9-1.

 レムーヴァ内の不穏は大部分治まったものの、相変わらず対外交渉に苦悩している。

 少し大げさに言うと、神殿以外の国家、諸勢力は全て敵という状態で、もうどうにもこうにも何をどう

していいのやら、本当に笑うしかなかった。

 ハールなどはここまでいくと、本当におかしがっていたようだが。マーデュスの商会に与えた打撃は大

きく、彼の方は乾いた笑いを洩らしている。

 それでもレムーヴァにしかない物や、レムーヴァでしか得られない知識は多く、利益は減ったものの、

それなりに繁盛はしているようだから、まあ、危ないとまではいかない。

 例え敵対していても、いや敵対しているからこそ、そういったものが貴重に思えるらしく、注文の方は

かえって増えている。

 しかしその中で様々な嫌がらせを受け、マーデュスの商船は目の敵とされてしまい、真っ先に海賊や私

掠船に狙われる為、その被害は大きいと云う事だ。

 レムーヴァからの知識、物資、そしてレムーヴァへの航海経験によって、航海技術や船舶建造技術など

が大幅に進歩してきているが。それでもまだまだ大規模な艦隊を持つ勢力は少なく、持っていても民間船

に毛の生えたような物ばかり。しかしその程度の軍船でも、港を封鎖されたり、航路上に居座られると、

厄介になる。

 嫌がらせを受けても、反撃する訳にもいかず、なかなかしんどい。

 海戦というほど、大げさな戦いは起こらないのだが。嵐や岩礁など、自然災害から避難出来ない事は、

地味に堪える。船は傷み、物は腐る。人の心も荒れてくる。

 レムーヴァ船は性能において一歩秀でていたが、それも五十歩百歩であるし、他勢力を圧倒するような

巨大船は造れない。

 物資の収入が減った今では、尚更不可能である。

 戦えば共倒れ。外交しようにも、聞き入れない。もし聞き入れさせようと思えば、その国家、組織との

優先的な交易条件を呑まなければならないが。それだと、独立した意味がなくなってしまう。

 魔術で撃退出来ない事はないが。それこそ反感を煽り、下手すれば悪意が蔓延(まんえん)してしまう。

レムーヴァ政府に同情的な一部勢力まで、態度を変えてしまいかねない。

 手詰まりになってしまい、もう辛抱強くやっていくしかなかった。

 とにかく、まったく売れない、という状況だけは無いので、それだけを救いに、地道にやっていくしか

ないだろう。

 マーデュスの苦悩があまりにも大きくなってしまったので、彼を一時首脳部の仕事から退かせ、彼個人

の事業に専念してもらっている。

 ただそれで苦悩が消える事は無く。根本的な解決手段が見付からないから、彼の私室からは、いつも溜

息が聴こえてくるらしい。

 クワイエル達も彼を優先して、考え得る限りの手助けをしていたが、ほとんど成果がない。予想されて

いた事で、覚悟していたとはいえ、やはり辛いものは辛いのだ。

 民間からは軍備拡張の声も出ているらしいが。そんな事をしてもお互いに疲弊しあうだけで、結局現状

と変わらないだろうと、首脳部は否定的である。

 戦って、力で圧倒した所で、そんなものは一時凌ぎにしかならない事は、誰にでも解る事だ。

 確かにそうして圧倒すれば、戦わずして勝つ事も出来る。しかし無用な恐怖心を煽ると、ますますレム

ーヴァの評判は下がり、遂には神殿でさえ、助力を打ち切るようになるかもしれない。

 喉から手が出るほど、レムーヴァが神官にとって魅力的であれ、世界中を敵に回してまで、そうしたい

とは思わないはずだ。

 流石のクワイエルも良い考えが出ず、暫くは諦めて辛抱しているより他になかった。

 まったく、人に恨まれると、本当に始末の悪い事になるものだ。



 結局、泣き寝入りでもするように、極力争いを避けているしかなく、皆耐え続けている。

 護衛船を増やしてみたりもしたが、やはり意味はなかった。それにレムーヴァから困難な航海を続けた

後に、わざわざ一戦起こそうなどという気力が湧くはずがない。

 補給の為に寄るはずの港も、今では封鎖されている方が多いので、積み込む食料も余計に必要になって

しまい。積荷がその分減る事も痛い。

 今まで税を納めれば、ほぼ自由に出来ていた貿易にも、他国から様々な制限が課され、マーデュスの苦

悩は増えるばかり。

 そんな状態が続くと、少しずつ慣れてもくるが、それで何が解決する訳でもない。

 せいぜい、なるべく気にしないように生きる、しかなくて、何となく情けない気持ちになってしまう。

 外交使を幾度か送っているものの、成果が上がらない。元々こちらが喧嘩をふっかけたようなものだか

ら、仕方が無いにしても、その子供じみたやり方に対し、皆うんざりしていた。

 定期的に集まって話合っているが、どうしても相手に納得させて貿易する事は不可能である、という結

論しか出ない。

 行き詰ってしまっていた。

「では、行くのはもう、止めましょう」

 そんな時、クワイエルがいつもの調子でそんな事を言った。

 聞いてた者達は、これまたいつものようにあんぐりと口を開けて、半ば呆然と話を聞いていたが。聞い

てみると、なるほどそれも良いかなと、そんな風に思ってしまう。

 またまたクワイエルにしてやられてしまうのである。

 その意見はこうだ。

 相手が来させたくないのであれば、もうこちらから船を出すのは止めよう。暫くは利益が減少してしま

うけれども、相手が欲しいからこそ今も貿易がなりたっている訳で、それならこっちが行かなくても、そ

の内あちらから求めて来るはず。

 わざわざ苦労して、こちらの方がそこまで面倒みなくても良いのではないか。

 いい加減というのか、好い加減というのか。確かにレムーヴァはレムーヴァで成り立つが、他大陸がレ

ムーヴァの恩恵を得る為には、どうしてもレムーヴァ政府と繋がらなければならない。

 なら、悩んでまでこちらから行かなくても、あちらから来るのを待てばいい。あちらから来る分には、

誰も嫌がらせ出来ないだろう。もしするとしても、それはレムーヴァ政府の問題ではなくなるから、その

国家、機関同士が悩めば良い事だ。

 ほとんどの国家、機関がレムーヴァに嫌がらせする事に同意し、一様に封鎖行動をとっているけれど。

本心は、他の国家、機関よりも、少しでも多くレムーヴァの恩恵を得たいのは確か。

 こちらから行かなければ、表面上は冷淡でも、秘密裏に貿易船を寄越すようになるだろう。建前として

敵対の姿勢をとっていても、裏では身を屈めて貿易を乞うてくるかもしれない。

 他国への体面だけでやっている国や組織もあるだろうから、それなら待った方が楽なのは確かだ。

「あちらが望まない以上、対等な関係は望めません。ですから、何だか賄賂を待っている高官のようで、

とても印象が悪いですが。今はあちらの出方を待つ方がいいと思うのです。あちらが敵対する以上、文句

を言われる筋合はありませんし。

 もし駄目なら、また考えれば良いだけ。少なくとも、そうすれば苦悩は減ります」

 クワイエルが相変わらず生真面目にそう言うと、首脳部は皆その意見に賛同した。マーデュスも正直面

倒臭くなっているだろうから、多少利益は減っても、ありがたがると思う。

 彼もまた、レムーヴァの国家としての体面を保つ為に、わざわざ苦労してまでして、貿易船を送ってい

たのである。儲けがあるとしても、そこまでして得る程の利益ではない。

 心労で身体を壊してしまうような利益などに、何の価値があるものか。

 実際、マーデュスがこの方策を聞くと、満面の笑みで、それを受け容れたそうだ。

 状況は変わっているのだから、不可能を推してまで、無理を通す必要はない。ゆっくりやるのだから、

金銭面もゆっくり考えれば良いのである。 




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