7-2.

 クワイエルは結論を出した。

 勿論、地下へ潜る。行って見なければ調査にならないし、行かずに百年悩んでも時間の無駄だろう。

 最も、この男なら百年悩んでいてもおかしくはない。しかし今は使命感が後押ししてくれたようで、好

奇心以上に、様々な責任と使命感が彼を行動的に変えていた。

 クワイエルは何かを窺うように足音を立てて歩いた後、立ち止まり、取り合えずといった仕草で、軽く

地面を叩いてみた。

 何も応答はない。予想通りかつ、当然の結果である。

 クワイエルは一つ頷いた。

 ここで何かしらあるようであれば苦労はしないが、今あるようであれば、とうの昔に起きているだろう。

散々この荒涼地帯を歩いてきたのだから、今更叩こうが喚こうが、反応がある事はないと思える。

 しかしクワイエルはそういう意味ではなく、単に土質を確かめていたようである。流石にノックして出

てきてくれるとは、この男でも思わなかったらしい。

 仲間達は慎重に見守りながら、彼が起こす行動が終わるのを待ち、その結果を想定しながら自らの役割

を考えている。現状にて最適な行動を行なう、それが冒険者にとって必須の能力である事は間違いない。

 仲間達は熟練者揃い、手持ち無沙汰になる事も、迷いあぐねる事もない。彼らは確かに頼りになる仲間

だった。

「とにかく、一度地下へ潜ってみようと思います」

「お独りで、ですか」

 クワイエルの言葉にエルナが心配そうに問う。

 何が待っているか解らない。わざわざ地下へ行くような人間はこれまでに居なかったから、人は地下の

事を何も知らない。その分今までよりも深刻な危険さがある。

 だからといって複数人で行ってどうにかなるとも思えないが、単独では不安に思う。

 しかしクワイエルは身軽さを重視したようだ。或いは通常人間が生存できる場所ではないから、より慎

重になったのかもしれない。この場合はこの無謀さこそが慎重さであった。万が一帰れないような事にな

れば、確実に死を迎える。だからこそ単独に拘るのだろう。

 そんな彼らを、大地は無関心に抱いている。

「はい、今回は場所が場所だけに、私一人で行ってみます。何かあれば、エルナ、救援を頼みます」

「は、はい」

 この隊に魔術師はクワイエルとエルナしかいない。クワイエルに何かあれば、必然的に頼れるのはエル

ナだけとなる。責任は重い。しかしその頼られる事が、エルナを今とても心地よくさせていた。何故なら、

今までクワイエルが彼女一人に後事を託すような発言をする事が、ほとんどなかったからである。

 エルナも遊んでいた訳ではない。クワイエルに付き従いながら、様々な事を考え、学んでもいた。ハー

ルやクワイエルには及ばないまでも、人間としてはすでに一流の魔術師と言ってもいい力を備えている。

 ルーン魔術に必要な想像力も旺盛で、多少の事であれば何でもこなせるだろう。

 名実共に、彼女はクワイエルの片腕と云えた。

 いやエルナだけでなく、単純に身に帯びる魔力量であれば、他の仲間達も充分に魔術師と云える力を持

つ。魔力の大きさはほとんど生まれつきの才能で決まるが、増減させる手段が皆無ではない。

 それは魔力に触れると云う事である。もっというなら、その場の魔力量に身体を適応させる。人間は自

らを生存させる為に、自らを強化するのだ。

 知識や経験不足故に魔術を使うとまではいかないが、魔術への耐性だけならクワイエルと共に調査する

以前に比べ、おそらく数倍に高まっている。

 それもこれも鬼人、フィヨルスヴィズといった強大な魔力の持ち主と何度も触れ合った為であり、今ま

で誰一人音をあげなかったのも、知らず知らずに身体が強化されていたからだろう。

 この大地とずっと触れ合っているせいもあるのかもしれない。

 レムーヴァは魔力に満ち、常に大地から膨大な魔力波を発している。慣れるまでは逆に身体に負担がか

かるだろうが、適応してしまえば、此処ほど快適に過ごせる場所はなかった。

 この大陸に住む生物が、この大陸から出ようとしなかったのには、そういう理由もあると考えられる。

 クワイエルは意識を静かに集中させる。

 内に宿る魔力だけでなく、大地から無限のように伝わる魔力を利用し、その力を増幅させ、想像しなが

ら思考を安定させていく。

「マン、ヘゲル、イス  マン、ゲル、オダル  エフ、ウル  ・・・・・ 我が身の、変化を、静止

せよ  我は、その地へ、住まう者なり  進むべき、力を」

 三種の魔術を連続して唱えると、クワイエルの身体を淡い衣が包み、そのまますっと大地へ吸い込まれ

るようにして、彼の身体は地下へと消えて行った。

「エオル、ギフ  ・・・・  加護を、お与え下さい」

 エルナはクワイエルの無事をルーンへと託した。



 大地が海にでもなったように感じている。

 正確には大分差異があるけれども、感覚としてはそれに限りなく近い。

 大地へ溶け込み、大地の住人となる。正に言葉のままの効果で、実はクワイエル自身も驚いている。何

せこんな魔術を使うのは初めてで、聞いた事もないものだから、自分の事ながら、本当はどうなるか解ら

なかったのだ。

 勿論その結果を想像出来なければ魔術として発現されない。しかし想像という漠然としたモノであるか

らには、時にこういう事もあるし、時に自分の思った以上の効果が発揮される事もある。

 勿論、大きく失敗する事も多い。

 魔術を完全に支配する事は難しい。人間には不可能であるとも云えた。何しろルーンは神々の持つ力な

のだから。

 今の場合は大地を海に例えるような考えをしていたから、こういう結果になったのだろう。だがそれで

もクワイエルとしては新鮮な感覚に満たされていた。

 不思議だったのだ。地中に当たり前のように存在出来る自分が。

 身体の変化を禁じている為、酸素など必要な物は消費も増加もされない。いや、呼吸やらそういったも

のすら必要ではない。体内の時間が止まってしまったとでも言えば良いのだろうか。それでも普通に生き

ていられるのが不思議だが、そこはルーンの恩恵とでも解するより他なかった。

 ともかくも、彼の魔術は成功していた。安堵の溜息がもれる。

 ただ問題もあった。放っておくと、彼の身体が勝手に前へと進んでしまう。前へ前へと勝手に進むもの

だから、気を抜くと自分の居場所が解らなくなってしまう。

 クワイエルは試しに停止を試みてみたが、それは無駄だったようだ。力が足りなかったのか、想像力が

足らなかったのか、或いは両方か。多少不便に思うが、贅沢を言っている時ではない。

 面倒で疲労が重なるけれども、ここはこのまま行くしかなかった。先ほどの魔術で疲れているし、あま

りに魔術を重ねると、余計な災禍を招きやすい。複雑に絡まった魔術は、時に過度の反応を起こす。そう

なった時にどうなるのか、誰にも予測出来ない。

 しかも今は勝手が解らない土の中、余計な事だけはしたくなかった。運良く魔術消失か弱体で済んだと

しても、この場所ではおそらく大地に潰されて死んでしまうだろう。

 土中に生存している今の魔術は、簡単に言えば土と土の隙間へと、物理法則を無視して強引に割り込ん

だようなもので、実は危険極まりない状態にある。

 クワイエルは気を引き締めた。常に最悪の場合に備えなければ。成功したのは良いが、経験した事の無

い魔術の為、どうしても不安が残る結果となってしまったようだ。

 もし無事に帰還出来たら、この魔術を発展させ、安全かつ何処にでも生存出来る魔術へ改良しなければ

ならない。着眼点は悪くなかったが、発想が貧困だった。自分の至らなさを実感する。

 それでも周囲を見回るくらいなら、何とかなるだろうと思い、気を取り直すとふと当たり前の事に気が

付いた。そう、見えないのである。周りは土石ばかりで先が見通せない。視界は真っ暗、このままではと

ても探索にならない。

「ペルス、シギル  ・・・・  透す、光を」

 少し考えた後、クワイエルは透視の魔術を詠唱した。大地の隙間に潜り込み、土石やあらゆる物質から

遮断されている為、口中に物が入ってくるような事はない。不安の代償になるか解らないが、ありがたい

事には変わりなかった。

 不可視の光が大地を透かし、一定の距離をはっきりと見せてくれる。大陸全土を見通す事などは出来な

いが、100mくらい先ならば充分に見渡せた。

 自動的に進みながら、八方を眺め見る。しかし不思議な事に何処にも生物の気配を感じない。ミミズや

昆虫など、掘れば当たり前に出会えると思ってる、お馴染みの生物達もまったく居なかった。

 これだけ大地から満ち満ちた魔力を感じるのに、膨大な生命力を感じるのに、何故ここには何者も存在

していないのだろうか。

 クワイエルは仲間達が居るだろう地点を予想し、そこを中心点にして周りながら、円形に広がるように

して探索を続けた。暫く一心に見たが、やはりどこにも生物を感じない。もしかしたらこの地の主が、自

分以外の生物を排除してしまったのだろうか。

 地上の光景を思い返せば、そういう事も充分予想出来たが、しかし結論を出すにはまだまだ早い。もう

少し範囲を広げ、丁寧に調査する必要があるだろう。

 あまり居心地の良い場所ではなかったが、クワイエルは持ち前の旺盛な好奇心が勝ったのか、その点は

大して気にした様子はなかった。むしろ楽しみ始めているようにも思える。

 クワイエルは更に調査範囲を広げていった。




BACKEXITNEXT