュスの部下だろうか、下船するとすぐに痩せた長身の青年が出迎えてくれ、そのままマーデュス

の商館へと案内してくれた。

「お部屋を用意させてありますから、そちらでお休み下さい」

「いえ、まずマーデュスさんにご挨拶を」

「承知致しました。主も心中それを望んでおりましたから、すぐに面会できるかと思います」

 少々せせこましいというのか、慌しいように感じる男なのだが。歩く速度はゆるやかで、出来るだけ歩

きやすい場所を選び、クワイエル達に対する配慮も敬意も充分に払っている。

 慌しく見えるのは、何をするにもこの男の言動が素早いからだろう。

 逆に言えば、それだけマーデュスが忙しいという事であり、クワイエルはいよいよ決意を深めた。

 街並みも随分綺麗になっている。道路も舗装され、見た事もない店が沢山建てられていた。人の賑わい

も以前と比べものにならない。人種も様々で、神官らしき姿もちらほら見かけられる。

「随分・・・変わって・・・ますね」

 エルナが何度となく呟く。

 ここギルギスト港が今の所外界への唯一の接点であり、そういう意味では第一等の発展地となっておか

しくはないのだが。それでもこの変り様には驚きを隠せない。

 クワイエル達は今更ながら、自分達がこの大陸で過ごしてきた時間を思わされたのである。

 それにしてもこの賑わいは堂々たるもの。都は一年も経てばすっかり姿を変えると言われるが、今のギ

ルギストの賑わいは、それ以上かもしれない。発展の過渡期というのは、本当に何もかもがあっと言う間

に変化していくのだろう。

「暫くこちらでお待ち下さい。すぐに主人を呼んで参ります」

 商館へ着くと、まるで待っていたかのように整えられていた応接室へと通され、そこでマーデュスの現

れるのを待つ事になった。

 いつ誰が来てもおかしくない程、人の出入りが激しく。来賓(らいひん)も多いと言う事だろうか。

 商館も街と同じく随分大きくなっていたが、この応接室は特に立派なもので、鬼人から譲り受けたらし

い物、この大陸特有の植物や物質、様々な名品、珍品が飾られている。

 この大陸に来た者は、まずこの光景に度肝を抜かれるのだろう。調度品も最高の物で、眺めているだけ

でこの大陸への希望を後押しされるかのようだ。

 そう思わせるよう豪奢に作ってあるのだろうが、それにしても見事。

 しかしクワイエルは知っている。マーデュスは途方もなく財産を増やしているように思われているが、

実際にはその儲けのほとんどを開発事業に回し、彼自身と商館に入る利益は微々たるものなのだと。

 マーデュス商会の内情は苦しい。マン神殿の助力と援助を得、更に鬼人達の親切心によって、辛うじて

表面上は黒字に見せかけているだけなのだ。

 何とか協力者を一人でも多く募りたい、少しでも資金と人材の援助を。そういう気持が華美な応接室か

ら、逆にうかがい知れるように、彼には感じられる。

 クワイエルはマーデュスの心労を察し、未だ誰も座らぬ席へ向い、自然に頭を垂れていた。


「こうして会うのも、いささか久しぶりになりましたな」

「はい、この大陸に来てから、色んな事がありましたから」

 前に会った時と変りなく、いやむしろより豪奢な服に身を包み、穏やかで柔和な微笑みを浮かべていた

が、マーデュスはどうしても痩せているように思えた。

 表面上は明るく振舞って居るが、目の下は黒く、睡眠時間も削って奮闘しているらしい事が解る。如何

に一人で新大陸へ乗り込むような豪胆な男でも、この大陸の一切を扱うとすれば、当然無理が出るものだ。

 おそらく神官長の方も、その疲労が目に見えて解るのだろう。

 自分が外を回っている間に、一体どれだけの難題があったのだろうか。クワイエルはそれを察せられな

かった自分を不甲斐無く感じた。

 ハールに対してもそうだ。彼には鬼人達との交流一切を任せているが、元気だとはいえすでに老齢であ

る。さぞ身体的に辛い事だろう。

 これは予想以上に深刻で、何よりも運営面での人材強化、そして資材などの物資面での援助を早く得な

ければ、いつこの三者が倒れてもおかしくはない。

 しかしマーデュスはそんな愚痴めいた事は一切言わず、ただただクワイエルを労わってくれ、笑顔を浮

かべて歓待してくれている。クワイエルは改めて彼に対する尊敬の念を深めた。

「この港も賑わってきました。一度ゆっくりされてはいかがかな。貴方はいつも危険と隣り合わせ、たま

には休まなければ」

「いえ、ハーヴィ達が探索を引き受けてくれた以上、私も一度ひいて、このギルギストでお手伝いしたい

と思うのです。そこで押しかけながら、二人してやって参りました」

「なんと、貴方にはいつも驚かされる・・・」

 マーデュスは素直に驚いている。どうやらクワイエルの察しなどはまったくの的外れで、彼の頭にはク

ワイエルを後方支援に回す事など、一切考えていなかったようだ。

 おそらくハールも神官長も同じなのだろう。

 考えてみれば、もしその気があるのなら、とうに暗に陽にかは解らないが、何かしらクワイエルへ頼ん

でいたはず。それが無いと云う事は、クワイエルを探索に集中させる事が、彼らの絶対的な方針の一つで

あったと考えられる。

 元々その為に、神殿へ人を送って欲しいと頼んでいたのだから、それも当たり前といえば当たり前。

 クワイエルを裏方に回す事を考えていないから、これほど人材不足に悩んでいたのだ。使えるのであれ

ば、とうにクワイエルにも仕事を分担させていただろう。

 だからマーデュスとしてみれば、クワイエルの提案はまるで天から降ってきたような言葉である。即応

じかねず、迷った挙句、こう切り出した。

「それはありがたいですが。しかし貴方のお役目はこの大陸の調査でしょう。私共のやるような雑務をや

っていただく訳にはいきますまい・・・・」

「いえ、確かに私はこの大陸の調査を命じられました。しかしそれは私が全てを自分一人で見て回れ、と

いう意味ではないでしょう。確かにそういう意味が読み取れない事は無いですが、あくまでそれは一つの

提案のようなものです。そう出来れば一番良いというような、指針としての。

 元々私はこの大陸を調査するお手伝いをしに来たのです。この命令書はその仕事をやりやすくする為の

物で、文面そのものにあまり意味はありません。

 今一番大事なのは、他大陸への対応と様々な事務処理を滞りなくする事ではないでしょうか。それなら

ば私も適任だと思いますし。各々が出来る事を出来るだけやらなければ、この大陸を調査し尽くす事は不

可能だと思います。

 どうか私にお手伝いさせて下さい。慣れない身ですが、私にも出来る事があるはず。そしてそれこそが、

今私に出来る最善なのだと思います」

 マーデュスは尚暫く考えている風だったが、ようやく決心したらしく、一つ頷き。

「解りました。それでは仕事が一段落付くまで、それまでの間お手伝いしていただきましょう。ハール氏

と神官長様には私からお伝えしておきます」

「ありがとうございます」

 二人は最後ににっこりと微笑みあった。

 自分の良いようになったからというのではなく。お互いにどれだけお互いを大事に思っているのか、そ

れが改めて解ったからだろう。深い信頼以上に、人を安らがせる事はない。 




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