8-1.

 レムーヴァに住まう人間達は、ここ暫くの間、広がった世界を整理し、繋げる為にその時間を費やしていた。

 ハーヴィの隊も休みをとってもらい、様々な種との交渉や交通路の整備、資材や食料の運搬、より安全

な海路の制定、などなど様々な事に協力してもらっている。そのおかげもあって、ようやく一心地着ける

ようになっていたが、まだまだやらなければならない事は多い。

 その地に住まう種を尊重する事が基本方針であるから、様々な制約があって、その分労力も時間も使っ

てしまう。

 中には敵意まではいかずとも、見るからに人間と関わる事を疎んじる種もあり。何とか通行権だけは得

られているが、開発する事が出来ない以上、道が造れない。

 仕方なく断念しなければならない計画も増え、その度に人間は落胆と再計画をあえぐように繰り返して

いる。

 人間達の中にも不満が増えているようだ。慎重に人選をし、レムーヴァに留まる人間は理解のある者ば

かりなのだが。それでも人間はやはり人間を尊重したくなる気持ちが強い。大部分は心地よい諦めと共に、

前向きに対処していたが。誰もがそう出来る訳ではないのだ。

 人数が増えれば増えるほど、そういった問題が増していく。

 大陸の調査を中断したのも、それだけ今在る問題が山積みと云う事である。

 町に様々な息抜きの施設を造ったりもしているが、どうしても人の不満は消える事が無い。やはり人を

悩ますのは、最後には人だけと云う事なのか。

 この大陸に住まう他の種族が、皆一様に協力しあって生活しているのを見ると、心から恥ずかしく思い。

情けなくなる。

 不満というのも、結局人間中心に考える為で、人間の傲慢さに原因がある。

 自立している他の種が、自分の居場所へ人の手が加わる事を嫌うのは当然の事。いきなり知らない者が

現れ、隣に家立てて良いか、などと言われれば、それは困惑し怒りもするに決まっている。

 人の方に原因がある以上、例え一時は晴れたとしても、すぐにまた新たな不満が浮んでくる。

 クワイエル、ハール、マン神殿神官長といった主だった者達は代表として、また人類への多大なる貢献

者として、尊敬を集めていたが。その尊敬心だけで、法的権限が薄い以上、どうしても不満を抑える事が

出来なかった。

 急速に人口が増えた事による弊害だろうか。初めは良くても、段々色々なものに不満を持つ者が出て。

それならそれで、レムーヴァから出て行ってくれれば良いのだが。何故か不満があるくせに、いつまでも

この地から離れようとはしない。

 人は何て厄介な生き物なのだろう。

 今はまだ、クワイエル達が定めた通行禁止などを破る者はいないが、それもいつまで持つのか。

 勿論、問題が増えるだけではなく、良い事も沢山ある。

 協力的な種が多いし、鬼人ほどではなくとも、開発を進んで手伝ってくれたり、反対する同種族を説得

してくれたりと、嬉しい知らせも多い。

 人間の中には良い人材も育ち、確かに問題は増えているけれど、何とか対処できている。

 むしろ気高い人間が多いからこそ、今でも何とかやっていけていると云えるのだ。

 しかし、このままでは近い内に行き詰ってしまうのではないのか。そう考えると、クワイエル達の悩み

は晴れない。


 

 問題は様々だったが、では一体何が一番問題なのか、何故新たな問題を防げないのか。それらを考えて

みた所、やはり確固とした強制力が無い事が挙げられた。

 レムーヴァはどこの国に属する訳ではなく、どこかの神殿に属している訳でもない。どれかと言えば、

一番マン神殿とマーデュス商会の影響力が強いのだが。それも絶対ではなく、基本的には人類の共有財産

として、この大陸は人間世界に認識されている。

 新しく来る人間の中には、このレムーヴァを人間の領土なのだと勘違いしている者が多く、それが様々

な問題の原因となっているのだと考えられる。

 人間が居れば人間の領土、人間が見付ければそこは全て人間の領土。そういう身勝手な考えがあるから、

人の中から傲慢さが消えないのだろう。

 いくら説明しても、レムーヴァの事をどれだけ知らせても、ほとんど理解してくれていないのが現実。

 このまま問答を続けていても仕方が無い。いっそこの大陸の独立を宣言し。レムーヴァ内の法を、人間

社会とはまったく別個のものとして、きちんと定める必要があるのではないだろうか。

 レムーヴァに住まう人間達には、国法や制度という大きな縛りが必要なのではないのか。

 しかしこれを行なうと、今まであったよりも更に大きな問題が出るはずだ。

 でも、それでも、法的拘束力の弱い、現在ある限定的な機関では何とも出来なくなっている以上、これ

を検討しない訳にはいかない。

 レムーヴァという大陸は、他の大陸とはまったく違う、いわば外界と完全に隔離された、別個の空間。

人間の常識は通用しないし、外の人間が思うような考えでは、初めから上手くいくはずがなかった。

 それでも人間である以上、どうしても人間の世界と折り合いをつけなければならない。

 クワイエル、ハール、神官長、彼らも人間であるからには、どうしても外界で作られた法に従わなけれ

ばならない。いくらかは特例が認められていても、彼らもまた外界の組織の一員でしかないのだから。

 そういう様々な歪みが、今ここで表面化しようとしている。目の前にはっきりした形で、はっきりした

問題として、人間達の前に立ち塞がっている。

 ここまで大きくなり、ここまでレムーヴァと関わった以上、やはりレムーヴァにはレムーヴァだけの

法が必要なのだ。

 協議の末、クワイエル達はここにレムーヴァという新たな国家を建てる事を決意し、外界へ対して半ば

喧嘩を売るような形になるが、一方的にでも独立宣言する事を決めた。

 概要としては以下の三点になる。

 このレムーヴァという大陸全てを、ここに住まう種族達との共有自治領とし。人間の世界に対し、どの

国家、神殿、機関にも干渉を強制されない、永劫中立国であると宣言する。

 人間と他の種は基本的には対等の立場とするが。その種が住まう地に関しては、その種の意を絶対とし、

あくまでも種族の意志を尊重する。勿論人間もその種の一つとして含まれるが、人間の決定もまた他種族

への強制力を持たない。

 レムーヴァは、人間にとって領土の無い国家である。政府もなく、統一者も支配者もいない。各種族の

法だけがあり、誰であれそれを破る事は許されない。

 今までもレムーヴァの人間は外界から半独立した格好だったが、今回完全に他の国家、神殿、機関の強

制力から離れ、一個の国として独立した。

 しかしこれは人間が考えた、人間だけの定めでしかなく。他の種はその種族毎に支配階層があったり、

政府があったりする。当然、どの種の法であれ、人間は尊重しなければならない。

 国家宣言というのは形式的な事で、ようするにここはここだけの物だと、他の干渉を全て突っ撥ねたの

である。他の種族への強制力はなくとも、法は法、問題にしていたのは人間だけなのだから、これはこれ

で要を成す。

 人間と繋がりのある種からは、すでに了解も取ってある。

 仰々しい文章になっているけれども、種を尊重すると言う従来通りの考えであるから、異種族達は人間

とは面倒なものだと言いながらも、問題なく了承してくれた。単に不文律を文章化しただけなのだから、

反対する意味がないのだろう。

 クワイエル達もその為にそう言う風に定めたのだから、それは予定通り、何の問題も無い。

 問題なのは外界の人間の方だ。予想通り反意が凄まじく、ほとんどの国家は軍事行動にまで出るとの脅

迫文を寄越し、神殿の中でさえしぶる声が多かった。

 神殿の方へは研究の為の留学制度など、様々な点で優遇する事で話は付くだろうが(元々神官達は領土

よりも知識や珍しい物が欲しかった)。国家の方は難しい。

 国家の方は前々から勝手な主張ばかりを繰り返し、レムーヴァ首脳達を辟易(へきえき)させてきた。

彼らは何も理解を示さず、ただ己の領土欲のみを主張し。人類全体の宝であるのだからと、全てを都合よ

く解釈し、その権利を迫ってくる。

 いくらこの大陸が人間の物ではない。人間の物には決してならない。などと言い聞かせても、彼らは何

度も何度も同じような使節を差し向けてくる。

 クワイエルのおかげでその頻度は減り、一時は態度も軟化していたのが。今回の宣言により、油を注ぐ

結果となってしまった。

 仕方が無い事なのかも知れないが、何とも悲しい事だ。何故解り合おう、理解し合おうと思わないのだ

ろう。別に現状で生きていられない訳ではないだろうに、何故そこまで得よう得ようとするのか。

 満腹以上の物を求めても、何の意味も無いと言うのに。

 クワイエル達はどのような抗議があろうと、どのような脅迫があろうと、決して宣言を撤回しようとは

思わない。例え国家や他機関、民間組織の協力を失う事になったとしても、人間の利害関係を捨ててしま

わなければ、この大陸で人間が生きる事は出来ない。

 一方的ではあっても、どれだけ問題が捲き起こっても、押し通さなければならなかった。

 レムーヴァはレムーヴァなのであると。




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