7-1.

 クワイエル達はイアールンヴィズの町から北方へと進路を向けている。

 地形は変わらず起伏が多く、刺々しい印象を受けた。植物は少ないけれど、起伏が多い為、遠くまで見

通せない。レムーヴァは見られる事を拒んでいるのだろうか。

 フィヨルスヴィズは人はこの大陸に招かれた、と言っていたが。その意味が相変わらず理解出来ない。

人は大陸から閉ざされている。

 それに強大な魔力を持つ存在が多数を占めるこの大陸で、何故人間という卑小な存在が求められるのだ

ろうか。卑小であるが故に必要なのならば、その理由とは・・・。

 クワイエルは自然というものは、神というものは、本来とても厳しい存在であると学んでいる。確かに

自然は人間という生命を許しているが、しかしどこかで疎むような気持ちも持っているように感じる。

 確かに愛されている、ルーンの恩恵も受けている。しかし人はやはり何処かよそよそしさを感じている。

どうしても入り込めない壁を感じてしまうのだ。

 それは人があまりにも脆弱で、あまりにも精神が脆く幼い生き物であり、感じ取るべきモノを正常に感

じ取れ無い為なのかもしれないけれど。確かに疎外感を感じている。どこか自然から浮いてしまっている。

 人は自然と離れ始めているのかもしれない。

 植物のように定着するでもなく、他の動物のように生息場所を定める訳でもない。

 人は自由に動き回るが、それだけに浮いている。何も堅く結び付ける物がない。大地や空、海、そうい

ったものから浮いて見える。

 しかしこの大陸から感じるモノは、それとはまた別の想いである。

 場違い、いやそれよりももっと強い。明らかに拒まれている。時に怒りすら感じる事がある程に。

 でもそれとは逆に、確かに拒まれてはいないと思える時もある。むしろ護られているかのような。

 フィヨルスヴィズがそう言うのであれば、それはおそらく正しいと思う。しかしそれだけではない、何

か別の想いがこのレムーヴァに在るような気がしてならない。

 人間と同じように、様々な感情が一つの精神の中に共存している、というのではなく。まったく違う別

個の精神が、この大陸には在るのではないのか。

 もしかしたら、このレムーヴァは一つではないのかもしれない。別々の意志を持ち、しかしお互いに同

居している、そのような存在が深奥に居るのかもしれない。

 一方には求められ、一方からは拒絶されている。丁度そんな雰囲気を感じている。

 つまりはそれが呼ばれている理由なのだろうか。そして拒まれている理由なのだろうか。この二つの意

志、またはそれ以上の意志達に、何かの答えを出す為に。

 それが呼ばれた理由、ここに許される、或いは拒まれる理由。

 違うような気もする。正解であるような気もする。

 クワイエルには答えが出せない。ただ感じるままを想い、思いから考えるのみである。意味は無い。で

も考えずにはいられない。

 とにかく進むしかなかった。答えは最後まで解らない。その答えはクワイエル達の中には無いのだから。

 気分を変えよう。

 西を向くと海空が見えた。果てまで続いている。今の所縦長に続いているようだ。

 クワイエルは進みながら地形を具に観察していた。

 それは次の港を造る場所を探しているのと、単純にこの大陸全てに興味があるからである。後は警戒す

る意味もある。

 地形はいつ変化を見せるか解らない。例え同じように見えても、実際はまったく違っている事もある。

ようするに変化に富んだ場所であり、ここほど人間の興味を誘う場所は、他に無いと思える。

 少なくともクワイエルが今まで訪れた場所には無かった。そこも確かに面白かったが、全て安定してい

て、絶えず変化を気にするような事はなかった。

 レムーヴァは強大な存在が無数に居る大陸で、その分その膨大な魔力によって、それぞれに暮らしやす

い適した場所へと創り変えられている。だからこそちぐはぐだけれど、実に様々な地形を見、様々な生物

を見る事が出来る。

 逆に言えば、その変化こそが、近くに力在る存在がいる事を知らせてくれる。

 しかしこの海岸線は長い。珍しく地形に変化が少ない。東に見える森には変化が顕著に見られるのに、

こちらの方はまったく変わっていない。イアールの町から出て五日、六日経っているが、それでも変わる

様子がなかった。

 この大陸ではこんな事は珍しく、ひょっとしたら何か見落としているのではないかとすら思う。

 この大陸の種に、本気で隠れられれば、人間には見つけるのは不可能である。見落としも何も、初めか

ら解らない。しかしクワイエルは魔術師、魔力を感じないはずはない。魔力だけは誰にも隠せない。何故

なら、それが全てを創造し、そこに存在させる源なのだから。

 クワイエルも大陸での経験から学んでいる。今の彼から隠れるのは難しいはずだった。

 不自然な魔力を感じないと云う事は、即ち居ないと云う事だろうか。こちら側は人気無いのだろうか。

「休憩しましょうか」

 無意味な思考を洗い流す為、クワイエルは休憩を提案した。



 足音がはっきりと聴こえる。何も無いせいか、ここは音が良く響いた。もし詠唱の声量の大きさが魔力

の大きさであったならば、最大限の力が行使できた事だろう。

 頭上の視界は割合広く、日が沈み往く姿までがはっきりと見える。起伏に遮られていても、天を見るに

は苦労しない。暗くなるまでにはまだ1、2時間あるだろうが、この大陸では明るい内に野営地を決めて

おくのが基本である。

 だが今も反対方面を探索中だろうハーヴィの隊なら、昼夜関係なく進む事が出来るのかもしれない。

 勿論人間も共に編成されてはいるものの、鬼人達ならば夜闇などさほどの害も無く、視界を開く魔術な

ども容易く行使できると思える。鬼人の力も人間の想像が及ぶ域ではない。

 そう思うとこうして少しずつ歩むしかない自分達が、どうしても申し訳なく思えてしまうけれど、それ

を言えば逆にハーヴィ達を傷付ける事になるだろう。何故そんな哀しい事を言うのだと言って。

 それは今更言う事ではなかった。初めから解っている事である。

「いけないな」

 クワイエルは両頬を軽く叩き、精神を集中させた。

 弛んでいる。いや、多分この荒涼とした光景に毒されているのだろう。どうしても物悲しい雰囲気を受

けてしまい、皆もどこか暗くなっているように思える。

 ここでクワイエルまで塞いでしまえば、もうどうにもならない。

 もしかすればその為にこちら一帯は空けてあるのだろうか。それともこういう雰囲気こそを好む種が、

この場を治めているのか。

 よくよく考えてみると、こちらだけがこうなっているのはおかしい。レムーヴァが本来はこういう地形

だった、という可能性もあるが。しかしそれにしたってこうも同じ風景が続くのは、やはりおかしくはな

いだろうか。

 確かに潮風が植物に良いとは思えないし、その為に生え難いのだと言えば、それはそうかもしれない。

しかしこうも極端になるとすれば、それはやはり何者かの意図によって、ではないのだろうか。

 クワイエルは焚き火に枯れ枝をくべながら、改めて周囲を見回してみた。

 彼が雨風避けの為に張った結界以外に、何の魔力も気配も感じない。そこに生命というものを感じられ

るとすれば、辛うじて岩石の中に、大地の中にだけである。

 しかしそれは何処も同じはず・・・・・いや、大地、そう、もしかすれば・・・。

「そうか!」

 突如立ち上がるクワイエルを、しかし慣れているのかいつもと変わらぬ眼差しで眺める仲間達。

 代表してエルナが彼に問う。すでに彼女はクワイエル係として、仲間内から認定されているらしい。

「どうされたのですか」

「ええ、大地の中です。今まで気付きませんでしたが、この大陸は何も地上だけではないのです。この地

下、いやむしろこの地下こそ、レムーヴァに込められた膨大な魔力、その魔力の恩恵を受け易い。何故今

まで気付かなかったのでしょう。・・・・迂闊でした」

 エルナも慣れているらしく、何の前説明も無い言葉だったが、何となく理解出来たようだ。

「ではこの地下に何者かが、そしてこの地形はその存在のせいなのだと?」

「そういう事です。しかし地下ではどうしても調査する事が難しくなります。確かに魔術を使えば、下へ

行く事は可能でしょう。でもその後が問題です。我々人間では、海以上に困難な場所ですから。今まで気

付けなかったように、特別大きな魔力も、不思議な魔力も感じませんし、もしかしたら無意味な結果に終

る可能性も低くはないです。

 でも、かといって、可能性がある以上は調べておくべきでしょう。もし知らず知らずに不首尾を犯すよ

うな事でもあれば、二度と交流を結べなくなる可能性もあります。でしたらやはりここは行くべき・・・

・いや、しかしそうするには・・・・・」

 思考に没頭し、エルナを忘れている訳では無いが、他の全てを置いて行ってしまったのだろう。クワイ

エルは焚き火の周りを歩きながら、ぶつぶつと独り言を洩らし始め、面白い感じに動き始めていた。

 エルナ達は運悪くそれにも慣れてしまっているようで、それ以上問う事はせず、思考の邪魔にならない

よう静かに、自分の役目を果し始める。

 そして時折クワイエルの方を見ては、我慢できない風に吹き出していた。

 ある意味名物といえるのかもしれない。真におかしな男である。




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