8-4.

 記念すべき建国祭、その日は透き通るように晴れた・・・訳ではなく、海から出で来る雨雲によってど

んよりと曇ってしまい、人々を呆れさせたのだが。魔術を行使する事で、祭場付近だけは何とか晴天を確

保している。

 その為、祭場の上だけが、こうぽっかりと穴が空いてしまい。不自然極まりなく、締まらない姿となっ

てしまっていたけれども、それはそれで面白いと、何故か他種族には好評で、彼らは面白そうに空を眺め

ていた。

 彼らは雨や風、そういった自然現象を変える事無く、そのまま受け容れるらしく。確かに初めに手を加

え、自分たちの住み易いように、一から組み変えてしまうが。それ以後は、人間達のように自然に逆らお

うとはせず、あるがままに生活を営むそうだ。

 雨は雨、風は風、全ては一つの自然なのだから、そんな事で一喜一憂していない。

 そんな彼らからすれば、これはとても興味深い現象。こんな不自然な光景を創り出すなんて、人間とは

何と妙な事をする種族なんだと、大いに彼らの感情を和ませ、結果的に友好親善という目的も、意図せず

して達成されたようだった。

 人間達は不思議そうだったが。クワイエルを知る者は、今更驚きもしない。

 彼らは多分何かおかしな事になるだろうと、どこかで期待・・・・いやいや、心から心配していたのだ

ろう。それがかえって良い効果となった事に安堵しこそすれ、驚く事はない。

 建国祭といっても、突飛な事はしていない。出店を出したり、見世物を開いて隠し芸のようなものを見

せ合ったり、酒の飲み比べをしたり。ようするに人間の風俗を見せるのが目的で、同時に人間達も楽しみ、

日頃の憂さを晴らそうと、そう云う事なのである。

 魔術を使って火花を出して見せる者もいれば、片手逆立ち腕立て伏せなどをやっている者まで、様々な

者がいる。

 それを見て、他種族からの親善大使とでも言うべき使者達が、げらげらと笑い声を上げ、実に楽しそう

に眺めている。

 そしてそれらをクワイエル達主催者達が見回り、和やかな笑みを浮かべる。

 これはとても和やかで、まるで薄布を通したやわらかで穏やかな光を見るような、安心感を憶える光景

だった。

 ただ、正直、これだけで皆の不安が消えたとは思えない。無理に笑顔を作ろうとしている者も居る。不

安の原因が解決した訳ではないのだから、それは仕方が無い。しかしこの祭礼によって、皆の心が少しだ

け軽くなり、活力が湧いてきた事もまた、確かだろう。

 その期間は決して笑顔の絶える事無く、皆が喜びだけを望み。心は穏やかに、祭は賑やかに、滞りなく

その目的を遂げる事が出来た。

 招待した他種族も丁重に送り、人間達は気合を入れ直して後片付けをし、再びいつもの生活へと戻って

いく。しかしその表情はいつまでも暖かく、不安もそのままあるけれども、確かな希望をその心に宿して

いたのだった。


 それからまた半月をかけ、改めて開発計画を練り直し、レムーヴァ上層部は計画を再開させた。

 それは今までよりも遥かに長期に渡る計画であり、それが様々な力と資材の減少を、如実に表してもい

たが。国民達は新たな団結力と一体感を持ち、めげずに、むしろ気を張ってその計画に着手している。

 彼らも理解したのだ。確かに力は衰えている。この大陸の全てを解き明かす日は、明らかに遠のいた。

 しかしだからといって、何かが変わったのではない。人間は変わらず努力を続ける事が出来るし。他種

族も人間を受け入れてくれている。何も変わらないのだ。

 そして人間達は思い出す。自分がこの大陸を訪れた理由、何を想ってここへ来たのかを。

 もう大丈夫だった。例え挫ける事があっても、心が折れる事があっても、何度でも彼らは立ち上がれる。

何故ならば、それは誰でも無い、自分自身が望んだ事なのだから。

 自分は好きでやっている。自らの為に、自らの理由で、自らの道を選んで、ここを訪れた。

 全てを自分で背負う事は辛いが、それを心の糧とする事は、何よりも心強い。

 彼らにはたくさんの仲間もいる。助け合う事も出来る。国家や外機関に遠慮する必要のあった日々を思

えば、むしろ以前より生き生きとしているのではないだろうか。

 人々は現状を理解し、はっきりと受け入れた。

 もう心配は要らない。後はもう一度歩き出すのみ。

 もし疲れたのなら、同じように休めばいい。

 誰から急かされる事なく、誰が急かす事なく。それが本来のやり方だったはずなのだから。


 クワイエルは共にこの大陸を歩んだ、元探索隊メンバー達を、現状でクワイエルやハーヴィ以外に最も

経験豊富な人材であるとし。クワイエルと同行させるよりも、彼らは彼らとして、別々にその力を活かす

方が良いと考えた。

 彼らと離れるのは寂しく、今は家族のようにも感じていたが、今となっては彼らの力をクワイエルだけ

が独占し、好き勝手に使う事は、大変に勿体無く、レムーヴァの為にもならない。

 クワイエルはらしくなく、分別というモノを見せたのである。

 神官長やハール、マーデュスはこの事を喜び、早速それぞれに仕事を割り当てた。規模が縮小された事

により、彼らの仕事は減っていたが、孤軍奮闘するにはまだまだ負担が大きすぎる。様々な問題は、問題

のままとして、まだ残されていた。

 資金や資材の確保、各種族との協和共存、頭を悩ますべき事は、国家の大小に関わらず、深刻な問題と

して常にそこにある。そこから目を背けない以上、いつまでも楽できるはずがない。

 でも彼らはそれでへこたれたりはしない。むしろそれを生き甲斐として、奮起して頑張っている。それ

ぞれがもう良い歳をしていたが、その力量と意気は衰えるどころか、老いて益々盛んというやつで、レム

ーヴァから得た魔力を糧に、精力的に働いている。

 心労のもっとも大きな種であった、他大陸との外交関係とそれぞれの人間への配慮、が緩和された事に

より、彼らもまた、元の彼らに戻れたようである。


 そしてクワイエルは今、エルナと共に(クワイエルがどう言っても、何故か彼女だけは連れて行くよう

にと言われた。多分、お目付け役なのだろう)今まで踏破した地域を見回っている。

 それは開拓の進行具合を見る為でもあったし、この大陸に住まう人々の気持ちを、聞いて回る為でもあ

った。

 今は抑えてくれているが、ここに残ってくれたとはいえ、全ての不満や愚痴が消えたとは考えられない。

ここに住む人間達は、本当はどう思っているのか。これからどうしていきたい、どのような夢と希望を持

っているのか。

 それを知る事は、非常に大事な事だった。

 衣食住も完備されているとは言えない。道の破損から、店や施設の不足、今まで突貫工事を繰り返して

来た為に、様々な不具合も出てきている。

 確かにきちんと計画を立てた上で、それに従って、改良をその地その場で加えながら、精一杯やってき

た。けれども、それでも尚、不満点は多く出てしまう。

 計画はあくまでも計画、人の頭の中にあるものは、頭の中だけの物。現実は現実として、人間の予想予

測をいつも越えて進む。

 人間の想像力には限界があり、その限界は人が思っているよりも、とても近くにある。

 クワイエルは親身になって人の話に耳を貸し、例の調子でマイペースに、そして彼なりには真面目に、

苦情係のような役割をこなしていった。

 苦情は見る間に減っていく。全てを解決出来るはずはないが、それでも前向きに善処し、今すぐには無

理だけれど、後これこれの内に、遅くても後これこれの年月には、などときちんと説明すれば、人々も一

応は納得してくれる。

 まずは彼らの言葉をしっかりと聞く事が大事だった。むしろ聞いてもらうだけで、満足してくれる人も

多い。自分の声が届いている、そう思えないから、彼らは不安だったのかもしれない。

 クワイエルにはこういう調停役が向いていた。生真面目な所もそうだが、それ以上に、変人には誰も

敵わないものだ。

 このレムーヴァでも、いや人間の中でも、最も変人の部類だろうクワイエルには、まさに打って付けの

役割だったのである。

 エルナもそんな彼を良く補佐した。

 献身かつ真摯にクワイエルの変人具合を補い、常人との橋渡しとなり、必死になって仕事を成し遂げよ

う、成し遂げさせようとした。本当に彼女には感謝したい。これがもしクワイエルだけだったらと思うと、

世にも恐ろしい場面が浮んでしまう。

 レムーヴァ上層部の決定は、適切極まりなかったといえるだろう。




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