9-2.

 レムーヴァからの貿易船の停止、これは考えられていた以上に、各大陸へと衝撃を与えた。

 どの国家、組織も、他には負けたくない、負けられないという意気がある。それを現状と照らし合わせ

ると、つまりはレムーヴァの恩恵を得る事が第一となる。

 だから、レムーヴァの方から貿易を望まないとなると、これはもう深刻で。今まで多くの利益を得てき

た方はまだ良いのだが、これからその差を取り戻そうという方からすると、その希望を断たれた事になり、

非常に憤った。

 その矛先は当然レムーヴァ政府にも向けられたが、意外にも一番多くその被害を受けたのは、大国と呼

ばれる国家達だった。

 当初はレムーヴァ政府への批難だけが目立ち、マーデュスの商会もその煽りを受けたけれども。次第に

その波は治まり、むしろ今までに多くの恩恵を受けていた国家へと、批難が向けられる事になった。

 何故かと言うと、大国達のレムーヴァへ向ける批難が少なく、むしろ擁護するような立場を見せ始めた

からである。

 彼らとしては、よくよく考えてみると、どの大陸にもレムーヴァの利益が行かない以上、現状で最も多

くの利益を受けている自分たちにとって、むしろ好都合じゃあないか、これで少なくとも暫くの間は、ど

の国家、組織にも、追いつかれる、追い越される心配がなくなった。

 いくら技術が発達しても、正直船団を整えたり、それで封鎖したり、貿易船を派遣したりと、いくらお

金と資材があっても足りない。利益は大きいが、いつも頭を悩まされる。事故や災害も心配である。

 それなら、いっそもうレムーヴァとの繋がりが無い方が、我々にとっては都合が良いのではないか。こ

れで勝ち逃げの形になるのではないかと、そんな風に考えたのである。

 そんな事を口に出して言う事はないけれど、そのくらいの考えは、誰でも察する事が出来る。今まで散

々レムーヴァを批難してきたくせに、突然正反対の行動に移るなんて、明らかにおかしい。

 その裏にあるのは、小憎らしい悪知恵としか思えない。

 大国以外の様々な人間が、その事を指摘し、その波はどんどん膨れ上がって、まるで津波のように全世

界を蹂躙していった。

 こうしてレムーヴァ対他大陸、ではなく。レムーヴァ除き大国対その他、という新しい不思議な公式が

発生し。状況は刻一刻と移り変り、争いが激化し。今ではその他国家、組織達が一致団結し大国へと宣戦

布告、一色触発の状況が世界中に広がってしまっている。

 それをレムーヴァの住人は馬鹿馬鹿しそうに眺め、ある意味気の毒な思いを持ったが。じゃあそれで何

かをしてやろうとまでは思わない。どうせ最後はレムーヴァへ批難を回されるのだから、今の内にせいぜ

い力を蓄えさせてもらう。

 争いたいなら勝手にやって、消耗し合いながら、いつまでも大騒ぎしていればいい。

 それもこれも、今までの報い。レムーヴァがやらせている訳ではなかった。

 溜息がもれる事に、こういう状況でも、当然のようにして密貿易、交易船が世界中から送られて来てい

る。大国側が優勢になれば大国側が。連合側が優勢になれば連合側が。こそこそと船団を派遣して、同じ

ように勝手な事を言ってくる。

 大国側は、そもそもこれはレムーヴァを尊重する為に起こした争いなのだから、レムーヴァも我々に協

力すべきである、と言い。

 連合側は、この争いの原因はレムーヴァにあるのだから、すぐに国交を開き、その原因を取り除くべき

である、と言う。

 あまりにもおかしな事を当然のように言い、それがあまりにも面白いので、レムーヴァ首脳部は暫く無

視して、状況を傍観し続ける事に決めた。

 港を封鎖する事はしないが。食料と水だけを売って、後はそのまま押し返す。決して使者の言い分は聞

かず、書簡も受け取らない。

 それが一体どれくらい繰り返されただろう。数えるのも面倒になってきた頃、ようやく争いは一時停戦

へ落ち着いたが。それまでの無理な行動が祟って、世界中が疲弊してしまった。

 それでもまだ争う気持ちは衰えないらしく、相変わらず勝手な言い分を止めない。レムーヴァは呆れな

がら無視し続けている。

 レムーヴァ側も、いい加減飽きてしまった。いっそ港を外界から封鎖してしまうか、という話まで出て

いる。



 クワイエルは首脳部を一時離れ、エルナと共に他種族と親睦を深める為、公私を兼ねて挨拶に出向く事

を考えた。

 建国祭前後において、書簡で挨拶を述べたり、実際会って挨拶を述べたものの、彼自身が他種族の地に

出向いた場所は少ない。

 そこで初めは、外は外で勝手にやっている間に、こちらはこちらで内政に努めよう、という風に考えて

いたのだが。といって、国内に差し迫った問題がある訳では無く。じゃあ折角だから一度挨拶に出向こう

かと、そういう事になったのである。

 勿論、無理に押し入ったりと、挨拶の押し売りのような事はしない。

 あまり人間達を快く思っていない、中立派とも言うべき種族に対しては、個人的な親善の手紙を渡す事

だけとし、なるべく余計な刺激を与えないように努めた。

 人に命じる立場にある以上、人よりも余計に気を使わなければいけない。

 そうしなければ、誰もクワイエルの言う事に、耳を傾けてくれなくなる。

 それこそが今最も恐れるべき事で、正直外界からの圧力など、どうでも良い事なのだった。

 挨拶は滞りなく済み。ほとんど世間話でもしに来たようなものだから、特にそれで何がどう変わったと

か、友好が深まったとか、そういう利益はないものの、これはこれで何となくすっきりする。

 まあ、他種族がそんな細かい事を、一々気にするかは解らないが。自他共に認めるへんてこであるクワ

イエルは、何も見ても聞いても動じる事は無く。違和感なく迎え入れられ、歓待を受けたようである。

 良く解らないものに対する時は、変人が重宝する。クワイエルがそれなりに役立てる、数少ない機会な

のだから、彼にはここぞとばかりに働いてもらいたい。

 クワイエルの暴走も、上手くエルナが手綱を操る事で回避出来た事だし、彼女のクワイエルテイマーと

しての面目も立った。

 そして直に他種族と接する事で、クワイエルは彼らと人間との差異を知り。彼らの考え方、やり方、法、

といったものを少しだけだけれど、学ぶ事が出来。これ以後の外交にも、役立てられると思われる。

 大切なのは、それぞれの違いを受け容れ、お互いに譲り、ときには強情になりながら、繋がる部分を見

つけて、それを膨らませる事なのだろう。

 偏ってはいけない。ようするにバランスを取り、それを保つ事が大事だった。



 やれる事は大体終わり、クワイエルは今、マーデュスの手伝いをしている。

 具体的に言うと、会計になって、帳簿を付けている。

 何をやっているのかと思うが、それだけ余裕が出来、ようするに暇なのだ。

 開拓速度が落ちた事と、探索範囲が広がり、更にハービィ達のおかげで探索速度が以前よりも遥かに増

した事で、逆に今までのように無造作に調査する訳にはいかなくなり、なかなかに苦悩している。

 道はある程度出来ていても、安全を確保したり、安定して行き来出来るようにするのは、簡単ではない。

 元クワイエルメンバー達が、大陸中に散らばって、指揮官としてやっているが、それでも一日二日でど

うにかなるはずがなく。じっくりと考えていかなければならない。

 と言って、今すぐに何かやる事がある訳ではない。それに休む事も大事だ。

 ただ、急用がなければ、クワイエルとしても勝手に動ける立場ではないので、いざという時の為に、な

るべく首脳部のあるギルギストに居なければならない。

 外界の情勢が変化すれば、そこで何かまた厄介な事が生まれる可能性がある。

 だから突然ぽっかりと時間が出来たようで、クワイエルは暇を持て余していた。

 のんびりするのは良いが、じっとしているのは、あまり性に合わないらしい。

 エルナに教えれば、とも思うけれども。そのエルナも有能さ故に細々とした仕事を与えられ、始終クワ

イエルに構っている訳にはいかない。

 そこで拗ねたようにして、彼は一人帳簿とにらめっこしている訳だ。

 暇なら暇で良いのだが、いつ終わるか知れない暇というのは、逆に気が焦るものかもしれない。

 クワイエルは珍しく、どう過ごすべきか、悩んでいた。

 ゆっくりするのも、難しいものである。




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