8-2.

 独立宣言により、予想通りの反響が巻き起こった。

 予想通りであるから、驚く事はなかったが、やはり哀しく思う。独立と言っても、本来の方針を文章に

仕立てただけのようなもので、変わる事は何一つ無いというのに。

 個人的に納得していた者の中には、所属する国や組織の影響で、自分の意志とは関係なく、反対運動を

しなければならない者が出ていた。

 そういう人達には、申し訳ないながらも、同じように強制退去させるしかない。これもまた初めから決

めていた事だ。レムーヴァでの基本理念に賛同出来ないのであれば、ここに居てもらう事は出来ない。

 強行な手段と述べ(実際強行ではあった)、更に反対運動を煽(あお)り立てる者もいたが。反対運動

者の大部分は、どこか哀しそうな顔をしていた。

 彼らも国家や組織の方針に従うしかなったのであって、必ずしも心から反対していたのではないのだろ

う。そういう者達だからこそ、レムーヴァの一員として迎え入れたのだから。

 反対を押し切ってまでこの大陸へ訪れた、夢溢れる者は多く。こういう結果になった事を、深く悲しん

でいるはずだ。

 後援者を断ち切ってまで、この大陸に居れる者は少ない。自分の生まれた大陸にも、何か残して来たも

のがあるだろう。誰もが故郷を綺麗に切り離せる訳ではない。

 だからこそ、独立は最終手段としていた。使わなくて済むのなら、法や制度がなくとも、人があるがま

まを見、あるがままを受け入れ、自らの良心とともに歩き、欲望を跳ね除けていられれば、このような手

段に出る必要はなかった。

 首脳部も悲しんでいる。

 中には反対運動にのめり込む者も居て、軍事行為に出るとまで罵(ののし)っていたが。それこそ戯言

である。

 軍事行為、軍隊派遣というが、一体どうするつもりなのか。大軍をこの大陸まで輸送出来るような航海

技術は無く。例え輸送できたとしても、そんな事をすれば、この地に住まうあらゆる種族の怒りを買う。

 そうなれば人間など、簡単に一掃されてしまうだろう。

 一瞬だ。国家の憤激も、軍隊の威圧も、フィヨルスヴィズ達からすれば、塵(ごみ)程の価値も、重み

も無い。彼らが一言発すれば、それで全てが消し飛び、初めから存在しなかったようにして終わる。

 彼らが人に優しいのは、人が彼らを尊重しているからである。

 彼らが人に好意と興味を持つのは、人が彼らにとって理解しあえる、平和的に共存できる、と思うから

である。

 だからもしその期待と信頼を裏切るような事をすれば、彼らは決して容赦しないだろう。軍事、国の威

信、そんな事を言うが、いったいそれがどれほどのものだと言うのか。何故そんな簡単な事が解らないの

だろう。

 自らの知る全てが、他者にとっても全てだと考えているのだろうか。子供でもあるまいし、今まで何を

して、何を考えて生きていたのだろう。

 事実は簡単に知れるのに、何故、彼らはそれから目を背け、認めまいとするのか。

 認めようと認めまいと、それが事実である事は、決して変えられない。

 クワイエル達は哀しかった。ありうる反抗だと思いながらも、酷く哀しかった。

 神殿側とは何とか話を付けられたが、やはり国家や多くの組織とは、きっぱりと縁を切らなければなら

ないようだ。いや、敵対するしかないと言うべきだろうか。

 争っても無意味な敵同士。彼らは自滅する為に、それを止める者と争っている。本当にこの世で一番無

意味な諍(いさか)いと争い。何がしたいのか。何をどうしたいのか。滅びたいのか、そんなに自滅して

みたいのか。

 ただただ哀しく、やりきれない思いである。

 様々な協力を得、軌道に乗りつつあった状況も、これでまた一からとまでは言わないが、二か三からや

り直す事になるだろう。

 マーデュスの負担がまた増える。神殿は人材や知識は送ってくれても、金や資材は送ってくれない。そ

ういう物は一切が国家や商館などの組織と、マーデュスの商館に頼っていた。今回の断交で、予算は半減

するはずだ。

 他国との交易も難しくなるだろう。レムーヴァの中に入る事は出来なくても、外側から邪魔する事なら

いくらでも方法がある。その相手をするにもまた、沢山の資金が必要だ。

 結果として何もかも規模を縮小せざるを得ず。新たな港の建設計画も中断するしかなかった。

 解っていた事とはいえ、惜しむべき事だ。今までと同じように考えていては、苦労と挫折(ざせつ)だ

けが増えていく。



 繁華だった街並みは寂しさを漂わせ、気落ちした人々、それでも奮起する人々、様々な人が居るけれど、

皆どこか元気を失っているように見えた。

 事を急いだ為か、レムーヴァに居る人口も半減してしまっている。

 だがそれも考えの内だった。むしろこの数はまだ多いのかもしれない。

 そこまでする必要があったのだ。綺麗に遺恨を無くす為には、強行であっても、無慈悲に思えても、断

固処置をし、しかも何の準備も出来ない内に行なわなければならなかったのである。

 迷う時間を与えなくても、即座に、きっぱりと、この地に残る事を決められる。そうでなければ、この

先やってはいけない。余計なモノは捨ててしまい、ただ自分の信念と良心に従う事が、今一番重要だった。

 利益を求める為ではなく、むしろ裸で身を投げ出すくらいでなければ、レムーヴァに住んでいられない。

 初めからそうだった。現状も衰えたのではなく、元へと還っただけなのだ。街に居るのは、ただ苦労を

する為だけに、わざわざ世界中から集まった物好きばかりであった頃へと。

 クワイエルが来た当初はそうだった。町もギルギスト港しかなく、ハールの塔はすでにあったが、ハー

ルとは敵味方すら解らない状態で、何もかも手付かずの状況。そこには混沌とした夢と、不安だけがあっ

たのである。

 それから考えれば、様々な種族が手を組み、ここまで開拓、調査範囲を広げられたのは、正に驚異的早

さであり、幸運。今までが異常だったのかもしれない。

 全ては人が一丸となり、そして何よりも、この地に住まう他の種族達(主に鬼人とフィヨルスヴィズ)

のおかげである。それを忘れ、それを理解出来ないのなら、この大陸に居なくていい。居ても災厄の種に

なるだけだ。

 そう、今の状態こそが、求めていた、本来あるべき姿。

 クワイエル達は急ぎ過ぎていた。だからこそ一つ一つが疎かとなり、無理を繰り返し、歪みだけが大き

くなり、結果として人の心に不安と不信を生んだ。

 皆敵対したかった訳ではない。誰かが憎かった訳でもない。

 ただ何かが不満で、何かに追われているかのようで、確かに順調だったが、それ以上に焦燥と不安が溜

まってしまっていたのだろう。

 だからこそ今まで当たり前に信じられた事へ疑問を抱き、浮かべてはならない反意を持ち、まるで自滅

するのを望むようにして、人間達は全ての善意を否定した。

 悲しむべき事だった。怒りでも絶望でもない。ただただ悲しむべき事だった。

 他者の善意を否定するようになってしまえば、本当にもうどうにもならない。自分一人に引き篭もり、

他の全てを追い出そうと考える。

 そしてそうさせたのはクワイエル達である。他ならぬクワイエル達である。

 だがそれを知りながら、いやおそらく知っているからこそ、彼らは沈む事無く、前よりも一層明るく振

舞い。悪い所は悪い所として、良い所も捉え、善処する事だけを考えた。

 責任をとって改善する事だけを考えている。もしそれが出来なければ、今度は彼らが追い出される事に

なるだろう。

 しかしそれが何だと言うのか。今更責任云々を自分へ問う必要はなかった。初めから全責任を負い、人

に分担しようとも、押し付けようとも、言い訳しようとも考えていない。彼らはこの大陸で屍を晒す覚悟

をして出てきたのだ。

 そして皆そうであったからこそ、残った者は文句を言おうとはしない。彼らもまた、クワイエル達の方

針を反対していなかったからだ。自分が受け入れた以上、元が誰の意見だろうと関係ない。失敗したら、

それは認めた自分の責任である。

 何故そこまで打ち込めるのか。それは楽しいからだ。幸福だからだ。

 未知なる大陸、レムーヴァ。この何と云う喜びよ。

 最後に残された大陸、唯一未知なる冒険を味わえる場所、人の好奇心を唯一満足させる場所。全てを擲

(なげう)ってもやる価値がある。人には勧められないが、自らに覚悟と責任があるのであれば、ここは

正に最後に残された楽園だった。

 そしてそれは人類にとって最大の脅威、試練となるはず。初めから順調に行く訳がなかったのである。

 何度失敗しても当然なのだ。敵わねば退く、恥で済むなら安いもの。意地も張らない、虚勢も張らない。

あるがままでいい。余計な事はするな。無理は無理である。人間はこの大陸で一番卑小な存在、間違える

のは当たり前、幼子が間違えようと、誰がそれを責めるだろう。

 自覚すればいい。間違えれば誠心誠意謝ればいい。人が敬意と信頼を失わない限り、この大陸は、例え

一部だけだとしても、必ず受け入れてくれる。

 ゆっくりやればいいのだ。例え自分達が死したとしても、それで人類が滅びる訳ではない。全てを自分

達でやる必要はなかった。後へ繋げる者になればいい、上手く受け継がせる事だけ考えればいい。必要な

事はそれだけだった。

 焦って応援を請うたのが間違いだったのである。やれるだけでいい。やれるだけ、自分の手が届く所だ

け。それでも全ての人がそうすれば、余すとこなく届くだろう。

 その為にも責任をとって、全てを計画し直し。そして何よりも、人に元気を戻さなければならない。

 クワイエル、ハール、神官長、マーデュス、ハーヴィといった主だった面々は、事後処理が終わってす

ぐ、今後の事を話す為に集まったのである。




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