9-3.

 クワイエルは、ここの所マーデュス商会の帳簿仕事を続けている訳だが。帳簿を見ていると少しずつ解

ってきた事がある。

 現在、レムーヴァの船舶建造から輸出入、日用品や武器防具まで、そのほとんどはこの商会で取り扱っ

ている。そしてその代価として沢山の金銭や物資を得ているが、そこから来る利益は測り知れない。

 マーデュス商会は当然のように大きくなり、このレムーヴァにある唯一の大きな商会という事もあって、

何処へ行っても支店がまず作られるし、品揃えも豊富だ。

 この商会は、レムーヴァ開拓に最も貢献し、その分最も大きな利益を得ているはずだった。しかしこう

して帳簿を見、レムーヴァに関わった当初から見比べてみても、実際にはほとんど利益が出ていない。

 これでは商売が本職ではなくて、まるでレムーヴァを開発する為の金策として、この商会を営んでいる

かのようだった。

 察してはいたが、こうして目の前に数字というしっかりとした物で示されると、クワイエルとしても申

し訳ない思いが次々と浮かんでくる。

 莫大な収益を上げながら、支出と差し引けば、純利益は数%程度。色んな人々の悩みを聞き、他種族と

の間に持ち上がった様々な難題を解決してきたクワイエルにとっても、この問題が一番深刻に感じられた。

 灯台下暗し。これでは身体もやつれるはずだ。レムーヴァはマーデュスの造った国だと言っても、誰も

文句は言えない。

 それでもここ最近の、そう独立宣言をするまでは、全体の利益が相当に上がっていた為と、何より援助

する組織や機関が増えたことで支出が減り、大分金銭的に楽になっていた。

 だが知っての通り、独立後からのごたごたで、それも一時の夢と消えてしまっている。

 開拓速度を緩めたり、貿易船を無理して派遣しなくなった事で、何とか持ち堪えていたが。今もマーデ

ュス商会はとても苦しい状態にある。

 何しろマーディスが儲ければ儲けただけ政府に援助しているので、本来たまるべき物が一向にたまって

なく、支出だけが延々と増えている。

 気持ちは嬉しいが、こんな事で良いのだろうか。一番の功労者であるマーデュスを、このまま苦労させ

るだけで良いのか。マーデュスが居なければ、とうにレムーヴァ政府の財政は破綻している。というより

も、マーデュス商会の金庫が、そのままレムーヴァ政府の財布だと言っても、過言ではない。

 なのにマーデュスは一介の商人である。その貢献に対して、まったく報いていない。彼が得たのは、他

大陸からの不満と嫌悪だけだった。

 彼自身が役職就任を断り、実際今の政府の役職に就いた所で、苦労が増えるだけとしても、このままで

いいはずが無いと、クワイエルは考えた。

 マーデュスに大半を頼っているとしても、政府にも若干の収入源はある。関税やとても軽いが住民税な

どもある。それを利用すれば、人件費くらいなら、政府で持つ事が出来るはずだ。

 政府としての形態をはっきりと取った以上、出来る事も増えているはず。

 良い迷惑かもしれないが、このまま放っておけば、マーデュスの心労だけが増え。もし彼に何かあれば

商会が崩れて、結果的に政府の財政も破綻する。

 そういう意味でも、もっと感謝しなければ。

「一つが崩れば、もう一つも崩れ。一つが栄えれば、もう一つも栄える。ん、じゃあこの二つは、初めか

ら同じものじゃないか。それなら・・・・」

 一蓮托生の繋がりなら、もういっそ二つをくっつけてしまったらどうだろう。

 そう、無茶苦茶だが、マーデュス商会を、丸々政府の一つに加えてしまうのである。今までのように実

質だけでなく、名義としてもそうする。

 そうすれば政府の一機関となって、いや、政府そのものとなって、今までよりもお互いに協力しやすく、

仕事も少しは楽になるはずだ。経費も国費から賄える。二重に手間をかけずに済む。

 その分、商会としての独立性は薄れるけれども、この帳簿を見る限り、いっそそうした方が苦悩が減る

のでは無いだろうかと思えた。

 そして何より、クワイエルが一度思い立った以上、動き出した変人を止められる者は、何処にも居ない

のだ。 



 クワイエルの案は早速提出され、マーデュスの了解を、半ば無理矢理、取る事で、実行された。

 新たに財務長官の椅子が用意され、初代長官としてマーデュスが就任、その部下には商会の者達が当て

られている。

 全ての権限を政府に委ねたのではなく。商会としての名義もちゃんと残され、マーデュスの自由が利く

よう配慮された。

 公私混同も甚だしいが、元からそんなものだったのだ。マーデュスの善意だけで、この政府は成り立っ

ている。

 その見返りとしては微々たる恩恵だったが、微々でも無いよりは増しだろう。

 マーデュスの権威が大きくなり過ぎないか、という声が、民間から少ないけれども出ているようだが、

それは何度も述べている通り、問題にはならない。

 元々マーデュスの財力で生まれた国家なのだから、正直な所、丸々彼に委ねても惜しくなく。むしろそ

うするのが当然だとすら、首脳部は思っている。

 今までの権威の方が小さ過ぎ、あまりにも不当な扱いだったと、彼らとしては申し訳なく思っているく

らいだ。

 首脳部がこうであるし、実際皆マーデュスの善意を知っていたから、その不満もいつの間にか消えてい

た。多くの者は恩は恩として忘れない美徳を持っており、そういう者だからこの大陸に残っていられたか

らだ。

 折角の他大陸からの援助を、自ら打ち切った現状、これくらいやらなければ、あまりにもマーデュスに

対して冷たい。

 国営商会くらいにし、その上で今までよりもマーデュスが自由に商売出来るようにしてやらないと、皆

どうにも納得出来ないのだ。

 こうしてマーデュスの功労に報いる、一つの提案が実行された訳だが。クワイエルがそれだけで終わる

筈が無い。彼は勢いに乗って、こんな事まで言い出した。

「今こそ、やるべきです」

 そう、クワイエルは大人しく情勢を待っているような男ではなかった。

「レムーヴァが安定している現在、再びやる機会ではないでしょうか」

 彼は大陸調査の再開を、首脳部へ掛け合ったのである。

 勿論、現状の資金資材不足を考えると、開拓の規模をこれ以上広げる訳にはいかない。しかしそれはそ

れとして、この大陸の地図を作り、そうする事で全体的な、最終的な結果を考えながら、改めて開発計画

を考えていくというのは、悪くないとは思えないだろうか。

「人員も最小限にして、補給なども現地調達を主とすれば、国庫にあまり負担もかからないはずです」

 クワイエルは、自身とエルナ、そしてハーヴィと後一人か二人という編成を案として挙げ、いつものよ

うに自分のやり方で説明し、そして承認を得られるよう努力した。

「私なら、構わない」

 その提案に対し、嬉しい事にハーヴィが賛意を示す。

「私も、そろそろ静するのに飽いてきた。丁度良い頃合ではないか。他にやる事が無いのであれば、今こ

そやるべきかもしれぬ。もし何か火急の事が起こっても、我らが居れば、そう時間をかけずに帰る事も可

能だ」

 ハーヴィさえ了承すれば、それ以上誰も反論する様子はなかった。

 いや、元々反意自体がなかったのかもしれない。皆も退屈していたのだろう。それにその為にこそ、彼

らもこの大陸に来たのである。

 情勢を考えても、特に大きな問題は残ってなく、ゆっくりだが順調に進行している。そうなると、クワ

イエル、ハーヴィといった突出した能力を持つ者を座らせておくのは、とても勿体無い。

 クワイエルもそうだが、ハーヴィの方も部下に任せられる人材が増え、後は全体を見守っているだけで

良いので、仕事といえるような仕事が無くなってしまった。

 これは良い事なのだが、少々退屈で、ハーヴィとしても少し思う事が多くなっている。

 確かに何かあったときの保険として、彼らが居てくれるのは心強いが。必要なのか不必要なのか解らな

いまま放っておくよりは、何か値する仕事があれば、それをさせた方が良いのではないだろうか。

 首脳部は暫く話し合った後、クワイエルとハーヴィ、そしてエルナが賛同するなら、誰が止める権利も

意味もないと、割合あっさりと承認した。

 このまま彼らを腐らせてしまうより、思う存分に動いてもらった方が、首脳部としても、大陸の人間と

しても、多分気持ちが良いだろうと、そう思ったのである。

 マーデュスに対するような申し訳なさが、その気持ちの中にもあった。

 まるでこの為の前座のようになってしまったマーデュスも、気持ちよく承認している。クワイエル達の

好意が、紛れも無く本物だという事は解っていたし。鬱々とした気持ちは、誰よりも彼が一番良く知って

いるからだ。

 クワイエルやハーヴィの功労も、マーデュスには及ばないものの、決して少なくはない。




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