8-3.

 議論の中心は、どのようにして現状を打破するのか、ではなく。どのように他大陸と関わるのか、でも

ない。これからの計画の見直し、現状と情報の整理にあった。

 状況を打破も何も、初めからやる事に変わりはない訳だし。他大陸とも出来るだけ協力するが、出来な

い事はしない。方針はいままで通り。今更悩む必要はなかった。

 ただ今までのように何でもやろうやろうとするのではなく、肩の力を抜いて、やれるだけを精一杯にや

ろうという事である。

 そもそもそういう無理を重ねようとする姿勢を変える事に、この独立宣言の意味があり。他国家、他組

織の思惑とは関係なく、このレムーヴァを独自に運営する必要があった為に、強引にでもそのようにした

のである。

 妥協も何も無く。反対する人達とは、言葉は悪いが、徹底抗戦しかない。協力を請わない代わりに、妥

協はしない。いや、初めから妥協も何も出来ないのだ。

 それをいつまでも理解してもらえないから、理解してくれるまで、独自に動けるようにしたまでの事。

 その理屈と必要性を理解してもらえない者には、この大陸から去ってもらうしかない。これからも不満

があるなら、不満が溜まらない内に、なるべく早々と去ってもらうしかないだろう。

 何故なら、問題はレムーヴァに居る人間にあるのではなく。妥協するしないも人間が判断する事ではな

く。決定権は常に他の種族にあったからだ。

 人間は言ってみれば居候のようなもので、許されて厄介になっている存在にすぎない。初めからそれは

解っていた事で、変える事や妥協を願う事も、最初から不可能なのである。

 他種族の意向を変える事は不可能ではないだろう。しかし今すぐに変わるはずもなく、彼らに変えるつ

もりも無い。大体が、強大なる力を誇る数多の種達が、何故人間という一個の弱々しくも傲慢な種に、こ

の大陸を差し出さなければならないのか。

 誰がどう考えても、例え人間の理屈で考えても、不可能だろう。

 だがそれをいつまで経っても理解しようとしない。私は認めない、一体そんな言葉に何の意味があるの

か。人に決定権は無いのである。

 だからそういう面倒な事情はもういい。すでに決着のついている事だ。理解も不理解も、納得も承認も

要らない。正直、クワイエル達はうんざりしている。面倒になった。それが今回の強行案を実行した、正

直な気持ちだったのかもしれない。

 だからそれよりも。今までの隆盛が嘘のように引っ込み、潤沢になりつつあった資金も資材も元へ返っ

てしまい。その事からくる人々の意気消沈ぶりの方が問題だった。

 元気が無い。これはとても重要な問題である。

 いつ終わるとも知れない探索と開拓。しかも様々な事に気を配り、人間はいつも注意していなければな

らない。これはとてもしんどい事で、元気がなければどうにもならないし。何より、やる気と活気がなけ

れば、何も出来なくなってしまう。

 先々の事、やる事を考えるのではなく。今出来る事と、出来る事を出来るだけやるのが大切な事だった

が。未だ人々の目は先へ先へと向っている。当たり前の事だった。今までそうしてきたのだから、急に止

めろと言われても出来はしない。

 対処するには時間だけでなく、何かが必要だった。気晴らしの何かが。

 そうして今のように、出来もしない事を望んでただ焦ったり。頭だけ使いすぎて、知恵熱を出してしま

ったり。そう云う事を極力無くさなければならない。

 難しい。先へ進ませていた脳を、こう巻き取るようにゆっくりとでも引き戻すには、一体何をどうする

のが良いのだろう。

 人間達は悩んでいる。

「何であれ、我々は協力を惜しまぬ。それに今までの調査結果も詳細に分析し、対処していく必要があっ

た。この休息はむしろ望むべきモノ。人は急ぎすぎた。それは我々にも解る」

 ハーヴィが見るにみかねたのか、色んな事を慰めるようにして言う。彼の言葉はもう人の話すのと変わ

らない。その事が彼が人間とどれだけ関わってきたかを示していた。

 ハーヴィは鬼人の魔術師、人の悩みとは無縁である。しかし彼も人間と関わるようになり、そういう感

情を少しずつ理解してくれているらしい。

 そしてハーヴィの言葉はとても心強い。彼は何も鬼人だけでなく、全てのレムーヴァの種族を代表して、

そう言ってくれているからだ。

 レムーヴァに誕生した種。彼らは無意味な争い、干渉を好まない。あのフレースヴェルグですら、殺意

があった訳ではなく、困らせてやろうとしたのでもなく。あの大樹はそういう生命であり、そういう道を

選んだ、それだけに過ぎない。

 結果として他種族に干渉し、怒りを買う事になった訳だが。人間もこの二の舞にならないよう、注意す

る必要がある。おそらく、フレースヴェルグを収めたフィヨルスヴィズも、そういう事を教える為に、わ

ざわざ人間達にそれを見せてくれたのだろう。

 自分を中心として物事を考えるのは人間も同じだが、彼らはお互いに敢えて争うような事はせず、それ

ぞれの境界を護り、自然に共存してきた。

 それは彼らの力が強すぎ、その力が衝突する事への恐怖心もあったろうが。やはり知恵ある証であると

思える。

 考える。考えるからこそ争いを避け、共存の道を選ぶ。これは自然な事だった。

 その中でも優れた智慧を持つ一人であるハーヴィが、こう言ってくれているのだ。今回の事はレムーヴ

ァとしては異存なく、むしろ協力しようという総意が、その言葉から窺える。

「感謝しております」

 クワイエル達人間側は、その想いに対し、感謝する事しか出来ない。傲慢な者からみれば、許しを請う

時点で怒り心頭なのだろうが、そんな身勝手な人間はこの場に一人として居ない。

「私達はほんの少しの力しか持ちえません。それはこの大陸から比べれば、視界に映らないくらいの小さ

な力。それでもここまでやってこれたのは、様々な恩恵あってこそ。そして今私達に出来る事、それは建

国祭です」

「建国祭!?」

 感謝の言葉かと思いきや、またしてもクワイエルから出た突拍子も無い発言に、慣れているはずの者達

でも、流石に驚かされた。

 今この状況で、あの口調と話の流れで、どうしてそのような事になるのか。だが考えてみれば、確かに

今人間達に重くのしかかる雰囲気を払拭(ふっしょく)する為には、そういったお祭り騒ぎを行なうのが

一番良いのかもしれない。

 独立により得た不利益も何もかも、その全てを含めてそっくり祝い事にしてしまって、悩みや暗さと一

緒に一度に吹っ飛ばしてしまえたなら、それは確かに良い事である。

 どうせ解りもしないくせに、うじうじと小難しく悩んでいるから、住民達も不安になるのだ。ここはぱ

あっと騒いで楽しめば、皆すっきりして、心も新たに踏み出せるのかもしれない。

「なるほど、建国祭か・・・」

「良いかも、知れませんな」

 神官長が頷き、ハールが同意する。

 マーデュスも笑顔を浮かべ、ハーヴィも笑っていた。

「そうだ。折角建国したのですから、我々が祝わなくてどうする。それでいこう」

 ハールが念を押すように述べ、皆がそれに賛同し、可決する。

「あ、でもその前に、国の名前を決めなければ」

 しかしそれに水を差すように、相変わらずクワイエルが惚けた事を言った。どうやら調子が戻って来た

ようである。

 それに考えてみれば、法だけを内外に知らせておいて、正式な国名など考えもしていなかった。

 人間達は再び悩み、ハーヴィだけが愉快そうに笑む。

 でもまあ、国などという大仰な呼び方をする事すら抵抗があるのに、わざわざ小難しい名前など付ける

気も起きない。

 結局レムーヴァ独立共和国とした。明らかに手抜きを感じるが、つまりはそういう気持が大事な国、と

いう事なのだろう。

 折角堅苦しい名前に決められる所を、クワイエルのおかげでこうなってしまった事は、ただただ嘆かわ

しい限りであるが。決まった以上、国民にも諦めてもらうしかない。



 全ての者に休日が与えられ、全ての仕事は区切りの良い所で一時中断し、半月ものあいだ、各々好きに

過ごせる事を、国民達は知らされた。

 勿論、強制力は人間にしか働かない。人間達が勝手にやっている事なのだから、人間達と直接関係のな

い種族にまで、余計な面倒をかける訳にはいかなかった。それもまたこの国家の法である。

 ただ交流ある種には建国祭を催す旨だけを知らせ、制約や条件など設けず、誰でも好きに参加する事が

出来るようにしてある。

 人間達にも大きな変化がある訳ではない。好きにして良いと云う事は、文字通り好きにすれば良いと云

う事。仕事がしたければすれば良いし、いつも通り生活してもいい。騒いでも良い、酔い潰れても良い。

何をしても良いが、その行為にきちんと責任を持つ事、つまりはそういう事である。

 建国祭の準備期間として、更に半月が与えられているから、丸々一月の間、国民は好きに出来るという

事になる。とはいえ、元々ほとんどの者が好きにやっていたのだから、変わり無いと言えば変わり無い。

 ならこの事に意味があったのかと言われても、そんな事は誰も知らないし、気にしない。

 クワイエルが関わってしまっただけに、初めから、まことにおかしな国家となってしまっている。

 これも諦めてもらうしかない。

 鬼人達が手伝と参加を申し出てくれ、新たに交流を始めた種族の親睦も兼ねて、実に様々な種が、人の

町を訪れている。

 人間に近い種なら。昆虫や甲殻類のような外骨格で、まるで生きている鎧のような種。フレースヴェル

グの森で見たような、人型の木のような種。人間よりも背は低いが、力強い体躯をし、まるで筋肉の塊の

ような種。などが居る。

 ちょっと親近感が湧かないのになると。水に少し固さというのか、物質感が出たような、ゼリーのよう

な種。土や砂石の塊のような種。まで様々なのが居た。

 話には聞き、使者を介してやり取りもしていたが、未だ直接会った事が無い種族も多く。これ幸いとば

かり、魔術師達が主となって、群をなして集まっている。

 迷惑だろうと思えたのだが、わざわざ人の町へと出向く役目には、好奇心の強い者が選ばれている事が

多く。大抵は問題なく、お互いに楽しんでいるようだ。

 2、3人間嫌いのも混じっていたが。それは何とか様々な種と、主に交渉役を務めてくれているハーヴィ

が収めてくれ、事なきを得ている。

 クワイエルも好奇心にむずむずと身を震わせていたようだったが、仲裁役となっている以上、勝手に行

動するわけにはいかず。見ている方が気の毒になるくらい、物欲しそうな目で初めて会う種族を見詰め、

皆から気持ち悪がられていた。

 気の毒に思ったハーヴィがここは自分に任せておけと、そう言ってくれたのだが。どうもクワイエルは

意固地になるようで、申し出も丁寧に断り、相変わらず物欲しそうな目をしながら、役目を果たしていた。

困った男である。

 ただそれも数日もすれば慣れ、暇を見つけては会話していたのもあり、今は落ち着いて仲裁役に専念し

ているようだ。

 こうして準備は何とか整い、いよいよ建国祭の日を迎える。

 準備の間に様々な不安や疑問が晴れたのか、皆の顔も実ににこやかなものになっていた。   




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