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 クワイエルはマーデュスと神官長とで応対していた各大陸、各神殿からの使者や来訪者の中でも高位、

或いは重要と思われる人物をまとめ、それを三分してその一つを受け持つ事にした。

 主として、商館や組合などの組織をマーデュス。神殿関係を神官長。国家や力の強い魔術師などをクワ

イエルが受け持つ。

 初めからそこまでの負担をしなくともと、マーデュスが(神官長は神殿をあまり離れる事が出来ない為、

必然的にマーデュスとの間で必要な会話が交わされる事になる。そういう意味ではマーデュスがマン神殿

とクワイエルの橋渡し役でもある)言ってくれたのだが。それでは自分の来た意味が無いと、等分する事

をクワイエルが強く望み、最後にはマーデュスも折れた。

 実際、その方がありがたく。神官長もマーデュスも黙ってはいたが、すでに限界と思えるほどに疲弊し

ていたのである。

 何しろこのレムーヴァへはいくら楽になったとはいえ、費用とそれにかかる時間を思えば、皆決死の覚

悟でやって来る。無為に帰るには、あまりにも代償が大きすぎるのだ。

 特に国や大きな組織からの使者となれば、その身に帯びた使命が(その使者、国家、組織にとって)重

要な事が多く。しかも使命自体がとても利己的な為に、その扱いにはほとほと難渋している。

 レムーヴァの領土権は厳密には定められておらず、マン神殿とマーデュスの権利が多くを占めるとはど

の国家も思ってはいても、腹の底では人類皆の財産であると思い(現に口に出して言い)、どの国家もど

の組織も本当に身勝手な事ばかり望んでくる。

 レムーヴァからの情報は詳しく他大陸に渡っているはずなのだが、一体どこをどう曲解しているのか。

 協力はしてもその結果生じる利益はこちらのものだとか、人材を派遣するから自由に調査する権利が欲

しいとか、何故そちらに従わなければならない、こちらはこちらで勝手にやらせてもらうだの、その他様

々な言い分を述べ、この大陸に住む者を悩ませていた。

 何より腹立たしいのが、この大陸に元より住まう者達の事を、まるきり無視している事である。

 確かに今まで人類が踏破してきた大陸には異種族と言える者達の存在は、一種として認められなかった。

 それから考えてみれば、突然遭遇した異種族に対し、すぐに理解を持つ方が難しいのかもしれない。

 現に、今でも異種族の存在はマン神殿やマーデュスが創り出したでまかせだという者すらいる。

 そういう者もここへ来て直に鬼人を見れば納得するのだけれども、まだまだこの大陸への理解度は全体

的に見て、非常に低いらしい。

 人間はこの大陸から見れば卑小な存在である事が解っていないから、このように無茶苦茶な要求も出来

るのだろうし。大陸の調査など簡単だろうと思って居丈高にやってくるのだろう。

 フィヨルスヴィズにでも出張ってもらい、その力の一端を見せてやれば、人間の世界もこの大陸の力を

知るだろうが。フィヨルスヴィズがそのような愚かしい願いを聞き入れてくれる訳が無い。もどかしいけ

れども、人間の問題は人間が解決するしかなかった。

 それがこの大陸に人間が共存する事を許す、彼らとの条件の一つであるのだから。

 何にしても知らないと言う事がもどかしい。よく知り、この大陸に一月でも居れば、納得するかどうか

は別として、どういう場所であるかくらいは理解してくれるだろうに。

 まったくもって集団の利害というものは、忌むべきもの。

 個人的な夢や野望程度であれば、いくらでも説得なりする余地があって。現に大きな組織よりも、マー

デュスの商館のように規模から言えば小さな組織の方が、懸命に働いてくれている。

 気分もさっぱりしていて、接していて気持がいい(特に国家からの使者と会った後は)。彼らも自身が

小さな勢力であるから、それなりに考えてくれているのだろう。ありがたいことだ。

 物分りの良い人間はとても少ない。

 しかしクワイエルはそんな事にめげる事も無く。多分その性格からだろう、嫌がりもせずむしろ積極的

に接し、丁寧に細かく細かく状況を話して、逆に使者の方を嫌がらせる結果となった。

 まるで彼らを仔細に渡って理解させる事が、自身の使命の一つである、とまで考えてるようですらある。

 ともかく執拗なまでに丁寧に話されるので、数月もすればその話が各大陸に少しずつ伝わり始め、各国、

各組織ともに少し考えを変えてきているようである。

 即ち、レムーヴァにはなかなか面倒なやつが居ると。

 もしかしたら多少はまともに実情が伝わってくれた所為かもしれないが。

 ともあれ、神官長とマーデュスなどはこれを聞いて、くつくつと私室にて忍び笑いを洩らしているようだ。

 ざまあみろ、とまではいかないにしても、使者が困惑している姿を思い、痛快だったと思われる。



 クワイエルの参入のおかげで、関係を結ぶ価値のあるだろう協力者が絞られてきた。

 つまりは情熱と利害、二つの思惑がある者で。極端に言えば、レムーヴァ探索を半分夢か道楽として捉

えている者達である。

 その為大きな国や組織ほど協力を渋る結果となってしまったけれども、神官長やマーデュスは納得して

いた。どの道今の段階では利益など支出で吹っ飛んでしまうのだから、利だけを目当てにくるような者な

どは、近い未来に揉め事の種になるに決まっている。

 それならば初めから諦めてもらう方が良い。

 幸いにも鬼人やフィヨルスヴィズ、フレースヴェルグ、白竜などなど興味深く、そしてルーンの研究に

も大いに影響を与えるだろう事柄が伝えられたので、各神殿もそろそろ本腰を入れる気になったのか、マ

ン神殿だけでなく色々な神殿から人材と資金が提供される事となった。

 勿論マーデュスやマン神殿は尊重され、彼らの地位と利益配分などもほとんど変わらない。

 元々神殿としては金などを問題にしているのではなく、むしろ興味の対象、或いは神殿の使命であると

受け取っていたらしい。

 とはいえ神殿も組織、目に見えて成果が出なければ本腰を入れる事は叶わず。マン神殿にクワイエルと、

微々たる力添えしかしてこなかった訳だ。

 それが今は違う。どうやら面白い事になりそうであるし、最早利害損得を越えて、興味対象として大い

に神官達の食指を誘っているのである。

 それでも暫くは無数の思惑があり統一は不可能で、色々と議論されていはいたが全て平行線をたどって

いた。その重い腰がようやく今動いたのである。

 遅い! とレムーヴァに居る者は思っただろうが、それでも協力してくれるのだからと、表面上は温か

く受け入れる構えである。

 こうして他大陸との関係は何とか実を結び、ようやく外交を引き受ける三者も自由な時間を生み出す事

が出来ていた。

 神官長、マーデュスの目の下に色濃くあったくまも消え、頬も膨らみ、前のように健康な顔となってい

るそうだ。

 まったくもって馬鹿と魔術師は使いよう。赤子と魔術師には敵わない。

 ハーヴィ率いる調査団の活躍も相変わらず順調で、文句の付け様も無く、理想的な状況になりつつある。

 何故今まで知られていなかったのか不思議なくらい、この大陸は多種多様な生物に溢れている。

 まるで進化の坩堝(るつぼ)。変化と停滞が共存しているかのよう。

 古代種と呼ばれる今は絶滅しただろう種から進化しただろう生物も居たし、まるで見た事も無い進化を

遂げた生物も居た。過去と未来が列挙されているようで、報告書を読むだけでも頬が弛む。

 その数はいちいち列記していたは身が持たない程で、流石は鬼人とクワイエルは心から感心した。彼ら

に任せた事は、決して間違いではなかった。

 幸い、どの種とも干渉出来る出来ないは別として、少なくとも争い沙汰になるような事はないらしく。

それなりに平穏である。

 鬼人の集落に居るハールとその弟子達だけは、その様々な種の研究で忙しいようだが。当人達が嬉々と

してやっているのだから、そちらも問題ないだろう。

 現状では、特に難題となるべき事柄はない。

 そこでクワイエルは他大陸からの協力者から希望者を集め、先にクワイエルが監督した街へ移動する事

を決めた。

 神官長やマーデュスがこれ以上ここへ留める事は出来ないと言ってくれた事もあるし、実際外交も二人

で充分手が足りるくらいまで落ち着いてきている。

 国家や組織の動きなど、まだまだ楽観出来ないが、それでも峠は越えたと判断できる。

 クワイエルも二人の気持を無視してまで居座るつもりは無かったから、数日して全ての責務を片付けた

後、さっそく募集を出して、船の手配なども始めたのだった。

 船の建造はとうに始められており、幸い木々などの資材は豊富であるから、良質の船も出来ている。

 実は前々からクワイエルにも一隻与えられる話が出ていたから、後は都合の良さそうな船を探すだけで

よかった。完成を待ち、それに乗り込めばそれで仕舞いである。マーデュスや神官長からすでに三隻程注

文が出されていたから、造船所へ行って選ぶだけで良かった。

 自分が設計と建設に携わった街が、一体どんな街になっているのか。賑わっているのか、何か問題はな

いのか。多少不安はあるけれども、クワイエルはとても楽しみにしている。

 当然、弟子であるエルナも付いて行くようだ。




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